Overnight Kingdom

青空に硬い金属音や木材のぶつかり合う音が跳ね返る。織乃は歩きながら辺りにふらりと視線を投げかけて、ほうと溜息混じりに呟いた。

「どこも工事ばかりしてますね……」
「今の内から次の大会に備える必要があるんだろう」

あちこちから忙しなく聞こえてくるのは、各エリアを表現するために建てられたイミテーションの建造物などを解体する音である。

世界大会本戦の会場として著しい注目を受けたライオコット島は、昨晩の決勝戦を最後に一時その役目を終えた。
次の世界大会の際に、また今回と同じ参加国のチームがこの島に辿り着くとは限らない。いずれ来たるチームのために、各国色に染まったエリアは特色を取り払った状態にリセットされている真っ最中というわけだ。

ふと空を見上げると、空港の方角から飛行機が西の空へ飛んでいくのが見える。
円堂は大介やロココを見送るために、夏未と一緒に朝から空港へ向かったはずだ。フィディオたちオルフェウスも朝の便で帰国する予定と聞いていたし、もしかしたら丁度鉢合わせている頃かもしれない。

「ところで、良かったのか? 冬樹さんたちを見送らなくて」
「良いんです。次の長期休みには一度あっちに遊びに行く予定でしたし……あまり甘やかすと、お兄ちゃんすぐ調子に乗りますから」

鬼道が切り出したのは昨晩の話である。織乃は苦虫を噛み潰したような渋い顔になって言った。




昨日の夜。息吐く間もない激しい試合を終えて、メディアによる怒涛の取材からようやっと開放された後。
疲れ切ってランナーズハイにも似た状態で一行が宿福へ戻り少し経った頃、突然宿の扉が叩かれた。
選手たちが疲労困憊していることは分かるだろうに、こんな夜半に一体誰が訪ねてきたのかと応対してみれば、現れたのはリカと塔子、そして今まで戦ったチームのキャプテンたちだった。イナズマジャパン優勝を一言祝うため、朝を待ち切れずにやって来たのである。

「Ciao! 久し振りね、シキノ!」
「えっ……師範!? 来てたんですか!?」
「会いたかったぞ織乃〜!」
「あ、お兄ちゃんもいたんだ」
「俺への興味薄くない!?」

その中に混じっていたのが、織乃の実兄である冬樹と護身術の師であるアルナルドだ。
明日の朝の飛行機でイタリアに帰ると言うので、せめて顔だけでも見せて行くと良いとフィディオが気を利かせて連れてきたのである。
見ない間に背が伸びたわね、と織乃の頭を撫でて微笑むアルナルドのキャラクターの濃さに、仲間たちがしばし圧倒されていたのは言うまでもない。

「お久し振りです、冬樹さん」
「ああ、君らは帝国の……まさか世界大会に出るまでになるなんてな。優勝おめでとう!」

鬼道と佐久間が挨拶に来ると、冬樹はすぐに二人を思い出して笑顔で賛辞を送る。強豪とは言え、一介のサッカー部の部員が一年足らずでこんな高みまで登り詰めるとはあの時は思いもしなかった。
けれど冬樹はふと真顔になって、低い声でこう続ける。

「ところで……鬼道くんだったか。閉会式が終わった後さ、君……織乃に抱き着かれてたよな?」
「え」

鬼道の額にじわりと汗が浮かんだ。
確かにあの時、テクニカルエリアに戻った鬼道は駆け寄ってきた織乃に抱き着かれた。感極まって咄嗟にそうしてしまったのだろう。が、実際には後ろにいた佐久間や不動も巻き込んだ勢いのある抱擁だ。自分一人だったらあのまま後ろにひっくり返っていただろう。
ずっと近くで支え見守ってきたマネージャーからの親愛のハグ。普通ならばそんな心温まる光景として映るだろうが、冬樹の視点からはそうは見えなかったらしい。

こちらの顔を覗き込んでくる冬樹は、口角は上がっているのに目はまるで虚のように真っ暗だ。佐久間は薄情なことに、いつの間にか鬼道から距離を取っている。
流石の鬼道でも、織乃との関係をいきなりこの兄に打ち明ける勇気は急には出ない。

