One disaster after another

予選最後の試合を間近に控え、イナズマジャパンの選手たちは今日も今日とて練習に打ち込んでいた。

「良いぞ、そこだ!」
「もっと強く当たっていけーッ!」

少人数でのミニゲーム形式での練習に、控えに回った仲間たちは交代を待ちながらフィールドの選手に忙しなく声を掛け続ける。
そんな騒がしい声を聞きながら、織乃はミニゲームが始まってからずっと選手たちのプレーをつぶさに観察し、気になった部分を逐一メモに取っていた。
現在イナズマジャパンの負け星は1つ。次の試合で勝たなければ、決勝進出は絶望的だ。戦力を強化する為にも、自分に出来ることは余すことなくやらなくては──使命感に燃える彼女の手は、延々とメモ帳とモバイルの上を行ったり来たりする。

「よし、行け吹雪!」

豪炎寺からのパスを受けた吹雪が前線を押し上げると、ベンチから染岡の激が飛んだ。

「来るぞ! ディフェンスラインを固めろ!」
「おう!」

身構える円堂の指示に、綱海、土方、飛鷹のDF3人が走り出す。
しかし吹雪は冷静に行く手を阻もうと真っ先に飛び出した綱海を抜き去ると、目前に迫ってきた土方を前にサイドへ走り込んだ虎丸へパスを送り出した。

「行かせねえ!」
「……っ」

気勢を上げ身構えた飛鷹に、虎丸は余裕の笑みを浮かべるとあっという間に彼をドリブルで抜き去って行く。
「豪炎寺さん!」そのまま虎丸は逆サイドの豪炎寺に視線を送ったが、彼には既に壁山がマークに張り付いているようだった。

「だったら……!」

即座に目標を切り替えた虎丸はそのままゴール前まで持ち込むと、必殺シュートの構えを取る。

「タイガードライブ!!」
「イジゲン・ザ・ハンド!!」

放たれたシュートが、円堂の繰り出した障壁にぶつかり火花を散らす。
じりじりと軌道を押し上げられたボールはやがてコートの外へと飛んでいき、それを見送った円堂は「自分で打ってきたか!」と嬉しそうに笑った。

「今のは良い判断だったぞ」
「はい!」

豪炎寺から声を掛けられ、虎丸が嬉しそうに大きく頷くのを見て、織乃は小さく微笑んだ。
長い期間自分のしたいプレーを出来なかった反動なのだろうか、虎丸の成長は他の選手たちと比べてもとても分かりやすい。

「(上手くみんなの競争心に火を付けてくれてる)」

最年少に劣るプレーをするわけにはいかない、と他の仲間たち──取り分け、1年生たちは虎丸に触発されている部分が多いだろう。彼らにとっては、チーム内に出来た初めての後輩なのだから。

「みんなー、そろそろ休憩時間よ〜!」
「今日はサンドイッチですよーッ」

そこで、ゲームが途切れた丁度のタイミングで大きなピクニックバスケットを持ったマネージャーたちがやって来る。
「ああ、もうお昼ご飯の時間」と織乃が腕時計をちらりと見て呟くと、ベンチに戻ってきた壁山の腹の虫が大きな鳴き声を上げた。

「いただきまーす!」

バスケットいっぱいに詰まったのは、色とりどりの具材が挟まったサンドイッチだ。秋や春奈のチェックの元、手洗いを済ませた者からそれぞれサンドイッチに手を伸ばす。

「へぇ、これ冬ッぺが作ったのか!」
「はい、全部ひとりで!」
「あまり自信ないんだけど……」

口をもぐもぐさせながら言う円堂に、冬花は照れくさそうに微笑んだ。
冬花は元々あまり料理をするタイプではなかったらしいが、数ヶ月に及ぶマネージャー業を熟していく中で少しずつ料理をすることに慣れ、腕前も上達してきていた。
最近は人参が苦手だと言う綱海の為に人参を使ったゼリーを作ってみたりと、細かいところへの気配りを見せる機会も増えている。

「──あっ、そうだ! 今日はとっておきの差し入れがあるんですよ!」

そこで、ふと思い出したように春奈が手を打った。
差し入れ? と首を傾げる選手たちに、春奈から視線を送られた秋が頷いて腕に下げていた紙袋を掲げる。

「日本にいるみんなからの手紙よ!」
「わあっ、見せて下さい!」

途端に何人かは表情を輝かせ、秋が差し出した紙袋の中を我先にと覗き込んでいった。

「お、これ栗松からじゃねーか」
「えっ、どれどれ?」

適当に中から1枚の葉書を取りだした染岡に、円堂がその手元を覗き込む。
葉書には雷門イレブンと、練習を手伝ってもらっているらしい陸上部の面々が映った写真がプリントされていた。日本に残った半田たちも、日々特訓を続けているらしい。

