It fights both
雷門イレブンが合宿に使う体育館。
裏側で織乃と鬼道の間に微妙な空気が漂うその一方で、ようやくいつもの元気を取り戻しかけていた円堂が、一之瀬たちと和やかに談笑していた時だった。
「出たッスーーーー!!」
突然その空気を壊した雄叫びのような悲鳴に、その場にいた全員がギョッと顔を上げる。
「何ですか、今の声?」水道台で話し込んでいた織乃や鬼道がそれを聞きつけて戻って来ると、校舎の方から見知った大きな影がこちらに全速力で向かってくるのが見えた。
影野と一緒にトイレに行っていた壁山である。
「でっ、ででででで出たッスよぉー!!」
「出たって何が──」
問いかける一之瀬を轢かんばかりの勢いで駆け戻ってきた壁山は、そのまま手近にいた目金の影に隠れて丸まってしまった。
何が出たんだと再三尋ねれば、ひきつった声が返ってくる。
「だだだだだからお化けがっ、ささ3組の教室に……!」
「お、お化け?」
「3組の教室?」
織乃がぎょっと目を見開き、土門が怪訝な顔をすると、途端目金が顔色を悪くして眼鏡の鞘を指先でギュッと掴んだ。
「ななな何か、ごわーって!」
「何言ってるんですか! そんなお化けみたいな非科学的なモノがこの世に……」
「確かに誰かいた」
ヒステリックな抗議は、突然壁山の背後から顔を出した影野に驚いた目金が失神することで強制終了する。
えっ、と声を上げた円堂たちに、影野はそのまま強張った声で続けた。
「誰か、大人の人が……」
「え?」
その言葉に首を傾げるのはマネージャー勢。秋は周りを見回すと、眉根を寄せる。
「でも、監督も場虎さんも菅田先生も、ここにいるし……」
しん、と静まり返る空間。誰からともなく、まさか本当に幽霊が──と呟きが漏れる中、半田がハッと顔を上げた。
「──影山」
「影山ッ!?」
声色を一転させ振り返る円堂に半田は険しい表情で頷いて見せる。
「もしかしたら、影山の手先じゃないか?」
決勝戦前に何らかの事故を起こし、相手チームが試合に出られないような状況を作る──それが影山の手口だ。
顔色を変えた豪炎寺を筆頭に、その意見に次々と賛同する部員たち。
「……よぉし、行くぞみんな! そいつを捕まえて正体を暴くんだ!」
「おーっ!」
「正体って……」もし本当に影山の手先なら、闇雲に突っ込んでいくのは余計に危険なのでは。
そうオロオロする織乃の手を逃がすまいと掴むのは、爛々と目を輝かせた春奈である。
「さぁ行きましょう! 織乃さんがいれば百人力です!!」
「えっ、ええ!?」
いざ悪人退治、と春奈や秋は織乃を引き連れて、火の番を夏未に託しイレブンの背中を追いかけた。
校舎に入る直前、円堂のチームと鬼道のチームと2手に分かれ、別々のルートから慎重に3組の教室を目指し、進んでいく。
鬼道をリーダーとした一方では、春奈が織乃の背中に隠れながら忙しなく辺りを見回した。
「……罠とか、ないですよね?」
「無いことを祈るよ……」
苦笑する織乃の顔には、お化けじゃなければ何でも良いと書いてあるのが見えるようである。
「物理が効くなら、いける」
生身の人間ならプロの格闘家でもない限り大丈夫、と自身を鼓舞する呪文のように呟きながら眼光を鋭くし拳を固める織乃に、顔を青くする1年生たち。
「行くぞ」鬼道の合図に頷くと、彼らはゆっくりと階段を上がった。
廊下に顔を覗かせると、反対側からも円堂たちの顔が覗く。
ひとつ頷き、そっと3組の扉に近付いた円堂は大きく息を吸うと。
「──諦めろ! 逃げても無駄だ!!」
桟に叩きつける勢いで引き戸を開き、威嚇するように叫んだ。
しかし、教室全体を見回した円堂の表情は途端に曇ったものになる。反対側から入ってきた鬼道たちもまた然り。
教室の中には、誰もいなかった。
「誰もいないわね……」
「逃がしたか……!」
秋や染岡が顔をしかめた時だ。
「──あっ、いたぞ!!」ふいに一之瀬が振り返り、ハッと叫ぶ。
こっちだ、と声に釣られて廊下を見ると、先を走っていく人影が見えた。雷門イレブンとマネージャーは、それを追い掛けて弾かれたように教室を出た。
一之瀬や風丸が走り出すが、そう簡単に追いつける距離ではない。表情を引き締めた円堂が、傍らの宍戸が抱えていた枕を奪いように取り、人影に向かって思い切り蹴りつける。
「──どわっ!」
前2人の間をすり抜け、人影の頭部にヒットする枕。ナイッシュー、と少林が拳を振り上げた一方で、宍戸は飛んでいった自分の枕に悲鳴を上げた。
「さぁ、正体を見せろ!」
廊下に這いつくばった人影を囲み、円堂がその肩を引き起こす。