「その、あれは……何と言うか……」
「お兄ちゃんッ! 鬼道さんに迷惑掛けないで!!」

次の瞬間、羞恥と怒りで顔を赤くした織乃がすっ飛んできて御用となった冬樹は、呆れたアルナルドに引き摺られて早めの退場となった。




「──おーい! 鬼道、御鏡!」

ふいに遠くから名前を呼ぶ声がして、並び歩いていた二人は同時に後ろを振り返る。
そこには不動を伴って、こちらに向かって軽く片手を上げる佐久間の姿があった。

「木野から聞いたぞ。俺たちにも声を掛けてくれたら良かったのに」
「私は強引についてきたんですよ。鬼道さんたら、一人で行こうとするから」

ちらと織乃が鬼道にジト目を送ると、鬼道は「帰国までの唯一の自由時間だぞ?」と苦笑する。

「それに、あの人のことだ。あまり大勢で訪ねても嫌がりそうだろう?」
「はっ、上等じゃねえか。存分に嫌がらせてやろうぜ」

鼻でそれを笑い飛ばし、行くぞ、と肩で風を切って先頭を歩き始める不動に、佐久間と織乃はそれぞれ鬼道に笑いかけてそれに続く。
鬼道はそれに目を瞬くと、諦めたように口角を上げて再び歩き始めた。

セントラルエリアのメインストリートから離れ、マグニード山に続く山道を外れた道。
そこを進んだ先には、林を切り開いて作った霊園がある。島の開発の折に作られたものではなく、元からライオコット島にあった場所である。

「──影山総帥」

霊園の奥、小さな墓石の前にしゃがみ込み、鬼道はほとんど唇を動かさずその名を呼んだ。

鬼瓦が言うには、影山の遺体は親族から引き取り拒否されたらしい。
親類縁者との関わりも一切と言っていいほどなく、日本に広がったその悪名の高さも考えると仕方のないことだろう。
祖国の誰にも迎えてもらえないのなら、いっそ彼の愛したサッカーが根付いたこの島に眠るのも良いだろう──その鬼瓦の提案を、鬼道は受け入れた。
どの道最初から何をどうする権利が彼にあったわけでもなかったが、それが影山と長く時間を過ごした鬼道への、鬼瓦が出来る唯一の気遣いだったのだろう。

「この島なら天使も悪魔も、神様だっている。あの人も寂しくありませんね」
「寂しがるってタマでもねえだろうけどな」
「寧ろうるさくて眠れないくらいじゃないか?」

墓前に一輪花を添えて言う織乃に、不動や佐久間がそれぞれ相槌を打つ。
織乃が道中で用意したもの以外に、墓前には既に二輪の花が供えられていた。きっと一つはフィディオだ。そして、もう一つは恐らく──デモーニオのものだろう。彼もまた、期間は短くとも影山を師と仰いだ一人なのだ。

「あの人が奪ってきたものは多い。だが、与えてきたものも確かにあった。俺は……あなたが与えてくれたものを、正しい形で伝えていきます。総帥」

祈るように囁いて、鬼道はゆっくりと立ち上がった。
行こう、とマントを翻した鬼道に、佐久間と不動は無言で視線を交わしてそれに続いて霊園を後にする。

「(……さようなら、影山総帥)」

織乃は風に揺れる墓前の花を見つめて心の中で別れを告げると、踵を返して三人を追いかけた。

「──よしっ。それじゃあ遊びに行くか」
「は?」

敷地を出るなりハキハキとした口調で提案した佐久間に、織乃たちは虚を突かれた顔で一斉に彼を振り返る。
何を言い出すんだとも言いたげな不可解そうな反応を受け、佐久間は整った顔をしかめて更に続けた。

「他のエリアに行けるのも今日で最後なんだぞ? 明日の朝には日本に帰らないといけないんだからな」
「だが、各エリアは解体中だろう?」
「あ……いえ、解体するのはイミテーションだけで、観光施設として作られた場所は次の予選大会開催までそのままにしておくそうです」

そう言えば、と織乃が今朝古株から聞いたことを思い出して口を挟むと、だってよ、と佐久間は笑う。

「アメリカエリアにバーチャルで射的体験出来る施設があるらしくて、気になってたんだ。景品も出るらしいから行ってみようぜ」
「俺ぁパス。景品とか興味ねえし」
「……そうですね……行きましょう!」
「話聞けよ」

大きく頷いて、織乃は戸惑う鬼道と乗り気じゃない不動の背中をぐいぐい前に押した。
これはイナズマジャパンのマネージャーとして最後の仕事だ。世界の頂点に立ったのに、こんなしんみりした空気のまま日本に帰るだなんてとんでもない。
全員が心からの笑顔で凱旋するためにも、三人には──特に鬼道には、しっかり楽しんでもらわねば。

