End Line Guardians
「今、試合どうなってる……?」
試合を見守るベンチ陣は、足元から聞こえてきたやや掠れた声にギョッと振り返った。シートの上に寝かされていた染岡がのそりと起き上がったのだ。
「染岡さん! もう起きて大丈夫なんですか?」
「おう……決勝戦だぞ、最後まで寝てられるかってんだ」
目を丸くして尋ねた織乃に答えた染岡は、イテテ、と患部を擦りながらどっかりベンチの空いた所に腰を下ろす。
久遠は肩越しに染岡を一瞥して、問題がなさそうなことを確認するとまたすぐにフィールドへ視線を戻した。
「さっき染岡くんがシュートを防いでから、失点はしてないわ。全員でゴールを守ってる……」
染岡の質問に答える夏未の目は、じっと円堂へ向けられている。その目には不安も期待も一緒くたにした、複雑な色の光が写っていた。
円堂はキャプテンマークを握り締めて、リトルギガントから自分を守るように立ちはだかる仲間たちの背中を見つめていた。
いつもと違うプレーは消耗も激しいはずだ。それなのに、彼らはそれをおくびにも出さず懸命に守備を固めている。
──ここまで来て、俺は一体何をしていたんだろう。
円堂は自分の情けなさに呆然として、思わず苦笑を漏らす。リトルギガントのプレーに圧倒されて、当たり前のことを忘れていた。
ゆっくりと円堂の口角が上がり、目に光が灯る。
「(俺がゴールを守らなくちゃいけないのに、守られてどうするんだ! そうですよね、久遠監督!)」
バンッ、と音が響くほど両手を強く叩き合わせ、円堂は改めて身構える。その表情を見た大介は、ほう、と眉を上げた。
「これだけシュートを打ってんのに決められないなんてね」
「ああ。だがそれもここまでだ!」
走り出したドラゴへ、マキシがパスを回す。身構えるイナズマジャパンだったが、円堂はどこか穏やかにも見える笑みを浮かべていた。
「(迷うな、自信を持て! 俺はみんなの、イナズマジャパンの……キャプテンなんだ!)」
ドラゴが利き足を振り上げた瞬間を見計らい、鬼道と豪炎寺が地面を蹴る。
しかし、それこそがドラゴの狙いだった。
二人がゴールの前から離れるや否や、彼はニヤリと口角を持ち上げてそのままシュートではなく後方へ軽いヒールパスを打ち上げる。
二人の不意を付いた形でそれを受け取るのはマキシだ。即座に対応したヒロトと虎丸がカバーへ向かうが、一歩間に合わずボールはキートへ回り、再びドラゴへ戻される。四人が引き出されたゴールの前には、大きなスペースが出来ていた。
「──ゴールは俺が守る!!」
「ぶっ飛べ……! ダブル・ジョー=I!」
迫り来るシュートに、円堂は大きく息を吸い込んで腕を前へ突き出した。
瞬間、ドッと空気を震わせるような闘気が彼の体から溢れ返り、その背後に赤いマントを羽織った金色の巨人が姿を現す。
風圧と閃光で視界が奪われ、ボールの行方を追った者たちはハッと目を見張った。
包み込むように抑えられたボールは、ラインを越えることなく円堂の両手に収まっている。
「……出来た。出来たぞ……ゴッドキャッチが完成した!!」
一呼吸置き、目を輝かせた円堂が喜びと共にボールを高く掲げると、観客席から爆発的な歓声が上がった。
今までどのチームも成し遂げることが出来なかったリトルギガントのシュートを、遂に完璧にセーブする選手が現れたのだ。
「やったぁ!」
「完成したのね、遂に……!」
「守くん……!」
テクニカルエリアの仲間たちもそれに負けず劣らず大喜びで、マネージャーたちもまた弾けるような笑顔を浮かべている。久遠は誰の目にも気付かれないほど、微かに口角を持ち上げた。
「やったな、円堂」
「! みんな……」
必殺技の完成した喜びに夢中になっていた円堂は鬼道の声に顔を上げると、そこで仲間たちが自分を取り囲んでいることに気が付いた。
「いつも遅いんだよ、お前は」
「豪炎寺……」
何だか以前、同じようなことを彼に言った気がする。円堂は笑って、豪炎寺の差し出してきた拳に自分のそれを軽くぶつけて応えた。
「……待たせたな、みんな!」
力強い笑みを浮かべて、円堂は仲間たちの顔を見回す。そこにはいつも通りの、ゴールを守るキャプテンらしい円堂の姿があった。