「あれ……宛名が読めないのがありますね。これは……?」
「どれ? ……あ、これ私宛だ」

薄ピンクの封筒を手にした立向居に、それを受け取った織乃が声を上げる。
「何語?」と不思議そうに首を傾げる木暮に、イタリア語、と答えながら織乃は便せんを取り出した。

「あっ、師範からだ」
「え、し、師範?」
「うん、私の武術の先生!」

懐かしいなぁ、と嬉しそうにニコニコしている織乃に、立向居と木暮はそろりと視線を交わし合う。
そう言えばこの人、いつもはこんな感じだけどガチガチの武闘派なんだった──後輩二人がそんなことを考えているとも知らず、織乃は手紙を大事そうにポケットに仕舞った。

「ん? ……な、何スかこれ」

一同が和気藹々と手紙の確認をしていると、ふと紙袋を覗いていた壁山が中から長細いものを取り出す。

「これは、……手紙か?」

長い紙を筒状に丸め、紐で括ったもの。明らかに巻物としか思えない形状のそれに、鬼道が動揺を隠しきれない様子で眉を顰めた。

「手紙としても……」
「誰からだ……?」

壁山から巻物を受け取った円堂は、慣れない手付きでそれを広げて文面を読み上げ始める。

「拝啓、イナズマジャパンの諸君。砂木沼治だ=v
「えっ」

「砂木沼かぁ……!」あいつならやりかねない、と言う風にヒロトが額を押さえた。
手紙はイナズマジャパンの健闘を称える文に始まり、次の試合への対策を怠らないようにとの忠告、そこから各試合への感想やプレーへの文句などが長々と──永遠に終わらないのでないかと不安になるほど、長々と綴られていた。

「──日本より魂を込めて。敬具=v

最後に、熱い激励で締め括り。
そんな長い手紙が終わる頃には、読み上げる円堂も聞いていた仲間たちも、すっかり疲労困憊していた。

「長いよ、砂木沼……」

身内からの手紙、もとい巻物にヒロトは若干恥ずかしそうに俯いていて、織乃は無言でその肩をそっと叩く。
気を取り直し、冬花が紙袋に残った手紙をそれぞれに配って回り、最終的にほとんどの選手が友人や家族からの手紙を受け取ったことになった。

「……」
「虎丸くん、どうかした?」

昼食も終え、食休みを取りながら仲間たちが手紙を読む最中、織乃はふと虎丸がやけにぼんやりとしていることに気付いて声を掛ける。
ハッとした虎丸は「何でもないです」と短く答え、手に持ったままだった葉書をポケットに押し込んだ。

しかし、織乃が覚えた違和感は気のせいではなかったらしい。
練習を再開してからの虎丸の動きが、明らかに休憩前と比べ精彩を欠いていたのだ。

「虎丸、タイガーストームだ!」
「っはい!」

豪炎寺に声を掛けられ、構えを取った虎丸はボールを打ち上げたが、蹴る力が入りすぎてしまったのかボールは目を細めなければ見えないほど空高く舞い上がってしまう。あれでは流石の豪炎寺でも届かない。

「タイガーストームが失敗した……?」
「ドンマイドンマイ、気にすんな!」

戸惑ったように中空に視線を彷徨わせる虎丸の横顔に、飛鷹は目を瞬いて眉を曇らせた。これまで何度か仲間たちのプレーミスを見たことはあったが、虎丸があんな風に必殺シュートを失敗するのは初めて見たのである。
手を振り、声を掛ける円堂に小さく頷いて踵を返す虎丸の背中を見送って、飛鷹はゴールを振り返る。

「キャプテン……何か変じゃないですか、虎丸のヤツ」
「ん? そうか?」

円堂の目には、あれは大した問題には見えなかったらしい。飛鷹は難しい顔をして、遠くに離れた虎丸の背中を眺めた。




時刻は変わり、夜の7時。
マネージャー特製のメニューに舌鼓を打った選手たちは、夕食後の歓談に興じていた。

「たまには気分転換にぱーっと波にでも乗りに行きてーぜ!」
「おっ、良いなそれ!」

綱海や円堂を筆頭に、食堂に楽しげな声が弾む。そんな中でも、虎丸はまだどこか陰鬱な表情をしたままだ。
その異変に気付いたのか否か、箸を置いた虎丸に綱海が声を掛ける。

