Puppet of Solitude

「(響木監督……本当にこれで良いんですよね)」

ゴール前に立った円堂はもう一度胸の内で響木に語りかける。向こうのフィールドでは、ロニージョが強張った顔付きで深呼吸をしているのが見えた。
彼は今、どんな気持ちであそこに立っているのだろう。円堂にそれを計り知ることは出来ない。

審判がちらりと遅れて登場してきたガルシルドを見遣り、ラインの傍に歩み寄る。そうして高らかにホイッスルが鳴り響くと、──ロニージョの表情が一変した。

「行くぞ……!」

豪炎寺からのボールを受けて、虎丸が走り出す。
しかしいざ攻め込もうとした矢先、彼の足下からボールは消えていた。

「──えっ?」

あまりに一瞬の出来事に、虎丸は一拍遅れその場で振り返る。
彼からボールを奪ったのはロニージョだった。ロニージョはそのままイナズマジャパンの陣地へ単身切り込んでいく。

「行くぜ、ボーイ……」
「……! ロニージョ?」

何か様子がおかしい。動揺する円堂に、ガルシルドは組んだ足をゆったりと揺らしながら目を三日月に細める。

「これが、ザ・キングダムの本当のサッカー。私に楯突くとどうなるか……思い知らせてやる」

開幕から飛ばしていくロニージョのプレーに、観客は沸き立っている。そしていきなりのワンマンプレーに驚いたのは、円堂たちだけではなかった。

「違う……」
「織乃ちゃん?」

零れた呟きに冬花がそちらを見ると、織乃は眉を顰めた険しい表情でフィールドを見つめていた。
ここ数日のゴタゴタもあり、ザ・キングダムのデータの読み込みは他と比べていくらか浅い。だがそれを差し引いても、今日のロニージョのプレーがこれまでの試合と違っているのが分かる。昨晩まとめたデータよりも、急激にレベルが上がっているのだ。

「(まさか、今までの試合で手を抜いていた? ……ううん、そんなはずない)」

ロニージョは走るスピードを緩めないまま、大胆な動きとテクニカルなボール捌きを織り交ぜてイナズマジャパンの防衛を次々に突破していく。

このままやられっぱなしにされるわけには行かない。佐久間がロニージョの前へ飛び出し、果敢に彼の進路を塞ぎに掛かるのを見て、追い付いたザ・キングダムの選手たちが声を上げた。

「ロニージョ!」
「……」

だが、ロニージョは仲間にボールを渡すことなく、足の間を通すようにして佐久間を突破した。声を掛けたガトーは面食らった顔をしながらも、ロニージョを追い掛けていく。

「ロニージョ、ボールを回せ! ……おい、ロニージョ!?」

並走する仲間の声にも耳を貸さず、彼はひたすらドリブルを続ける。まるで周囲の声など何も聞こえていないかのような態度だ。

「囲い込め!」

鬼道の鋭い声に、左右に散っていた吹雪と飛鷹がロニージョの進路へ飛び出していく。
立て続けに繰り出されるイナズマジャパンの必殺技すらことごとくいなしたロニージョは、身構える円堂に向かってボールを放った──が。

「……っ!?」

放たれたボールはゴールの遥か上方を越え、あらぬ方向へ飛んでいく。
円堂は肩透かしを食らった顔でロニージョを見た。せっかくのゴールチャンスを不意にしたというのに、ロニージョの表情に悔しさは見えない。

「ロニージョ、何で仲間にボールを渡さねえ!? あいつらを信用してねえのか!?」

そんな彼に、怒りを露わにして食ってかかるのは土方だ。ザ・キングダムの特色は、華麗な個人プレーから成る連携だったはず。なのに、今日の彼のプレーはあまりにも身勝手なプレーが目立つ。ロニージョの仲間たちは、様子のおかしい彼を呆然と見つめていた。

「今までガルシルドのヤローに屈してても、ザ・キングダムのサッカーは守ってきただろ! みんなの為に頑張ってきたじゃねーか!!」
「……」

呼吸を整えたロニージョは、それに答えない。無言で自陣へ戻っていく彼を、土方は険しい顔で見送るしかなかった。

「は〜、ビックリしましたね……」
「ほんと。序盤から飛ばしてきたわね……」

ひとまずは去った失点の危機に、マネージャーたちはほっと安堵の溜息を漏らす。
ボールが円堂の手元に戻り、選手たちはそれぞれ位置に着く。その様子を見て、秋が顔をしかめた。

