Conflicting Apostles
日本エリアに海外の代表選手たちが集まるのと時を同じくして、セントラルエリア・総合病院。白い壁や天井に、さわさわと囁く声やマイクで少し拡大されたアナウンスの声が反響する。
1人、また1人と患者が奥に消えては戻って来る中、久遠は長椅子の隣に腰掛けた響木が浅い溜息と共に胸をさするのを見て気遣わしげな視線を向けた。
「──そんなに悪くなっていたんですか」
「すまなかったな……君にはもっと前から知っておいてもらうべきだったかもしれん」
白髪になった眉を下げて言う響木に、円堂たちには、と続けて尋ねると、彼は小さく首を振る。
「まだ黙っていて欲しい。余計な心配を掛けたくない」
「……分かりました。選手たちもここまで来たんです、最後まで彼らの戦いを見届けてやって下さい」
病院の奥で子供がけたたましく泣き叫ぶ声が微かに響く。大方注射でも打たれたのだろう。含み笑いをしながら、響木はしっかりと頷いて見せた。
「分かっている。あいつらの戦いを一番見届けてやりたいのは、この俺だからな」
サッカーを憎み、愛し、逝ってしまったかつてのチームメイトの為にも、そして自分の恩師のためにも、それだけは絶対だ。不調を訴え続ける胸を押さえ、響木は口角を持ち上げる。
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「それじゃみんな、用意はええな?」
「ああ!」
少しずつ悪くなっていく空模様を尻目に、チーム分けを終えた円堂たちはそれぞれフィールドに入っていく。
立向居がキーパーになった白組は鬼道、豪炎寺、不動、佐久間、虎丸、飛鷹、綱海。そしてマークとディラン、テレス。
対し円堂がキーパーになった紅組は吹雪、壁山、染岡、ヒロト、土方、風丸、木暮、塔子。そしてエドガーとフィディオだ。
「面白くなりそうじゃないか!」
「ジャパンのみんな、よろしくな」
「おう! こっちこそよろしくだ」
「今日の試合、良い思い出になるッス……!」
綱海がこちらを振り仰ぐマークやディランにもいつもと変わらぬ様子で接する一方、壁山はやや緊張気味である。
マネージャーたちがワクワクしながらゲームの始まりを待っていると、ふと土方が何か思いついたようで「おーい!」とそちらに声を掛けた。
「誰かビデオ撮っといてくんねーか!? 記念に弟たちに見せてやりてえんだ。世界の強豪たちと同じチームなんて、すげー自慢になるからな!」
「はーい、私撮っときます! 任せて下さい!」
頷いた春奈は傍らの鞄からハンディカメラを取り出して、張り切ってレンズをフィールドに向ける。
全員の準備が完了したことを確認し、ゴール前に立った円堂は掌を打ち鳴らした。
「さぁ、みんな! 決勝トーナメントに向けて、気合入れて行くぞ!!」
「おーッ!!」
選手たちが拳を突き上げると、さて、と改まった目金がホイッスルを手に取りライン際へ進み出る。
「え〜、それでは紅白戦を始めまーす! 僭越ながら、僕が主審を務めさせて頂きます! キックオフは白組からです!」
「白組、ギンギンに行こうぜ!」センターサークルにディランと豪炎寺が入ったのを確認して、目金は片手を頭上に挙げた。
「それでは……試合開始ッ!」
宣言と共に、高らかにホイッスルが鳴り響く。
しかし、その瞬間遠くの空でゴロゴロ──と落雷が轟いて、選手たちは思わず動きを止めて空模様を窺った。
「雷まで……」
「おかしいな、今日はずっと晴れの予報だったんですけど」
空を見上げ眉を顰める織乃に、カメラはしっかりとフィールドに向けたまま春奈が首を傾げる。
「構うもんか。雨だろうが何だろうが関係ねえ、練習だ練習──」
染岡がそんなことを言った次の瞬間、近くで雷の落ちる音が響き、マネージャーたちが一斉に悲鳴を上げた。
「今のやばくない……?」
「大丈夫だって、多分近所でにわか雨でも降ってんだろ」
耳を塞ぎながら怖々と空を見る木暮の頭をがしがしと撫で繰り回して、土方が豪快に笑う。
