Gathering of Principals
「それで……夏未。何なんだ、その魔王伝説って?」
グラウンドから場所を変え、一同は談話室に戻ってきていた。
長い話だから順序立てて説明するわね、と夏未は自分の持っていたノートパソコンの画面とテレビ画面を同期させて、1つのファイルを開く。
「これはライオコット島に古くから伝わるお話よ」
テレビに出されたのはそれぞれ白い翼と黒い翼を背に生やした者たちを描いた壁画の画像だ。
そう前置きして、夏未はその壁画に纏わる伝承を語る。
──遥か古代のこと、このライオコット島は天界と魔界が交わる場所と言われていた。
天界の民と魔界の民は、互いに覇権を争い長い戦いを繰り広げたが、中々決着がつかない。不毛に続く戦いを終わらせるために、彼らは人間が用いる力の優劣を決める手段で戦いを始めたのだと言う。
「まさか、それがサッカー……?」
「ええ」
テレビに訝しむような目を向けながら織乃が言うと、夏未は短く答えて頷いた。
「勝負の結果、勝ったのは天界の民。そして魔界のリーダーである魔王は封印され、長かった戦いは終わりを告げた……」
「すっげーなぁ、天界と魔界のサッカーか。本当にいるなら、俺試合してみたいな!」
無邪気に言う円堂に苦笑しながら、夏未は画面を切り替える。テレビには大きな輝きを讃える天界の民の様子を描いた壁画が映し出されていた。
「魔王封印後、天界と魔界の民はライオコット島中央にあるマグニード山に住み着いたと言われているわ」
「へぇ、面白いじゃねえか。俺、こういう話結構好きだぞ。今でも天界と魔界の民っているのかな?」
楽しげに言って尋ねた土方に夏未は微笑んで、あくまでも伝承よ、と付け加える。
「でも、マグニード山に昔から住んでいる先住民の少年たちの中には、天界と魔界の力を操る者がいるとも言われているわ。──で、その伝承の鍵だけど……」
言葉を続けていた夏未は、そこで少し表情を強張らせて画面を更に切り替えた。
映し出されたのは天界の民と魔界の民が争う壁画。その手元を拡大すると、誰かがあっと小さく声を漏らす。
彼らはその手には、今まさにリカと春奈が着けているものとよく似た、白と黒の腕輪のようなものが描かれていた。
「そっくりだな……」
「つまり、古代から伝わる本物と言うこと?」
画面と実物を見比べて、染岡が低く呟く。真剣みを帯びた声で吹雪が尋ねると、「そこまでは分からないわ」と夏未は緩く頭を振る。
「御鏡さんの腕輪だけ壁画にそれらしいものがないと言うのを踏まえると、ただのレプリカかもしれないけど……外れないと言うのは気になるわ」
「でもそれ、鍵には見えないけどなぁ」
リカたちに視線を送る夏未に、円堂が首を捻って呟く。確かに3人の腕にはまっているのは、どこからどう見てもブレスレットでしかない。疑問を口にする円堂に、夏未はこう答えた。
「具体的にどう使ったかは謎みたい。それぞれ天界の民と魔界の民が、何らかの儀式に使ったのではないか──とは言われているけど」
段々と重たくなるその声音に、談話室の雰囲気も薄暗くなっていく。
だが、当のリカと春奈は腕輪が外れないショックから立ち直ったらしく、あっけらかんとした様子だ。
「うちは気にしてへんで? 別に害があるわけちゃうし、なんちゅーても可愛いやん? まぁその内取れると思うで!」
「取れなかったらどうする」
仲間の心配をからからと笑い飛ばすリカに、渋い顔をした鬼道が口を挟む。しかし彼女は「気にしすぎやて」と虫を払うように手を振りながら言った。
「人間が作ったもんやったら、外せるに決まってるやん! これジョーシキ。なっ、春奈」
「そうですね、その内外れますよ! 良いじゃないですか、こういうのカッコ良くて!」
「そうかなぁ……」
リカに肩を抱かれてニコニコしている春奈に、織乃は溜息交じりにぼやいて腕輪を見つめた。
織乃としては、望んでもいない欠陥品を流れで押しつけられたようなものだ。どうにかして早くこれを外したいところなのである。
そんな彼女をまぁまぁ、と宥めて、春奈は勢い良く席を立った。
「さぁっ、そういうわけですから練習です! 決勝トーナメントまで僅かですよ?」
「せや! 勝利の女神が2人も来てんのに、優勝せえへんかったら許さへんで!」
「うーん……まぁお前たちが気にしてないなら、とりあえずいっか!」
