Dawn breaks

「壁山と飛鷹がFWに!?」

ハーフタイムに差し掛かり、大介が選手を呼び集めて出した指示に円堂たちは目を剥いた。

「豪炎寺と虎丸はMF、風丸と不動はDFに下げる」
「どういうことですか?」

大介の真意が図れず、尋ねる鬼道に大介は自分で答える代わりに傍らにいた夏未を一歩前に出させる。
はい、と頷いた夏未は大介に代わり円堂たちの前に立つと、ほんの少しだけ緊張したように自身の腕を抱えながら口を開いた。

「前半の試合を見る限り、身体能力では明らかに向こうが上。けど、彼らにも欠点があるわ」
「欠点……?」
「ええ。それはFWはFWの、MFはMFの……DFはDFの役割しか果たしていないこと」

ちらりとチームガルシルドのテクニカルエリアを一瞥しながら、夏未は自分の考えを頭の中で整理しながら語る。

「確かに……言われてみると、あのチームは完全な分業制でしたね」
「ええ。その結果DFにはMFに必要なボールキープ力、突破力が不足している」

試合が一区切りしたところで冷静さを取り戻した織乃は、前半を振り返り自分がどれだけ判断力を欠いていたか気付いて顔をしかめた。

「そこを崩すために、DFとMFを混ぜるということか……」
「よし、やってみよう!」
「でも俺、シュートなんて打てないっスよ?」
「心配するな! シュートをするだけがFWじゃない」

乗り気な仲間たちに対して不安を隠せない壁山に、大介は真っ直ぐにそう言った。壁山がちらりと同じくFWに割り当てられた飛鷹に視線を送ると、彼は「やれることをやるだけだ」と既に覚悟を決めた顔で言う。

「それじゃ──行くぞ!」
「おお!」

円陣を組み、イナズマジャパンは気勢の声を上げる。
フィールドへ入ると、ポジションを大きく変更したイナズマジャパンにガルシルドは目を細めた。

「ふん……血迷ったか円堂大介。ヘンクタッカー! 遠慮はいらん、円堂大介のサッカーを叩き潰せッ!!」
「はっ!」

斯くして、チームガルシルドのキックオフで後半戦が始まる。得点は2対0。まずはこれに追いつかなければ勝機はない。

「コヨーテ!」

イナズマジャパンの陣内へ切り込んだクロウが早速FWへロングパスを繰り出す。そこへすかさずカットに入ったのは不動だ。キープ力の高い不動から、コヨーテはボールが奪えない。

「豪炎寺!」

作戦の手応えを感じた不動はニヤリと笑い、豪炎寺へボールを回す。豪炎寺は持ち前のスピードを生かして
オウルを抜き去ると、一気に敵陣へとボールを運んだ。

「吹雪!」

そこからボールは一度も奪われることなく最前線の吹雪へと渡る。
先ほどまで苦戦していたのが嘘のような試合展開に、織乃は目を瞬いた。ポジションの枠に捉われず、フィールド全体を使うサッカーは一見強引に見えるが計算し尽くされているのだ 。

「(これが円堂さんのお祖父さんの……円堂大介さんのサッカー……!)」

しかし、好調がいつまでも続くわけではない。
「行かせませんよ!」吠えたヘンクタッカーはジャッカルを伴って、吹雪から鬼道へのパスを2人がかりでカットする。そのまま切り込んできたヘンクタッカーに相対するのは、緊張で顔を強張らせた壁山だ。

「い、行かせないッス! ”ザ・マウンテン“!!」

轟音を立てて迫り出した山はヘンクタッカーとジャッカルを圧倒し、ボールを奪い取る。一瞬呆気に取られた様子の壁山だったが、すぐ様気を取り直して虎丸へとパスを回した。

「豪炎寺さん!」
「ああ!」

豪炎寺と並走して敵陣へ再び切り込んだ虎丸は、闘気を練り上げ身構える。

「”タイガー“……!」
「”ストーーム“!!」

2人分の膂力が加わったシュートは、炎の軌跡を空に残してゴールへと駆けていく。迫り来るボールにフォクスは先程と同じように両手を広げ、必殺技でシュートを受け止めようとしたが、虎丸と豪炎寺の必殺シュートの威力はその腕力を上回った。

「──ぐあっ!」

フォクスの体を押し除けて、ボールがネットに突き刺さる。
これでようやく1点だ。湧き立つイナズマジャパンとは対照的に、ガルシルドとヘンクタッカーたちは呆然と転がるボールを見つめた。

「あ、有り得ない……強化人間の必殺技が破られるなど……!」

夏未は譫言のように呟くガルシルドを横目で一瞥して、満足げに鼻を鳴らす。力を過信する人間は一度崩れると脆いものだ。

「よし……行けるぞ!!」

拳を握り締め、円堂は目を輝かせて叫ぶ。
チームガルシルドは動揺からか、プレーに粗が目立ち始める。その隙を突いて再びボールを奪った吹雪は、風丸と並んでゴール前に駆け込んだ。

