Origin of evil
「古株さん、コトアールエリアに急いで下さい!」
「分かった!」
車内に乗り込むや否や、口早に円堂から説明を受けた古株は一も二もなく頷いてアクセルを強く踏み込んだ。
イナズマジャパンと夏未、そしてリューとアラヤを乗せ、イナズマキャラバンが急発進する。
「間に合ってくれ……!」
一体何が起きているのか分からないが、こんな事態は見逃せない。被害にあっているのが次の対戦相手──とりわけ決勝戦を戦う相手ならば尚更だ。
焦燥感に駆られながらビュンビュンと過ぎ去っていく景色を眺めていると、それまで硬い表情をして黙り込んでいた織乃がふと口を開く。
「コトアールエリアを襲っていたあの人たち……私、会ったことがあるかもしれません」
「何ですって?」
その言葉に真っ先に顔を顰めたのは、後ろの席に座っていた夏未だ。
奴らは一体なんなの、と前のめりになって尋ねてくる夏未に、織乃は考え込みつつ答えた。
「正直、私もよく分からないんですが……妙に腕の立つ人たちでした。それに、明らかに影山さんとの繋がりがあった」
「影山と?」
「はい。……影山さんの裏に誰かがいたという話を考えると、そこに関係してるのかも……」
夏未は柳眉を歪め、口元を抑えて何かを思案し始める。前の席でそれを聞いていたアラヤは、ぐっと帽子の鍔を握りしめた。
コトアールエリアは各国のエリアの中でもセントラルエリアから最も離れた、ジャングル地帯の奥地を切り開いた場所に作られている。
最大限にスピードを出しても、目的地が見えてくる頃には病院を出て20分近くが経過していた。
「そろそろコトアールエリアだぞ!」
ハンドルを握る古株の言葉にフロントガラスから前方を覗き込むと、ジャングルの一角から土埃がもうもうと舞い上がっているのが見える。
まだ破壊発動は続いているのだ。ピリ付いた空気を発する円堂に、ふいにアラヤが言った。
「……お前たち、ユニフォームは持っているか」
「えっ? あるけど……」
唐突な問いに円堂は首を傾げながら自分の襟元を覗き込む。今日は試合観戦から戻ったらそのまま練習に入る予定だったので、ジャージの下にユニフォームを着てきたのだ。
「なら、今のうちに着替えておけ」
「え? 何で……」
アラヤは前を睨んだまま答えない。だがその横顔から並々ならぬ雰囲気を感じ取った円堂は、小さく頷いてバッグからグローブを取り出した。
やや開けた場所に停車したキャラバンから駆け下りた円堂たちは、その凄惨な光景に改めて目を見開く。
元はきっと静かで穏やかな場所だったのだろう、しかし今は居住区を守るように植えられたバオバブの樹は無惨に薙ぎ倒され、建物もあちこち破壊され瓦礫の山が築かれてその見る影もない。
「っんだよこれ……めちゃくちゃじゃねえか」
「ひでぇことしやがるぜ……!」
纏わり付く土埃に顔をしかめながら、染岡と綱海がそれぞれ呻く。俺たちの町が、とリューは血の気の引いた顔で呆然と呟いた。
「許せない……! みんな、壊してる奴らを止めるぞ!!」
「おい、円堂!」
奥歯を噛み締めた円堂はそう言うや否や、仲間が返答するより先に勢い良く走り出す。
円堂を止めきれなかった鬼道は額を抑え、溜め息を吐いて言った。
「……いつ攻撃がこちらに来るかも分からない。みんな、周囲に気を付けて進めよ」
「ああ」
イナズマジャパンと夏未たちは、逸れないようひとかたまりになって円堂の後に続く。
町の中へ入ると、より被害の大きさをその身に感じて心がざわつく。辺りを忙しなく見回しながら歩いていたリューは、そこでハタと立ち止まった。
「──ユーム!」
「! リュー!」
リューが呼び止めたのは、子供の手を引く小柄な少年だった。リトルギガントのジャージを着ていることから、彼もまた選手の一人なのだろう。
監督たちを連れてきてくれたんだね、とユームはアラヤや夏未の姿を確認すると少し安心したような笑顔になった。
