Spark of disaster

「データを盗まれた?」
『も、申し訳ありません』

ブラジルエリアへ続く街道を、1台の車が走っている。
後部座席に深く腰を降ろした老人──ガルシルドは、邸宅の留守を任せていた部下からの突然の連絡に鼻白んだ。
随分と大胆なことをする鼠がいたことだ。舌打ちを隠さないガルシルドに、部下は焦りを隠し切れないまま報告する。

『RHプログラム≠フ方は無事だったのですが、例のデータが……』
「何?」

思案するガルシルドのモノクルが、過ぎ去る街灯の光を反射して怪しく煌めいた。




「世界征服って……」
「どういうことなんですか!?」

同時刻、宿福。談話室に円堂の愕然とした声が響く。
自分たちが目的としていたのは、ガルシルドがザ・キングダムの選手たちの家族を人質に取り無茶なプレーを強いている証拠となるデータだった筈。それがどうして世界征服などと突飛な話になるのだろう。

「──油田だ」

響木は深い溜息を吐いた後、子供たちの疑問の視線を受けてそう答える。

「ゆでん?」
「石油の元となる、原油を掘ってる所ですね?」

綱海が首を捻るその一方、立向居が確認する。ああアレね、と綱海は明らかに今まで知らなかったのを誤魔化していた。

「FFIを主催し、大会委員長でもあるガルシルドはブラジル代表ザ・キングダムの監督というだけでなく、世界にいくつもの油田を持つオイルカンパニー社の社長でもある」

それは昼間、織乃からちらりと聞いた話だった。頷いた円堂に、響木は続ける。

「飛行機に自動車……石油は現代社会には欠かせないエネルギーだ。ガルシルドは、その原油を押さえることで今まで世界に大きな影響力を持っていた」
「持って『いた』……?」

含みのある説明に、織乃が首を傾げる。その言い方ではまるで、今はそうではないと言っているかのようだ。

「ガルシルドの油田は、そのほとんどが枯れかけているんだ」
「枯れかけてる?」

立ち上がった久遠がヒロトのパソコンを覗き込み、キーボードを叩くと、テレビに何かの年間グラフが映し出される。

「──これはガルシルドの油田から算出される原油量の推移を示したデータだ」
「……すごい勢いで減ってるわ」
「ピーク時の4分の1もないじゃないですか!」

グラフを目で追い、一番後ろの席に座っていた目金が、前の席の綱海を勢い余って押し潰しながら身を乗り出してギョッとした。

「原油が取れなくなるのは時間の問題だろう。そしてこれが──」

響木の説明に合わせ、久遠が更にデータを映し出す。
先程ヒロトが開いたファイルに入っていたものだ。何かしらの兵器の図面に合わせて、細かく数字が記されている。

「最近買収した、軍事関連企業の兵器に関する生産計画だ。どの兵器の製造数も、五倍に引き上げられている」
「そ、そんなに沢山兵器を作ってどうするんですか……?」
「戦争でも押っ始めるつもりかよ……」

怖々と尋ねる立向居に呆然としていた染岡が呟く。
そんなわけがないだろう──彼らは無意識の内に、響木がそう否定してくれるのを願っていた。

「……その通りだ。ガルシルドは、戦争を引き起こそうとしている」
「戦争を……!?」

だが、そんな淡い希望は一瞬にして切り捨てられる。
動揺を露わにする子供たちに対し、響木と久遠の表情は冷静ではあるものの酷く険しい。

「戦争をするのに石油は欠かせない。そして、もし今戦争が起これば、どの国も限られた量の油田を奪い合うだろう」
「そうなれば、その価格は一挙に高騰……ガルシルドの枯れかけた油田も莫大な利益を生むことが出来る。更に、兵器を自らが供給すれば──」
「世界を征服したも同然……!?」

ひぃ、と小さく息を呑んだのは誰だっただろうか。
1つのチームの問題どころではない。世界を巻き込んだ壮大なマッチポンプに、一同はぞっと寒気を覚える。

「ガルシルドがFFIを開催したのは、参加各国を互いにいがみ合わせ戦争を起こさせるため。その証拠も揃っている」
「まさかFFIの裏に、そんな事情があったなんて……」

