Balance of the Heavens

コツン、コツン、コツン──狭い道に3人分の足音が木霊する。

「……この道、どこまで続くんですか?」
「そう焦りなさるな」
「もうじき辿り着く」

前を歩く2人の老人に尋ねた織乃は、密やかに息を吐き出した。

織乃が吸い込まれた壁の向こうには、細長い道が真っ直ぐに続いていた。壁に等間隔にくり抜かれた穴には1本ずつ蝋燭が立っており、一体いつから燃えているのか煌々と火が揺らめいている。
人2人が並べる程度にしか幅のない道に対し天井は高く、蝋燭の火もそこまでは届かないのか上を見上げるとただ暗闇が広がっていた。

「(リカさんと春奈ちゃん、無事だと良いんだけど……)」

岩の中に入った直後、辺りが不自然に揺れ動いたのは織乃も感じ取っていた。仕組みはさっぱり分からないが、老人たちの言う通り自分がこの場所に『鍵』として入ることできっと天界と魔界に続く門が開いたのだろう。
それから程なくして織乃と同じようにこの道に入ってきた老人たちは、「それではゆこう」と彼女を導くように先へと歩き出したのだ。
織乃はちらりと腕のブレスレットを見やる。自分がまだ解放されないと言うことは、この『導きの鍵』に役割が残っていると言うことだろう。

「──さぁ、ここだ」
「!」

やがて歩き続けて5分は経った頃。暗がりから現れた大きな扉を前に、老人たちが立ち止まる。
2人は両開きの扉をそれぞれ押し開くと、織乃に中へ入るよう視線で促した。

「ここは……?」

そろりと中へ足を踏み入れた織乃は目を瞬く。
そこにあったのは、ステンドグラスに囲まれた大きな聖堂だった。
ここは岩山の中であった筈なのに、どこからかステンドグラスに淡く差し込む青白い光は辺りをぼんやりと照らし出し、その光景は美しくもどこか不気味である。

「さあ、あの玉座へ座るのだ」
「そこでお前さんの役目は果たされる」

「玉座……?」老人の言葉に目を凝らすと、聖堂の最奥に光が届かず薄暗いが確かに椅子のようなものがあるのが見えた。

織乃はちらりと後ろを振り返ってみるが、老人たちは出口の前に佇み動く気配はない。
外の様子が分からない以上、ここで下手に逆らってはリカと春奈にどんな影響が及ぶか分からない。織乃はここであの2人を薙ぎ倒して来た道を戻るという選択肢を捨て、ゆっくりと聖堂の奥へと進んだ。

つるりとした乳白色の岩で出来たその椅子は、多少の装飾が表面に彫られてはいるものの『玉座』と言うには簡素なものだった。
そっと肘掛けの部分をなぞり、織乃は深呼吸を一つすると、えいやっと座面に腰を降ろす。無機物が体に触れる冷たい感触にぞわりと鳥肌が立った。

「それで、私はここからどうすれば──…」

玉座に浅く座ったまま、遠目に見える老人たちへ少し声を張り上げたその時だ。視界の端で何かがキラリと輝き、織乃はハッとそちらに目を向ける。

「……あッ!?」

導きの鍵がまた光を放っている。その輝きは瞬く間に織乃の視界を覆い尽くし、悲鳴を上げる間もなく彼女の意識は光の奔流へと呑み込まれていった。






「──セイン、ここにいたのか」

天界の使徒の居住地、ヘブンスガーデン。
祈りの間で独り壁画を見上げていたセインは、三つ編みを揺らして振り返る。

「ウイネル」
「とうとう魔王が復活するんだな……」

セインの隣に並んだウイネルは、壁一面に描かれた古の壁画を同じように見上げた。

武器を携え、魔界の民と繰り広げる天界の民の絵。
血で血を洗うような争いが百年は過ぎた頃、神の啓示を受けた彼らは武器ではなく白い球を用いて戦いを始める。
そしてついに勝利を手に収めた天界の民は、神から千年ごとに魔王を再封印するように使命を受けた。それがセインたちの先祖、初代の『天空の使徒』である。

