VS. Apostles of the Sky
さらさらと砂時計の砂が静かに落ちて行く。
その音を聞きながら、リカは震える手をぎゅっと握りしめた。
「神様……お願いやから、うちを見捨てんとってや……!」
ホイッスルが鳴ると、早速染岡がドリブルで切り込んでいく。
「行け、染岡!!」円堂の声を受け敵陣を駆け上がる染岡の前に、アイネルが再び躍り出た。
「もらった!」
「渡すかァ!!」
先程いきなりボールを奪われたのが癪に障っていたのだろう、染岡は鬼気迫るプレーでアイネルを抜き去っていく。
「無駄なことを……!」
「こっちだ!」
煩わしそうに呟いたエカデルがその進路を塞ぎ、反射的に一歩下がった染岡の耳にフィディオの声が届いた。
「ウイネル!」すかさず繰り出されたバックパスをフィディオが受け取り前線を上げると、セインの指示を受けたウイネルがフィディオのチェックに入る。
「あまり甘く見てくれるなよ!」
呼吸を整えたフィディオが激しいボールの奪い合いを制してウイネルを突破すると、ここでセインの顔に初めて戸惑いの色が浮かんだ。
「エドガー!!」
パスを受けるのはサイドから駆け上がっていたエドガーだ。パスコースに敵はいない。エドガーは力強くボールを打ち上げる。
「レディは私がこの脚で救う! エクスカリバーー!!」
最高点に達したボールに向かって足が振り抜かれ、剣気を纏ったシュートが相手のゴールへ直進していく。迫るシュートに、相手キーパーのエノレルは表情も変えずその場から跳躍した。
「ホーリー……ゾーン!!」
振り上げた手が地面を叩くと、そこを目印にしたように頭上から光が降り注いでくる。
ボールはその光に照らされると、ゆっくりとスピードが落ち、やがて静かにエノレルの手に収まった。
「止めやがった……!」
「くっ……」
かつてエドガーのシュートに苦しめられた円堂たちは止められたボールに瞠目し、あんな風に必殺技を止められることを予想していなかったエドガー本人もまた、顔を歪め奥歯を噛み締める。
「こぉらエドガー! 何がこの脚で救うや、止められてるやんかぁ! もうッ!」
これで同点だ、と寸前まで息巻いていたリカは焦りと怒りを綯い交ぜにしながら叫ぶと、どっかりと椅子に座り直した。
「ヘェ、まぐれとは言えシュートまで持っていくなんて、ちょっとはやるじゃない? もっともあの程度のシュートじゃホーリーゾーンは破れないだろうけどねぇ」
頭の後ろで手を組み、のんびりと感想を漏らすエルフェルに対しセインは何も言わない。
止められはしたものの、一度シュートまで持ち込んだことが背中を押したのだろう、イナズマジャパンはそこから天空の使徒たちに負けないプレーを見せ始めた。
「(何故だ……!? 何故下界の人間に、我らの攻撃が止められる!)」
時間が経つにつれ、セインの表情には徐々に焦りが強く見え始める。
長く人間≠ニの関りを持たなかった彼らには分からないのだ。仲間を救うために負けられないと思う気持ちが、どれほどの力を生み出すのか。
ボールの主導権を奪ったイナズマジャパンは少しづつ、しかし確実に前線を押し上げて行く。
やがてボールは風丸から最前線のフィディオへと渡り、フィディオは眉を吊り上げゴールを睨んだ。
「──オーディン、ソーード!!」
繰り出されたシュートは以前見た時よりも更に鋭さを増し、その勢いはエノレルに必殺技を繰り出す余裕も与えない。
黄金の剣気がゴールを貫き、同時に前半終了のホイッスルが鳴り響いた。
「よっしゃあ、これならイケるで!!」
つい先ほどまで意気消沈していたリカは元気を取り戻し、椅子の上で飛び跳ねている。
一方で、イナズマジャパンはまだ油断はならないとやや硬い表情で、顔を突き合わせ次の作戦を立て始めた。
「──信じられないや。俺たちから点を取るなんて」
「油断した。さっきのシュート、思った以上に伸びてきた」
眠たそうな目をぱちぱちとしばたくエルフェルに、申し訳なさそうにエノレルが頭を垂れる。
セインは眉間に深い皺を刻んで、円堂の横顔を遠目から睨み付けた。