「全員で守った。だから今度は、全員で攻めよう!!」
見失いかけていた自信は取り戻した。全員で止めたボールを、今度は全員でゴールへ持っていく。
「みんな、反撃だッ!!」
「おお!!」
威勢の良い声を張り上げて、イナズマジャパンはポジションへと走っていった。ホイッスルの音と同時に、円堂はボールを思い切り蹴り上げる。
「行くッス!!」
ボールを受け取り、ドリブルで切り込んでいく壁山に合わせて仲間たちも走り出す。だが、リトルギガントもそれを易々と見逃してくれるほど甘くはない。
「行かせないよ!」
「んがっ……!」
「任せろ!!」
マキシのスライディングでクリアされたボールを、すかさず鬼道がキープして更に攻め上がっていく。向かってきたドラゴを巧みなボール捌きで突破して、綱海へ打ち上げられたボールは更に飛鷹へとパスされた。
「俺が止める!!」
「ぐっ……っ!?」
繰り出されたゴーシュのスライディングに飛鷹の体が大きく傾く。──ダメだ、このままではボールを奪われる。
「まだですッッ!!」
刹那、耳に飛び込んできた鋭い声に、彼は咄嗟に地面に手を突いて体勢を立て直した。
円堂が立ち上がったと言うのに、自分がこんなところで倒れるわけには行かない──視線をベンチに向けると、前のめりになった織乃が満足そうに微笑んでいる。
「吹雪!」
「よしっ!」
飛鷹からのボールを受け取った吹雪は、シンティとウィンディを強引に突破して更に前線を押し上げた。
先程までと明らかに動きが違う。それまで余裕たっぷりだったリトルギガントの表情に、ここで初めて動揺が滲む。
自分たちの後ろには円堂がいる。ならば自分たちはただ、ゴールを目指して突き進むのみ──イナズマジャパンは今まさに、円堂を中心とした大きな円としてのチームワークを遺憾なく発揮していた。一人一人が研ぎ澄まされた点≠ナあるリトルギガントには、きっとこの感覚は分からないだろう。
「面白いサッカーをするわね、ジャパンは」
観客席にて、織乃の師であるアルナルドは感心した風に目を細めて呟いた。
「まるであのキーパーを中心にして、大きな円になっているみたい」
「ああ。同じ全員サッカーでも、俺たちのカテナチオカウンターとは全く別物だ」
試合を真剣に見つめるフィディオはそれに答えながらも、どこか独り言のような静かな声音で言う。
「俺たちオルフェウスのサッカーは、歴史と経験を持つ完成されたサッカー。だが、イナズマジャパンのサッカーは『未完成』……だからこそ彼らは、一試合ごとに変わっていける」
「ふぅん……」
小首を傾げつつ、冬樹はぼんやりとした相槌を打った。スポーツにあまり関心がない自分でもこの試合は面白い、と感じることが出来るのだから、選手の目からすればより強く惹かれる魅力があるのだろう。
ちらりとジャパンのベンチを見やると、妹は先程からやや前のめりの姿勢で、時折フィールドへ向かって何か声を張り上げている。
織乃が試合会場でマネージャーをしているところを見るのはこれが初めてだったが、幼い頃の引っ込み思案だった彼女からは想像もつかなかった姿だ。
「織乃のやつ、良いチームの仲間になれたんだな」
それも、サッカーに関わったからこその変化なのだろうか。兄らしい笑みを浮かべて小さく言った冬樹に、そうだな、とフィディオは笑顔で頷く。
少しずつではあるものの確実に前線を上げていたイナズマジャパンだったが、そこでドラゴがヒロトのドリブルを阻止して攻撃が途切れた。
もう一歩でシュートチャンスだったのにここまでか、と観客たちが落胆したのも束の間、アッと驚きの声が上がる。
自陣のゴールを守っていたはずの円堂が、いつの間にか敵陣まで駆け上がってきていたのだ。流石のロココもそれは想定していなかったのか、目を見開いて円堂を見つめる。
しかし仲間たちは、円堂のその行動も予想の範囲内だった。みんなで守り、みんなで攻める──そう決めたなら、ここで彼が出てこないわけがない。
「俺たちは、みんなで世界一になるんだ!!」
円堂の放ったシュートはロココの予想に反し、天高く打ち上がって一瞬彼の視界から外れる。これはシュートではない、と気付いた頃にはもう遅かった。
「天空落とし<bッ!!」