確かに、空は暗いがグラウンド周辺に雨の気配はない。
それでも万が一と言うこともある。織乃が急いで洗濯物を室内に避難させに行く間、選手たちは練習を続行することにした。
一度走り出してしまえば天気のことなど忘れてしまったようで、選手たちは夢中でボールを追い掛ける。
海外選手を仲間に入れた即席のチームにも関わらず、両者の連携はスムーズだ。きっと彼らが優れた選手であると言うのが一番の理由だろうが、これが何の制約もないゲームであると言うことが彼らにのびのびとしたプレーをさせているのだろう。
──が、それを楽しんでいたのも束の間のこと。
近くでまた大きな雷が鳴り響き、流石の選手たちも一旦ボールを追うのを止めて真っ黒い空を眉を顰めながら仰いだ。
「どうする、続けるか?」
「う〜ん……」
尋ねる風丸に、円堂がしかめ面で唸ったその時だ。
「きゃあッ!?」
雷が鳴ったわけでもないのに、秋たちがまた急に悲鳴を上げる。
驚いてそちらを見ると、リカと春奈、それぞれの着けた腕輪が不思議な光りを放っている。明らかに異常な現象に、円堂たちは目を見開いた。
「な、何でこんなんなってんの!?」
「何なんですか……!?」
2人は信じられないような目で妖しく輝き続ける腕輪を
見下ろす。
煌々とした光は何かを呼ぶかのように揺らめいて、収まる気配はない。
「これ、夏未さんの言ってた話の……?」
「まさか! あれは伝説よ!?」
怯えの滲む声で冬花が口にすると、夏未は目を丸くして咄嗟に言い返す。
「あのじいさんたち、絶対怪しかったもん……やっぱり何かあるんだよ!」
塔子が憤った様子で言う一方、海外組は突然どよめきだしたイナズマジャパンの面々を見回して何が何だか分からない顔をしている。彼らは魔王伝説の話を聞いていないのだから、当然の反応だろう。
「マモル、一体何が起きて……」
困惑しながら、フィディオが円堂に声を掛けようとした次の瞬間だった。
──ゴゴゴ、ズドン!!
轟音と共にグラウンドの一角にあったライトに、突如大きな雷が落ちる。
がしゃん、と響いた音は春奈の手からカメラが落ちた音だろうか。落雷の衝撃でグラウンドには凄まじい突風が巻き起こり、円堂たちは反射的に顔を庇った。
「うっ……」
風が収まるのを感じ取った円堂は、そろりと目を開く。
生温い風に乗って漂ってくる、プラスチックや金属が融けた嫌な匂い。それに顔を顰めていると、対岸のゴールにいた立向居がギョッとした声を上げた。
「円堂さん! 上!!」
「えっ?」
その言葉にハッと後ろを振り仰ぎ、円堂は瞠目した。知らぬ間に、ゴールポストの上に見知らぬ少年がフィールドか掠ったボールに足を置いて悠然と立っている。
白を基調とした装束、背中に翼のようなものを背負い、雷光に照らされるそのシルエットはまるで──
「ててて、天使……!?」
「何だよ、お前ッ!」
「随分と妙な格好をしているね」
尻餅を突いて怯える壁山、威嚇する綱海、険しい目つきになるヒロトにも反応らしい反応を見せず、少年は突然ボールを天へと打ち上げた。
反射的に一同がそれを目で追うと、彼は三つ編みに揺った長い赤茶の髪を翻しボールと同じ高さまで跳び上がり、最高点から地面目掛けてシュートを放つ。
「うわあああッ!!」
「キャーーッ!!」
雷鳴と共にグラウンドに激突したシュートの破壊力は凄まじく、フィールドにいた選手は為す術無く吹き飛ばされマネージャーたちも風圧でひっくり返ったベンチから転げ落ちていく。
「ううっ、何やねん……、!」
舞い上がった土煙が晴れ、顔を上げたリカは絶句した。
先程の少年が、いつの間にか目の前に降り立っていたのだ。
「──迎えに来た」
驚きで言葉を失ったリカに、短く告げた少年は彼女の額へ人差し指を向ける。
するとリカの目からはたちまち生気が抜け、その場から動かなくなってしまった。
「っおい、リカに何するんだ!!」
吹き飛んだ衝撃から立ち直った円堂が、リカの異変に気付き走り出す。しかし少年は円堂に不遜な目を向け、転がったボールに足を掛けた。
「人間──邪魔をするな!!」
