Cost of strength

赤く腫れた箇所を濡れたタオルで冷やし、湿布を貼る。服を着直したロココは軽く腕を回し、ふ、と小さく息を吐き出した。

「ありがとう、ナツミ。それに君も……」
「いえ、大事ないようで良かったです」
「明日までは安静になさいね、ロココ」

夏未から肩の怪我の治療を受けたロココは夏未に礼を言った後、キャラバンに積んであった救急箱を取りに走った織乃に軽く頭を下げる。
夏未とロココが親しげにしているのを見て、あの、と織乃は少しばかり声を落として夏未に尋ねた。

「夏未さん、留学してからはずっとリトルギガントのオペレーターとして……?」
「いいえ。……私が留学したのは、大介さんの所在を探すためだった。大介さんがロココたちにサッカーを教えていることを知ったのは、その時よ」

ガルシルドの手から家族を守るために辺境の土地に隠れ住んでもなお、サッカーと関わり続けているあたり円堂くんのお祖父さんって感じでしょう──と、夏未はちらりと大介の方を見遣って、苦笑を交えて答える。

「リトルギガントのオペレーターになったのは、それが私に出来る最善だと思ったからよ。……べ、別にチームが嫌いになったからとかではないわよ?」
「ふふ、分かってますよ」

少し慌てた風に付け足した夏未に、織乃は小さく微笑んで頷いた。
織乃は夏未がチームを離れた理由を、何となく察していた。そしてそれは、きっと当たっている。

「(でも、今考えるべきことは……)」

さて、と笑みを引っ込めた織乃は鋭い表情になると、少し離れた場所に佇むチームガルシルドたちを見やった。
どうやらガルシルドは、こちらに合わせサッカーで雌雄を決するつもりらしい。
円堂大介のサッカーを葬り去る。その目的を果たすには、同じ土俵に立って勝利することが何よりも効果的だということなのだろう。

「御鏡。さっき奴らと会ったことがあると言っていたが……イタリアエリアでの一件の時か?」

険しい顔をしている織乃に、ふと鬼道が尋ねてくる。ハッと我に返った織乃は、コックリと頷いた。

「はい。目眩しを喰らって、背後からやられてしまって……不覚でした。私が捕まらなければ、あんなことにはならなかったかもしれないのに……」
「もう過ぎたことだ、気にするな」

頭を振って、鬼道は織乃の肩を叩く。そして彼は、先程から大介を睨み続けているガルシルドを一瞥した。

「……総帥は、あんな奴のために本当のサッカーを見失うことになったんだな」
「鬼道さん……」

低く呟く声には、押さえきれない悔しさが滲んでいる。
影山が中学生の頃からガルシルドに従って行動していたということは、鬼道自身のルーツにもガルシルドの思惑が噛んでいたということになる。その変えようのない現実に、鬼道は腹の底でどうしようもない怒りが湧き立つのを感じた。

「……負けないで下さいね、鬼道さん。あの人のためにも」
「ああ。勿論だ……!」

深く頷いて、鬼道は仲間たちに集合を掛ける円堂の元へ歩いていく。
その背中を見送って、織乃はぎゅっと唇を噛み締めた。

「この試合、絶対に負けない。行くぞみんな!!」
「おう!!」

円堂が仲間たちの士気を上げる一方で、「ガルシルド様のために!」とヘンクタッカーたちが声を揃えるのが聞こえてくる。

両チームがポジションに着くのを確認して、審判を任された古株が一呼吸置いてホイッスルを吹き鳴らした。
キックオフはイナズマジャパンからだ。相手に狙いを絞らせないよう、イナズマジャパンはパスを細かく繋ぎ戦線を上げていく。
中盤から駆け上がった鬼道はヒロトからボールを受け取り、ついに敵陣深く切り込んだ。ドリブルで進む彼の進路に、相手MFのマンティスが仕掛けていく。

