Gateway to Hell

雷だろうか、山の頂上辺りの雲が時折ちかりと光る。
秋たちはそれをずっとグラウンドで立ち尽くして見つめていた。どうにも宿福へ戻って仲間の帰りを待つ気分ではない。

「遅いわね、みんな……」

先程よりも更に分厚くなりつつある暗雲を見上げて夏未が物憂げに呟くと、秋と冬花の視線も自然と彼女へ向く。
夏未は独り言のように、溜息交じりに続けた。

「決勝トーナメントを前に、こんなことが起きるなんて」
「みんな、大丈夫でしょうか……」
「っ大丈夫! 必ず無事に帰ってくるわ」

心配で仕方がないといった様子で尋ねる冬花に、秋が努めて明るい声で返す。夏未はふ、と息を吐き出すと、小さく頷いた。

「……そうね。信じましょう、みんなを……!」






一方、山の地下道を進んでいた鬼道たちは、いつしか天井の広い空間に辿り着いていた。
途中まではただ岩を削いだだけの道だったのに、ある地点から整備された階段が現れ、彼らはそれを延々と下っていく。

「何なんだ、ここは……」
「全く陰気な所だぜ」

薄暗がりの続くうねった道を進みながら、マークやテレスが呟く。辺りは岩の隙間から定期的に漏れ出る水蒸気が霧のように立ち籠めていて視界が悪い。

「鬼道。ここは……」
「ああ……デモンズゲートか」

明らかに今までと様子の違う場所に、注意深く周囲を見回しながら言った豪炎寺に鬼道が頷いたその時だ。

「──お兄ちゃんッ!!」
「!」

ふいに響いた妹の声に、鬼道はハッと前方を注視する。

霧が僅かに晴れて視界が開けると、なだらかに上へと続く階段の踊り場──そこにある石の台座の上に、赤と黒の装束を身に纏った春奈が座り込んでいた。

「助けてお兄ちゃんっ、……!」

兄に近付こうと身を乗り出した春奈の後ろ手からガシャンと何かが擦れる音して、彼女を台座へ引き戻す。

「待ってろ、今助ける!!」

その両腕が細い鎖に繋がれていることに気が付いた鬼道は、大きく目を見開いて即座に走り出した。
次の瞬間、どこからか文字通り地の底から響くような声が聞こえてきて、鬼道は咄嗟に足を止める。

「儀式を妨げる者には──魔王の名の下に、恐怖と破滅を!!」

突然突風が吹き、石の擦れる音と共に春奈の背後にあった大きな扉が開く。そこにはグラウンドで遭遇した少年と同じ、黒衣を纏った一団が佇んでいた。

「ここは既に魔界……人間風情がよくこんなところまで来れたもんだぜ」

扉から姿を現し、春奈のいる台座まで進み出てきたのは彼女を攫った張本人だ。
「魔界……!?」黒衣の少年の尊大な態度に、綱海が威嚇するように眦を吊り上げる。

「……何者だ、お前たち!」

鬼道が今すぐ春奈に駆け寄りたいのを堪えて険しい声で尋ねると、少年はそれを鼻で笑って答えた。

「俺は魔界の戦士デスタ。そして、俺たちが魔界軍団Zだ!!」

デスタの引き連れた戦士たちの瞳が、霧の中で怪しく輝く。鬼道たちは山を下りる直前、謎の老人から聞いた言葉を思い出した。

「魔界の住人気取りというわけか……!」
「春奈を返せ!!」

茶番に付き合っている暇はないというのに、と言いたげな佐久間が腹立たしげに唸る。
鬼道が声を張り上げると、デスタは小馬鹿にするように眉を上げて首を横に振った。

「そうはいかねえ。こいつは大事な生贄だからな」
「生贄だと……!?」

すると、台座にもう1人仲間が進み出てくる。こちらは深い緑色の髪を逆立てた少女である。教えてやれよアラクネス、とデスタに一瞥を向けられた彼女は、歌うようにこう唱えた。

