Fish bones get caught
いつものように厳しい練習を終え、夕飯を食べ終えた午後8時過ぎ。
イナズマジャパンの面々は談話室に集合し、現在テレビ中継されている予選グループBの最終戦を観戦していた。
「どっちが勝つと思います?」
「うーん」
中継が始まった直後、何となしに尋ねてきた春奈に織乃は唇を尖らせ首を捻った。
フランス代表はローズグリフォン。それに相対するは、ブラジル代表ザ・キングダム。どちらも強者揃いの予選大会を突破してきた実力のあるチームである。
織乃はこれまで見てきた予選の試合と集めている途中のデータを脳内で照らし合わせて、結論を出した。
「……多分、ブラジルが勝つと思う。今までの試合もチェックしたけど、全体の能力が高水準な中でも特に飛び抜けている人がいるの」
「『キングオブファンタジスタ』……マック・ロニージョか」
そう言って会話に混ざってきた鬼道に、織乃はテレビから視線を逸らさぬまま頷いた。
実際、ザ・キングダムのキャプテンであるロニージョを筆頭とした圧倒的な攻撃力に、ローズグリフォンは後半を迎えてもなお防戦一方を強いられていた。
中でも特筆すべきなのは、ロニージョのシュート力だろう。仲間たちとの連携もさることながら、強靱な足腰とバネを生かし放たれる必殺シュートのストライクサンバは今大会得点率ナンバーワンに収まり続けているらしい。
──画面越しのフィールドに、ホイッスルの音が鳴り響く。予選Bグループの戦いは、ロニージョの3点目のハットトリックが決まりブラジルの勝利で幕を降ろした。
「……これで準決勝の対戦相手が決まった。ザ・キングダムは予選リーグを全勝で突破。間違いなく世界最高レベルのチームだ」
選手たちが無意識の内に詰めていた息を緩めたのを横目に、久遠が険しい顔で口を開く。
「特に『アマゾンリバーウェーブ』はこれまで対戦してきた必殺タクティクスを遥かに凌駕する。破るのは厳しいぞ」
重たい声音は次の試合の難易度をそのまま示しているかのようだ。ある者はごくりと唾を飲み、またある者は眉間にぐっと皺を寄せる。
「そんなに強い相手と戦えるなんて、ワクワクするぜ……!」
「ふ……そう言うだろうと思っていた」
ただ1人、興奮した様子で拳を握り締めた円堂に、隣に腰掛けた鬼道が小さく笑う。
付けっぱなしのテレビの向こうでは、ロニージョへの勝利者インタビューが行われていた。
『予選突破おめでとうございます、ロニージョ!』
『ありがとう。チームみんなの結束が、今の結果に繋がったんだ。俺たちチームは、──家族みたいなもんだからね』
マイクを向けてきたアナウンサーに、ロニージョは試合後の昂ぶりが治まっていないのかどこか上擦った声で、一瞬言葉に詰まりながら答える。
『では、テレビの前の皆さんに一言!』
『オーケー。みんな、いつも熱い応援ありがとう! ザ・キングダムの名に恥じないプレーをして、必ずブラジルに勝利をもたらしてみせるよ!』
ひょいとアナウンサーのマイクを手に取ったロニージョは、テレビカメラを指差して力強く宣言した。
次の試合で、彼と戦える。あんな強いシュートを打つ選手と。
そんな風に目を輝かせる円堂が彼と出会ったのは、悲しいかな試合当日ではなく──その翌日のことであった。
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「おお、御鏡! おはようさん!」
「あれっ、土方さん。おはようございます、何だか今日は早いですね」
まだ朝日が昇って間もない早朝。
織乃がエントランスロビーを軽く掃き掃除していると、やや急いだ風に階段を降りてきた土方と鉢合わせた。
「弟たちから急に電話が掛かってきたもんでな。まだ寝てるヤツもいるだろうから、外で出ようと思ってよ」
「ああ、なるほど……」