それじゃあ練習再開しようぜ、と立ち上がる円堂に、仲間たちも何かスッキリしない気持ちを抱えつつも続々と談話室を後にする。
「──災難だったな」
「ええ、本当に」
憂いの残る目で織乃が腕輪を指でなぞっていると、ふと背後から声が掛かった。
振り返ると、鬼道が眉根を寄せて佇んでいる。
「お前のそれは、壁画にはなかったようだが……」
「はい……やっぱり、露店の人が作ったレプリカ、ですよね?」
一抹の不安が過り、語尾に疑問符が付く。どうだろうな、と答える鬼道の声は少しだけ固く、織乃は自分の頬が引き攣るのを感じた。
「……いざとなったら、金槌か何かで……」
「怪我だけはするなよ……?」
気持ちを切り替えた一同は、再びグラウンドへ集合する。
一度ボールを蹴り始めれば些細な不安も吹き飛ぶというもので、5分と経たない内にグラウンドには溌剌とした声が反響していた。
「よっしゃよっしゃ、みんなレベルアップしてええ感じや! うちらも練習混ざろか、塔子!?」
「おうっ、やろうやろう!」
「ちょちょ、ちょっと待って下さい!!」
練習が始まってからずっとそわそわしてボールを目で追っていた塔子は、リカの思いつきに笑顔になって袖を捲る。
が、それを聞きつけた目金は大慌てで2人の前に立ちはだかった。
「大事な決勝トーナメントを前に、練習メニューもキッチリ作ってるんです! 遊びじゃないんですよッ」
「固いやっちゃなぁ!」
「あたしたちだって遊びじゃないよ! 円堂たちのパワーアップに一役買おうって言ってんの!」
険しい声で嗜める目金以上に目尻を釣り上げて反論するリカと塔子に、先程の威勢はどこへやら、目金はあっという間に縮こまる。
助けて下さい、と目で訴えられたマネージャーたちは苦笑して顔を見合わせた。
「監督に頼んでみましょうか?」
そう提案して春奈は辺りを見回したが、グラウンドに久遠の姿は見当たらない。そこで冬花がふと思い出したように口を開く。
「お父さんなら、響木さんと一緒に出掛けてます」
「あらら、タイミングが悪かったですね」
「うぐぐ……な、何とか言ってやって下さい御鏡さぁん!」
今にも胸倉を掴まれそうになっている目金が悲鳴を上げると、織乃はやれやれと肩を竦めて2人に声を掛けた。
「優れた選手であるリカさんと塔子さんが協力してくれるなら、尚のこと改めてメニューを組んだ方が成果が出ると思うんです。ですから、今日の所は我慢してもらえませんか?」
「ふん……そういうことならしゃーないな」
織乃が言うとリカはたちまち機嫌を直して、胸を聳やかす。塔子は「そこまで言うなら分かったよ」と渋々な様子ではあったが、2人が大人しくベンチに戻ったのを見て目金はホッと胸を撫で下ろす。
一方で、テクニカルエリアでそんなやりとりが起きているとも知らず、選手たちはそれぞれ練習に夢中だ。
「よーし、もう一発頼む!」
特に豪炎寺や吹雪のシュートを相手に練習をしている円堂は、打てば打つほどボールに対する反応が良くなっている。アメリカ対アルゼンチンの試合が終わった直後こそ表情にはあまり出していなかったが、やはり決勝トーナメントに出場出来るという気持ちがが今まで以上に彼の力を引き出しているのだろう。
──そんな彼を夏未はどこか寂し気な笑みで見つめて、ふいにベンチから腰を上げた。
そのままどこかへ去ろうとする彼女の背中に、秋が声を掛ける。
「夏未さん。そろそろマネージャーに復帰しない?」
立ち止まった夏未が頷く気配はない。そのまま、彼女は静かに口を開いた。
「……まだ、やることがあるから」
「何や、やることて?」
マネージャーやリカたちの不思議そうな顔を振り返り、夏未は眉を下げて微笑む。その表情は困っているような寂しがっているような、複雑な色が入り交じっていた。
「私、これでも結構忙しいのよ?」
そう言って前に向き直った彼女の目に、ふと見慣れない人物が留まる。
ダークブラウンの髪に青い瞳と揃いのユニフォーム。あれは、と呟いた夏未の視線を追ってその人物に気が付いた織乃と塔子が、あっと声を上げた。
「フィディオさん!」
「イタリアの白い流星じゃん!」
興奮気味に叫んだ塔子の声が聞こえたのだろう、振り向いた円堂もまたフィディオの存在に気付き、目を丸く見開く。
「フィディオ!」
「マモル!」
「何だ何だ、敵情視察か?」