「……少々侮り過ぎたようだ。我ら、天界の民の本当の力……奴らに見せてやろう」
ハーフタイムが終了し、選手たちが定位置につくと白い雲がフィールドをゆっくりと撫でて行く。
「っしゃ、後半や! 逆転していくでぇ!」
「みんな、点取ってくぞ!!」
リカと円堂の鼓舞に合わせ、イナズマジャパンは拳を突き上げる。セインはそんな彼らを見て、底冷えするような笑みを唇に乗せた。
「愚かな下界の民よ。思い知るがいい……」
ホイッスルが鳴り響き、ギュエールからのボールをウイネルが受け取る。
「ウイネル、上がれッ!」
直後、セインが鋭い声を発すると小さく頷いたウリエルは先程までのプレーを遥かに上回る動きで前線にいた染岡やエドガーを抜き去った。
「エンゼルボール!!」
「あっ!?」
フィディオの目前まで迫ったウリエルはドリブル技で彼を抜き去り、瞬く間にイナズマジャパン陣内へ切り込んでいく。
「あいつら、本気を出してなかったのか……!」
ウリエルを追い掛けながら、風丸が悔しげに呟く。本気を出した天空の使徒は、イナズマジャパンのやる気をあざ笑うかのように彼らを圧倒していった。
「あかん、押されっぱなしや……!」
悪くなる旗色に、リカの表情もどんどん不安が募っていく。
このままではディフェンスが破られるのは時間の問題だ。早く2点目を取らなければいよいよ勝つのは難しくなる。
「行かせないよ!!」
「わぁっ!?」
「ヒロトくん!!」ゴールとの距離を縮めてきたエヌエルから、吹雪がスライディングでボールを奪った。
吹雪はボールをそのままヒロトへと回す。
「(よし、このまま持ち込めば──!)」
自陣を飛び出そうとしたヒロトだったが、目の前に飛び込んできたエカデルにハッと目を見開く。
「ゴー・トゥ・ヘブン!!」
「ぐ──わああッ!!」
「ヒロト!」次の瞬間エカデルが脚を振り上げると、足元から吹き上がった強い光がヒロトをボールもろとも弾き飛ばし、リカがギョッとした声を上げる。
天空の使徒は弾かれたボールを繋ぎ、ギュエールがついにゴールへシュートを放った。
「点はやらない! リカは必ず、連れて帰る!!」
吼えた円堂はカーブを描き突っ込んできたシュートに飛びつき、腹に抱え込むようにして抑える。
「へぇ、結構やるじゃん」
「しかし、力の差は歴然……いつまで耐えられますかね」
眦を吊り上げボールを戻す円堂に、天空の使徒はクスクスと笑みを漏らした。
その後も天空の使徒の猛攻は続き、何度もシュートを受けた円堂はやがて、完全にボールを押さえることが出来なくなり始める。
「ぐ、う……!」
何度目かになるシュートに体を投げ出してそれを弾き、円堂は即座に置き上がることが出来ずその場で息を切らした。
「円堂、また来るぞ!!」
転がったボールに再びギュエールが駆け寄っていくのを見たエドガーが声を上げたが、円堂はまだ起き上がれていない。
万事休すか──とリカが絶句した次の時だ。
「リカを魔王の花嫁なんかにさせない!! ザ・タワー《V2》!!」
ボールがラインを超える寸前、シュートコースへ飛び出した塔子が必殺技を繰り出す。
強烈なシュートに塔は崩れ、塔子の体もまた吹き飛ばされていく。しかしその介あり無事に弾かれたシュートは、ラインの外へと転がっていった。
「ほ〜っ……さんきゅー、塔子──……塔子?」
安堵の溜息を吐いたリカは、はたと目を見開く。
フィールドに倒れた塔子が中々起き上がらないのだ。
「塔子、大丈夫か!?」
慌てて駆け寄ってくる仲間たちに、塔子は震える手で上体を支えながらどうにか起き上がる。
「っこれくらい……リカを助ける為なら……!!」
「塔子……」
呆然と漏れたリカの声は聞こえなかっただろう、しかし彼女の方を振り向いた塔子は、笑っていた。
『あたしなら大丈夫だ』と言う笑みに、リカもそれ以上何も言わず静かに微笑んで小さく頷く。
「──もう時間がない」
2人のやり取りを見つめていたエドガーはそっと砂時計を振り返り、険しい声で呟いた。残り時間で何としても勝ち越し点を取らなければ、塔子の体の張ったディフェンスも水の泡になってしまう。