「地の底に封じられし魔王──伝承の鍵に選ばれし乙女の魂を食らい、千年祭の日に目覚める=B魔界の民に伝わる伝承の一節よ」
「魂を食らう……?」

不穏な言葉に、イナズマジャパンたちに動揺が走る。
にやっと笑ったデスタは春奈の顎を無理矢理持ち上げると、恐怖に歪むその顔を見てより一層楽しそうに笑った。

「我らが主、魔王が復活すれば世界は破滅の炎に包まれ文明は崩壊する……そしてこれより千年、地上は魔王と魔界軍団Z──悪が支配する世界となるのだ!」
「その手を放せッ!!」

こちらの言葉を遮るように声を荒らげた鬼道に、デスタたちは眉をしかめてそちらを見る。

「魔界も魔王も関係ない──春奈を傷付ける奴は、俺が許さん!!」
「へえ、やる気みたいよ? この人間たち……」

アラクネスが唇を持ち上げクスクスと笑う。背後に控える魔界の民たちもまた密やかに笑い声を漏らし、岩壁に反響して不気味に広がっていった。

「大切な魔王への生贄、人間如きに渡すと思うのか?」
「ならば力尽くでも奪い返す!!」
「──人間が魔界の者に挑むのか」

一触即発な空気の中、ふいにその場にそぐわない嗄れた声が響く。

ハッとそちらを見ると、見覚えのある老人がデスタたちの出てきた更に奥の階段の上に佇んでいる。それは円堂たちと二手に分かれる直前、織乃を鍵として道を示した老人の片割れだった。

「魔界の住人に戦いを挑むのなら、古の掟に従わねばならん。すなわち──サッカーで戦い、勝者を決めるべし!」

老人が言うと、辺りに立ち込めていた霧が一気に晴れて行く。
今まで霧で隠れて見えなかったが、鬼道たちの降っていた階段と春奈たちのいる場所の間には両者を隔てるような大きな空間があった。そこに当然のように広がっていたのは、馴染みのあるサッカーフィールドだ。