テーブルに視線を落として、風丸が呆然と呟いた。
参加している選手たちの多くは、スポーツマンシップに則り正々堂々と戦っている。負けることに悔しさがあったとしても、相手を恨むような人間は滅多にいないだろう。
しかしその一方で、自分の応援するチームを優先的に考えるあまり他チームのサポーターに嫌がらせをするような悪辣なファンや、フーリガンのような集団が存在するのもまた事実。
そんな人間たちの小競り合いやいざこざが長引き大きくなれば、いつしか戦争にさえ発展する──それがガルシルドの狙いなのだ。

「ったく、何が『私の愛するサッカーを通じて世界の平和を目指す』だ! 全く反対じゃねえか!」

昼間の中継を宿福で観ていたのだろう、行き場のない怒りを露わにする綱海の隣で、土方は夕方に見た兄弟の姿を思い出して奥歯を噛み締める。

「……許せない」

ふいに、ぼそりと語気の震えた低い声が落とされる。それは怒りを抑え込んだ円堂の声だった。

「サッカーを、そんなことに利用するなんて……!」
「円堂くん……」

ロニージョたちへの蛮行だけに収まらず、サッカーを私欲のために利用とするガルシルドへの円堂の怒りは想像に難くない。
テーブルに置いた拳を白むほどに握り締める円堂に、秋は気遣わしげな視線を向ける。

「──でも、良かったじゃないですか!」
「え?」

と、そこで重たい空気には不似合いなほど明るい声で言いながら立ち上がったのは目金だ。
何が良かったんだよ、とそのままの険しい顔を向けてきた円堂に、目金はテレビ画面に表示されたままのデータを手で指し示す。

「その証拠のデータは我らの手にあるんです。これを警察に持っていけば、ガルシルドが逮捕されるのは間違いありません!」
「そ……そうですよね! これだけ証拠があれば逮捕出来ますよねっ!?」

──確かに、言われてみるとその通りだ。ここまで確固たる証拠があれば、警察が動かないわけがない。
ハッとした立向居が声を上げたのを皮切りに、子供たちは必死の視線を響木に向ける。

「これは明日、俺が警察に持っていこう」

響木が安心させるように深く頷いて見せると、一同は強張らせていた顔をこぞって緩めた。一時はどうなることかと思ったが、これなら安心して次の試合にも臨むことが出来る。
あの時すぐに行動して、本当に良かった──ガルシルド邸に侵入した5人は、顔を見合わせて笑みを交わした。






翌日の朝、一同は練習の前にメモリースティックを持った響木を見送りに、宿福の玄関先に集まっていた。

「それじゃあ、行ってくる」
「はい、お願いします!」

警察署へ向かうバスの出るセントラルエリアへ向かう響木を見送って、円堂たちは改めて安堵の溜息を吐く。

「これでロニージョさんたちたちも、家族のことを気にせず思いっきりプレー出来るんですね!」
「ああ!」
「よーし!早速あいつらに報せてやんなくちゃな!!」

ホッとした様子の春奈が言うと、頷いた円堂をすかさず土方が捕まえてバス停へと駆け出して行く。
昨日からずっとラガルートたち兄弟を気に掛けていたのだろう、引き摺られていった円堂は勿論、周りが止める暇もなかった。

「しょうがないな……先に練習始めておくか」
「そうだな」

やれやれと肩を竦め、選手たちは続々とフィールドへと向かう。
そんな中、鬼道はふと織乃が1人立ち止まり、円堂たちの去った方角を見つめているのに気が付いた。

「何だ、御鏡。お前もあいつらのことが気になるか」
「あ、えっと……それもあるんですけど……」
「どうかしたの?」

続いて、2人の会話が聞こえたヒロトが近付いてくる。
曖昧に頷いた織乃は眉を顰めて、あの、と言い淀んだ後に声を少し落として続けた。

「……ガルシルドは昨日、屋敷に誰が忍び込んで何が持って行かれたのか、もう分かってるんでしょうか」
「……!」

それを聞いた2人の表情が、一瞬にして硬くなる。

あの時は情報の在処を探すのに必死で細かい箇所には目を配っていなかったが、あれだけの大きな屋敷だ。情報室に保管してあったデータのことも鑑みれば、どこかしらに監視カメラがあったと考えるのが妥当だろう。
よしんばそれがなかったとしても、円堂たちはジャージ姿だったのだから警備の誰かがその特徴を覚えていてもおかしくはない。
少なくとも、あの晩『誰が』屋敷に忍び込んだのかは把握されているはずだ。