ボールを拾い上げ、ライン際に立つサリエルに、イナズマジャパンは位置に着きボールを睨み付けた。
「絶対点はやらないッス!」
「リカは渡さない……!」
じりじりと張り詰めるような緊張感の中、サリエルがボールをフィールドに投げ入れる。
「行かせるかぁっ!」
「──セイン!」
ボールの着地点にいたウリエルにすかさず木暮が走り出すが、ウリエルはそのままワンタッチでボールをセインに送り出した。
「これで終わりだ……! 下界へ落ちるがいい!!」
声を荒らげたセインの頭上に、再び光が降り注ぐ。
「ヘブン、ッドライブ!!」
「私に任せろ!!」
「エドガー!?」その瞬間、天から降ってくるシュートコースにエドガーが駆け出して、身構えていた円堂は目を見開いた。
「(エクスカリバーは距離が長ければ長いほど威力が増す! そこにヘブンドライブの威力が加われば……!)」
シュートコースに立ちはだかるエドガーに彼が何をしようとしているか察したのだろう、ハッとフィディオが声を上げる。
「まさか、あのシュートを打ち返す気か!?」
「ッ何やて!?」
フィディオの言葉を聞いたリカは、目を見開いて思わず椅子から立ち上がった。
「やめぇエドガー!! そんなことしたらアンタの脚が!!」
リカは声を張り上げるが、既にエドガーはシュートコースの正面に辿り着いている。
「レディを守る為に潰れるのなら、この脚も本望だッ!!」
「あかん!! 止めて、エドガー!!」
リカの悲痛な叫びも振り切って、ヘブンドライブの前に飛び出したエドガーは振り上げた脚を有らん限りの力でボールに叩き落とした。
「エクス──カリバーーーー!!」
瞬間、シュートが直撃した脚に激痛が走る。
一瞬顔を歪めたエドガーだったが、それでも最後まで力一杯振り抜かれた脚は宣言通りセインのシュートを打ち返した。
「何ッ!?」
自陣のゴール間際から放たれる超ロングシュート。
迫るボールにエノレルは今度こそホーリーゾーンを展開させたが、エドガーのプライドとも呼ぶべき剣はその光を切り裂いた。
──エノレルの体ごと押し込まれたシュートに、ホイッスルが鳴り響く。
「は、入った……」
ぽつりと木暮が呟くと同時に、ガコン、とスコアボードの数字が切り替わる。セインは唖然とゴールを振り返り、その場に倒れたエノレルとゴールの内側に転がったボールを凝視した。
「ホーリーゾーンが、破られた……?」
ガラスの器の中で、最後の砂の一粒が滑り落ちる。
老人はそれを一瞥すると、もう一度ホイッスルを高らかに吹き鳴らした。
試合が終わったのだ。
「試合終了……てことは、俺たち勝ったのか……?」
実感が沸かなかったのだろう、土方がぼんやりと呟くと、そこでようやく我に返った壁山や木暮が目を輝かせる。
「これでリカさん、魔王の花嫁にならなくて済むッス!?」
「やった……俺たち、守ったんだ!」
飛び跳ねて喜ぶ1年生2人に、円堂たちは微笑んでほっと肩の力を抜く。
しかしその視界の傍らでエドガーが糸が切れたかのようにその場で膝を突いたのに気付き、彼らは慌ててエドガーに駆け寄った。
「っエドガー!!」
老人に足枷を外されたリカは、ドレスの裾をたくし上げると大急ぎでフィールドに飛び込んでいく。
敗北に俯くセインには目もくれず、リカは一目散にエドガーへ駆け寄った。
「大丈夫か、エドガー!? 脚折れてへんか!?」
「ええ……約束は果たしましたよ」
「約束て……エドガー……」
レディは私がこの脚で救う──試合中に発したエドガーの言葉を思い出したリカは、怒鳴る気力も失せて力なくエドガーに微笑みかける。
今日初めて会った人間に対しここまでするなんて、何てとんでもない男だろうか。
「──負けた……」
ふいに聞こえてきたセインの意気消沈した小さな呟きに、リカはあっと声を上げて振り向く。
「何故だ、力では圧倒的に上回っているはずなのに……」
うわ言のように呟くセインに仲間たちも戸惑ったのだろう、心配そうに彼に視線を送っている。リカは大きな溜息を吐き、肩を落とすセインを睨み付けた。
「何故? そんなもん決まっとるやろ」
「!」