「くっ……!」

強めの当たりは一歩間違えばレッドカードものだろう。素早くバックステップを踏みつつボールを死守した鬼道は、一瞬の隙を突いてマンティスを抜き去っていく。

「行けぇお兄ちゃん!!」
「頑張って!!」

テクニカルエリアで春奈と織乃が声を張り上げるのが聞こえる。マンティスの気配が迫ってきているのを感じながら、鬼道は視界に入ったエースストライカーの背番号を見た。

「豪炎寺!!」

放たれたボールが中空を駆ける。通った──イナズマジャパンの誰もがそう確信した瞬間、フィールドを黒い影が走り抜けた。

「なっ……!?」

目を見開き、鬼道はボールを奪い去ったガビアルを振り返った。その背中はほんの瞬きの間に遠ざかって行く。

「ヘッジホッグ!!」

「行かせるか!」鬼道や豪炎寺を突き放したガビアルは、ボールをへ送り出す。驚いている場合ではない、と我に返った風丸はすぐさまヘッジホッグの前方へと飛び出した。
しかしヘッジホッグはそれに対し慌てるでもなく、寧ろ笑みすら浮かべると、より強く地面を踏み込んだ。その途端、ヘッジホッグの小柄な体が一気に加速する。

「っ……!?」
「何ですか、今のスピードは!?」

まるで突然目の前から消えたかと錯覚するようなスピードに、テクニカルエリアの仲間たちも己の目を疑った。
即座に踵を返し風丸はヘッジホッグを追いかけるも、その差は少しずつ開いていく。チームでも随一のスピードを誇る風丸がだ。

「まさか、これは……」

湧き上がる嫌な予感に、織乃は自分の心音が大きくなるのを感じた。そんな彼女の不安を他所に、イナズマジャパンの陣地を猛進し続けるヘッジホッグの前に不動が飛び出していく。

「調子に乗ってんじゃねえッ!!」

声を荒らげながらも、不動の内心は冷静だった。
ヘッジホッグの素早さは確かに驚異だが、このスピードで突っ込めば止まるにも方向転換するにも、減速する瞬間が必ずあるはずだ。半歩引いた状態からその一瞬を見極めようとする不動をヘッジホッグは一笑に付して、跳んだ。

「な──……」

「マティス!」まるで不動の思惑を全て見透かした上で、嘲笑うかのような跳躍。太陽を背にし、ヘッジホッグはノーマークになっていたマティスへボールを戻す。
その一連の動きを見て、織乃の予感は確信へと変わった。

「ッみんな気をつけて! その人たち、強化人間プログラムを受けてます!!」

鋭い声で織乃が叫ぶのと同時に、マティスが吹雪の放ったスノーエンジェルに突っ込んでいく。
敵の体を凍て付かせ、動きを止める吹雪の必殺技。上手く決まらなかった場合でも一瞬ではあるが足止めが出来るはずの寒風を、マティスはまるで微風の中を走るような気軽さで突き抜けて──見せつけるように、敵陣のど真ん中で立ち止まって見せた。

「間違いねぇ、御鏡の言う通りだぜ!」
「何でそんなことを……!」

思わずベンチから立ち上がりながら染岡が叫ぶ。呻くように呟く円堂の脳裏には、先日戦ったロニージョの姿が思い起こされていた。

「そんな体でサッカーをしたら、体がボロボロに──」
「ははは……何も分かっていないようですねぇ」

必死の形相で声を荒らげる円堂を、ヘンクタッカーは軽く笑い飛ばす。
何だと、と目を瞬く円堂に、彼は元から細い目を更にキュウッと曲げて言った。

「私たちがロニージョたちと同じだと思っているのですか?」
「どういうことだ?」

眉を顰め、鬼道は警戒心を露わにしたまま問いかける。

「ザ・キングダムのロニージョ、そして更にはチームKのデモーニオ……彼らは単なる実験台でしかなかったのです」
「実験台……!?」
「そう。強化人間プログラムを完成させるために必要なデータを取るためのね。自らの体を犠牲にして、彼らは十分な役目を果たしてくれました」

円堂は目を大きく見開いた。
デモーニオの絶望の慟哭を、ロニージョの懺悔の叫びを、円堂は鮮明に覚えている。体が回復しても、彼らの心にはそれ以上に大きな傷が残り続けることだろう。
しかしヘンクタッカーは──ガルシルドは、彼らを使い捨ての駒にして、それを悪びれもしていない。