もしもガルシルドが、昨晩円堂たちがデータを奪ったことを把握している上で、それを泳がせているとしたら?
──織乃が気にしていたのは、円堂たちのことではなかった。

「……私、響木さんを追い掛けます!」
「あっ、織乃ちゃん!」

ヒロトの制止も間に合わず、織乃は響木の向かった方向へ駆け出していく。
「何かありました?」とこちらの様子に気付いて振り向いた春奈へ、いいや、と鬼道は反射的に首を振る。昨日の今日で、心配事を増やすのは避けたかった。
そんな鬼道に、ヒロトは声を落として囁く。

「どうする……? 俺たちも追い掛ける?」
「……こんな明るい内に、相手が何か仕掛けてくるとも考えにくい。ここは一旦、御鏡に任せよう」

小さくなっていく織乃をしばらく見つめた鬼道はそう結論付けて、鬼道はマントを翻した。




「(──いた!)」

響木の後ろ姿は思っていたよりもすぐに見付かった。
即座に彼を呼び止めようと口を開いた織乃だったが、はたと視界に黒い集団を捉えて立ち止まる。

「あれは……」

黒いスーツを着た数人の男が、対向車線の歩道を一塊になって歩いている。どこかへ向かっているというよりも、何かを窺っているようなじりじりとした足取りだ。
彼らが一様に響木の方を見ていることに気が付いた織乃の顔から、さっと血の気が引く。

「(やっぱり気付かれてる!)」

ガルシルドは、データがイナズマジャパンに渡ったことを把握していた。それが警察に引き渡されるであろうことも予想した上で、奪い返す機会を窺っていたのだ。

「(ど、どうしよう……!)」

ここは日本エリアの真っ直中、しかも明るい時間帯。こちらから先に仕掛けに行くわけにはいかない。だが、早く助け船を出さないと響木が危険にさらされてしまう。
そうこう悩んでいると、響木の姿が目的地とは違う方向へ続く脇道に消えた。

「あっ」

それを見た黒服の集団が、足を速め同じ脇道に入って行く。それを見た織乃は、慌てて自分もそれに続こうとして思いとどまった。
響木は追っ手の存在に気付いていたのではないだろうか。だからわざわざ、追い詰めてくれと言わんばかりのあんな脇道に入ったのだ。

「……」

口元を抑え、織乃は思考を巡らせる。
確か、この通りにある日本家屋のほとんどは景観のために作られたセットに近いもので、中身のない箱のようなものだったはず。
しばし考え込んだ織乃は、意を決して響木たちの入っていったのとはまた別の脇道に滑り込んだ。




「──いたか!?」
「いや……」

突き当たりに辿り着いても見当たらない標的に、黒服たちの困惑する声が聞こえる。

「クソッ、一体どこに消えたんだ」

ドカドカと荒々しい足音共に遠ざかる足音に、織乃は身を潜ませていた張りぼての家屋の中≠ゥら脇道を窺った。
まさか彼らも家屋の中を通路代わりに突っ切る人間がいるとは思うまい。周囲に誰もいないことを確認して、織乃は家屋の裏口から外へ出る。