「ユーム、チームのみんなや町の人たちは?」
「町の人たちは僕らで宿舎に避難させました。ただ、ロココがまだこの子の弟を探して広場の方に……」
アラヤの問いに答えたユームは、眉尻を下げて広場があるらしい方向を見る。
「分かった、お前はその子を宿舎へ連れて行け。わしらはロココを探してくる」
「は、はい」
頷いたユームは、さぁ行こう、と不安そうな子供の手を引いて宿舎がある方へと走って行く。私たちも行きましょう、と切羽詰まった声の夏未に急かされ、一行は駆け足で広場へと向かった。
広場へ辿り着くと、そこで立ち止まっていた円堂が何かを探して辺りをキョロキョロと見回している。
円堂くん、と夏未が声を掛けると、円堂は焦った表情でこちらを振り向いた。
「夏未! 今さっき、この辺で人の声が聞こえた気がするんだけど……」
「──うわあああっ!!」
言い掛けた円堂の声を遮り、一行の耳に徐に小さな子供の悲鳴が聞こえてくる。
反射的にそちらを見ると、砂塵の向こうで大きな柱が1人の少年に向かって倒れ込むのが見えた。
その人影が柱を受け止めてぐらつくとの同時に、円堂は弾かれたようにそこに向かって飛び込んで行く。
「“熱血パンチ”!!」
グローブをはめた拳に殴打され、柱は重たい音を立てながら離れた場所へと大きく弾かれていった。
ふぅ、と一息吐きながら拳を緩めた円堂は、そこに膝を突いていた人物を見下ろし笑みを向ける。
「危なかったな!」
「! 君は……エンドウマモル!?」
それに押しつぶされそうになっていた少年──ロココは、目を丸くして円堂を見上げた。
そして何かを思い出したようにハッとすると、彼は慌てて後ろを振り向く。
「カボレ、無事か!?」
「うっ、うん……」
円堂はそこで初めて、ロココの足元で子供が小さくなって震えていたことに気がついた。きっと彼がロココの探していた迷子なのだろう。
ロココは周囲を警戒しながら素早くカボレを背負うと、こっちだ、と円堂を伴って道端に散乱する瓦礫の山をすり抜けていった。
「あっ、円堂くん!」
「大丈夫か!?」
「イナズマジャパン……! リュー、君も無事だったんだな!」
瓦礫の山を抜けると、一足遅れでイナズマジャパンたちがやって来る。その中に自分の仲間がいるのを見たロココは、ホッとした表情を緩めた。
「大事ないか、ロココ」
アラヤが声を掛けると、ロココはパッと顔を綻ばせ嬉しそうに彼の名を呼ぶ。
「ダイスケ!」
「……だいすけ?」
その耳慣れた名前に、円堂が目を瞬いたその時だ。
──パン、パン、とゆったりとしたリズムで手を叩くこの緊急時にそぐわない音に、円堂たちは一斉にそちらを振り向く。
「流石はイナズマジャパンのキーパー、エンドウマモル。見事な反応です」
そこにいたのは、中継の画面に一瞬映り込んでいた臙脂の襟巻きで顔を隠した11人の集団だ。一行は警戒心を露わにして身構える。
「出やがったな!」
「何者だ!? 顔を見せろ!」
綱海が真っ先に食って掛かるのに続いて鬼道が声を荒らげると、集団の先頭に立っていた小太りの男は素直にそれに応じた。
するすると顔の半分を覆っていた襟巻きが解かれていく。現れたその相貌はつい昨日見たばかりの顔だった。
「あいつは、ガルシルドのとこにいた……!?」
予想外な正体に、土方が目を瞬いて呟く。
ガルシルドにヘンクタッカーと呼ばれていた男が小さく顎をしゃくると、次々とその仲間たちも襟巻きを外していく。その内の何人かに見覚えがあった織乃は、やはり、と眼を鋭くさせてマネージャーたちの前に出て彼女たちを後ろ手に庇った。
「私たちはガルシルド様のために作られた私設サッカーチーム……『チームガルシルド』。以後お見知り置きを」
「チームガルシルド……!?」
何故ガルシルドの私設サッカーチームがコトアールエリアを襲撃したのか──誰もが抱いたその疑問は、早々と解消されることになった。