「……何故我らが先祖は、サッカーで決着を着けたんだろう」

ふとセインはぽつりと呟く。ウイネルはどうしてそんな疑問を今更口にするのかと言いたげに首を傾げた。

「何故って、それはサッカーが人間たちが力の優劣を決める手段だったから──」
「手段……」

反芻するセインは、今ひとつその答えに納得していない様子だ。
きっとまた小難しいことを考えているのだろう、とウイネルはそれ以上の言及を止める。頭の良いセインのことだ、きっと自分には予想の及ばないようなことを考えているのだろうと見当をつけて。

──その時、燭台の火が不自然に大きく揺らめいた。

「……空気が乱れている」
「セイン、お客さんだぜ」

目を眇めたセインが呟くと、そこから間を空けずだらりとした足取りでエルフェルが祈りの間に入ってくる。
「客?」怪訝な顔をしたセインはウイネルと視線を交わすと、そのまま壁画に背を向けて祈りの間を後にした。




永遠に続くのではないかと思えるほど長い山道をひたすら走り、円堂たち紅組はついに雲の向こう側へと辿り着く。
視界が開けたその先には、今までの岩肌ばかりの景色とは一変して見渡す限りの草原が広がっていた。その最奥に見える白い石造りの建物に、壁山がアッと声を上げる。

「あれがヘブンズガーデンッスか……? ほんとに天使が住んでるみたいッス」
「感心してる場合かよ」

荘厳な景色に溜息交じりに呟いた壁山に、染岡が険しい目を向けた。
どれだけ美しい場所だろうが、攫われたリカがいる以上彼らにとってあそこは敵の居城でしかない。

「行こう、円堂。リカを早く助けなきゃ!」
「ああ!」

急かす塔子に頷き、円堂は先陣を切り草原に足を踏み入れる。
だだっ広い草原を駆け抜けて、建物の近くまで辿り着いた円堂たちは入り口を探して辺りを見回したが、それらしいものは見つからない。どうやらこちらは裏手のようだ。
すると、円堂はふいに頭にチリチリとしたものを感じてバッと頭上を見上げる。

「セイン!」

渡り廊下の縁に立ち、こちらを見下ろしていたのはリカを連れ去った張本人だった。
セインは不躾に名前を呼び捨てされたことが不満だったようで、冷めていた目を更に険しくして円堂たちを睨みつける。

「……何をしに来た。ここは下界の人間の来るべき所ではない。すぐに立ち去るが良い」
「何が立ち去れだ、仲間を取られてこのまま黙って帰れるかよ!」
「さあ、リカを返してもらおうか!」

土方や塔子が怒りを露わにして怒鳴るが、セインは毛ほども動じる様子を見せずゆるりと首を振った。

「それは出来ない。あのお方はライオコット島に平和をもたらす捧げものだ」
「捧げもの……? 何言ってるんだ!?」
「──せやから、放せっちゅーとるやろ!?」

セインの不穏な答えに円堂が戸惑った声を上げた直後、どこからかリカの苛立った声が聞こえてくる。
塔子が慌てて辺りを見回すと、二階部分の渡り廊下を2人の天使に拘束されながら歩いていくリカの姿が見えた。

「リカーー!」
「あっ……円堂、塔子! みんな来てくれたんや!」

仲間たちの存在に気付いたリカは目を輝かせ、渡り廊下の縁に駆け寄ろうとする。しかし、やはり拘束は解けずリカはじたばたとしながら叫んだ。

「はよ助けて、うち花嫁なんてなりたないーっ!」
「花嫁??」

円堂たちはリカの口から飛び出した単語に目をしばたかせたが、確かによくよく見るとリカは白いドレスにヴェールを被せられ、その姿はまるで花嫁のようにも見える。
するとセインが、その疑問に淡々と答えた。