「吹き荒れろ!」
「”ザ・ハリケーン“!!」

激しい冷気を纏い氷塊と化したシュートは、フォクスが必殺技を繰り出す間もなく隕石のように降り注ぐ。
立ち所に2点目を奪われ、ガルシルドの顔色は土気色になった。ヘンクタッカーたちの表情からも、先程まであった余裕の色は完全に消えている。

「く……!」
「こっちだ、クロウ!」

だが、彼らの心はまだ折れていないらしい。クロウは動揺を押さえつけて声を掛けてきたヘッジホッグにボールをパスしたが、その進路へ飛鷹が体を滑り込ませた。

「させるか! ”真空魔 V2“!!」

空を切り裂き現れた裂け目に、ボールが吸い込まれる。それを受け止めた飛鷹は、すぐそこに仲間がいることを信じ速攻でパスを打ち上げる。

「豪炎寺!!」

ボールは綺麗な流線を描き、豪炎寺の元へと届いた。
その両隣をヒロトと虎丸が駆け抜けていく。言葉がなくても、その意思は伝わっていた。

「”グランド“──!」
「”ファイア“!!」

その名に相応しく地面を焦がした爆炎は、ボールを巨大な火球にしてゴールに直進していく。その進路にいたヘンクタッカーをも吹き飛ばしたシュートに、フォクスは苛立ちに顔を顰めながら構えた。

「”ビッグスパイダー“!!」

現れた巨大な蜘蛛の足が、炎に焦がされ燃え尽きる。その光景に息を呑んだ次の瞬間には、フォクスはボールごとゴールネットに押し込まれていた。愕然と目を見開くガルシルドの耳に、得点のホイッスルが響く。

「やったぁ!」
「よしっ、逆転だ!」

仲間たちが歓声を上げたのと同時に、間を空けず二度目のホイッスルの音が吹き鳴らされた──試合が終わったのだ。

「よっしゃあ!」
「か、勝ったッス……!」

喜びと安堵、三者三様の反応を見せるイナズマジャパンに、大介は満足そうに髭を揺らして笑う。
彼の視線が向かうのは円堂だ。円堂は駆け寄ってきた鬼道や豪炎寺と頷きあって、祖父のサッカーを守れた喜びを噛み締めていた。

「バカな……私の究極の強化人間が……!」

その声が一つも聞こえていないかのように、わなわなと体を震わせていたガルシルドは不意に声を張り上げる。

「っヘンクタッカー!! この敗北は貴様らのせいだぞ!!」
「……!?」

突然声を荒らげたガルシルドに、円堂たちはギョッとしてそちらを見た。ヘンクタッカーたちもここまでの激昂は予想していなかったのか、目を丸くしてガルシルドを見やる。

「私はお前たちに最強の力を与えてやった……なのに!それを使い熟せなかった、貴様らのな!!」
「ガルシルド様……」

青筋を立て、怒鳴り散らす主人に言葉らしい言葉を返すことも出来ず、ヘンクタッカーたちは呆然と見つめた。
体を作り変えてまで尽くした部下にあんまりな言いようではないだろうか。円堂はそれまで彼らと戦っていたことも忘れ声を上げようとしたその時、ふと空からけたたましい音が聞こえてくる。

「きゃっ……!」
「な、何?」

マネージャーたちは小さく悲鳴を上げ、耳を塞ぎながら身を寄せ合って周囲を確認する。
「上です!」爆音に負けないよう、辺りを見回した織乃が上を指差して叫ぶと、丁度大きな影が頭上に差し掛かった。

「あれは……!」

それは以前ブラジル戦でガルシルドが乗ってきた巨大な飛空艇だった。グラウンドに降り立った飛空艇がその入り口を開くと、息を落ち着けたガルシルドは真っ直ぐそこへ向かう。

「が、ガルシルド様! 我々を見捨てるのですか!? これだけ尽くしてきた私たちを……!」

ヘンクタッカーは我に返ると、慌ててガルシルドを追いかけて引き止めた。
立ち止まったガルシルドは、わざとらしく大きな溜息を吐き振り返ることなくこう言い放つ。

「貴様らの代わりなど、いくらでもいる」
「!!」

ヘンクタッカーは愕然として遠ざかっていくガルシルドの背中を凝視した。
結局、彼にとっては自分たちも使い捨ての駒でしかなかったのだ──怒りと戸惑いに、彼らは言葉を失うしかなかった。

「……ん?」

しかし、その感傷も長くは続かない。
飛空艇の入り口を前にして、ガルシルドの前に突然見知らぬ黒服の男たちが割り込んできたのだ。

「何だ、貴様ら……」
「国際警察だ。ガルシルド・ベイハン……お前を逮捕する」

「国際警察だと?」寝耳に水な話に、ガルシルドの顔色がサッと変わる。
やれやれ、間に合ったな──と聞き覚えのある嗄れ声が聞こえてきて、あっと円堂は小さく声を上げた。