「お前も一緒に行くか? 虎丸!」
「……行きたきゃ勝手に行ってください」

ごちそうさま、と低い声で言って立ち上がった虎丸に、円堂も違和感を覚えたのか目を丸くして彼を見た。

「虎丸……?」
「何だよ、せっかく誘ってんのに」

つっけんどんな返しに、綱海は不満そうに唇を尖らせる。
すると虎丸は、ぐっと眉根を寄せて苛立った表情で彼を振り返った。

「俺たちは戦うためにここにいるんです。遊ぶためじゃないでしょう」
「何だと?」

あまりに棘のある態度に、流石の綱海もカチンと来たのか表情が険しくなる。
一転してにわかに険悪になる雰囲気に、食堂は一気に嫌な緊張感に満たされた。

「おいおい、何喧嘩吹っ掛けてんだよ」
「どうしたんだ、虎丸」

一触即発の空気に思わず立ち上がった土方や豪炎寺に、虎丸は居心地悪そうに俯いて「何でもありません」と顔をしかめると、おかずのまだ残った食器をシンクへ戻しに行く。
そのまま足早に食堂を去る虎丸に、円堂は弾かれたように席を立った。

「俺、ちょっと話してくる──」
「キャプテン」

だが、足を一歩踏み出した矢先、低い声がそれを制す。
道を塞ぐように立ち上がったのは飛鷹だった。

「俺に任せてくれませんか」
「お前が……?」

虎丸とさして接点のないはずの飛鷹の進言に、仲間たちは驚いたように目を見開く。
そんな反応を意にも介さず、ご馳走様でした、と空になった食器をシンクに置いた飛鷹は、颯爽と食堂から出て行くのだった。

「だ、大丈夫なんでしょうか、飛鷹さん……と言うか、虎丸くんも急にどうしちゃったのかな……」
「うーん……」

腕をつついてきた春奈に、マグカップに温かい御茶を注いで一啜り、織乃は小さく頭を傾ける。
あの時、一瞬チラリと見えた虎丸への葉書には二人の女性が写った写真がプリントされていた。そこから導き出される考えが、織乃の中には1つある。

「……あれくらいの歳の子は、何かと難しい年頃だからねぇ。飛鷹さんが着いててくれることだし、心配しなくても大丈夫だと思うよ」
「い、意外と楽観的……!」
「また御鏡お前、子育てに慣れた母ちゃんみたいなことを」

呆れた顔になった染岡に「誰が母ちゃんですか」と即座に言い返し、織乃はもう一度御茶を啜る。
飛鷹は舎弟に慕われていたようだし、あれでいて面倒見が良いのだろう。虎丸のあの様子から察するに、円堂がいつもの調子で声を掛けるよりも、飛鷹のような兄貴肌の人間相手の方が話しやすいことがあるかもしれない。
俺も飛鷹さんなら大丈夫だと思います、と立向居からフォローが入り、春奈は一先ず納得したようだった。

「(後で家に電話してみようかな……)」

弟が小学校の高学年になってから反抗期を迎えた時のことを思い出しながら、織乃は温かくなった息をほうと吐き出した。




そして翌朝、彼女の予想は的中する。

「皆さん、昨日はすいませんでした!」

朝の練習時間になり、グラウンドに全員が集合したところで開口一番虎丸が深々と頭を下げたのだ。

「昨日はイライラしてて、皆さんに八つ当たりしちゃいました──ごめんなさい!」
「気にすんなよ、虎丸。元気が出たんならそれでいいじゃねえか」

真っ先に声を掛けたのは、昨日一番怒らせたはずの綱海だった。虎丸が驚いたように頭を上げると、仲間たちは安心したような優しい目でこちらを見ている。

「さ、行こうぜ虎丸。今日も練習だ!」
「は──はい!」

嬉しそうに顔を赤らめ、虎丸はボールを抱えフィールドに走って行く円堂を追い掛けた。

「ね、大丈夫だったでしょ」
「本当だ……」

にこりと微笑む織乃に、春奈はぱちくりと目を丸くしながら虎丸を見つめる。
ふと視線を上げると、丁度こちらを見た飛鷹と目が合った。飛鷹は今の会話が聞こえたようで、春奈が彼女から離れたタイミングで「あの、」と控えめな声で話し掛けてくる。

「御鏡さん知ってたんですか、虎丸が何で昨日あんな風だったのか……」
「知ってたと言うか……そろそろおうちの人が恋しくなる頃かなって。昨日、日本からの手紙もらったでしょう?」