「FWのみんな、ぴったりマークされてるわ……」
「て言うか、何かヤツら様子が変じゃねえか?」
「試合の緊張感とは別の意味でピリピリしてる感じです……」

フィールドの妙な空気は、ベンチで待機する選手たちにも伝わってきていた。首を傾げる染岡や立向居の言葉を受けて、織乃はちらりとブラジルチームのテクニカルエリアに視線を向ける。
ガルシルドは時折傍らの部下と何かを言葉を交わしてはいるものの、特に選手たちに何か指示を出すわけでもなく、ただラインの際に佇んでいるだけだ。

「(何だろう、あの感じ。試合そのものというよりも、もっと違うものを観察しているような……)」

ふと胸を過るのは、微かな既視感。記憶の底にちらついた──見慣れたサングラスの煌めきに、織乃は米神を押さえて頭を振る。

「……そんなまさか」

小さな呟きは、審判がもう一度吹き鳴らしたホイッスルの音に掻き消される。その瞬間、ロニージョの体が不自然に揺れ動いた。

「行くぞッ!!」

空気を揺らす一声と共に、円堂がボールを蹴り入れる。
それを受け取った風丸はガトーを躱して鬼道へ、更に佐久間へとボールを回し、着実に切り込んでいく。
そんな彼の背後に、ラガルートがバク転で追走した。

「ローリングスライド!!」
「うわっ!」

後方宙返りで佐久間を飛び越えたラガルートは、その勢いを利用してスライディングでボールを奪っていく。
ロニージョ以外のザ・キングダムの選手にボールが渡ったのはここに来て初めてだ。

「こっちだ、ラガルート!」
「ああ!」

そのまま追走してきたガトーに、ラガルートがボールを回そうとそちらに意識を向けた瞬間だった。

「──ぐあっ!?」
「なっ……!?」

背後から繰り出されたスライディングを受けて、ラガルートの体が宙へ投げ出される。
ザ・キングダムの選手たちは、それを見て大きく目を見開いた。ボールをカットしたのは、イナズマジャパンの選手ではなくロニージョだったのだ。

「ど、どうして……!?」

予想もしていなかった展開に、円堂は目を見開いて呆然と呟いた。ロニージョはそのまま敵味方構わず選手たちの間を風のようにすり抜けて、イナズマジャパンのゴールに迫っていく。

「ロニージョぉお!!」

怒りの雄叫びを上げ、真正面から繰り出された土方のスライディングも軽く跳び上がって躱したロニージョは、再びゴールへ向かってシュートを放った。

「く……!」

円堂は咄嗟に腕を伸ばすが、届かない。
しかしボールはネットに入ることなく、またもゴールポストから離れたところへ飛んでいった。
流石の観客たちも何かがおかしいと感じたのだろう、歓声はいつのまにか動揺のざわめきに変わっている。真顔で自陣へ戻っていくロニージョに、我慢の利かなくなったガトーが彼の胸倉を掴んだ。

「お前な……さっきのアレなんだよ!!」
「待て、監督が見てるんだぞ!」
「イナズマジャパンも、観客もな……」

それを見たラガルートやレオナルドに諭され、我に返ったガトーはハッと辺りを見回した。
ロニージョの仲間を無視した強引なプレーに、イナズマジャパンの選手たちの表情にも困惑が浮かんでいる。

対照的に静かな目でこちらを見ているガルシルドに、ガトーはややあって半ば突き飛ばすようにロニージョを解放した。
ロニージョはその間も終始黙りこくったままで、何事もなかったように定位置へ戻っていく。
そんな彼に、ラガルートはオイ、と声を掛けた。

「お前……監督にRHプログラム≠されたんじゃないのか?」
「……」

その瞬間、何を言われても無反応だったロニージョの足がピタリと止まる。

「RHプログラム……?」

聞き覚えのない単語に、ラガルートの声が聞こえていたイナズマジャパンの選手たちは不思議そうに首を傾げる。
対して、ザ・キングダムの選手はそれが何か理解しているらしい。さっと顔を青くした彼らは、無言で俯いたロニージョに一斉に駆け寄った。

「やっぱり、RHプログラムを受けたんだな!?」
「答えてくれ、ロニージョ!」

そこで遂にロニージョの表情が崩れた。頭を抱え、彼は声を上げる。

「……ッ仕方なかったんだ!!」

それは懺悔の入り交じる慟哭だった。それで全てを悟った仲間たちは、苦しげに眉根を寄せる。

「一体どうしたんでしょう?」
「さぁ……」

身を寄せ合い、深刻な表情で話し合うザ・キングダムの声はこちらまでは届かない。
春奈や秋が不思議そうに顔を見合わせていると、やがて話し合いの決着がついたらしい。周囲に視線を送ったレオナルドが、ふいに指笛を吹き鳴らした。
すると、それまでイナズマジャパンのFWのマークに着いていた選手たちが、次々と彼らから離れ始めた。どうやら作戦を変更するようだ。