そして次の瞬間、今までの張り詰めた緊張感はどこへやら。彼は呆けた声を上げた。
「……ま、マスター?」
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「分かってたなら、一言言ってくれても良かったじゃないですか」
そう憤慨するようにカレーを盛り付けていくのは織乃である。
言われた響木はというと、「まぁ、確証はなかったからな」とカラカラ笑うだけだ。
雷門イレブンと同じテーブルにつくのは、マスターこと商店街の喫茶店店主、民山。そして備流田に髪村、合田だ。影山の手先と勘違いしたのは、稲妻町に住む元イナズマイレブンの面々だったのである。
響木は彼らの正体を察していたからこそ、雷門イレブンを止めなかったのだ。難しい顔で唸る織乃からカレーの入った皿を受け取った合田は、歯を見せながら笑った。
「菅田から今日合宿をやると聞いてな」
「だったら、アレを持ってって驚かせてやろうってねぇ」
カレーを口に運びながら言うのは髪村だ。「アレ?」と首を傾げる円堂に、3人は少年のような笑みを湛える。
「そう、アレじゃ。──まぁ、まずは腹拵えをせんとな」
腹が減っては戦は出来ぬ、とスプーンを握る髪村に、顔を見合わせ首をひねる雷門イレブン。
聞いても無駄と悟り、部員たちもそれぞれスプーンを持つ。それから数十分もしない内に、カレーの入っていた鍋と皿は綺麗に空になった。
「──おし、それじゃあ行くか!」
「行くって……どこへ?」
腰を伸ばした備琉田が立ち上がれば、向かいに座っていた染岡が目をしばたく。
「イナビカリ修練場だよ」合田が答えると、誰からともなくえっ、と驚いた声が上がった。
部員たちを連れ立った3人が、修練場の入り口を開ける。普段から薄暗い修練場への階段は、時間も相まって少し不気味だ。
カツコツと、スパイクが階段を降る音が反響する。
パネルを操り、地下の扉が開くと、中に入った部員たちはあんぐりと口を開けた。
「何ですか? これ」
秋の問いに備琉田はニッと口角を上げると、胸を張って答える。
「俺たちが40年前に作った、マジン・ザ・ハンド養成マシンだ!」
「えっ……養成マシン?」
備琉田に視線を移した円堂は、これが、と小さく呟いてもう一度目の前の大きな機械を見つめた。
天井や横から伸びる棒に、足跡で汚れたコンベア。側面にハンドルが付いているところから、おそらく手動式なのだろう。
40年前はこれを以てしてもマジン・ザ・ハンドは完成には至らなかったと備琉田たちは語るが、円堂や部員たちの表情は明るい。その様子に、響木がサングラスの奧にある目をすっと細めた。
「──いいですよね、監督。やってみても!」
「……いいだろう。だが──」
これを使っても完成させられる保証はないぞ。──その言葉さえ、今の彼を止める要素にはならない。円堂は大きく頷いた。
:
:
「ちょっと我慢して下さいね」
そう申し訳なさそうに言いながら織乃が風丸の手のひらに消毒液を吹きかけると、喉の奧から息を詰める音がする。
「はい、大丈夫です」絆創膏を張りながら曲げていた足を伸ばすと、ありがとうと小さく言う声が聞こえた。
「やっぱり、私も参加した方が良かったんじゃないですかね……」
「今更じゃないかしら? もう、養成マシンの段階は終了してるんだから」
「そうですけど……」答える夏未に織乃は苦笑いする。手動式の養成マシンを動かすにあたって、両手を怪我している織乃は春奈や秋からドクターストップを掛けられたのである。
養成マシンによる特訓が完了した今、部員のほとんどの手のひらには痛々しい肉刺が出来上がり、織乃はそれの治療にあたっていた。
視線を変えれば、練習用のフィールドの中央には、ボールを足下に置いた鬼道と豪炎寺、そしてOB用のユニフォームに着替えた響木がいる。
「よし、……行くぞ円堂!」
「おう!」
鬼道の言葉に、円堂は拳を手のひらに叩きつけた。
頷き合った3人は少し助走を付けると、ゴールに向かってイナズマブレイクを打ち出す。
練習も無しに響木が鬼道と豪炎寺に合わせることが出来るのはキャリアの違いだろう。向かってくるボールを見据えた円堂が、片手を振りかざした。
「マジン・ザ・ハンド!!」
その瞬間、彼の振り下ろした手のひらから、淡い光が滲み出る。
「あ……!」
「やったか!?」
部員たちが身を乗り出すようにその様子を見つめたが、次の瞬間ボールに弾き飛ばされゴールネットに転がった円堂に、ああ、と落胆の声が上がった。
何度何度も、それを繰り返す。しかし、彼の手からは僅かな光が漏れるだけ。