手に持った携帯を見せつつ、土方は言いながら玄関を出て行く。
ライオコット島との時差を考えると、今の日本時間は確か夕方の筈だ。幼い土方の弟たちからすれば、時差を考慮して電話を掛けるのは少し難しいのだろう。
「(大樹たちは元気にしてるかな?)」
日本に残してきた自分の弟たちのことを考えながら、織乃はそのまま掃除を続ける。
だがその数分後、ふと外から聞こえてきた声に織乃は手を止めた。
「お前は──……」
「ん?」
土方のものだろう、ドア越しに聞こえるどこか驚きの混じった大きな声に、織乃は首を傾げて玄関の外を窺う。
「土方さん、何かあったんですか……?」
「あ、ああ、御鏡。それが……」
土方はもう電話はしていないようだった。
どうも煮え切らない反応に首を傾げ、織乃は改めて玄関ポートへ出て困惑した様子の土方の視線を辿って目を見開く。
「──えっ?」
宿福の門塀近くで所在なさげに佇んでいたのは、昨日テレビで見たばかりの選手の姿。ザ・キングダムのマック・ロニージョだった。
「どうしてロニージョさんが宿福に?」
「こんな朝早くから、一体どうしたんだ?」
戸惑う織乃に代わり、動揺から立ち直った土方がロニージョに近付いて行く。
ロニージョはチームのジャージではなく私服姿だ。何か私用があってここまで来たのだろうか。ロニージョは逡巡ののち、思い切ったように口を開く。
「……エンドウに、会わせてくれ」
「会わせろって……いきなり何言い出すんだよ」
開口一番の要求に思わず怪訝な顔をする土方に、ロニージョはどこか切羽詰まった調子で続けた。
「大事な話があるんだ」
「……御鏡、円堂ってもう起きてきたか?」
「は、はい。少し前に特訓に行くって……」
会わせるんですか。
目でそう尋ねる織乃に、土方は無言で頷く。大事な話≠セとロニージョは言った。その内容こそ分からないが、彼の様子から察するにただ事でないことは確かだろう。
分かりました、と頷いて織乃は宿福の庭先、海側の方角を指差した。
「円堂さんなら、裏の砂浜にいると思います」
「……ありがとう」
ロニージョは小さく礼を言って、先導する土方に着いていく。
遠ざかる2人の背中を見つめ、織乃は落ち着かない気持ちで持ったままだった箒の柄を握り締めて呟いた。
「一体何の用事なんだろう……」
だが、そのままぼんやりと立ち尽くしているわけにも行かない。
仕方なくエントランスロビーへ戻り掃除を再開していると、続々と今まで部屋にいた選手たちが朝食を食べるために階下に降りてきては織乃に一言挨拶して食堂へと戻っていく。
土方が円堂を伴って戻ってきたのは、織乃が降りてきた鬼道やヒロトと軽く雑談をしているタイミングだった。
「あ、円堂さん土方さん。お帰りなさい」
「円堂くん、ロニージョが会いに来たんだって?」
事前に織乃から先程の出来事を聞いていたヒロトが、彼は何の用だったんだい、と首を傾げる。
「それは……」宿福に戻ってきてからずっと渋面だった円堂は、その問いに更に眉間の皺を深めた。
「……? どうした、円堂」
「まぁ待てよ、もうすぐ朝飯の時間だろ。……話すのはその後でどうだ?」
不思議そうに眉を顰める鬼道に、土方が円堂の肩を叩きながら提案する。
そうだな、と優れない表情のまま食堂に向かう円堂と土方に、残された3人は顔を見合わせて首を傾げた。
「──や、八百長!?」
人気のなくなった談話室に織乃の大きな声が響く。
声がデカいって、と土方に慌てて制されて、織乃はパッと口を手で塞いだ。
次の準決勝、イナズマジャパンに負けて欲しい──ロニージョの大事な話とは、円堂に八百長を頼むことだったらしい。
「……御鏡、ザ・キングダムの選手データはあるか?」
「それが、まだまとめている途中で……」
「予選データなら公式サイトから見られるんじゃないかな。俺、部屋からパソコン持ってくるよ」