「監督……響木監督、いますか……!?」

織乃は辺りを見回しながら、なるべく抑えた声を辺りに投げかけた。
すると、近くでごそごそと何かが動く音がする。

「……御鏡か?」
「! 響木監督……さっきの人たちは別の所へ行きました、ここはひとまず安全です」

くぐもった声は聞こえるが、出所がいまいち掴めない。
一体響木はどこに隠れたのかと首を捻っていると、斜向かいにあった家屋の縁の下の蓋がガコンと外れた。

「うわっ!? そ、そんなところに隠れてたんですか」
「はっは……奴らめ、日本家屋を舐めていたな」

隠れる場所なんて腐るほどあるさ、と埃まみれで縁の下から這い出てくる響木に織乃は思わず苦笑いする。よくもこの恰幅であんな狭いところに素早く潜り込んだものだ。

「御鏡はどうしてこんな所に……と言いたいところだが、大方、俺が襲われる可能性に気付いて探しに来たってところだろう?」
「は、はい」

ズバリ言い当てられて、織乃は気まずそうに頬を指で掻く。
いざとなったらなりふり構わずあの黒服集団をまとめて倒すことも考えていたが、どうやら勇み足で終わりそうだ。

「あの人たち、またいつここに戻って来るかも分かりません……一度通りに出ましょう。警察署まで私も同行します」
「全く、頼もしいボディーガードが出来たもんだ──」

言いながら、織乃は周囲を再度警戒する。まだ彼らはこの近くにいるのだろうか。
脇道の入り口をじっと注視していると、ふいに背後で何か重たいものが倒れるような音がした。

「響木監督……?」






ブラジルエリアを再訪し、日本エリアに戻ってきた円堂と土方は、宿福へ帰り着く暇もなくセントラルエリアに走っていた。
言葉を交わす余裕もなく、飛び込んだのは病院だ。先に聞いていた場所へ向かうと、そこには既に沈痛な面持ちの仲間たちが廊下に佇んでいる。

「響木監督はっ!?」
「……まだ中だ」

そう答えた鬼道の視線が持ち上がり、待機している部屋の上部に向けられた。
ICU──点灯したランプに、円堂はギュッと眉間に皺を寄せる。

響木が病院へ運び込まれた。
宿福へ戻る道すがら、2人を探しに出てきた秋からその連絡を聞いたときは耳を疑った。警察署へ向かったはずの響木が、突然どうしてそんなことになったのか。

「響木監督……」
「何があったんだ?」
「それが──」

動揺を抑え、尋ねる円堂に織乃がおずおずと口を開き、事の成り行きを説明し始める。
警察署へ行く途中にガルシルドの部下に尾行され、それを撒くために路地裏に入った響木。物陰に身を隠し、追っ手をやり過ごしたところまでは良かったのだが。

「そしたら響木監督、心臓が苦しいって突然倒れてしまって……慌てて救急車を呼んだんです」
「響木監督、前から心臓に病気があったみたいなの」
「前からって……」

秋たちは事前にある程度の説明を受けていたらしく、沈痛な面持ちをしている。

「医者からは何度も手術を勧められていたが、FFIが終わるまでは、と断っていたらしい」
「そんな……」

眉間に深い皺を刻んで言う鬼道に、円堂はちらりと久遠に視線をやる。
久遠は言葉こそ何も発さなかったが、ただ小さく頷いて応えた。彼だけは、響木の病態を知っていたのだろう。

「響木さん……っ」

拳を握り締め、飛鷹が悔しそうに臍をかむ。チームに加わる以前から響木に直接指導を受けていた飛鷹は、彼と直接関わった時間だけで言えば雷門イレブンよりも長いかもしれない。
もしも自分が、響木の病態に気付けていれば──そんな悔しさが飛鷹を苛んでいた。

「で……どうなんだ?」
「かなり危険な状態らしいわ……意識が戻り次第検査をして、耐えられそうならすぐに手術をするそうよ」
「そっか……」

朝まであんなに晴れやかな気持ちだったのに、今はまるで土砂降りの大雨の気分だ。言葉が出ず、ただ響木が快復することだけを祈りじっとICUの扉を見つめていると、廊下の先から歩いてきた看護師が控えめに声を掛けてきた。

「あの、警察の方がいらしていますけど……」
「……私が行こう。御鏡」
「はい」

きっと響木は事前にああいった追っ手が放たれる可能性も考慮して、警察署を訪問することを連絡していたのだろう。頷いた久遠は、織乃が響木から預かっていたメモリースティックを受け取って、看護師の後をついていく。

「お前たちは、先に合宿所へ戻っていろ」

そう言い残して廊下の向こうへ消えた久遠を無言で見送って、子供たちは覇気の無い顔を見合わせた。