次々と仲間たちもフィディオに気が付き、ボールを追っていた足を止める。不動が揶揄うような声で言ったが、言葉に反しその声に敵意はない。
「何だよ、突然! あ、そうだ。一緒に練習しないか!?」
「良いね! ボールをくれ!」
軽く手を挙げて応えたフィディオに、よしきた、と円堂はボールを蹴って寄こす。
それをトラップで受け止めたフィディオは、何故かゴールとは明後日の方向へシュートを打った。
何事かと反射的にその行方を追うと、続けざまに新たな人影がグラウンドに飛び出してくる。
「──テレス!?」
登場したのはアルゼンチン代表のテレスだった。驚く円堂にニヤッと口角を上げたテレスがそのままボールを逆サイドに打つと、更に3人の人影がグラウンドに現れた。アメリカ代表のマークとディラン、そしてイギリス代表のエドガーである。
「マーク、ディラン──エドガーまで!」
ユニコーンの2人からボールを受け取ったエドガーは、言葉もなく円堂に向かって必殺シュートのエクスカリバーを放った。
これを受けるのも久し振りだ。円堂は好戦的な笑顔になって応戦する。
「イジゲン・ザ・ハンド《改》!!」
展開された半球状の障壁を滑り、シュートはゴールの向こう側、宿福の方向へ跳んでいく。
それを見送り、フィールドに着地したエドガーはにこりと微笑んだ。
「──見事だ」
イギリス、アルゼンチン、アメリカ、イタリア。これまでに戦った各チームの主力選手が揃い踏みだ。テレビの向こう側でしか彼らを見たことがなかったリカと塔子は、5人の登場に目を輝かせる。
「すげーっ、他の国の代表選手に会えるなんて!」
「きゃ〜〜〜〜ッ! イケメン軍団やぁ!!」
ただし、その方向性にはズレがあったが。
「ダーリンを失ったうちにこんなイケメンを授けてくれるやなんて……この腕輪、早速ご利益あったな〜!」
「別にリカさんの為に来たわけでは……」
腕輪に頬擦りするリカに目金が呟くが、テンションの上り詰めた彼女にそんな声が届くわけもない。
これは練習どころではないと、選手たちはベンチ前に集まって、円堂は「みんな揃ってどうしたんだ?」と彼らに尋ねた。
「マモル。彼らはジャパンのみんなに、言いたいことがあるそうだよ」
「言いたいこと?」
代表して口火を切ったのはフィディオだ。首を傾げた円堂に、エドガーがフィディオの隣に進み出る。
「まずは、イナズマジャパンの決勝トーナメント進出決定に、イギリスを代表してエールを送りたい。おめでとう」
「エドガー……! ありがとう!」
微笑みと共に片手を差し出すエドガーに円堂が嬉しそうに応え握手を交わすのを、マネージャーたちは笑顔で見守った。
イギリスとの試合が終わった後も勿論握手はしたが、あの時は両者共に心のどこかにわだかまりがあってこんな清々しい気持ちではなかっただろう。
「思い出さないか? 俺たち、ここでちょっとしたゲームをやったよな」
ふとそんな事を口にするマークに、それまでニコニコしていた秋はあっと小さく声を上げた。
「イギリス戦の前の日……!」
「って言うと……」
「親善パーティーがあった日?」
宙に視線を泳がせ、織乃と春奈は顔を見合わせる。
あの日は確か、円堂のパーティーの準備が遅れ、それを1人待っていた秋は後から彼に背負われて登場したのだ。
大方練習に夢中になっていたのだろうと予想はしていたが、まさか他の代表選手とそんなことをしていたとは初耳だ。成る程な、と日を跨いでようやく得心がいったらしい鬼道が顎を摘まむ。
「エドガーはいなかったけど、ミーたち4人の誰がシュートを決めるかってね」
「勿論覚えてるさ!」
思い出を語るディランに、円堂は大きく頷いた。
あの時は楽しかったな、と彼が言うと、エドガーは少し呆れたように肩を竦める。
「そのお陰でパーティーには随分と無粋な格好でやって来たんだったな?」
「いやぁ、悪かった! つい夢中になっちゃってさ」
確かにあれは思い出してもあまり褒められた行動ではなかった。円堂が苦笑しながら謝る一方で、あの夜のことを思い出したらしい秋はほんのりと頬を褒めていた。
「──円堂。お前に言いたいことがあると言い出したのは俺なんだ」
ふいに、それまで黙っていたテレスが口を挟む。
それまでの雰囲気に反し、どこか固い声に円堂はハテとそちらに視線を向けた。
「あのゲームをやった日のことを謝罪したい」
「謝罪って、そんな大げさな……」
