Last Obstacles

日本の現在時刻は正午過ぎである。
土曜、本来休日であるはずの雷門中学校。体育館にはパイプ椅子がズラリと並べられ、壇上に掲げられたスクリーンにはもうすぐ始まるFFI決勝戦の会場を映し出されていた。

「おーい大樹。こっちこっち」
「よう、宮坂」
「こんちは〜」

大樹が双子の弟を連れて体育館に入ると、先に席を取っていた友人の宮坂が手を振ってくる。大樹は双子を座らせて自身も宮坂の隣に腰掛けると、フウと一息吐いた。

「あと10分か……姉ちゃん大丈夫かな」
「別にお姉さんが出場するわけじゃないだろ?」
「お姉ちゃんきんちょうしいだから……」
「選手のキンチョーがうつってるかも」

気遣わしげに呟く大樹に宮坂が苦笑すると、横から双子が口々に解説を入れてくる。
まぁ気持ちは分からなくもないけど、と宮坂は肩を竦め、辺りを軽く見回した。周囲にいるのは老若男女と様々だ。それぞれがどんな繋がりかは知らないが、全員雷門中出身のイナズマジャパンに関わりのある人間なのだろう。中には大樹と同じように、現場にいる選手を心配して緊張した面持ちの顔もちらほら見えた。

「一番上の兄ちゃんは島までおうえんに行ってんだー」
「おねえちゃんのししょーといっしょに行ってんだってー」
「へぇ、……師匠?」

日常生活では中々出ないだろう単語を出した双子の片割れに、宮坂はハテと首を傾げる。




「あ〜〜〜〜緊張してきた」
「大丈夫かい? フユキ」

雑多な声で溢れ返る観客席の一席で、冬樹は胸を押さえ深呼吸を繰り返していた。
その前の席に偶然座っていたオルフェウス──フィディオは、若干顔色の悪い冬樹を見上げて苦笑する。

「アンタが緊張してどうするのよ。シャンとしなさいな、シャンと!」
「アッやめて今背中叩かないで、緊張で吐き気が」
「……でもまさか、フユキとアルナルドがライオコット島に来てるだなんて思わなかったな」

バチン、と丸まった冬樹の背中を叩くシルバーブロンドの男に目をやりフィディオは言った。
キュッとつり上がっている目をフィディオに向ける彼──アルナルド・イヴァン。織乃にイタリアで格闘技を教えた師である。

「一人で応援に行くのも味気ないと思ってね。フユキが丁度仕事が一区切り付いたって言うから、連れてきたの。シキノには会ってないし来てることも教えてないけど」
「え、どうして?」
「決勝戦が近いタイミングで会いに行ったら、せっかくの緊張感に水を差しかねないでしょ」

特にこれが騒がしくするでしょうから、とアルナルドはフユキを指差す。フィディオはそれを苦笑で躱した。正直に言えば、強く否定は出来ない。

「イタリアが負けちゃったのは悔しいけど、こうなったらジャパンを全力で応援してやろうと思ってね。あの子に会うのはジャパンがコトアールに勝つまでお預けってこと」
「相変わらずストイックだな……そういうとこ、シキノの先生って感じ」

はぁ、と重たい溜め息を吐いている冬樹を視界に入れつつ、フィディオはどこか申し訳なさそうな笑みを浮かべた。
腕時計に目をやると、決勝戦が始まる時間が差し迫っている。兄と師が観戦に来ていることも露知らず、織乃は今どんな心境で試合の始まりを待っているのだろうか。




「織乃ちゃん、大丈夫? 震えてますけど……」
「む、武者震いです」
「勇ましい……」

こちらを気遣ってくる冬花に、織乃は唇を噛み締めて頷く。
フィールドを走るわけでもあるまいし、自分が緊張してどうするのだ。織乃はバチ、と勢い良く両頬を挟むように叩いた。
関係者控室のモニターには観客席の様子がいくつかのカメラで映し出されている。その中にはリカや塔子、そして今までイナズマジャパンが戦ってきたチームの顔ぶれも揃っていた。

「いよいよ始まるのね……」

モニターを見上げ、秋は神妙な顔で呟く。その表情は緊張しているようにも、何かを惜しみ寂しがっているようにも見える。
織乃にも、そして勿論他2人のマネージャーや目金にも、その気持ちは痛いほど理解出来た。勝っても負けても、世界大会はこれで最後なのだ。

「──行くぞ」
「はいっ!」

やがて腕時計を確認した響木がゆっくりと立ち上がり、織乃たちは揃って返事をして立ち上がる。

ピッチに両チームが現れると、割れんばかりの歓声がスタジアム一杯に響き渡った。
テクニカルエリアに入り、織乃から渡された選手データの書類を捲りながら久遠は一つ二つ選手たちに指示を出す。円堂はふと向こう側のテクニカルエリアでロココたちへ声を掛ける大介の姿を一瞥すると、ぐっと拳を握り締めた。