声を荒らげた少年の打ったシュートが、円堂の鳩尾に直撃する。
「円堂!!」シュートに弾き飛ばされた円堂は痛みでその場に蹲り動けなくなったが、それを気に掛ける風丸たちもまだ動ける状態ではない。
少年は意識を失い動かなくなったリカを容易く横抱きにして、円堂を冷たい目で見下ろした。
「これ以上の邪魔立ては、恐ろしい結末を迎えることになるぞ」
「くっ……!」
「──きゃああッ!!」
まともにやり取りをする間もなく、再び響いた悲鳴に円堂たちは今度は何事かとそちらを振り向く。
見るとへたり込んだ春奈の前に、こちらもまた見知らぬ少年が立ちはだかっている。逆立てた茶色い髪、黒い装束に悪魔のような羽を背負った出で立ちは、先程現れた少年とはまるで対照的だ。
「ちッ……もう嗅ぎつけたか」
白衣の少年は舌打ちをすると、その黒衣の少年へ向かって先程円堂にしたようにシュートを放つ。
だが向かってくるボールに気付いた黒衣の少年は、簡単にそれを胸で受け止めてしまった。
落ちたボールを足で押さえ不敵に口角を持ち上げた彼に、シュートを止められることは予想の範疇だったのだろう、白衣の少年は目を吊り上げる。
「失せろ! ここはお前たちのような邪悪な者共の来る場所ではない」
「偉そうに言ってんじゃねーよ。お前こそ消えろ! 世界は魔王と魔界軍団Zが支配するって決まってんだよ!!」
「笑止! 世界を統べるは天の輝きのみ……天空の使徒が、今お前をここで成敗してくれよう」
互いに睨み合い舌戦を繰り広げる2人の少年に、イナズマジャパンとフィディオたちは怪訝な目を向けた。
「魔王? 天空の使徒……!?」
「やっぱり、本物の天使と悪魔ってことッスか!?」
「うるせえんだよ人間共ッ! ガタガタ抜かすとお前らの魂も食っちまうぞ!!」
囁き合う彼らに黒衣の少年が噛みつくと、それに呼応するように雑木林に雷が落ちる。
ひええ、と悲鳴を上げ抱き合う壁山と目金を一瞥しながら、白衣の少年はじとりとした目を黒衣の少年に向ける。
「黙れ、不浄の者」
「へっ……」
端的な罵倒を鼻で笑い、黒衣の少年はふいに春奈に歩み寄ると、その肩を乱暴に掴んだ。
「きゃっ──」
「春奈ぁッ!!」
引き攣った声を上げる春奈に、痛みを振り切った鬼道は弾かれたように地面を蹴る。
「妹を離せ!!」怒声を上げ駆け出した鬼道に目を細めた黒衣の少年は振り向き様、足下にあったボールに向かって思い切り足を振り抜いた。
「ぐあっ……!」
「お、お兄ちゃん!!」
腹に強烈なシュートを受けて後ろに吹き飛ぶ兄に、春奈は咄嗟に駆け寄ろうとする。だが、黒衣の少年は彼女の腕を掴み強引に自分の方へと引き寄せると、恐怖に歪むその顔を覗き込んだ。
「お前は選ばれた=B魔界にな」
そう言った少年の瞳が怪しく輝くと、春奈の目からもまた生気が消え彼女は力無くその場に崩れ落ちる。
「ふん、手間の掛かる──」
「その子に触らないでッッ!!」
呟き、少年の手が春奈の体を引き上げようとした刹那。
激しい怒号につられ顔をそちらに向けた少年の眼前に飛び込んできたのは、革靴の裏側だった。
「──ぶっ!?」
「ッ御鏡!?」
炸裂したドロップキックに、少年が後方に蹴りとばされる。中庭で洗濯物を取り込んでいた織乃が戻って来ていたのだ。
倒れた春奈を守るように着地した織乃は、ちらりと目を瞬いている白衣の少年の方を見やる。
あちらは既にリカを抱きかかえている。迂闊に攻撃すれば彼女まで傷付けかねないだろう。織乃は改めて目の前で体勢を戻した黒衣の少年を睨みつけた。
「せやァッ!!」
「ぬが──このっ……調子に乗るなよ、人間風情が!」
突然の攻撃に余程驚いたのだろう、少年は矢継ぎ早に繰り出された鋭い蹴りを避けきれず、織乃の爪先が鼻先を掠めていく。
そして突き出された拳をバチン! と掌で受け止めると──その手に着けられた腕輪を目に留めて、眉を上げた。
「チィッ! 面倒くせえなっ……と!!」
「うぐ──うわあッ!?」