「イナズマジャパンの諸君……まさか君たちまで現れるとはな」
土煙の奥から、聞き覚えのある嗄れ声と共に1人の人影が近づいてくる。悠々と現れたのは、警察の手から逃れたガルシルドだ。瞬間、彼がザ・キングダムにした所業を思い出した円堂の目に、抑えきれない怒りが滲む。
「ガルシルド……!!」
「……リュー、この子をみんなのところへ」
「っ分かった」
並々ならぬ雰囲気を察知したロココはリューにカボレを任せ、2人が宿舎に走っていくのを確認し円堂と並び立ってガルシルドと対峙する。
「やはりお前の仕業だったのか……!」
「そんなこったろうと思ったぜ! こんなことする奴は他にいねえからな!」
「だが何故だ? 何故コトアールの町を破壊する!?」
口々に言葉をぶつけるのは、以前ガルシルド邸に忍び込んだメンバーである。
何故だと、とガルシルドは鼻を鳴らして眉間に皺を刻んだ。
「知りたければ、その男に聞いてみるんだな」
そう言ってガルシルドが指差したのは、円堂の傍らに立っていたアラヤである。ぱち、とゆっくり瞬きをした夏未が、ちらりとアラヤを見た。
「この人が……?」
不可解そうにアラヤを見上げたイナズマジャパンに、そうだ、とガルシルドは腹立たしげにアラヤを睨め付ける。
「コトアール代表リトルギガント監督、ミスターアラヤ──いや、円堂大介にな」
「……!」
その瞬間、円堂の丸い目が大きく見開かれた。
韓国戦の前『頂上で待つ』と言う短い手紙を寄越し、もしかしたら実は生きているのではないかと思われていた円堂の祖父、円堂大介。ガルシルドは、それがアラヤの正体だと言う。
「えっ……じゃあ、この人が!?」
「円堂くんのお祖父さん……!」
周囲が驚いた様子でアラヤを見る一方で、円堂本人はそれ以上のリアクションは取らなかった。きっと、彼は彼でその正体を心のどこかで察していたのかもしれない。
そしてアラヤもまた、ガルシルドの言葉を否定しなかった。
「……目的はこのわしか。だがわしを引っ張り出すために、こんな派手なことまでするとは……流石のお前も焦ってきたと見える」
アラヤ──大介は臆することなくガルシルドの目の前まで歩み寄ると、サングラス越しに彼を正面から睨みつける。
「いつも人を操るだけで、自分は安全なところから見ているだけのお前がなぁ」
「ふん……! 貴様にだけは言われたくないわ。40年もの間、隠れて私のことを嗅ぎ回っていたお前にはな……!」
二人の間に見えない火花が散る。子供たちは動揺しながらもそれを外から見守ることしか出来ない。
「ど、どういうことなんです? 二人はそんな前から知り合いだったんですか!?」
「40年前……伝説のイナズマイレブンを襲った、あの悲劇が起こった年……」
ガルシルドと大介を見比べて慌てる目金の言葉を受けて、ハッと呟いた秋に仲間たちの視線が集まる。
「あの悲劇……?」詳細を知らないヒロトたちが首を傾げると、秋はちらりと円堂を窺って彼が何も言わないことを確認すると、話を続けた。
「その年、円堂大介監督の率いる当時の雷門サッカー部……イナズマイレブンは、FF全国大会決勝戦に出場するため、バスで試合会場に向かっていたの。けれど、その途中バスは事故を起こしイナズマイレブンは試合会場へ行けず不戦敗した」
「でも、それは影山がやったことだって……」
困惑しながら口を挟むのは、以前に一度この話を聞いたことがある木暮である。その疑問に答えるのは夏未だ。
「その時、影山はまだ中学生。一人でそんなことは出来ない……影山の裏で糸を引いていた人がいた。それがガルシルドだったのよ」
「えっ……!?」
目を見開いた織乃は、大介と睨み合いを続けているガルシルドを見る。
ずっと疑問に思ってはいたのだ。40年前のバス事件の件もそうだが、アルゼンチン戦で一介の監督でしかなかった影山がどうやって日程を変更することが出来たのか。彼の裏に大会のトップであるガルシルドがいたのなら、日程の変更など赤子の手を捻るより容易いだろう。