「……ん?」

すると、突然ロココたちが各自のユニフォームの中に手を突っ込み何かを探し始める。かと思うと、ドサドサと重たそうなものがついたベルトのようなものが足元に次々と落とされていき、その音に気付いた他の仲間たちやマネージャーも何事かと目を瞬いた。

「! 重り、ですか!?」
「一人20キロを身に付けているの」
「そんなに!?」
「あれをつけた状態で試合をしてきたのよ。しかも、必殺技を一度も使わずに……」

驚く仲間たちを後目に、夏未は一人冷静だ。あの重りをつけていた状態が、リトルギガントにとっては日常だったということだろう。
彼らにとっても最後の試合。彼らもまた一切の出し惜しみもしないつもりなのだ。

「あの人たちを相手に戦うんですね……」

じわ、と首筋に滲んだのは冷や汗か。織乃はそれを手の甲で拭って、選手たちを見やる。
はた、と鬼道と目が合った。

「──……」

鬼道は言葉を発さず、小さく頷いて見せる。
勝ってくる──そう言われたような気がして、織乃はぎゅっと唇を引き結んだ。

両チームがフィールドに入る。コイントスにより、キックオフはイナズマジャパンからとなった。
選手たちがポジションにつく。大介と久遠、それぞれがとったのは共に2トップの攻守に長けたバランスの良いフォーメーションだ。まずは試合の流れを見つつ、状況に合わせてFWかDFを厚くしていく構えなのだろう。

数秒の間。スタジアム、そしてそれぞれの故郷で、何千何万という観客に見守られる中──ホイッスルの音が鳴り響き、ついに歴史に残る戦いの火蓋が切って落とされた。
音の反響が鳴り止まぬ内に、豪炎寺は染岡へボールを預けて走り出す。

「始まるよ……」

陣地を駆け上がっていく染岡に、MFのマキシは分厚い唇を舐めながら仲間たちと目配せを交わした。
次の瞬間、FWのゴーシュとドラゴが二方向から攻撃を仕掛け染岡からボールを奪う。刹那の出来事に、サイドから追走していた風丸は「何てスピードだ!」と驚きを口にした。

「だが、ついて行けなくはない! 思い出せ、オルフェウスとの特訓を!」

それを追い越しながら声を荒らげた鬼道は、向かってくる二人のFWの動きにゴーグルの奥で目を凝らす。

「──そこだッ!!」

ボールが二人の間で繋がろうとしたその瞬間、鬼道は一気にそこへ飛び込んでボールをインターセプトした。
やはりオルフェウスとの特訓のお陰で、リトルギガントの動きに対応出来ている。それを実感しながら、鬼道は鋭く叫ぶ。

「上がれ! 染岡、豪炎寺!!──佐久間ッ!!」
「ああ!」

鬼道から放たれたパスを、佐久間はダイレクトで豪炎寺へセンタリングした。
最初のシュートチャンスだ。間髪入れず、豪炎寺はシュート体勢へ移る。

「《真》“爆熱スクリュー“!!」

地面を蹴り上げ、天高く跳躍した到達点からその名を冠し分厚い炎を纏ったシュートがロココの守るゴールへと放たれた。
ロココは目前に迫るシュートに、目を爛々と輝かせ笑顔を浮かべる。

「使うよ、ダイスケ。──”ゴッドハンドX“!!」

赤く輝く闘気を纏い、振り抜かれた両腕がXの軌跡を描く。
自らシュートへ突進する形でそれに飛び込んだロココは、見事その手にボールを収めて見せた。

「ゴッドハンドX……!?」

かつて祖父のノートから得た必殺技。自分の習得したそれを遥かに凌ぐ技を繰り出したロココに、円堂は目を見開く。

「あれがリトルギガントの必殺技……」

口元を押さえて、織乃は感嘆の混じった声で呟く。
世界大会が始まり、どんなチームが相手だろうと絶対に必殺技を使うことがなかったリトルギガントが、ここで初めてそれを見せたのだ。

「それがお前のゴッドハンドなんだな……ロココ!」

円堂が目を輝かせると、ロココはにこ、と微笑んでボールを足元に落とす。

振り抜かれたロココの足は正確にボールを捉える。同時に、選手たちの隙間を光のように真っ直ぐと突き抜けていったボールに、前線にいた鬼道や豪炎寺は一瞬反応が出来なかった。

「──うわっ!?」

反射的に構えた円堂は、ドッ、と胸に来た衝撃に一気にゴールまで押し込まれそうになったのを寸でのところで堪える。

ライン際までついた自分のスパイクの跡、腕に抱え込んだボールを見て、円堂は目を瞬く。そして、フィールドでそれを見送ることしか出来なかった仲間たちも同様だった。

「ご、ゴールからダイレクトで……!?」

口を半開きにして、織乃は呆然と呟いた。あんな無茶苦茶なプレーを見るのはエイリア石で極限まで強化された星の使徒以来だ。
勿論、大介の率いるチームがそんなドーピング紛いのことをするわけがない。つまり、今のはロココの自力によるもの。なんてキック力なの、と織乃は改めてリトルギガントの能力の高さに息を呑む。