そしてそれと入れ替わりに、ラガルートとガトーがロニージョをマークするような配置につく。
観客たちからすれば、1人突出していくロニージョを抑えるためのものに見えるだろう。

「……どう思う?」

彼らの意図が掴めず、円堂は鬼道に声を掛けた。

「分からん。……ただ、ここまでのザ・キングダムとも空気が変わったのも確かだ」

何にせよ、豪炎寺たちについていたマークが外れた今が好機だ。試合再開のホイッスルが鳴り響き、円堂はボールをフィールドに蹴り入れた。ボールを受け取った鬼道は、すかさずそれを前線へ送る。
ザ・キングダムの面々はロニージョを抑えたままだ。その間に、イナズマジャパンは鬼道から吹雪、そして佐久間へとボールを繋ぎ前線を押し上げていく。

「よーし、行けぇ!」
「いいや、行かせない!!」

最前線のヒロトへボールが繋がると、ロニージョのマークを仲間に託したラガルートが素早い後方宙返りで彼を飛び越えた。

「ローリングスライド!!」
「くっ……!」

「レオナルド!」ヒロトからボールを奪ったラガルートは、ボールをレオナルドへ回し再びロニージョのマークへ戻る。
レオナルドは周囲の仲間と目配せを交わすと、彼らと足並みを揃え一気にフィールドを駆け上がった。

「ッ来るぞ!!」
「行くぞ! 必殺タクティクス『アマゾンリバーウェーブ』!!」

息を合わせ並走した7人の選手たちは、寄せては返す波のように前後に移動して、誰がボールを持っているのかこちらの判別の着かない内に敵陣を深く切り開いていく。

「ロニージョ! プログラムなんかに負けるな!!」

ゴールまであと一息と言うところまで迫った瞬間、叫んだレオナルドがボールを高く打ち上げた。ボールを奪うなら今しかない。

「打たせねええッ!!」

吼えた飛鷹がボールに飛び掛かるように跳躍する。しかし、ロニージョはそれすら軽々と飛び越えてボールを受け取り、ゴールに狙いを定めた。
──入る。本能的に危険を察知した円堂は、拳を振り上げた。

「いかりのてっつい《V2》!!」

振り下ろされた拳が、ロニージョのシュートを地面に叩き付ける。だが、彼のシュートはそこで止まらない。

「う、わっ!」

ぐぐぐ、と地面から押し返してくる力に体勢を崩した円堂は後方に吹き飛ばされ、自由になったボールが中空に跳ね上がる。
シュートが一度止められることも想定内だったのだろう、既にラインの際まで走り込んでいたロニージョは、フリーになったボールをイナズマジャパンのゴールへ押し込んだ。
スコアボードが0対1に切り替わり、弾けるような歓声がスタジアムに響き渡る。

「ッキャプテン! すみません……!」
「気にすんな、飛鷹。まだ1点だ」

申し訳なさそうに駆け寄ってきた飛鷹に、円堂は立ち上がりながら笑みを向けた。

「必ず返せる。響木監督も、今頃病気と闘ってんだ。お前がそんな弱気になってどうする!」
「はい! 次こそブロックして見せます!!」

円堂の言葉でメンタルを持ち直したのだろう、力強く頷いた飛鷹は、軽く頭を下げて定位置へ戻っていく。

──とは言え、円堂の中にはまだ不安が残っていた。
人質に取られている彼らの家族の件もそうだが、今日のザ・キングダムは捉えどころがない。
どこか無理をしていて、本当の彼らのサッカーをしている風には見えないのだ。これではきっと織乃の分析した今日までのデータも役には立たないだろう。

「(これも、きっと……あいつのせいなんだ)」

奥歯を噛み締めて、円堂はライン際で悠々と佇んで試合を観戦しているガルシルドを睨み付けた。

その後もイナズマジャパンは果敢に攻め込んだが、一度あちらにボールを奪われればまたアマゾンリバーウェーブに押し流されて戦線を崩されてしまう。
そして、再びレオナルドからロニージョへとボールが渡り、敢えなく二度目のシュートチャンスがやって来た。

「くっ……!!」

怒りの鉄槌では、彼の素シュートすら止められない。振り下ろした拳が弾かれて、こぼれ球をロニージョが抑えようとしたその時だ。

「──飛鷹!」

あわやと言うところで素早くロニージョの眼前に飛び込んできた飛鷹が、がっちりボールを抑えて後退する。これで何とか危機は脱した。飛鷹は肩越しに円堂を見遣ると、小さく頷いてみせる。
そのボールは蹴り出されることなく、前半は0対1とザ・キングダムの優勢を許したまま終了となった。