「ガルシルドは世界征服と言う欲望を叶えるための手段として、世界のサッカー界を支配してきた。日本においては、影山を帝国学園の総帥にして操り、日本サッカー界を思うようにしてきたの」
拳を握り締め、鬼道はガルシルドを睨みつける。
大介は教え子を悪の道に引き摺り込んだ男を見据えながら、険しい声で続けた。
「わしはこの40年間、お前のことを調べ上げ追い続けてきた。お前が行ってきた悪事の全てを暴くために……!」
「だが、その苦労もどうやら無駄だったようだ。現に私はこの通り捕まっていない」
不遜な態度で鼻を鳴らすガルシルドに、円堂はグッと奥歯を噛み締める。彼はガルシルドが鬼瓦に怪我を負わせてここまで逃げてきたことを知っていた。
「円堂大介……これ以上私の邪魔はさせぬ。貴様とイナズマジャパンは、この場で私が叩き潰す!」
「ダイスケと、イナズマジャパンを……?」
大介とイナズマジャパンを冷たい目で睥睨するガルシルドに、イナズマジャパンと彼の因縁を知らないロココは怪訝そうに眉を寄せる。
「この子たちは関係ない。潰すならわしだけで十分なはずじゃ」
「そうは行かんわ。私が叩き潰すのは、円堂大介……貴様と、貴様のサッカーだ」
憎々しげに言い放ち、ガルシルドは大きな宝石をあしらった指輪をはめた節くれだった指を大介に突き付ける。
「今日こそ貴様を葬り去ってやる……! お前のサッカー諸共な!」
「そのために……この島の人たちを巻き込んだと言うのか」
老犬のように唸った大介の問いに、ガルシルドは答える代わりに鼻で笑い飛ばす。その瞬間、円堂の堪忍袋の緒が切れた。
「その勝負、受けて立つ!!」
ビリビリと空気を叩く円堂の声に、仲間たちが彼を見る。
大介は円堂の反応とは対照的に静かに振り向いた。
「やめろ、守。これはわしと奴の問題だ……」
「違うよ、じいちゃん。これはじいちゃんとコイツだけの問題じゃない……サッカーを守るための戦いなんだ!」
円堂は存外冷静な声で反論し、祖父に歩み寄る。何じゃと、と目を瞬く祖父に円堂は続けた。
「俺、許せないんだ。サッカーを悪いことに利用するなんて、絶対に許せない!」
「守……」
「円堂の言う通りです」
複雑な表情で孫の横顔を見つめる大介に、更に声を掛けるのは豪炎寺である。
「俺たちにやらせて下さい。──なぁ、みんな!」
振り返って賛同を求める豪炎寺に、首を横に振らない仲間は一人もいない。確固たる意志を持って頷くイナズマジャパンに、大介はややあってニッと歯を見せて笑った。
「止めても無駄のようだな……!」
「だ、だったら僕たちが!」
そこで声を上げたのは、それまで場を静観していたロココだ。ロココは大介に駆け寄り懇願する。
「僕たちだって思いは同じだ……町を壊されて、このまま黙ってなんていられない! やるなら僕たちにやらせてよ!」
「……戦えるのか? その肩で」
大介の問いに、ロココはギクリと身を竦ませる。先程の救助活動の最中、ロココは壁に体を強く打ち付けて肩を痛めていた。本人は上手く隠しているつもりでも、大介の目は誤魔化せなかったのだろう。
無理をすればやってやれないことはない。しかし、もしもこの戦いで怪我が悪化でもしたら──ロココはジクジクと痛む肩を押さえ、唇を噛む。
それを見た円堂は、そっとロココに近寄った。
「……ここは俺たちに任せてくれないか」
「!」
「必ず守ってみせる。俺たちのサッカーを……!」
真剣な視線を受け、ロココはゆるりとイナズマジャパンたちの顔を見回した。そして最後に、目が合った夏未が小さく頷くのを見て──彼は、詰めていた息を緩める。
「──分かった」
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