I'm here for you

響木の意識が回復した翌日、イナズマジャパンはグラウンドでの練習前にベンチに集められた。
全員揃ったな、と確認を取る久遠の傍らには、やや硬い表情の夏未が佇んでいる。

「今日から我がチームに、雷門夏未が加わることになった」
「夏未……!」

目を瞬かせる円堂に対し、夏未は静かに押し黙っている。
久遠が事前に受けた説明曰く、彼女は昨晩、大介にイナズマジャパンへ戻るように諭されたらしい。今のお前ならば十分イナズマジャパンの役に立つはずだと、そう言われたのだと。

「夏未さん、こないだまでリトルギガントにいたんスよね?」

どこか不安そうな色を含んだ壁山の疑問に、チームに少しぎこちない空気が流れる。
確かに夏未がオペレーターとしてチームに戻れば、強力な戦力になるだろう。だが、敵チームであるリトルギガントに一時所属していた以上、心の底から信じて良いのかという疑問がどうしても残ってしまうのだ。
それが微々たるものであっても、疑念というものはチーム全体の雰囲気に遺恨を残しかねない。

「良いのか? あっち行ったりこっち行ったりするヤツをチームに入れてよ」
「不動さん」

軽い口調でその不安を言語化した不動に織乃が嗜めるよう名前を呼ぶと、不動は肩を竦めて口を閉ざす。
けれどイナズマジャパンの感じている不安は、夏未自身も十分に理解出来るものだった。だからこそ彼女はそれ以上何も言わず、追って沙汰を待っている。

「夏未」
「!」

しばしの沈黙の後、一歩前へ出てきた円堂に夏未は僅かに体を強張らせた。そして、差し出された右手にハッと小さく息を呑む。

「またよろしくな、夏未」
「……ええ……!」

ほんの一瞬目を潤ませて、夏未は噛み締めるように答えてその手を取った。
不安はあれど、雷門イレブンの仲間のほとんどは円堂が必ず彼女を受け入れるだろうことは分かっていた。そして万が一、これがほんの一欠片でも薄暗い気持ちがあっての移籍であったなら、夏未は伸ばされた手を決して掴まなかっただろうことも。
こうなれば昔からの仲間たち今の仲間たちも、最早彼女を疑う余地もない。よろしくな、と笑顔になるイナズマジャパンの面々に、夏未は緩やかな笑みを浮かべて頷いた。

「……ま、これがイナズマジャパンか」

口端に小さく笑みを乗せて呟く不動の声は微かなもので、誰にも届かない。雷門マネージャーの3人は、嬉しそうに夏未に駆け寄っていく。

「良かった、夏未さん……!」
「さ、そうと決まれば早速練習の準備しましょっ」
「また一緒ですね、夏未さん!」
「ええ……! 頑張りましょう」

さあ練習だ、と円堂の元気一杯な声に合わせ、仲間たちはボールを抱えてフィールドに駆けていった。
秋や春奈が軽い足取りで合宿所へドリンクなどを取りに向かうのを見送って、夏未は織乃からここ最近の選手データをまとめたものを受け取りながら安堵の溜息を吐く。

「移籍を反対されたら、観客としてみんなを見守ろうって思ってたの。……良かった、本当に」
「反対なんてしませんよ。だって円堂さんですよ?」

ニコニコとしてそんなことを言う織乃に、そうね、と夏未は嬉しそうに円堂へ視線を向けた。
夏未がまたチームに戻ってきたからだろう、円堂いつにも増して張り切っているように見える。彼女がもうチームに戻らない、と聞いた日の円堂は、本当に随分と気落ちしていた。

「それに夏未さんがリトルギガントにいたのも、多分円堂さんのためでしょう?」
「……えっ」

周りに聞こえないよう少し声を落として尋ねてきた織乃に、夏未はうっかり大きな声を上げて赤面した。
どうかしましたか、とハンディカメラを起動しながらこちらを見てきた目金に「な、何でもないわ!」と首を振り、夏未は小声で織乃に話しかける。

「ど、どうして分かったの……」
「何となく、そうなんじゃないかなって」

困惑する夏未に笑って、織乃は視線をフィールドに向けた。
赤いマントが風に翻っているのを目で追いながら、彼女は言う。

「夏未さん、私が最初に雷門イレブンに勧誘された時、マネージャーになるのを渋ってたこと覚えてます?」
「え? ええ……」

唐突に聞かれ、夏未は不思議そうに頷いた。
仮に雷門イレブンに入って、いつか帝国イレブンと戦う日が来たとして。その時どっちの味方をすべきか迷ってしまうのが嫌だ──というような理由だった覚えがある。

