Lonely march
冬花が倒れたことで、にわかに動揺に包まれた宿福。
数日の疲れが溜まったかそれとも何か病気にでも掛かったのか、仲間たちは心中穏やかでない一晩を過ごしたのだが──その翌朝、冬花は意外なまでに元気良く宿福に戻ってきた。
「冬花さん! 体はもう大丈夫なんですか?」
「うん、平気。ごめんなさい、心配掛けて」
朝食後、久遠に連れられて帰ってきた冬花にマネージャーたちが慌てて駆け寄っていくと、本人の言う通り彼女は昨日倒れたとは思えないほど晴れやかな笑みを浮かべて頷く。
その様子が昨日までと少し違っているように見えて、織乃は首を傾げた。
「冬花さん……何だか、雰囲気変わりました?」
「え? ……うーん。そう見えるのなら、そうなのかも」
大事なことを思い出したから、と囁かれた声はマネージャーたちには届かない。無茶はしないでね、と眉を下げる秋に、冬花はやはり今までとは少しだけ違う笑顔で頷いた。
「この後すぐミーティングがあるんだけど、参加出来そう?」
「ええ、……あ、だめ。少し他に用事があって」
私のことは良いので始めておいて下さい、と言い残し、冬花は早足に宿福を出て行く。
3人は不思議そうに顔を見合わせつつも、そう言うことならば、と会議室へ向かった。
マネージャーたちがミーティングの準備を整え、5分と経たず会議室には選手全員が集まる。
久遠は冬花が所用で外しているのを知っているのだろう、欠員かいないことを確認すると、ミーティングを始めるよう秋たちに目で示した。
では、と秋は軽く空咳で喉を整え口火を切る。
「いよいよ明日は予選リーグ最後の試合、オルフェウス戦よ。グループAから決勝に進めるのは、上位2チームのみ」
「これが現時点での順位表です」
秋に視線を送られると、春奈がノートパソコンと繋いだテレビモニターに順位表を映し出した。
現在、全ての試合を終えているのはイギリス代表ナイツオブクィーンのみ。残り4チームが1試合ずつを残している。
「1位は2勝引き分けで勝ち点7のオルフェウス、2位が2勝1敗で勝ち点6のイナズマジャパン、3位が1勝1敗1引き分けで勝ち点4のユニコーンです」
秋と並び立った織乃の説明に合わせ、順位表のチーム名が点滅した。
今の時点でイナズマジャパンは2位に収まりはしているものの、最後の試合でアメリカ代表ユニコーンがアルゼンチン代表ジ・エンパイアに勝てば、勝ち点3が加わってユニコーンの勝ち点は7となる。
もしも明日のオルフェウス戦でイナズマジャパンが負ければ、勝ち点は6のまま変わらずユニコーンに逆転され決勝トーナメントに進めず、また引き分けたとしても勝ち点が7でユニコーンと並び、やはり得失点差では決勝トーナメントには進めないという状態だ。
「つまり確実に決勝トーナメントに進むためには、明日の試合……何としても勝たなければならないってことか」
マネージャーたちの説明を総括して風丸が神妙な顔で呟くと、選手たちの表情がより一層引き締まる。
ジ・エンパイアに負けてしまった時点で得失点差で決勝に辿り着けないかもしれないと言うことは、勿論全員が認知していた。それでも、こうして言葉にされると自分たちが追い詰められている≠ニいう現状を改めて思い知るのだ。
「よーし、みんな! オルフェウス戦へ向けて練習するぞ!」
「おーっ!」
拳を振り上げる円堂の表情は力強く、仲間たちもそれに釣られるようにして気勢を上げる。
ここまで来て、追い詰められていると知りながらも怖じ気づくような選手は当然いないだろう。それを分かっていたマネージャーたちは、顔を見合わせにっこり微笑んだ。
選手たちに続き、ドリンクやタオルを入れた籠を持って宿福を出ると、丁度冬花が古株と何かを話し込んでいるのが見える。
「冬花さーん! 練習始まるわよー!」