鬼道の問いに織乃が首を振ると、素早く談話室を出たヒロトが自室からノートパソコンを小脇に抱え戻ってくる。
ザ・キングダムの予選データは、ヒロトの言う通り公式サイトから見ることが出来た。
「出たよ。これがザ・キングダムの予選データだ」
「なになに……?」
開かれたウィンドウに、4人は揃って画面を覗き込む。
「パス成功率……97%だって!?」
「ボール保持率は72%もあるぜ!」
羅列されたこれまでの試合データに目を見開いて、円堂や土方が口々に叫ぶ。画面をスクロールして、鬼道は眉を上げた。
「セカンドボールをほとんど奪っているな」
「各選手の運動量がもの凄く多い……」
「どの試合も圧倒的な攻撃展開ですね」
大凡の数字を軽く見るだけでも、ザ・キングダムの強さは他と抜きん出ていることが分かる。しかし、データを読み込めば読み込むほど、疑問が強まった。
「こんなにスゴいなら、負けてくれなんて頼む必要ねえだろ?」
「ロニージョの真意が分からないな」
「いくら負けたくないと言っても、無敗で勝ち上がった強豪チームのキャプテンが八百長を持ちかける理由が見当たらない……」
それぞれ首を傾げ、ロニージョの行動の理由を考えるがやはり分からない。
まさか今までの試合でも八百長で勝利を手にしてきたのかと思えば、それは違うらしい。円堂が直接ロニージョに確認し、彼はそれを強く否定したそうだ。
「あいつ、負けたらチームがボロボロに……って言ってた」
「ボロボロ……? どういうことです?」
記憶を整理していたのか、ぼそりと零した円堂に織乃が訝しんだ目を向ける。
「自分たちと戦えば、イナズマジャパンはボロボロになるだろうって。……でもあれは、そんなことを言いたかったようには聞こえなかった」
しばらく考え込み、顔をしかめていた円堂だったが、遂に許容量を超えたのか彼は頭を掻き毟って声を上げた。
「〜〜っこんな気持ちじゃ戦えない! ロニージョに会いに行くぞ!!」
「今日は午後の練習はない筈です。昼過ぎからであればブラジルエリアに行けますね」
私も気になるので一緒に行きます、と織乃は小難しい顔で頷く。
先程すれ違った時、ロニージョの顔色が嫌に悪かったのが気に掛かっていたのだ。果たしてあれは、相手のチームに八百長を頼みに来たことだけが原因だったのだろうか。
午前の練習を終え、織乃の仕事が一段落するのを待った円堂たちはバスに乗り予定通りブラジルエリアを訪れる。
明るい黄色と緑の配色に囲まれた町並みは少し目に眩しいほどで、行き交う観光客たちもそれにつられるかのように賑やかだ。
「ここまで来たのは良いけど……どうする? まずは素直に合宿所を訪ねてみる?」
「ああ、行こう」
ヒロトの提案に賛成しながらバスを降りると、丁度街頭テレビで昨日のブラジル対フランスの試合をニュース番組が振り返っていた。
画面に映るロニージョのシュート。円堂は朝、別れ際ロニージョに一発シュートを打たせた。必殺技でなかったにも関わらず、弾いた後も手に痺れを残した強力なシュート。
あんなシュートを打てる選手が、どうして八百長など頼むのだろう。
円堂が思わず顰め面でテレビを見上げていると、画面は次にザ・キングダムの監督インタビューに切り替わった。
『ガルシルド監督、決勝トーナメント進出を果たしたお気持ちは?』
『責任を感じていますよ』
『と、言われますと……?』
ガルシルドは浅黒い肌にたっぷりとした髭を生やし、モノクルを掛けた初老の男だった。スピーカー越しに、嗄れた低い声が街に響く。
『このFFI世界大会は、私の愛するサッカーを通じて世界平和を目指して開いた物。そのメッセージを全人類に伝えるために、1つでも多く勝ち進むことが我がチーム……ザ・キングダムの使命ですからな』
『なるほど、ありがとうございました!』
アナウンサーがそう締めくくり、テレビは次のニュースを流し始める。
「世界平和を目指して……か」