「でもね、今だったらきっと迷わずにその勧誘に乗ったと思うんです」
「……どうして?」
「もし私がチームに入ることで雷門イレブンがより強くなるなら、鬼道さんたちももっと良い試合が出来る。勝っても負けても、帝国イレブンもまた強くなれるはずだから」

でしょう? ──笑みを交えた流眄に、夏未は一瞬目を丸くして織乃を見つめ返した。

「しばらく会っていない内に、御鏡さんも随分変わったのね」
「ふふ……そうですか?」
「ええ。少なくとも、前はそんなに大胆に鬼道くんへの気持ちを口に出さなかったじゃない?」
「えっ」

思ってもいなかったカウンターを喰らい、今度は織乃が赤面する番だった。やっぱりどうかしたんじゃないですか、と再度こちらを見てくる目金に「な、何でもありません!」と織乃は激しく首を横に振る。

「わ、私は別に鬼道さんに限った話をしたわけでは……!」
「あら、私に対して円堂くんのため≠ニ枕詞を付けたんだから、あなたもそうなんじゃなくて?」
「あ、う……うう〜っ!」

したり顔で反撃する夏未に織乃が何も言えなくなってしまったところで、丁度のタイミングで秋と春奈が戻ってきた。
そこで会話が途切れたことでそれ以上の言及を免れた織乃は、ホッと胸を撫で下ろす。

フィールドには選手たちのボールを蹴る音が跳ね返っている。掛け合う声もいつになくハリがあり、彼らの気合いの入りようが窺えた。

何せ、次はいよいよ決勝戦なのだ。
円堂に至っては、ヒロト、吹雪、染岡の3人から立て続けに至近距離からシュートを打ってもらうというハードな練習を始めている。
準決勝でイジゲン・ザ・ハンドが破られた今、彼の次の目標は昨日大介からヒントをもらった新しい必殺技を完成させることだ。
その気迫に釣られ、仲間たちもまた残った期間で新たな力を得られないか模索している。

「御鏡! ちょっと良いか?」
「はーい!」

ふと豪炎寺に声を掛けられ、織乃はちょっと行ってきます、と夏未たちに声を掛けてベンチから離れ豪炎寺たちの元へ駆けていった。

「御鏡さん! 今から俺たち新しい必殺技を考えるので、何か意見を下さい!」
「うん。任せて」

どうやら豪炎寺は虎丸と、そして不動も一緒に必殺技を作り出そうとしているらしい。織乃が不動の方をチラリと見ると、何だよ、と彼は不満げな顔をした。

「俺が参加しちゃ悪いか?」
「いえ、ただ不動さんがこういうことに協力的なの、ちょっと意外で……」
「最初は俺と豪炎寺さんの2人でやろうとしたんですけど、上手くいかなくって。そしたら不動さんが2人じゃ出来なくても3人ならって参加してくれたんです。素直じゃないですよねぇ!」
「おい虎丸!」

余計な口挟んでんじゃねえよ、と語気を強める不動を、遠くから佐久間と鬼道が見て笑っている。
その声を聞きつけて、「織乃ちゃん、そっちが一区切りしたらこっちも見てもらって良いかな?」と声を掛けてくる吹雪に頷いて、選手たちの様子を見渡した織乃はキュッと唇を引き結んだ。




夜も更け、夕食の終わった時間帯。織乃や秋が食器を洗う音が小さく響く中、テレビでは昨日コトアールエリアで起きたニュースを報じていた。

「コトアールエリアの人たち、みんな軽傷で済んだみたいだね」

食堂に残って鬼道や吹雪、風丸と雑談をしていたヒロトがテレビを見遣ってホッとした様子で溢す。

コトアールエリアは建物こそ大半が破壊されてしまったが、リトルギガントたちの早急な救助活動により重症者は出なかったらしい。
今は住人のほとんどがセントラルエリアに急遽用意された仮住居に移り住み、エリアの復興を待っている状態なのだそうだ。

ガルシルドの一件は、混乱を避けるためまだ表立ったニュースにはなっていない。
ただ後から電話を寄越してきた鬼瓦曰く、彼は今度こそ本当に逮捕されたそうだ。大会の主導権は副委員長に移り、協議の結果大会は続行することが決定したとのことである。
大会の最高責任者が逮捕されたことも十分問題だが、それ以上に決勝戦を目前に大会中止などすれば世界中から批判が殺到しかねないとの判断したのだろう。