「あっ……はい! すぐ行きます!」
冬花も用事を終えたらしく、古株に軽く会釈してマネージャーたちに合流した。
グラウンドでは、軽い準備運動を終えた選手たちが早くも練習に打ち込んでいる。
「よーし、行くぞッ!」
先程のミーティングで火のついた選手たちは、いつも以上にやる気が満ち溢れているように見える。円堂に関しては、友人のフィディオと公式に戦えるという点が大きいのだろう。
「鬼道、不動! 皇帝ペンギン3号だ!」
「ああ!」
鬼道が壁山のパスを受け前線を上げたのに合わせ、佐久間と不動がそれに並走した。
頷いた鬼道がゴールを見据えた刹那、彼の脳裏にあの日聞いた影山の言葉がフラッシュバックする。
『復讐だよ。私は日本代表を破壊する』
ゴーグルの奥で細められた目に、一瞬織乃の姿が映る。──もう二度と、彼女にあんな思いはさせたくない。
「っおい、鬼道?」
走る速度を上げた鬼道は、困惑する佐久間と不動を追い越しそのまま単身ゴール前へ持ち込んだ。
「来い、鬼道ッ!」
「……っ!」
真正面から打たれたシュートを、円堂はしっかりと胸元で抱えるようにして受け止める。
満足げに笑みを浮かべる円堂に反し、鬼道は苦しそうに顔を歪めた。
「(ダメだ……もっとパワーを付けなければ……!)」
──そんな鬼道の背中を見つめ、佐久間と不動は顔を見合わせる。ちらりとテクニカルエリアの織乃を見やれば、彼女もまた心配そうに鬼道を見ていた。
「……何だよ鬼道のヤツ。一人でカッコつけやがって」
「……」
昨日織乃の言った通り、あれは自分たちが口を出したところで簡単にどうにかなるものではないのだろう。不動が呆れた風に肩を竦める一方で、佐久間は何か考え込むように鬼道の背中を見つめていた。
時刻と場所は変わり、夕方のイタリアエリア。
オルフェウスの合宿所に戻る道を、フィディオはとぼとぼと歩いていた。
「ミスターKがイナズマジャパンと戦うために考案した必殺タクティクス、カテナチオカウンター≠ゥ……」
手にしたボールを籠に投げ入れながら、ポツリと独り言ちる。
朝から日が暮れるまで、オルフェウスの選手たちはそのカテナチオカウンターを完成させるために延々と同じ練習をさせられていた。
しかし、その必殺タクティクスが完成する兆しは一向に見えず、フィディオを除く選手たちも強まり続ける影山への猜疑心故に練習への意欲そのものをなくしてしまっている。
「(俺は一体どうするべきなんだろう……)」
「──お、フィディオ」
ぼんやりとしているところに名前を呼ばれ、フィディオはハッと顔を上げる。見ると、小包を抱えたラファエレが手招きをしていた。
「丁度良かった、お前に荷物が届いてるぞ」
「俺に……?」
ありがとう、と荷物を受け取ると、ラファエレは一足先に合宿所に戻っていく。
フィディオは改めて包みを見たが、宛先以外何も書いていないようだった。
「差出人がない……誰からだろう?」
自室へ戻り、中身を改めるとそこには手紙と1枚のDVDディスク、そして古いサッカー雑誌が入っている。
手紙を手に取ったフィディオは、紙面に書かれた名前にぱっと笑顔になった。
「──キャプテンからだ!」
練習の疲れも忘れ、フィディオはベッドに腰掛けて手紙を読み始める。
手紙の内容は、フィディオにチームを任せきりですまないという謝罪、そして同封したDVDディスクについてのやや短めにまとまったものだった。
「きっと役に立つだろう=c…?」
首を傾げつつ、フィディオは自室に備え付けられたテレビの再生機にディスクをセットする。
まず画面に映し出されたのは少し霞んだ青空だ。聞こえてくる音は随分と音質が悪い。
「かなり古い映像みたいだな……」
どうやらこれは日本のフロンティアスタジアムと言う場所を舞台にした、韓国対日本代表の親善試合の記録のようだ。