言葉通り嫌なものを見たとでも言いたげに大きく舌打ちをした少年は、受け止めていた織乃の拳を払い除け、彼女が体勢を僅かに崩した瞬間その胸倉を片手で鷲掴んで一息で後方に放り投げた。
「御鏡!!」
「ったく、無茶してんじゃねーよ!!」
その背中が地面に直撃する寸前にどうにか半身を滑り込ませた鬼道と不動に体を受け止められ、「す、すいませんっ!」と謝罪を口にしながら織乃は悔しげに黒衣の少年を睨みつける。
ふん、と鼻を鳴らした少年は、そのまま素早く倒れたままだった春奈を横向きに抱えた。
「春奈──ッ!!」
ぐったりとした春奈に鬼道が手を伸ばした矢先、再び大きな雷がグラウンドに落ちる。
眩い雷光に目を瞑ったのも束の間、次に視界が開けたときには春奈とリカも、そしてあの少年たちも忽然と姿を消していた。
「消えた……!」
「2人とも連れて行かれちゃった……今の、一体何だったんですか!?」
立ち上がり、辺りを見回しながら織乃は疑問を口にする。彼女は1回目の落雷の音を聞きつけて中庭から大急ぎで戻ってきたので、グラウンドに辿り着くまでの数分に何が起きたのかを把握していないのだ。
俺たちも分からないんだ、と円堂を抱え起こしながら風丸は眉根を寄せた。
「リカたちの腕輪が光ったと思ったら、雷が落ちるのと同時に突然現れたんだ。自分たちのことを天空の使徒だとか、魔界軍団Zだとか言ってたけど……」
「2人ともどこに連れて行かれたんでしょう……そもそもあいつら、本当に天界と魔界の奴らなんですか!?」
「そんなの分かんねーよ!!」
語気に焦りを滲ませる虎丸に、綱海の苛立った声が食い気味に被さる。
混乱する仲間たちに、グッと唇を引き結んだ円堂が前に進み出た。
「っとにかく、まだ遠くには行ってないはずだ。追い掛けよう!」
「探すって言ったってどこを? どこに行ったかも分からないんだよ」
真っ当な意見を出すヒロトに、どこでも良いから探さなきゃ、と円堂は頭を振って返す。彼もまた混乱が収まりきっていないのだろう。
織乃は雷の落ちたライトを見上げ、薄く唇を開く。ライトからは、まだプスプスと煙が上がっていた。
「天界と魔界……この島のどこかに、そう呼ばれるような場所が……?」
視線を降ろすと、ふと自身の右手に填まった腕輪が目に入る。それをゆるゆると指先でなぞって、織乃はあの老人の言葉を思い出す。
「導き≠フ鍵──……わっ!?」
「うわっ、今度は何だ!?」
急に織乃が大きな声を上げると、一同は咄嗟に身構えそちらを振り向いてギョッとした。
織乃の腕輪が、あの時のリカと春奈のものと同じように光を放っている。
けれどその光はすぐに小さくなり腕輪に填め込まれた石ほどのものになると、今度はそこから真っ直ぐな光線へと変化した。
「えっ、ななな、何!?」
「ちょっと待って──落ち着いて、シキノ!」
慌てふためく織乃を制し、フィディオは彼女の右手を取る。
そしてそれを胸の高さまで持ち上げると、腕輪から放たれている光の線を目で追い掛けてハッと声を上げた。
「マモル! この光……マグニード山を指し示してる」
「何だって?」
目を瞬いて、円堂は光線の先を見上げた。織乃が腕を動かしても、光線は方位磁石のようにマグニード山を示し続けている。
「あの伝承が真実だとしたら……その光がマグニード山へ導こうとしているのも納得が行くわね」
口元を押さえ、神妙な面持ちで呟く夏未に円堂たちは揃ってマグニード山を見上げた。
このタイミングで光を放った織乃の腕輪。天界と魔界の民が住み着いたと言われるマグニード山を指し示す光。とても無関係だとは思えない。
「……何にせよ他に手懸かりはない。円堂」
「ああ。みんな、マグニード山へ向かうぞ!!」
「っ私も行きます!」
選手たちが走り出そうとすると、織乃が前に進み出た。「本気かよ、織乃!」と彼女を止めるのは目を丸くした塔子である。
「あのおじいさんたち、この腕輪を『導きの鍵』だって言ってた……もしかしたら、私にも何か出来ることがあるかもしれません」