「生贄を助けたくば……」
「試合で勝って奪い返せ、……そう言うことか」

目を細める老人に、鬼道は忌々し気に歯を食い縛る。

「やる気か? 人間」
「ああ。待ってろ春奈──俺たちは必ずお前を取り戻す!」

デスタの挑発に、鬼道たちは間髪入れず頷いた。元から春奈を助けにここまで来たのだ、拒否する理由はない。

フィールドに降り立って行く鬼道たちに、春奈は身を乗り出して叫ぶ。

「みんな、気を付けて!」
「ふん──あいつらもすぐお前の後を追わせてやる」

そんな彼女に、デスタはせせら笑って言った。
「え?」と春奈が目を瞬くと、デスタの隣に降り立った巨漢の戦士、サタナトスが唸るような声で言う。

「強き魂が集まれば集まる程、復活した魔王の力は強くなる……」
「やつらの魂も全部取り込ませてもらうぜ。魔王への生贄としてな!」

そんな、と春奈の顔がより一層青ざめた。自分1人では飽き足らず、彼らは兄たちまでその生贄とやらにしようと言うのだ。

「どれ──主審はわしが務めよう」

ふと思い出したようにスコアボードの前に進み出た老人がローブを脱ぎ捨てる。
鬼道はそちらを一瞥し、はたと気付いて彼に尋ねた。

「ここにいるのはあんた1人か? 御鏡はどうした!?」
「ほっほ……安心せい、彼女も近くでこの戦いを見守っておる」

その言葉が真実かどうか、確かめる術はない。鬼道は歯噛みして、仕方なく目の前の敵に意識を向けた。

「見物人がいようがいまいが、やることは変わらねえよ。──さあ、始めるぞ!」

デスタがニヤリと笑ったのを合図に大きな砂時計がぐるりとひっくり返り、老人が存外力強くホイッスルを吹き鳴らした。キックオフは魔界軍団Zからである。

「まずはボールを奪うぞ!」
「はい!」

先頭に走るデスタとサタナトスに、まずは豪炎寺と虎丸が駆け出していく。しかし、デスタたちはそれを見て何故か足を止めた。

「ふん、早速向かってきやがるぜ」
「我らに怯えぬ強き魂を持っているようだな」

距離を詰めてくる豪炎寺たちに、口角を上げたデスタは大きく息を吸い声を張り上げた。

「──必殺タクティクス! ブラックサンダー!!」

その瞬間、雲もないというのに黒い雷光がいくつも閃く。そして瞬きの間に、デスタは彼らの視界から消えていた。

「What's!?」
「ッ何だ……!?」

ディランや豪炎寺はギョッとして辺りを見回す。ほんの1秒前まで目の前にいたデスタがどこにも見当たらない。

てん、と視界の端で弾んだボールに、ゴールを守っていた立向居はハッと背後を振り向いた。
そこには一体いつの間に死角に回ったのか、ボールを持ったデスタが佇んでいる。

「えっ──?」

デスタは唖然とする立向居を一笑すると、そのままボールを軽くゴールネットへ蹴り入れた。
途端、困惑を切り裂くかのように吹き鳴らされたホイッスルに一行は我に返る。

「何ッ!?」
「い、一体何が起きたんだ……!?」

イナズマジャパンが戸惑い狼狽えるのを、魔界軍団Zたちはニヤニヤとした笑みを浮かべ眺めている。何も分からないまま、ボールは早くもセンターサークルへと戻ってきた。

「豪炎寺さん、さっきのって……」
「……分からん」
「あいつらもしかして、本当に魔界の人間なんじゃ──」
「余計な考えはプレーの邪魔になるぞ」

不安に駆られる虎丸を、豪炎寺はぴしゃりと一喝した。虎丸は反射的に口を噤む。

「ボールに集中すれば、不安などなくなる!」
「……はい!」

豪炎寺の厳しい言葉に、虎丸は表情を引き締めて魔界軍団Zを見据えた。
ホイッスルに合わせ走り出す2人に、鬼道が追走しながら指示を出す。

「豪炎寺、パスを! 奴らの戦術が分からないままでは危険だ、まずはパスを回して奴らのサッカーを見極める!」
「……分かった!」

頷き、豪炎寺は後方へボールを下げる。それを見て、魔界軍団Zたちはつまらなさそうに目を細めた。

「(確実に勝てる方法を見つけるんだ。春奈を助ける為にも……!)」

ボールを受け取り、思考を巡らせた鬼道は周囲を見回し、サイドにいたマークへパスを上げる。
しかし、それを見て舌打ちしたのは不動だった。

「馬鹿が! サッカーを見極めるだと? 何を面倒なことを……!」

「おい、不動!」あろうことかマークへのパスをカットした不動に、鬼道が声を上げる。
しかし不動は止まらず、単身切り込んでいく彼の前方へ魔界軍団ZのMFたちが迫った。

「こんな奴ら、捻じ伏せてやるぜ!!」

鋭いボール捌きで1人、2人と不動は敵を抜き去って行く。

「魔界軍団だか何だか知らねえが、ムカつくんだよ!!」
「やってくれるな、人間!」

毒づきながら猛進していく不動に、声を荒らげたメフィストが飛び掛かっていく。その刹那、飛鷹が不動の隣を駆け抜けた。

「こっちだ!!」
「ッおう!!」

あわや力尽くでボールを奪われる寸前、ボールは飛鷹へと渡る。
「飛鷹さんがオーバーラップを!?」まさかDFである彼がいきなり前に出るとは思わなかったのだろう、虎丸が驚いた声を上げた。