一体この試合を観て何を役に立たせろと言うのだろう──ぼんやりと映像を観ていたフィディオだったが、試合が進むにつれて彼は繰り広げられるプレーに目を奪われていった。
「何だ、このプレーは……!」
藍色の空に星が輝き始める。
廊下の窓から薄雲も掛からず白く輝く月を見上げ、織乃はホッと溜息を吐いた。この空模様なら、明日も良い天気に恵まれそうだ。
「……あ」
ふと聞こえてきた足音に振り返ると、玄関の扉の向こうへ赤い布地が消えていくのが見える。
一瞬の逡巡の後、織乃はそっとそれを追い掛けた。
「まだだ……これではまだ足りない」
足音を殺してそっとグラウンドを窺うと、鬼道はゴールにシュートを打ち込んでは思うようにいかない苛立ちに顔を顰めていた。
声を掛けるべきだろうか、とたたらを踏んでいると、ふいに誰かに肩を叩かれ織乃はその場で飛び上がる。
「あっ、さ、佐久間さん、不動さん……!」
織乃の肩を叩いたのは佐久間だった。佐久間は小さく織乃に微笑むと、不動と2人で鬼道に近付いていく。
「──まだまだ甘いな」
「!」
この時間帯にグラウンドで誰かに会うとは思っていなかったのだろう、鬼道は肩を小さく揺らして振り返った。
「そんなシュートじゃ影山には勝てねーぜ?」
「1人で練習なんて、水臭いじゃないか」
物陰から織乃が2人に続いてそろりと顔を出すと、鬼道はいよいよ気まずそうに眉根を寄せる。自分でも焦っていることは十分自覚していたのだろう。
口を噤む鬼道に、佐久間は諭すような──それでいて力強い声音で言った。
「影山と決着をつけなくちゃならないのは、お前だけじゃないぜ」
「4人の決着は4人でつけんだよ」
不動が道を空けるように半身を捩ると、織乃は表情を引き締め2人の間から一歩前へ出て鬼道に歩み寄る。
「あの人に思い知らせてあげましょう、鬼道さん。私たちが、昔よりずっと強くなったんだってことを……!」
「お前たち……」
鬼道は下ろした拳をぐっと握り締めた。
日本代表を破壊するという影山の野望を阻止しなければならない。それは彼にとっての絶対だ。
ただ──1人で立ち向かう必要はないのだ。心強い仲間がいるのだから、頼れば良い。ただそれだけのことを、自分はいつも見逃してしまう。
小さく、しかししっかりと頷いた鬼道に、織乃は嬉しそうに微笑んだ。
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そして翌日。天気は快晴、コンドルスタジアムにて。
「──シキノ!」
トイレから控え室へ戻る道すがら、聞き覚えのある声に呼び止められて振り向くと、フィディオが駆け足で廊下の先から走ってくるのが見えた。
「フィディオさん……!」
軽く手を振ったところで、今日は敵同士であることを思い出した織乃はぴたりと動きを止めて難しい顔になる。
そんな彼女の心中を察したのだろう、フィディオは目を瞬いたあと「今日は負けないよ」と笑みを見せた。
「あの……フィディオさん。影山さんの様子はその後どうですか?」
「……手の内を明かすことになるから、詳しくは言えないけど」
どうしても聞かずにはいられずに尋ねると、フィディオはしばらく考え込んだ後言葉を選びつつ答える。
「ただやっぱり、あの人のサッカーへの思いは憎しみだけじゃないと俺は思う。今日のプレーで、それを証明してみせるよ」
「じゃ、また後で!」とフィディオは手を振りながら再び駆け足で去って行った。
きっと彼は、彼なりに影山と言う男への答えを見つけたのだろう。織乃は曲がり角の向こうに消えた背中を見送って、ぎゅっと胸の前で両手を握り締めた。
フィールドに両チームの選手たちが揃い、うねるような歓声に包まれながらもピッチは張り詰めた緊張感で満たされる。