慌てて手を広げる円堂に、テレスは頑として首を振る。
「あの時俺は、ジャパンなんて大したことないと高をくくってキーパーのお前を無視して戦っていたんだ」
そこまで言って、テレスは自らの行いを恥じるように重たい溜息を吐いた。
そして一転、エドガーやマークたちを一瞥しながらニカ、と歯を見せて笑う。
「ところがこの結果だ。みんな驚いてるよ、ジャパンがこれほどの力を秘めていたとは──ってね」
「私も、今回の結果を戒めとするよ」
テレスの視線を受け、そう言葉を続けたのはエドガーだ。胸のエンブレムに手を添え、彼は円堂とその仲間たちに目を向けた。
「世界は広い……まだまだ上がいる。そして、その上にいたのは紛れもなく君たちイナズマジャパンだった」
「アメリカの分も、頑張ってくれよ!」
「ギンギンにね!」
「同じグループAを戦った者として、イタリアとジャパンの健闘を祈る!」
口々に賞賛と激励をするテレスたちに、円堂は弾けるような笑顔で頷いてフィディオと顔を見合わせる。
「みんな……ありがとう! フィディオ、お互い頑張ろうな!」
「ああ。決勝戦で会おう、マモル!」
固い握手を交わす2人を、周囲は暖かい気持ちで見守った。戦いを経て互いの健闘を讃え合い、彼らはこの瞬間本当の意味で友となったのだ。
「──そうだ! こんだけのメンバーが揃ったんだ、一緒に練習やろうぜ!」
「それは良い!」
そこで、円堂が唐突に大きな声を上げた。
マークたちはその提案に一も二もなく快諾し、イナズマジャパンの選手たちもまたそれに賛成しているのを見て、春奈は隣の織乃にこそりと声を落として話し掛ける。
「良いんですかね? 監督もいないのに……」
「う〜ん……みんなもうやる気になっちゃったしなぁ」
フィディオとは一度敵としても同じチームでも戦ったこともあるし、イナズマジャパンに新しい戦術がない今、この練習で次の試合への対策を打たれるようなこともないだろう。
それに何より、あそこまでやる気に満ち溢れた彼らの気力を削いでしまうのは心苦しい。織乃は苦笑して、良いんじゃないかな、と頷いた。
「それじゃあ、今日は遠慮なくゴールに打たせてもらうとしよう!」
「いっそ2チームに分かれて、ゲームをすると言うのはどうかな」
「良いな、そうしよう!」
エドガーの提案に円堂はより一層瞳を輝かせたが、はたとその場にいる選手の数を指差し数えて眉根を寄せる。
「でも、それだとどっちかが10人になっちゃうな……」
「っはいはーい、あたしやる!!」
これで11人になるだろ、と真っ先に手を挙げたのは塔子だ。
弾かれたように立ち上がって円堂たちに駆け寄って行った塔子に、冬花は隣に座ったままのリカに目を向ける。
「リカさんはやらないんですか?」
「今日はイケメン鑑賞する日や!」
冬花の問いにリカの答えは安定している。はは、と空笑いした冬花の頬は少しだけ引き攣っていた。
「みんな、良いよな?」
「ああ、勿論」
円堂の確認にエドガーたちが頷くと、やった、と体を弾ませた塔子は早速準備運動を始める。
「よし、チーム分けはどうする──」
「そりゃあモチロンくじ引きや!!」
フィディオの言葉が終わらない内に、先程までベンチから離れる様子のなかったリカが卒然と彼らの前に飛び出した。
その手にはこの数分の会話の内にいつの間に用意したのか、割り箸で作ったクジが握られている。
「赤と白の2色用意したで。同じ色同士でチームを組むんや。円堂、立向居! 最初はあんたらや!」
まずはキーパーを分けんとな、と突然その場を仕切り出したリカにフィディオとエドガーとすっかりたじろいでしまったのを「気にしないでくれ」と苦笑いしながら円堂は彼女の手からクジを引いた。
結果、立向居は白組、円堂は赤組に振り分けられ、キーパーが決まったところでリカの進行によりチーム分けはそのまま滞りなく進められていく。
「──何だか、天気が崩れてきましたね」
「あら、本当……」
ふと何となしに頭上を見上げた織乃が呟くと、この練習に興味が沸いたのだろう、ベンチに戻った夏未が同じく空を見て眉根を寄せる。
雨が降らないと良いんだけど、と彼女たちの願いを塗り潰すように、空にはどんよりとした灰色の雲が広がり続けていた。
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