「このお方には、千年祭で復活する魔王の花嫁になっていただく」
「ま、魔王の花嫁!?」

円堂たちはギョッとした声を上げる。
ここまで来るといよいよファンタジーだ。しかし、セインやその場にいる天空の使徒たちの顔は真剣そのものである。

「千年祭で復活せし魔王──伝承により選ばれし者を娶り、再び深き眠りにつく」

天界の民に伝わる伝承の一節だろう、セインは戸惑う円堂たちを見下ろして空で唱えた。
その言葉に、一行はサッと顔を青くする。

「こいつら、魔王を封印するためにリカを花嫁にするつもりなのか!?」
「それじゃ、魔界の民が音無を攫って行ったのも……!」

声に動揺を露わにする塔子や風丸の言葉を聞くや否や、セインは途端にキッと目を吊り上げた。

「否! 奴らが求めているのは生贄である。野蛮なる魔界の民は、魔王に生贄を捧げることでその悪の力を巨大化させようとしているのだ」
「野蛮て……お前らがやってることも同じだろうが!!」

いきなり現れて、こちらの抵抗や制止も聞かず仲間を連れ去ったことにセインもアスタも変わりはない。染岡が怒鳴り声をあげたが、セインはそれに眉を顰めるだけだ。

「魔界の民が生贄を手に入れた今、魔王を封印するには花嫁を捧げるしか術はない」

セインたちとしても、何の関係のない人間を巻き込むことを良しとしているわけではない。
だが、魔王を封印しなければ先祖たちが守ってきたこの島は一晩にして地獄の業火に焼かれ、滅びるだろう。そうなれば今島にいる人間たちも無関係ではない。
1人の命で数百、数千の命を守るのだ。これは彼らにとって生まれた瞬間から定められた大義であり、責められる道理はない。

「さぁ、儀式の邪魔だ。すぐにこの地から立ち去れ!」
「だから帰らねえって言ってんだろ!!」
「リカは必ず連れて帰る! 魔王の花嫁なんかにさせはしない!!」

それでも1歩も引かず果敢に言い返す染岡や語気を強める円堂に、セインは大きく舌打ちした。

「あ〜あ。これだから困るんだよな、下界の人間は」

言葉ほど困っていなさそうな声で言って、「どうする、セイン?」とエルフェルは尋ねる。
セインはしばし円堂たちと睨み合っていたが、やがて苛立ちを落ち着かせるように大きな溜息を吐き口を開いた。

「……ならば仕方ない。我らの力で、下界に叩き落すまで!」

声を張り上げたセインは、そこでパチンと指を鳴らす。
するとたちまち円堂たちの体は白い霧に包まれて、隣に立つ仲間の顔すら見えなくなってしまった。

「うわっ! なん、だ──?」

だが、それも一瞬のことだった。瞬きを数回する間に視界に映るものが一変したことに気付いた円堂たちは、目を丸くして辺りを見回す。
どうやらセインの術で建物の入り口側に移動させられたらしい。入り口に繋がるエントランス部分には巨大な砂時計と0対0と表示された石造りのスコアボードが置いてあり、正面には草原に敷かれた白いライン、両端には見慣れた白いゴールが設置されているのが見えた。

「──って、何でサッカーやねん!!」

同じくエントランスに移動させられたリカの激しいツッコミがフィールドに木霊する。

「サッカーはお前たち下界の人間が、力の優劣を決める手段……我らの力を思い知らせてやる」
「リカを助けるには、こいつらに勝つしかないってことか……」

気付けば先程セインと共にいた2人やリカを拘束していた天使たちの他にも天空の使徒であろうメンバーが勢揃いしている。
こちらを値踏みするかのような目で見てくる彼らに、風丸が低い声で呟いた。

「──ならば主審はわしがやろう」
「うわっ!?」

真後ろから聞こえてきた嗄れ声に跳び上がった塔子が振り返ると、いつの間にかあの露天商の老人の片割れが立っている。

「ま、また出た!」
「あ〜っ、あん時の!!」

老人に気付いたリカが、怒りに顔を赤くして叫ぶ。だが老人はそんな彼女の怒りもまるで堪えていないようで、髭を撫で付けながらカラカラと笑っていた。

「どんな試合になるか、楽しみだ」
「楽しみて……誰のせいでこんなことになったと思っとるんじゃあ!!」

今にも老人に殴りかかりそうな勢いでリカは暴れたが、天使たちの拘束は固くビクともしない。
そのまま彼女が叫び疲れて大人しくなると、試合中逃げられないようにするためだろう、大きな鉄球の下がった足枷を着けられて砂時計の隣に用意された籐の椅子に座らされた。