そして数秒の後、鋭いホイッスルと同時にイナズマジャパンのキックオフで試合開始された。
豪炎寺のボールを受け、早速ヒロトが敵陣へと切り込んでいく。
「染岡くん!」
「おう!」
敵の間を通すような切れのあるパスが染岡に渡り、そのまま染岡が前線を上げていく。滑り出しは順調だ。
「カテナチオカウンダーだッ!」
「!?」
その時、突然フィディオが声を張り上げる。
怯み、染岡は一瞬走る足を止めたが──何も起こらない。
「もらった!」
「っあ、クソ……!」
時間にして1秒足らずの合間、フィディオを追い抜いたジョルジョが染岡からボールを奪っていく。
「カテナチオカウンターなんてなくても、俺たちのサッカーをすれば負けはしねえんだよ!」
「! まさか、みんな……」
離れ際、言い捨てていくジョルジョにフィディオはハッとして仲間たちの様子を見回して顔色を変えた。
一方で、イナズマジャパンには今起こったことがまだ理解出来ないでいる。
「何だったんでしょう、今の」
「何かをやりかけた気がするんだが……」
それはテクニカルエリアのから見ても同じことで、控えに回る立向居や土方も首を捻っている。織乃は口元を押さえ、ちらりと対岸のテクニカルエリアにいる影山に視線を向けた。
困惑を引き摺る暇もなく、試合は怒濤の勢いでボールの奪い合いが繰り広げられる目まぐるしい展開になる。
「ベント!」
「──ジャンルカ!」
ボールを持ったベントへ、フィディオがサイドから声を掛ける。しかしベントはフィディオの声を無視するように、ジャンルカへボールを回した。
「ん……?」
強い違和感に、織乃は眉根を寄せてオルフェウスの動きを注視する。
その違和感を言語化するより先に、中盤の風丸を抜き去ったジャンルカに素早く身を翻した鬼道がボールをカットしていく。
「豪炎寺──」
鬼道は前方へ目をやるも、豪炎寺を始めFW陣には既にぴったりとマークが張り付いていた。
パスコースを探す隙を突かれ、脇から走り込んだアントンがボールを奪っていく。
「く……っ!」
その後も幾度となく果敢に攻め上がるイナズマジャパンだったが、ボールを持ち込もうとする度にFWへのパスを悉くカットされ前線を上げることが出来ない。
「どうすれば良いんだ……!」
「……」
その時、眉尻を上げた吹雪が意を決しディフェンスラインから飛び出した。
「佐久間くん!」
「!」
相手もまさかDFが上がってくるとは思ってなかったのだろう、佐久間からボールが吹雪へ渡り、そのまま吹雪は駆け上がって行く。
「カテナチオカウンターだ!!」
「っまたか……!」
押し上げられる前線にフィディオが咄嗟に声を上げるも、やはり何か特別なことが起きるでもなく、吹雪は突っ込んできたジャンルカを抜き去って行く。
「よし、抜いた!」
「行かせるか……!」
距離を縮めてくる吹雪に危機感を覚えたのだろう、オットリーノが豪炎寺のマークを外れディフェンスに飛び出してくる。だが、吹雪の狙いはまさしくそれだった。
「今だ、豪炎寺くん!」
「! しまった──」
ようやく自由の身となった豪炎寺は、吹雪とタイミングを合わせるとそれぞれ体に炎と冷気を纏う。
「クロス──ファイア!!」
2色の螺旋を描き放たれたシュートは、フィールドを駆け抜けて、ブラージが必殺技を繰り出す暇も与えずゴールへと突き刺さった。
イナズマジャパンの先制点に、会場は大きな歓声に包まれる。
「やったぁ、先制点ですよ!」
「うん……!」
喜びに両手を挙げた春奈がそのまま秋に飛びついて行く。
イナズマジャパンが喜色に沸き立つ一方で、それに反しフィディオの表情は今まで感じたことのない不安に曇っていた。
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