「これは……ロココからの挑戦状だ」

ボールからロココへ視線を移し、円堂は小さく独り言ちた。
あんな超人的なプレーが出来る選手が、あんなシュートを止めやすいど真ん中にボールを打ち損じるわけがない。ロココは敢えて、円堂が確実に止められるコースと威力でシュートを放ったのだ。
お互いに全力で行こう、マモル。──笑みを浮かべたロココがそう言った気がして、円堂はぐっと顎を引いてボールを振り被った。

「攻めろ、みんな!!」
「よし……っ!」

ボールを受け止め、鬼道は再び敵陣へ攻め上がる。
しかし、周囲の仲間にはそれぞれ既にリトルギガントのマークが張り付いている。これではパスが出せない──進路も塞がれ思わずたたらを踏んだその時、テクニカルエリアの久遠が声を張り上げた。

「鬼道! ”空“だッ!!」
「! そうか……行くぞ、みんな!!」

鬼道はその短い一言を聞くや否や、ボールを高く打ち上げた。彼のやらんとすることを察した仲間たちは、即座にその場から跳び上がり空中でボールを繋いでいく。
ファイアドラゴン戦で習得した必殺タクティクス、”ルート・オブ・スカイ“だ。
窮地を脱し少しずつではあるが確実に前線を押し上げていくイナズマジャパンに、そうくるか、と呟いたマキシは後方へ向かって声を掛ける。

「ウインディ!」
「おう!」

指示を受けて加速したウインディは、豪炎寺へ届こうとしていたボールにより高いジャンプで食らいついてクリアした。
相手が相手だ、悔しいが必殺タクティクスを破られるのも予想の範疇である。こぼれ球を抑え、「もう一度だ!」と走り出した鬼道に、マキシはニヤリと口角を上げた。

「……いくよ!」

するとリトルギガントの選手たちはDFのみを残した8人がかりで一斉に鬼道を取り囲み、彼を中心にして円を描き始める。

「ッ何だ、これは……!?」
「必殺タクティクス、”サークルプレードライブ“!」

猛スピードで描かれる円は突風を生み、やがて竜巻へと変貌する。ゴーグルがなかったら目を開けていることも難しいだろう。吹き荒ぶ風と圧力に押され、仲間たちは鬼道がじりじりと自陣へ戻されていっていることに気が付いて目を見開いた。

「鬼道!」
「鬼道さぁん!!」

円堂や壁山の焦った声に我に返った鬼道は、そこで自分が自陣のゴール前まで押し込まれていたことに気付いた。鬼道が走り出す間もなく、一気にボールを奪っていったのはFWのドラコである。

「リトルギガントの点取り屋とはこの俺、ドラゴのことさ!! 喰らえ──”ダブル・ジョー“!!」

鮫の牙のようなZ字状の軌跡を描き、放たれる至近距離からのシュート。それに対抗し、円堂は咆哮を上げ闘気を沸き立ててシュートに掴み掛かった。

「させるか!! ”ゴッドキャッチ“!!」

けれど、一瞬彼の背後に浮かび上がった金色の魔人は瞬く間に霧散してしまう。

「あっ──うわああ!!」

シュートの威力は少しも落ちることなく、円堂を押し除けてゴールネットに突き刺さる。鋭く鳴り響くホイッスルの音。
うねるような歓声が肌を刺す。決勝戦、先制点はリトルギガントのものとなった。

「ご、ゴッドキャッチが破られた……!?」
「……違うわ。円堂くんが必殺技を完成させた時はいつも、身体中から迸るような力を感じたもの……!」

驚く目金とは対照的に、瞬きもせず円堂を見つめて力説する夏未に、そうですね、と顔をしかめつつ織乃が同調する。

「さっきの円堂さんの動き、オルフェウスと特訓した時に見せた時と比べても、明らかに軸がぶれていたというか……」
「そう言えば、ボールを受けるタイミングや構え、足の踏ん張り……全てがバラバラで力が一箇所に集まってないように見えました」

立向居が深刻な顔で言うのに頷いて、織乃はより一層眉間の皺を深めた。

「やっぱり、まだ……」
「ええ。ゴッドキャッチは完成していないのよ……!」

円堂は背後に転がったボールを見つめ、悔しげに歯を食い縛っている。
ゴッドキャッチが完成していないのも問題だが、それ以上に大きいのはやはりリトルギガントの選手の質の高さだ。
今は彼らの動きにもついていけているが、先にスタミナが切れるとしたら確実にイナズマジャパンだろう。そう確信を持って言えるほど、ロココたちの動きにはまだ余裕が見て取れる。
──これがリトルギガント。円堂大介の作ったチーム。立ちはだかる最後にして最大の壁を前にして、織乃はぶるりと身震いした。