だから余計に寂しくなって、誤魔化すためにイライラしてたのかなって──笑みと共に語る織乃に、飛鷹はハァ、と溜息にも似た声を漏らして額を掻いた。

「ホント、御鏡さんて侮れねえ……」
「褒め言葉として受け取っておきますね」

ぎこちなく笑みを返した飛鷹は、小さく会釈してフィールドに入っていく。
ベンチに腰掛けた織乃は、満足げに膝の上でモバイルを開く。さして心配はしていなかったとは言え、無事にトラブルが解決して一安心だ。選手たちにはまだ通達されていないが、今日は大事なイベントがあるのだ。

「──全員集合!」

全員がアップを終え、いざ練習を始めようとしたところでグラウンドにやって来た久遠が選手たちに招集を掛ける。
出鼻を挫かれつつも何事かと集まってきた円堂たちを見下ろして、久遠は口火を切った。

「突然だが、今日お前たちには練習試合をしてもらう。相手はスペイン代表、レッドマタドールだ」
「レッドマタドール?」

あまり聞き覚えのない名前に円堂が首を傾げると、マネージャーと同じく先んじて今日の予定を聞かされていた目金が「僕たちとは別の予選リーグ、グループBの強豪国です」と注釈を加える。

「予選を突破出来るのは上位2チーム。我々は残り1試合……しかもその相手は、現在1位のイタリアだ。他のチームの勝敗次第だが、恐らくこれに勝たなければ予選突破はない」

久遠が話を続ける最中、織乃は選手たちの後方、対岸側の階段からグラウンドに降りてくる人影の一団が見えてそちらに目を向けた。

「同じようにレッドマタドールも、次に勝たなければ予選を突破できない状況に置かれている」

背後から聞こえてきた足音に、円堂たちも気付いて振り向く。
そこに勢揃いしていたのは、赤いユニフォームに身を包んだレッドマタドールの選手たちだった。

「──よって、互いの戦力アップの為、練習試合を行うことにした」




両チーム共に挨拶を手短に済ませ、早速練習試合が始まる。
大会本戦とは関係の無い試合が故に、選手たちもそこまでのプレッシャーを感じずにプレー出来るだろう。新しい連携、必殺技の威力の向上、いつもならぶっつけ本番で挑戦しなければならないことも、今日は失敗してもそれが敗北に繋がることがない。久遠の言ったとおり、これは戦力強化の為の試合なのだ。

「次の試合では、あの技が重要になる!」
「ああ……レッドマタドールには練習台になってもらうぜ!」

ドリブルで前線を上げる鬼道に並走していた佐久間と不動が声を上げたのが分かって、織乃はボールの動きを注視する。
打ち上げたボールを追い3人が跳躍すると、鬼道の指笛を合図に現れたペンギンたちがロケットのように空を旋回した。

「皇帝ペンギン──3号!!」

空気を焼きフィールドを突っ切ったシュートは、キーパーの体を押し退けてゴールネットへと突き刺さる。

「先制点! 良かった……!」
「みんな調子が良いみたいね」

冬花が目を輝かせ、秋も嬉しそうに微笑む。けれど織乃の目は、シュートを決めたにも関わらず険しい表情をしている鬼道の横顔を見つめていた。

「ま、こんなもんか」
「技の完成度も前以上だ。な、鬼道!」

満足げに佐久間は鬼道を振り向いたが、彼は足下を見つめたまま俯きがちになって反応がない。

「鬼道?」
「……ああ」

顎を上げ、鬼道は短く答えて自陣へ戻っていく。どこか様子のおかしい鬼道に、佐久間と不動は怪訝そうに視線を交わした。
その光景を眺め、織乃はそっと眉根を寄せる。

「レッドマタドールの特徴は?」
「彼らはキャプテンケラルドを中心とした、攻撃型のチームです。あのオフェンス技は侮れません……!」

冬花の問いに、ビデオカメラを回しながら答えるのは目金だ。
フィールドではケラルドが染岡を必殺技のマタドールフェイントで躱し、ゴール前へ持ち込んでいる。

「スリング──ショット!!」
「イジゲン・ザ・ハンド!!」

仲間との連携でバネのような勢いで放たれたケラルドのシュートは、円堂の繰り出した障壁を突き破りゴールへと突き刺さった。

「互角の展開ですね……」
「頑張れ、守くん……!」

やはり予選リーグを勝ち抜いてきただけあって、相手の強さは中々のものだ。織乃は口元を押さえレッドマタドールたちのプレーを観察し、冬花は固唾を飲み緊張で小さくなった声でエールを送る。