もう30回はこれを繰り返した頃には、ボールを受ける側も蹴る側も、疲労困憊していた。
「くっそぉ……! 何で出来ないんだよぉ!!」
悔しげな表情をした円堂が、汗を散らしながらコンクリート造りの床に拳を叩きつける。
「……監督」眉根を寄せた鬼道が響木を見上げれば、響木は考え込むようにゆっくりと頷いた。
「ああ……何かが欠けている。何かは分からないが、根本的な何かが」
「根本的な何か?」
やはり、マジン・ザ・ハンドは円堂大介にしか出来ない幻の必殺技なのか──苦々しく言われたそれに、修練場に重たい沈黙が降りる。いくら特訓しても、完成することがない必殺技。絶望に似たものを覚え、雷門イレブンの表情が暗くなっていく 。
それを見回した秋が、顔をしかめた。
「ちょっとみんなどうしたのよ、負けちゃったみたいな顔して……! まだ試合は始まってもいないのよ!?」
「でも、相手のシュートが止められないんじゃ……」
沈みきった声音で答えるのは壁山である。
しかし彼の言うことも最もなこと。先日のあの強力なシュートを思い出すと、FF優勝という夢が、音を立てて崩れていってしまうのが分かる。
──しかし、それでは駄目なのだ。
「(勝たなきゃ──勝たなきゃ、あの人はいつまでもあのまま)」
彼に踊らされた人間、傷つけられた人間。世宇子にやられてしまった帝国。
勝たなければ、何も救えない。
「──止められないなら、取られた分だけ取り返すしかないよ」
小さく、か細い声で織乃は呟いたが、それを聞き逃した人間はそこにいなかった。
「──そうよ!」自信なさげに俯いてしまった織乃の手を、突然秋がしっかと握る。
「織乃ちゃんの言う通りなのよ。止められないんだったら、点を取れば良いじゃない!!」
「え……」
点を取る? と反復する彼らに、秋は驚いている織乃の手を取ったまま大きく頷いた。
「10点取られれば11点、100点取られれば101点……! そうすれば勝てるじゃない!!」
「そうですよ!」
声を張り上げながら、織乃の空いた手を掴むのは春奈である。
「先輩たちの言う通りです! 点を取れば良いんですよ!! 」
底抜けに明るい春奈の声が、人工的な明かりに照らされる修練場に響いた。
取られたら、その倍取り返す。多少強引でも、その理屈ならあるいは。風が吹いたように、重く沈んだ空気が徐々に消えていく。
「──鬼道!」
「……ああ。とってやろうじゃないか、101点!!」
「俺たちもやるぞ! 守って守って守り抜く。奴らにシュートは打たせない!!」
マントを翻した鬼道を筆頭に、明るさを取り戻し沸き立つ雷門イレブン。
風丸がポニーテールを靡かせて、円堂を振り返った。
「やろうぜ円堂! 出来るさ俺たちなら……みんなで力を合わせれば!」
その言葉に、一同の力強い視線が円堂に集中する。
「みんな……!」円堂は全員の顔を見回し、うずうずと唇を引き結ぶと、大きく息を吸った。
「──よしいくぞ! 俺たちの底力、見せてやろうぜ!!」
「おーっ!!」
11人分の拳が、天高く突き上げられる。
肩を組み合いもみくちゃになりながら意気込む様子を見せるイレブンたちを、織乃は半ば呆然と見つめた。
「──私たちも、全力でサポートにあたらなくてはね?」
「ええ!」
夏未や秋が頷き合い、春奈は掴んだままだった織乃の手を上下に振りながら「頑張りましょうね!」と目を輝かせる。
一瞬で変わった空気。打ち払われた不安。まばたきを数回繰り返した織乃は、そっと深呼吸した。
「──だから、言っただろ?」
「!」
春奈が秋たちの方へ行ったのを見計らったのか、ふいにやってきた鬼道が彼女の背中をポンと叩く。
驚いたようにそちらを見れば、彼は先程見せた穏やかな笑みではなく、いつもの好戦的なニヤリ顔を湛えていた。
「お前にも、力はあるってな」
「……私も、役に立てますか?」
「ああ。俺が保証する」
頷いた鬼道に、織乃は目をしばたかせる。
そして次の瞬間、彼女は瞳に光を宿してにっこりと笑った。
「それなら──私も、落ち込んでいないで頑張らないといけませんね」
「ふ……期待してるぞ」
帝国の仇討ちと雷門の勝利。2人は同じ思いを背負う。その為にも、明日は決して負けられない。
鬼道と織乃は視線を交わし、しっかりと頷き合った。
そして織乃の笑顔を見た春奈が、「やっと織乃さんが元に戻った!」と彼女の背中に飛びついてきたのは、その数秒後の話である。
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