「そして完成したのが私たち……究極の強化人間プレイヤーなのです!」

両腕を広げ、ヘンクタッカーは誇らしげに演説した。
しばしの静寂。誰もが言葉を失って痛いほどの静寂が満ちる中、それを破ったのは円堂の怒気を孕んだ声だった。

「許せない……デモーニオやロニージョを、実験台に使うなんて!!」
「全てはガルシルド様の支配する理想の世界を作るため」

円堂の猛りを意にも介さず、軽く言ったヘンクタッカーはパチンと指を鳴らした。
途端、それまで時間が止まったかのように静止していたマティスが一息に地面を蹴る。
不意を突かれて咄嗟に反応出来なかった吹雪たちを置き去りにして、マティスは追走してきたガビアルと共にゴールに突進していく。

「そんなことさせるかよ!!」

怒号を上げ、咄嗟に二人に立ち向かって行くのは綱海だ。

「理想ってのはなぁ、実験なんかじゃねえ! 自分の手で実現させるものなんだよ!!」

憤りで顔を赤くしながら叫ぶ綱海に、ガビアルは煩わしそうに目を細めて跳躍した。その瞬間、マティスは力一杯回転をつけてボールを蹴り上げる。

「綱海さん下がって!!」
「”ジャッジスルー3“!!」

何かを察した織乃が叫ぶのと、ガビアルがボールを打ち下ろすのはほぼ同時だった。
高速回転したボールは質量を持った残像を作り出すと、三連撃の凶弾と化して綱海に襲いかかる。

「ぐああっ!!」
「綱海くん!!」

咄嗟に声を上げたヒロトや不動がそちらに駆け寄ろうとしたが、ボールはまだ生きている。
「コヨーテ!」ガビアルは地面に着地すると、行き着く間もなくFWにパスを回す。イナズマジャパンは倒れた綱海に気を取られ、コヨーテは完全にフリーになっていた。

「喰らえ──これが究極の強化人間プレイヤーの必殺技!」

マスクに覆われた口でくぐもった声で叫んだコヨーテは、ゴールを目前にして跳び上がる。
挟んだ足で急速な回転を与えられたボールは、円堂を狙う弾丸となって襲いかかった。

「”ガンショット“!!」
「強化人間なんかに負けるか……! 《真》”イジゲン・ザ・ハンド“ぉ!!」

力を溜め、拳を振り抜く円堂の姿にロココがハッと目を見開く。
しかし、コヨーテのシュートは展開された障壁にぶつかっても尚勢いが衰えることはなく、円堂の気合いの雄叫び虚しくボールは放たれた威力そのままにゴールへと突き刺さった。

「え、円堂さんの《真》”イジゲン・ザ・ハンド“が破られた……!?」
「なんて破壊力だよ……」

円堂の必殺技の中でもトップクラスのセーブ力を持つ必殺技が通用しない──その驚きと絶望は、仲間たちにも伝染していく。
膝を突いた円堂は、悔しさに地面を拳で殴って呻いた。

「止められなかった……!」

歯を食い縛り俯く円堂に、ガルシルドは嘲笑を浮かべて大介を一瞥する。

大介のサッカーを受け継いだ円堂、そしてイナズマジャパンのサッカーはチーム・ガルシルドには通用しない。
つまり、大介のサッカーは自分たちには通じないことと同義。このままゆっくりと、彼には己のサッカーが潰されるところを眺めさせてやるのだ。ガルシルドは今にも笑い出しそうになるのを、口髭を撫で付けて押さえた。

「……勝負は後半だな」
「っ、え?」

絶句して円堂を見つめてた夏未は、ボソリと呟いた大介を見上げる。
大介はフィールドを見つめたまま、平時と変わらない様子で彼女に語りかけた。

「しっかり選手の動きを見ているんだぞ」
「動き……?」

怪訝そうにその言葉を反芻した夏未は、一拍置いて彼の意図を察しそっと目を見開く。
彼は確かめようとしているのだ。自分が大介の元で、どこまでチームオペレーターとしてのスキルを身につけたのかを。

「はい。……はい……!」

一度目は大介へ。二度目の返答は、自分へ。夏未は表情を引き締めて、大介と同じようにフィールドに視線を戻した。