「はぁ、何やとんでもないことになったなぁ。この試合に負けたら魔王の花嫁か……」

ろくに身動きも出来なくなったリカは、頬杖を突き溜息交じりに不満げに独り言ちる。
ただイナズマジャパンの応援をするついでに失恋の痛みが和らぐ素敵な出会いを求めて島にやって来ただけなのに、酷い厄日もあったものである。

「何でうちの運命がサッカーなんかに決められなアカンねん。みんな〜ッ、分かってるやろな!? 負けたら承知せえへんで!!」

歯を剥き出して叫ぶリカを一瞥し、円堂は険しい顔で天空の使徒たちを睨んだ。

「……あいつらにリカを渡すわけにはいかない。この試合、何が何でも絶対勝つぞ!!」
「おーっ!」

気合を入れる円堂たちを眺め、エルフェルは一笑してセインに視線を投げかける。

「俺たちに勝つだってさ」
「笑止。天空の神が我らに与えし力、思い知らせてやる」

全員が位置に着いたことを確認すると、主審を買って出た老人は身の丈よりも大きな砂時計をひっくり返し、砂が滑り落ち始めた瞬間ホイッスルを吹き鳴らした。
キックオフはイナズマジャパンからだ。ヒロトのタッチしたボールを染岡が持ち込んでいく。

「俺らの仲間を連れ去ったこと、後悔させてやる!!」
「アイネル!」

怒気を込めて向かってくる染岡にセインが鋭い声を上げた。
すると、脇から飛び出してきたアイネルが染岡が抵抗を見せるより先に素早くボールを奪ってしまう。

「何!?」
「早い……!」

数度の短いパスが繋がり、ボールを受け取ったセインはゴールの円堂を睨みつけた。

「この島の平和を乱す下界の人間どもよ、天空の裁きを受けるがいい!!」

セインが声を轟かせると、彼の頭上に瞬く間に雲が渦を巻いて集まっていく。
その隙間から差し込んだ眩い太陽の光がセインを神々しく照らすと、彼はその光へ向かってボールを蹴り上げた。

「ヘブン──ドライブ!!」
「ゴールは割らせない……! イジゲン・ザ・ハンド《改》ッ!!」

光を吸収し、エネルギーを纏い隕石のように降り掛かってきたシュートに、円堂も負けじと必殺技を繰り出す。
しかしセインのシュートは円堂の展開したイジゲン・ザ・ハンドの障壁を軽々と破ると、そのままゴールネットに突き刺さった。

「まずは1点目!」

石造りのスコアボードの数字がガコン、と重たい音を立てて点数が切り替わると、指を1本伸ばしたエヌエルがクスクスと笑う。
あまりにあっという間の展開に、イナズマジャパンの面々は呆気に取られたように天空の使徒たちを見つめた。

「な、何やの、今のパワー……! こんなシュートに勝てるわけないやんか……!!」

絶望した表情で呟くリカの頬にも冷たい汗が伝う。
尻餅を突いて目を丸くしている円堂を、セインは冷たい目で見下ろした。

「これ以上やっても結果は見えている。諦めてこの場から立ち去るが良い」
「いや、リカは必ず連れて帰る!!」

即座に言い返した円堂はすっくと立ち上がる。幸いにして大きな怪我はしていない。仲間たちはそれにほっと胸を撫で下ろしたが、あんなシュートを何度も食らえば体が保たないだろう。

「円堂……!」

心配そうに声を掛けてくる塔子に大丈夫だ、と答えて、円堂はボールを拾い上げた。

「今度は止めてやる!」
「……」

真っ直ぐに目を見据えて宣言する円堂に、セインは無言で踵を返す。円堂はその背中をしばし見つめていたが、ちらりと風丸に視線を向けると、それを受けた風丸は小さく頷いて応える。

「まだまだ1点! 挽回していくぞ!!」
「おお!!」

今まで世界を相手に戦ってきた混成チームが、1点取られただけで今更凹むわけがない。風丸の鼓舞に応え拳を上げるイナズマジャパンに、愚かな、とセインは冷然と呟いた。