「ますます分からねえな。そんなチームなら、間違っても八百長なんか頼んじゃダメだろ」
テレビを見上げていた周囲の観光客たちに聞こえないよう、ヒロトや土方は声を潜めて呟いた。
一行はそのまま目的地へ移動しながら会話を続ける。
「ガルシルドって、確か……」
「フットボールインターナショナルの大会委員長だよ。このライオコット島を、サッカーアイランドに改造した大金持ち」
「日本のニュースでもたまに名前を聞きますよね。確か油田を沢山持っているとかで……」
「へ〜」
織乃の持ってきたガイドブックを頼りに、円堂たちはやや奥まった場所にあるザ・キングダムの合宿所を目指す。
日陰になった人気のない道に差し掛かった時だった。
「──兄ちゃん!」
「とっとと出て行け」
「ま、待って下さい……!」
すぐ近くの建物から、何やら不穏そうな声が聞こえてくる。1つは幼い少年、もう1つはそれよりいくつか年上──兄と呼ばれた少年のものだろう。もう2つは、突き放すような冷え切った男の声だった。
「親父にも仕事を辞めてもらうからな」
「そんな……それじゃ俺たち家族は生きていけないよ!」
少年の嘆願の声が聞こえるが、この位置からでは何が起きているのかよく分からない。
トラブルだろうか。円堂たちの視線は自然とそちらに集中した。
「これ≠ヘガルシルド様が与えた物だ。もうお前に使う権利はない。恨むなら試合でミスした兄を恨むんだな」
男が冷たく言い放つのと同時に、聞き慣れた音が跳ねる。
次の瞬間、放物線を描いて視界を横切って向かいの公園に飛んでいったサッカーボールに、円堂たちは足を速めて声の出所に駆け寄った。
「お願いします! 次の試合、絶対に期待に応えて見せます! だからもう一度……もう一度だけチャンスを下さい……!!」
「……お前たちのミッション成功率は常にチェックしている。それを忘れるなよ」
「はい!! もう二度とミスはしません!!」
一行の目に飛び込んできたのは、黒服の男2人が地べたに座り込んだ少年を糾弾している奇妙な光景だった。
少年の傍らで小さな子供が泣きじゃくっているのを見て、土方が険しい顔で声を張り上げる。
「おい! 何を揉めてるんだ!?」
「! あんたたちは……イナズマジャパン!?」
驚いた様子で少年が振り返る──ここ数日の内に見覚えのある顔。ザ・キングダムのDF、ラガルート・カルロスだった。
「ほら、もう泣くな」と土方は慣れた様子で、しゃくり上げる弟の頭に分厚い掌を置く。
「だって、僕のボールを……」
「分かった、後で探してやるから。な?」
どうやらさっき飛んでいったボールは、男たちが彼らから取り上げたものらしい。
黒服2人は急な闖入者に舌打ちをすると、足早にその場から離れていく。
「余計なことは喋るな」
「……っ」
男たちはすれ違い様ラガルートに囁くと、路上に寄せてあった車に乗り込んでいく。ラガルートの弟は悔しそうに鼻を啜ると、エンジンを噴かし走り去る車に向かって捨て台詞を叫んだ。
「ちくしょう、ガルシルドめ!」
「え? ガルシルドって……」
「ッよせ、もういい!」
目をまたたく土方の反応に、ラガルートはハッと声を上げて立ち上がると、弟の手を取りそそくさと近くにある公園に入っていく。
円堂たちはぽつんとその場に残されて、我に返った織乃が控えめに口を開いた。
「ど、どうします?」
「……着いて行ってみねえか。あいつにロニージョと引き合わせてもらえるかもしんねえし……それに、ボールを探すって言っちまったからさ」
頬を掻きながら土方が言えば、円堂はそうだな、と頷いてボールの飛んでいった方向へ視線を向ける。
今朝からずっと魚の小骨のように胸にあった違和感が、ここに来て更に膨らみつつあった。
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