それに、あの時自分が黒衣の少年に遅れを取っていなければ春奈は助けられたかもしれないという悔しさもある。意思を変える様子のない織乃に、塔子は困った様子で円堂を振り向いた。
円堂は織乃の真剣な目を見据え、小さく頷く。
「──分かった。御鏡も一緒に来てくれ!」
「はい!」
「みんな、気をつけてね!」心配そうな秋たちに見送られ、一同は織乃の腕輪が示す光を頼りにマグニード山へ走り出した。
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岩山をそのままスプーンで削いだように作られた山道は、お世辞にも走りやすいとは言えない。
それでも泣き言を言うだけの暇もなく、選手たちと塔子、織乃はマグニード山の中腹へ繋がる道を進んでいく。
「──あっ!」
「塔子?」
切り立った岩山の道をしばらく進むと、やがて大きな岩壁が見えてきた。
塔子はその壁の前に佇む人影を見つけると、小さく叫んで走る足を速め円堂たちを追い抜いていく。
「あんたたち、ここで何してんだよッ!」
「……!」
彼女が噛みついた人物を遠目から確認した織乃の目が僅かに吊り上がる。そこにいたのは、あの時の露天商の老人たちだった。
老人は塔子を見ると、ほう、と呟く。
「やはり伝承の鍵はお前さんを選ばなかったと見える」
「よい、それでよい……」
問いには答えず、表情も変えずに淡々と呟く老人たちに不気味さを覚えた塔子は、怒りも忘れ小さく後退った。
「何なの、あんたたち……!」
「知ってるのか?」
塔子に追い付いた円堂が尋ねると、塔子は気を取り直し老人たちをキッと睨みつける。
「伝承の鍵をあたしたちに押しつけたのは、あのじいさんたちなんだよ!」
「えっ!?」
「本当か?」
それを聞いた鬼道から、抑えきれない怒気が湧き上がる。
間違えるもんか、と塔子は爪が食い込むほど強く拳を握り締めた。
「あんたらのせいでリカと春奈が……!」
「塔子さん!」
老人に掴み掛かろうとする塔子を、織乃がその肩を掴んで止める。ウウ、と唸り声を漏らし悔しげに奥歯を噛み締める塔子を宥める織乃の手に、未だ光を微かに放つ腕輪を見留めた老人たちは眼鏡をキラリと光らせた。
「ほっほ……やはり、鍵に導かれてきたか。どうやらあの娘さんたちを取り戻しに来たみたいだなぁ」
「当たり前だ!」
「2人はどこにいる?」
語気を強くした円堂と豪炎寺が答えると、2人はゆっくりと、それぞれ天と地を指差してみせる。
「セインが束ねる天空の使徒住まうはヘブンズガーデン」
「デスタが従える魔界軍団Z蠢くはデモンズゲート」
注釈されたのはそれぞれの組織のリーダーの名前──恐らくは先程の2人の少年のことだろう。土地の名称に、「如何にもって感じの名前だな」と風丸が呟く。だが、今は名前など気にしている場合ではない。
「例え地獄の底だろうと、俺は春奈を助け出す!」
「その意気だ、鬼道。天使よりも悪魔よりも強いものは、人間の絆だってことを教えてやろう!」
憤る鬼道に、佐久間がその肩を叩いて同調する。
老人たちは何がおかしいのか、髭を揺らしてゆったりと笑った。
「ふふふ……人間の絆とは」
「見せてもらいたいものよ」
そんな2人を強く睨みつけながら、それで、と塔子は辺りを見回す。
「そこへ繋がる道はどこにあるの? ここ、突き当たりじゃんか」
何か事情を知っていそうな彼らがこんなところにいるのだから、ここがただの行き止まりだとは思えない。
すると老人は少しその場から動いて、織乃に声を掛けた。
「その道を開くための導きの鍵じゃ。鍵は鍵穴に差し込んでこそその役割を発揮する……さぁお嬢さん、ここに右手を」
「ここに……?」
老人が手で示したのは何の変哲もないただの岩壁である。だが、光が指しているのはこの壁の向こうのようだ。
眉を顰めた織乃は岩壁に近付くと、そこに腕輪と同じゴブレットの模様が小さく彫られていることに気付く。
「──ぅ、え!?」
何の気なしにそこへ右手を伸ばすと、指先が岩壁にするりと潜り込む。まるで液体に手を突っ込んだような感覚に、織乃は思わず手を引っ込めた。