ボールを追って跳躍したヒロトの、星を墜とさんばかりの脚力で蹴り落とされたシュートが空を切り裂きながらゴールに向かっていく。
「ゴッドハンドX=I!」
すかさず必殺技を繰り出し、それを押さえたロココの体がジリジリとゴールラインに押し込まれていく。数秒にも満たない激しい攻防を制したのは、ヒロトの方だった。
「──ぐああッ!!」
ロココを押し除け、シュートがゴールネットに突き刺さる。一拍空けて高らかに得点のホイッスルが鳴り響き、観客席からうねるような歓声が上がった。
「や……やった〜!!」
前半終了間際でようやく奪った1点目。テクニカルエリアもまた喜びの歓声で一杯になる。
「大きな円が飲み込んだか、リトルギガントを。やったな、久遠」
「ええ。……ですが、試合はこれからです」
賞賛する響木に一瞬穏やかな笑みを浮かべた久遠だったが、彼はすぐにそれを引っ込めた。試合はまだ半分以上残っている。それに、まだ同点に追いついただけなのだ。
「ろ、ロココのゴッドハンドXが……」
一方、リトルギガントたちはこれまで無敗を誇っていたロココの失点に激しく動揺していた。呆然とする仲間たちを尻目に、ロココは拾い上げたボールをじっと見つめている。
「(ボールから確かに感じた。今のがマモルの魂。これが……)」
「──わっはっはっはっは!」
不意に聞こえた嗄れた笑い声に、彼らはギョッとして自陣のテクニカルエリアを振り返った。
背を大きく反らし、大介が大口を開け楽しそうに笑っている。
「こうでなくてはなぁ! どうだ、面白いだろう! これがサッカーだ!!」
まるで彼らに初めてサッカーを教えた日のように、大介は笑ってそう言った。
無失点の記録を破られてしまったというのに、少しも悔しそうに見えない彼に、ふとロココはイナズマジャパンを見やる。
ヒロトの方を抱いて喜ぶ円堂を始め、彼らもまた大介と同じような笑顔で喜びを分かち合っていた。
これがイナズマジャパンか──感慨深げにロココが呟いた直後、前半終了を告げるホイッスルが鳴り響いた。
「やりましたね、円堂さん! ゴッドキャッチすごかったです!!」
「ああ!」
弾む足取りでテクニカルエリアに戻ってくる円堂に、真っ先に立向居が感動を伝えに行く。
それを横目にニコニコしながら、織乃は鬼道と豪炎寺にタオルを手渡した。
「一時はどうなることかと思いましたが……本当に良かった!」
「そうだな。お陰で逆転への足がかりが出来た」
ただ問題は、と言葉を切って鬼道はリトルギガントのテクニカルエリアを見やる。
大介は点を取られたその時から、ずっと楽しそうな笑みを浮かべたままだ。
「御鏡。前半戦を観て、奴らをどう分析した」
「そうですね……」
鬼道に問われ、すんと冷静な表情になった織乃は目を伏せて先程のリトルギガントのプレーを思い返す。
「試合が始まったときから、あの人達のプレーには何か引っ掛かってたんですけど……点を奪って分かりました」
「何だ?」
「リトルギガントは、イナズマジャパンを見縊っている」
僅かに鬼道は眉間に皺を寄せた。見縊られているとハッキリ言われて腹立たしくならない人間も中々いないだろう。織乃はそのまま分析を続ける。
「これまでの試合で無敗、無得点だったせいでしょう。彼らは確かに強いチームで、それに驕って手を抜いたりはしないけど、どうしたって相手に対して油断が残る」
獅子は兎を狩るのにも全力を尽くすという。だが、本来獲物である兎に逆襲されることは中々考えないはずだ。
自分たちはどのチームよりも強い。どんな相手でも完封出来る、その実力がある。──その自信は、一歩間違えば大きな慢心になる。
「この1点は、リトルギガントの油断が生み出した得点でもあります。……後半戦からは、きっと対策を打ってくるはずです」
「さっきのようには行かないというわけか……厄介だな。だが、そうでなくては」
顎に手をやり思案げに呟いて、鬼道は好戦的に笑う。
そんな彼の横顔を見て、両手をぐっと握り締めた織乃はスコアボードを振り仰いだ。肌がひりつくような感覚、浮足立つ心。戦う場所は違えど、今自分はきっと彼と同じ気持ちでいる。
大きく息を吸い込んで、織乃は唇を引き結んだ。
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