「うちの大事なマネージャーを生贄だと? お前ら絶対に許さねえ!」
「俺も行くぜ!」

それに続いて飛び出してきたのは、飛鷹の気迫に触発されたらしい綱海だ。2人は並走してきた綱海に、僅かに目を見開いて視線を送る。

「とっとと奴らをぶっ飛ばして帰ろうぜ!!」
「ふん……!」

予想外な動きではあったが、点が取れるのであればそれで良い。不動の身勝手なプレーに額を押さえた鬼道だったが、すぐに気持ちを切り替えフォローに回る。

「人間にもちょっとワルそうなのがいるのね。ふふっ、可愛いこと」

敵陣を切り込んでいく飛鷹たちを見送り、アラクネスは舌舐めずりをする。そのままゴールまで前線を上げた飛鷹は、敵を十分惹きつけてボールを不動へ送り出した。

「喰らえッ!!」

炸裂した不動のオーバーヘッドシュートに、キーパーのアスタロスは不敵な笑みを浮かべボールに向かって片手を伸ばす。

「──ジ・エンド」

囁きと共に彼が手を動かすと、ふいに景色の一部が絵の具を溶かしたかのようにぐにゃりと歪んだ。
その瞬間、不動の蹴ったボールは空間ごと歪み、捻れて、消失してしまう。

「所詮は人間か」

容易く止められたシュートに不動たちが動揺しているのに対し、デスタは最初からこの結果が見えていたかのように肩を竦めた。

「喰らうとするか……奴らの魂」
「ああ──遊びはここまでだ!!」

サタナトスが視線を送ると一転、笑みを潜めたデスタは獣の咆哮のように声を張り上げる。

「魔界軍団Z! 魔王の名に置いて、奴らを殲滅しやがれッ!!」
「おお!!」

号令に合わせ、アスタロスがボールを蹴り上げた。宙を舞うボールを追い掛けながら、不動は大きく舌打ちする。

「調子に乗りやがって! だったら何度でもぶち込んでやるぜ!!」

不動は一足飛びでそのボールを受け止めると、再びゴールに向かって駆け出していく。すると、瞬く間にその背後に影が迫った。

「無駄だね!!」
「あァ!?──ぐあっ!!」

メフィストから強烈なタックルを背中に食らった不動は、威力を受け流すことも叶わず転倒する。

「不動──」
「他人の心配してる場合っ!?」

転がったボールを咄嗟に抑えた綱海が嘲るような声に振り向いたのも束の間、アラクネスの容赦のないスライディングが綱海を襲った。

「不動、綱海!」

更にそのボールを押さえた飛鷹の目の前に、サタナトスがぬうっと現れる。

「──ゴー・トゥ・ヘル!!」
「ぐああッ!?」

ずん、とサタナトスが地面に片足を踏み出した次の瞬間、飛鷹の足元の地面に亀裂が入り噴き上がった黒い炎が彼の体を吹き飛ばす。

「飛鷹さん!!」

地面に叩きつけられる飛鷹に、虎丸がギョッとした声を上げる。倒れた3人に気遣う暇もなく、ボールは最前線を陣取っていたデスタへと渡った。

「喰らえ──ダークマター!!」

跳躍したデスタはボールに黒い竜巻を纏わせ、ゴールに向かって叩き込む。

「魔王・ザ・ハンド──!!」

既に先取点を取られている今、追加点を取られるわけにはいかない。
立向居もまた負けじと必殺技で応戦するが、デスタの蹴ったシュートは予想以上に凶悪な威力だった。
召喚された魔王≠ヘ消し飛び、デスタのダークマターは立向居の体ごとゴールに押し込まれてしまう。

「そんな……」

あっという間に2点を奪われ、春奈の目に涙と絶望が浮かぶ。唖然とするイナズマジャパンたちに、魔界軍団Zは嘲笑を向けた。
よもや人間如きが我々魔界の民に勝てるとでも思っていたのかと、爛々と敵意に輝く瞳が彼らの心情を物語っている。

「ふっははは! お前たちは魔王の復活をそこで見ているがいい!! 無様に這い蹲ってなァ!!」

デスタの高笑いが地下空間に響き渡る。妹とスコアボード、そして砂の落ち続ける砂時計を見比べる鬼道の米神を、嫌な汗が伝い落ちた。