「もう結構時間が経つけど、円堂たちどんなこと話してるんだろうな」
「円堂とその祖父だからな。サッカーの話しかしていないかもしれないぞ」

ふと窓の外に視線をやって話題を出した風丸に、鬼道が小さく笑って言った。
大介が合宿所を訪れたのは夕食を終えた直後のことである。
孫と話したいんだが、とどこか照れ臭そうな様子で玄関先にやって来た大介の姿は、何だか少し小さく見えた。

「大介さんは、ガルシルドの手から家族を守るために自分を死んだことにしていたんだろうな……」
「それで40年も海外に隠れ住むなんてすごい忍耐力だよね」

僕だったら途中で寂しくなっちゃいそうだな、と吹雪は頬杖を突いて呟く。
一方その頃、大介が孫に『コトアールの居心地が良すぎてあと1年、あと1年とやっている内に40年経っていた』と笑い混じりに打ち明けていることを彼らは知る由もない。

「それにしても俺たち、何だかしょっちゅう大人の陰謀に巻き込まれながらサッカーしてるような気がするな……」
「普通にサッカーしたいだけなのにねぇ」
「大人になったら巻き込む側になったりして」
「はは、まさか」

かちゃん、と白い皿が乾燥機の中に重なっていく。
ニュースは明日の天気予報を流し始め、鬼道たちの何気ない会話をぼんやりと聞きながら、織乃は思考の海に浸かっていた。

「織乃ちゃん、明日なんだけど……織乃ちゃん?」
「……え? あ、はいっ」

最後の1枚を洗い終えたところで話しかけてきた秋に、織乃は一拍遅れで反応する。

「織乃ちゃん、どうかした? どこか調子悪い……?」
「……どうかしたか?」

秋の心配そうな声を拾って、鬼道がカウンター側に体を向けてくる。織乃ちゃんのことになると地獄耳だね、と茶々を入れてくる吹雪をひと睨みして、鬼道は改めて席を立った。

「体調が悪いのなら早めに休んだ方がいいと思うが」
「あ、だ、大丈夫です! ちょっと考え事しちゃってて……」

両手を前で振って、織乃は慌てて元気であることをアピールする。そっか、と秋は安心した風に頷いた。

「じゃあ、明日のことなんだけど──」




秋との軽い打ち合わせを終えて、織乃は難しい顔をしながら自室へ戻った。
モバイルを片手にベッドに腰掛け、選手データを開く。

「(予選の頃と最新の選手のデータを比較すると、みんな本当に強くなった)」

初心者同然だった飛鷹や、他人との協調性の無さ故に本来の強さを上手く引き出せていなかった不動、それに雷門イレブンの頃から成長を見てきた選手たち。フィディオからのビデオメッセージで初めて海外の公式試合を見た時は、このままではイナズマジャパンは絶対に大会を勝ち進めないとまで思った。
それが今はどうだろう。世界の荒波に揉まれた彼らは、今やどこに出しても恥ずかしくない実力者になった。

そして織乃もまた、彼らを支えるに相応しいマネージャーとして──トレーナーとして同じように成長してきた。
だからこそ分かる。リトルギガントは強い。きっと自分たちの想像を遥かに上回るほどに。昨日の大介の采配を見て、そう確信したのだ。

画面を切り替えて、先日あったイタリア対コトアールの試合を再生する。公式の中継を録画したものだ。
やはり自分の目で直接観られなかった試合は細部まで観察出来ないのがもどかしい。
フィディオの言っていた通り、リトルギガントの実力は圧倒的だ。ここに大介の『対イナズマジャパン』の采配が加われば、恐らくもっと難敵になるに違いない。

「このままじゃ、イナズマジャパンはリトルギガントには勝てない」

囁くような呟きが自室に溢れ、織乃は改めて事の重大さを実感する。

決勝ギリギリまでの特訓も、新しい必殺技を編み出すことも、決して無駄にはならないだろう。
だが、それだけでは足りない。漠然とした直感だったが、もっと何か起爆剤が必要だと感じるのだ。

だが、その起爆剤となるものが思いつかない。
うんうんと唸ってもインスピレーションは浮かばず、枕に顔を突っ込んだその時だ。

「……ん?」

机に置いてあった携帯電話が着信音を鳴らす。
こんな時間に一体誰だろう、とふらりと起き上がった織乃は携帯を手に取って目を瞬いた。

「フィディオさん……?」