「どうなってんだ!?」とそれを見た綱海や土方が岩壁にぺたぺたと触ってみるが、何の変化もない。
「……っ」
「御鏡……!」
唾を飲み込み、もう一度壁に右手を伸ばす。そして更に前へ進もうとする彼女を、鬼道は咄嗟にその左手を掴んで引き留めた。
「──大丈夫です」
「っだが!」
「私、春奈ちゃんとリカさんを助けたい。鬼道さんが今の私の立場だったら、同じようにするでしょう?」
織乃は肩越しに仲間たちを振り返ると、大丈夫です、ともう一度言って微笑んで、冷たくなった鬼道の指先をギュッと握り返す。
「2人のこと、お願いしますね」
「──ああ。絶対に助けてみせる!」
円堂が険しい顔で力強く頷くと、織乃はするりと鬼道の手を離して壁の中へと入って行った。
そして、とぷん──とその背中が岩の向こうに完全に消えると、突然足下の地面が震動を始める。
「なっ、何だ!?」
蹌踉めく体を踏ん張らせて周囲を警戒していると、先程まで崖だった岩が見る見る内に隆起していく。
呆然とそれを見守っていると、やがて右側には山の上へ続く道が、左側には山の地下部分へと続く道が現れた。
「鍵は1つ目の役目を果たした。行くが良い、天界への道は上じゃ」
「魔界への道は下じゃ」
「っあなたたちは、一体何者なんです!?」
絶句する円堂たちに構わず、老人たちはそれぞれ現れた道を指差す。
立て続けに起きる理解の及ばない出来事にフィディオが尋ねるが、老人はただ笑うばかりだ。
「気に入らねえな……まるで楽しんでるみたいじゃねえか」
「楽しんでおるとも。新たな千年紀の始まるになるやもしれんからな」
腹立たしげに呟く土方に、老人は言葉通り楽しそうにそう返す。
「千年紀……?」と眉を顰めるエドガーの問いには答えず、2人は引き摺るほど長いローブを翻した。
「さあ行け! この祭りを盛大に執り行おうではないか!」
両手を広げて笑い声を上げた老人たちは、踵を返し先程の織乃と同じように岩壁の中へとするする進んでいく。
「おい、待てよ!」
反射的に塔子が手を伸ばすが、やはり壁は織乃やあの老人たち以外受け付けないのかただ壁にぶつかるだけに終わってしまった。
ちくしょう、と痛みと苛立ちに壁を蹴る塔子から視線を外し、吹雪が円堂に声を掛ける。
「キャプテン。今の話だと、リカさんは天界、春奈さんは魔界に連れて行かれた……と言うことだね」
重要事項を確認する吹雪に、円堂は2つの道を交互に確認して頷いた。
「鬼道、ここからは二手に分かれよう!」
「俺も行くぜ、鬼道!」
「おう! 同じチームになったんだ、力貸すぜ。白組全員で、魔界に乗り込んでやろうぜ!」
「よっしゃ、やってやろうぜ!」
佐久間やテレス、綱海が血気盛んな気勢を上げると、鬼道はきつく握り締めていた拳を僅かに緩め、織乃の消えた壁を見つめながら頷く。
「よし……紅組はヘブンズガーデンだ! 天界の奴らから、リカを連れ戻すんだ!」
「おーっ!!」
紅組に振り分けられた選手たちは、威勢良く拳を突き上げる。まさかリカの提案したチーム分けがこんなところで生かされるとは彼女本人も思っていなかっただろう。
「──鬼道!」
デモンズゲートに続く道を見つめる鬼道の背中に、ふと切羽詰まった声が掛かる。鬼道が振り向くと、申し訳なさそうな顔をした塔子がおずおずとこちらを窺っていた。
「ごめんよ、あたしがあの腕輪を春奈にあげたばっかりに……」
「……お前はリカを助けるんだ」
体をそちらに向けた鬼道は彼女を安心させるように緩く微笑む。それにいくらかホッとしたのだろう、塔子はぎこちないがらも小さく微笑んだ。
「鬼道も春奈を、きっとな?」
「勿論だ」
「鬼道ーっ!」ヘブンズガーデンへ続く道の前で、円堂が彼を呼ぶ。どうやら出発準備が出来たらしい。
「──よし! 白組、出発だ!!」
「おう!!」
それに頷き、鬼道はマントを翻す。一丸となったそれぞれのチームは、天界と魔界へ繋がる長く険しい道を走り出すのだった。
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