「少々お遊びが過ぎたようだな。ガルシルド」
「!」

ドッコイセと茂みを跨ぐようにして現れたのは鬼瓦である。片腕はアームホルダーで吊られたままだった。

「さっさと島を離れていれば良いものを……」
「本当に私を逮捕するつもりか!?」

狼狽えるガルシルドに、黒服──国際警察の男は、無言で手錠を取り出す。ぐぅっと呻いたガルシルドは、頭を掻き毟って叫んだ。

「何故……何故分からぬのだ! 世界は刻一刻と病んでいる! サッカーなどと言う球遊びに浮かれている今この時にも、世界の残された資源を有効に使うためには、私による支配が必要不可欠なのだ!!」

目を血走らせて絶叫するガルシルドに、円堂たちは何か反応することも出来ずただ唖然として彼を見つめる。
両手を震わせ、天を仰ぐその姿はまるで深い水底に沈み溺れていくかのようだった。

「世界を救うのはこの私だ! 私なのだぞ……!」
「……お前たちも連行する」

警官たちは冷めきった目でガルシルドを取り押さえて手錠を掛けると、と茫然自失としているヘンクタッカーたちを連れ、飛空艇へ乗り込んでいく。
「お前たちも気を付けて帰れよ」と軽く片手を上げて行った鬼瓦もまた、忙しそうに乗りつけたヘリでコトアールエリアを後にした。

「結局、あいつらもガルシルドに利用されたってことか……」
「考えてみれば、可哀想な人たちですね……」

小さくなっていく飛空艇を見上げて、土方や春奈がポツリと呟く。
彼らのやったことは到底許されるようなものではないが、その点においては同情せざるを得なかった。

ぼんやりと空を見上げていると、ふとロココが肩を庇いながら円堂に歩み寄ってくる。

「……ありがとう、マモル。ダイスケのサッカーを守ってくれて。正直びっくりしたよ。君たちの強さには……あの強化人間に勝ったんだから」
「いや……それは、大介さんたちのアドバイスがあったからこそだ」

礼を言うロココに、険しい表情で首を横に振るのは鬼道だ。
実際、あそこで大介たちが何もしなければ、自分たちは負けてしまっていただろう。それでも、ロココはその謙遜を跳ね除ける。

「君たちの実力さ。指示通りにプレーが出来る、君たちのね」
「ロココ……」

ロココは心の底からそう思っているようだった。円堂はまだ張り詰めていた緊張の糸がここでようやく切れて、ほっと表情を緩ませる。

「でも、決勝戦では負けないよ。君たちに勝って、FFIで優勝するのは僕たちリトルギガントだから!」
「……俺たちだって、負けないぜ!」

笑顔になった円堂は、差し出されてきたロココの怪我をしていない方の拳と拳をゴツンと突き合わせた。
互いに多くは語らず、穏やかな静寂がその場を満たす。それを破ったのは、誰かの携帯の着信音だった。

「ん……誰の携帯だ?」
「あ、私。……病院からだわ!」

そう言ってポケットから携帯電話を取り出したのは秋だ。仲間たちがハッとして注目する中、輪から外れて電話に応じた秋は何度か相槌を打ち、一言二言交わした後、通話を切る。

「……な、何だって?」

ふぅ、と小さく息を吐いた秋に、円堂は堪らず声を掛ける。振り向いた秋の目は、涙で潤んでいた。

「……響木監督の、意識が戻ったそうよ……!」
「……っ!」

緊張が解け、ゆっくりと染み込むように笑顔が広がって行く。
「すぐお見舞いに行かなきゃ!」と転がるように走り出した円堂に真っ先に飛鷹が続き、仲間たちも急いでそれを追いかけて行った。

「どれ……わしらも同伴して良いかな、お嬢さん方」
「ええ、勿論!」

涙を拭い、秋は大介の進言に笑顔で頷いた。


§


響木の入院する中央病院にキャラバンが辿り着く頃には、辺りはすっかり夕日の色に染まっていた。
病室にこの人数は入らないだろう、と鬼道の尤もな意見を受け、響木への直接の面会は円堂と秋、そして大介と夏未──それから、少しばかり行き渋っていた飛鷹の背中を織乃が押して、5人に絞ることになった。
冬花が久遠へ連絡を取っている間、待合室の椅子に腰掛けたイナズマジャパンはここへきて押し寄せてきた疲労感に長い溜息を吐く。

「本当に良かった、響木監督……」
「はい……一時はどうなることかと……」

絞り出すように隣で呟く鬼道に、織乃は小さな声で相槌を打つ。みんなそれぞれ気を張っていたのだろう、気付けば待合室には小さな寝息があちこちから上がっていた。

「これで……終わったんですね。イナズマイレブンの事件も」
「ああ……」

40年という時間は、まだ中学生である彼らに取っては途方も無いものだった。当事者である大介や響木にとっても、その40年で失ったものは多かっただろう。
だが、それも今日で全てが終わった。

「……あの人もきっと、これで全てから開放されたんだ」
「ええ……きっと」

夜の帳が降り、星がうっすらと輝き始める。そしてまた、新しい朝がやって来るのだ。