例え練習試合と言えど、勝利を収めたいのはサッカープレイヤーの性と言うものだ。同点に追い付かれたイナズマジャパンは、点を取り返すべく相手陣内へと切り込んで行く。

「もう1点取るぞ! 皇帝ペンギン3号だ──」
「……ッ鬼道!?」

再び佐久間と不動と並走し敵陣へ入った鬼道が、ふいに一人前線を飛び出した。
向かってくるディフェンスを素早く躱し、中空に身を躍らせた鬼道はそのままシュートを打ち込む。
シュートを受け止めたキーパーはいくらか体を押し込まれたものの、力尽くでボールを上空へと弾き飛ばし得点になることはなかった。

「くっ……!」
「お前、何焦ってんだよ──おい、聞いてんのか!」

苦言を呈す不動の声が聞こえないのか否か、鬼道は踵を返して無言で自陣へ戻って行く。

「鬼道さん……」

やはり今日の鬼道は様子がおかしい。理由の見当はおおよそ付いているが、解決法を思い付かない織乃はただ唇を噛むことしか出来ない。

やがて時刻は回り、試合は1対1の引き分けで幕を降ろした。
勝敗を決めなくて良いところも練習試合ならではだろう。久しぶりに国と言う名の重荷を下ろした選手たちの多くは、どこかスッキリとした顔をしていた。

「決勝トーナメントで会おうぜ!」
「ああ。今度は勝負をつける!」

笑顔で固い握手を交わす円堂とケラルドに、マネージャーたちは誰からとなく拍手をする。

「すごい! 本当にどちらもすごかった……!」
「ホント、練習試合とは思えないくらい!」

いつものような歓声はそこにない。けれど数人の拍手は、百人のそれと比べても遜色ない賛辞だった。選手たちはそれぞれ小さく笑みを浮かべてそれに応える。

──そんな中でも、鬼道の表情は未だどこか浮かない顔ままだ。
レッドマタドールの選手たちが自国のエリアへ帰り、イナズマジャパンの選手たちもクールダウンを終えてぞろぞろと宿福へと戻っていく。
織乃が遠離る赤い背中をぼんやりと見送っていると、ふと両隣に佐久間と不動が並んだ。

「今日の鬼道……変だったよな。やっぱり、次の試合を気にしてるんだろうか……」
「御鏡、お前の彼氏、アレどうにか出来ねえのかよ」
「……多分、あれは鬼道さん自身が解決しないといけないことなんです」

鬼道の様子がおかしくなったのは、佐久間の言う通り久遠がイタリア戦のことを口にしたからだろう。
次の試合で、影山の率いるチームともう一度戦わなければならない──チームKとの試合で影山の落とす闇を振り払ったとは言え、やはり彼の中ではまだ何かが燻ったままなのだ。

「(フィディオさんからも、あれから連絡はない……)」

ミスターKのことをもっと知らなければならない──先日会ったとき、フィディオはそう言っていた。彼もまた、答えに辿り着いていないのだろう。
それほどまでに影山の抱えた闇が深いのか、それとも自分たちが複雑に考えすぎているだけなのか。織乃にそれを判別する方法はない。

「きっと今の鬼道さんは焦ってるだけなんです。あれだけ迷ってぶつかって、自分の答えを出したんだもの」

一歩前へ踏み出して、織乃はこちらを見る二人を笑顔で振り返る。

「今更同じ間違いをするなんて、鬼道さんらしくないでしょう?」
「……ああ。そうだな」
「ハァ。だと良いんだけどな」

不安はあれど、確信を秘めた光を目に宿す織乃に佐久間は緩く微笑んだ。
もしも彼女の予想が外れて、また鬼道が思い悩んで試合に支障を来すようなことがあれば、もう一度背中を蹴っ飛ばして暗いところから引っ張りだせば良いだけだ──そう思えるのである。

「……つーか、俺いま彼氏っつったんだけど否定しねえのな。お前らマジで付き合ってたのかよ」
「…………アッ」

数秒の後、織乃の何とも言えない奇声が上がる。
何人かの仲間が一体何事かと振り向いて、織乃が慌ててそれを誤魔化し、肩越しに振り向いてその様子を確認した鬼道は、真っ赤な顔で身振り手振りしながら何か弁明をしているらしい織乃を見て思わず小さく笑みを零した。

あとはいつも通りの日常、試合に向けて練習に追われる日々を過ごすのみ。残り数日の内にどれだけ研鑽を積めるか、自分との戦いが始まる。
──選手の誰もがそんな風なことを考えていた。

「久遠監督、冬ッペが……!!」

青ざめた円堂が意識を失った冬花を背負い、宿福へ飛び込んできたのはその日の内、夕方のことであった。