険しい声を発したリカに、目を見開いたセインが彼女を振り向く。
「お前らなんも分かってへん。サッカーちゅうんはなぁ、ただの手段なんかやない! 魂と魂のぶつかり合いなんや! どっちが上か下かなんて、そんなもん関係あらへんのや!!」
身振り手振りで熱弁するリカに、セインはどこかぽかんとした表情で彼女の言葉を聞いていた。
刹那、ふいに彼の──彼らの脳内に、先程までの激しい試合が蘇る。思えば、あんな風に本気を出したのは本当に久し振りだった。
「魂と魂の、ぶつかり合い……」
ぽつりと反芻したセインはゆっくりと円堂たちに向き直る。
リカと同じように真剣な眼差しをこちらに向けてくる円堂たちに、セインは毎日のように見ていた古の壁画の意味をようやく理解した気がした。
「──そう言うことだったのか」
ふと口角を上げて呟いたセインは静かな目で円堂を見据えると、緩やかな笑みを見せる。
「どうやら君たちには、礼を言う必要がありそうだな」
「礼……?」
唐突なセインの言葉に、円堂たちは顔を見合わせ首を傾げた。セインは独り言のようにぽつぽつと語り始める。
「私にはどうしても分からないことがあった。千年前、何故我らが先祖はサッカーで勝負を着けたのか……」
単純に相手を制圧するのならば、やはり武器を使った方が手っ取り早い。だが、神はそれを止めさせた。血の流れる方法ではなく、別のやり方を示したのだ。
「サッカーは魂と魂のぶつかり合い。我らの先祖は、その熱き魂で魔王を封印したのだ……!」
「それじゃあ、あの壁画は……」
ハッとしたウリエルが尋ねると、セインは小さく頷いた。その表情は穏やかで、嬉しそうにも見える。
「ああ──そのことを語り伝えていたんだ」
千年祭の折に、ようやく答えを見つけたセインはバツが悪そうな顔をしながら、一歩円堂に歩み寄った。
「エンドウくん──そう呼んでも良いかな」
「もちろんさ!」
一にも二にもなく快諾する円堂に、ありがとう、とセインは小さく微笑み改めて口を開く。
「君たちのお陰で私の心は決まった。我らも先祖と同じ、魔界の民とはサッカーで決着を着ける。そして魔王は、我らの熱き魂で必ず封印して見せる!」
「……ああ、お前たちなら絶対出来るさ!」
拳を握り締め力強く宣言するセインに、円堂はニカッと笑うと同じように拳を作って、セインのそれと突き合わせる。
「君たちも生贄を助けに一度魔界へ降りるんだろう? 気をつけろよ、奴らは危険な存在だからな」
「ま、気をつける間もなく俺たちがあいつらをやっつけちゃえば良い話だけどね」
2人が笑みを交わし天空の使徒とのわだかまりが解けたところで、ウリエルがふと声を掛けてくる。
エルフェルが相変わらずのんびりとした口調で言うと、セインは「ああ、違いない」と真面目腐った顔で頷いた。
「我らは先に魔界へ降りる。君たちの健闘を祈るよ、エンドウくん」
「ああ! セインたちも気をつけろよ!」
最後に小さく笑みを残し、セインが指を鳴らすと天空の使徒たちの姿は霧のように掻き消える。
天界の住人たちがいなくなり静かになったところで、さて、と染岡がヘブンスガーデンの入り口を振り仰いだ。
「これで後は音無だな……」
「ああ。頼んだぞ、鬼道……!」
今頃地下に辿り着いているだろう鬼道たちのことを考え風丸が呟くと、そう言えば、と塔子が辺りを見回す。
「さっきの爺さん、どこ行ったんだ? 織乃がどうなったのか確認したかったのに……」
「何や、織乃も捕まったんか!?」
「捕まったと言うか……」と言い淀みながら、塔子は周囲を確認するがあの老人の姿は見当たらない。思えばリカの足枷を外した直後から──自分たちが気にしていなかったこともあるが──その姿は見えなくなっていた。
「詳しいことは道すがら話そう。今はまず鬼道くんたちと合流しないと」
「……そうだな。御鏡ならきっと大丈夫だ」
ヒロトの視線を受け、円堂は表情を硬くして頷く。
辺りを撫でる風はやけに生温く、円堂たちはそれに急かされるように山を下り始めた。
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