「さっ、そうと決まればバス停に向かいましょう!」
「分かった、分かったから押すなっての……!」
「……はは。この面子で遊びに行く日が来るなんてな」

最初はあんなにギスギスしていたのが嘘みたいだ。鬼道が独り言ちると、不動は一瞬気まずそうに唇を尖らせてから、それを誤魔化すように鼻を鳴らす。
霊園から吹き抜けてきた風が四人の背中を押す。まるで早く行ってしまえと言われているような気がして、足は自然と早まった。


§


それから時間が過ぎるのは早かった。
午前中の飛行機で試合を見に来たサポーターたちは大方帰国したのか、道を行き交う人の波は昨日よりも幾分か少ない。
それでも移住者やまだ残っている観光客たちはおり、大会が終わっても十分賑わっている様子である。

佐久間の話していた射的場は、ARゴーグルとモデルガン型のコントローラーを使って行う大型ゲーム施設だった。参加の際はウェスタン風の衣装に着替えてステージに立つ徹底っぷりだ。
運営の指定した高スコアを超えれば豪華景品プレゼント。景品目当てでたまたまやって来ていた目金も交えてゲームに参加した結果は──プレーリースカートに着替えた織乃の圧勝に終わった。

「そう言えばコイツ、めちゃくちゃゲーム上手いんだった」
「意外過ぎるだろ、特技」

参加賞のティッシュを握り締めて呆然とした佐久間と不動の言葉である。
ちなみに景品は目金の好きなSFアニメの美少女フィギュアだったため、それは渋い顔をした織乃によって目金に贈呈された。泣いて喜ぶ目金に「決勝の時より泣いてる気がする」と口走りそうになったのは、織乃だけの秘密である。


けれど、与えられた時間はそれほど多くはない。
目金と別れた後も観光をそこそこに楽しんだ一行は、日が落ちる前に宿福へと戻る。

「みんな、今日はどこまで行ってきたの?」
「私、イタリアエリアでゴンドラ乗ってきました!」

軽くキッチンの掃除をしながら、マネージャーたちは今日あったことを交え談笑していた。
今日の夕飯はいつものマネージャーお手製ではなく、出前の弁当である。冷蔵庫の中身はこの数日調整してほとんど空にした。あとは明日、チームが去った後に清掃が入って宿福は真に空っぽの状態になるだろう。

窓から入り込む光はオレンジ色に輝いて、食堂の床にカーテンの影を落としている。それを眺めているとどうしても物悲しい気持ちになってしまって、織乃はそっと唇を噛んだ。

「……それにしても、みんな遅いですね。そろそろご飯の時間なのに」

ふと壁掛け時計を見上げ、テーブルを拭いていた冬花が言う。
そう言えばそうね、と答えた秋は、少し考えて小さくアッと声を上げた。

「私、みんながどこにいるか分かるかも」
「あら……奇遇ね。私も分かるかもしれないわ」

同じように考え込む素振りをしていた夏未は、秋と顔を見合わせると微笑んで「せっかくだから私たちも行きましょうか」と食堂を後にする。

夏未と秋が目指したのは宿福の外、裏口を出た先だった。
首を傾げつつ二人に着いて行った織乃たちだったが、浜辺と敷地を区切る雑木林の中に見知った後ろ姿がいくつもあるのを見て合点が行く。
彼らの見ている雑木林の先、浜辺には円堂の姿があった。島に来てからずっと特訓で使っていた大きなタイヤを、ヤシの木から降ろしていたのだ。

「全員いるな?」
「いるッス!」

染岡による小声の確認に壁山が頷くと、彼は大きく一息吸い込んで「円堂!」と声を張り上げる。

「あっ……みんな!」
「──行くぞ! 円堂を胴上げだ!!」
「おーっ!!」

染岡の声を合図に、仲間たちは一斉に林から飛び出した。
驚いている円堂に構わず、彼の体を持ち上げて掛け声に合わせて大きく宙に放り投げる。戸惑いは喜びに、悲鳴は笑い声に変わり、海面に跳ね返った。

「(──ああ)」

毎日のように不安の種がばら撒かれていた、最初の頃を思い出す。不和を抱え、あんなにガタガタだったチームは、多くのことを経験し乗り越えて世界一になった。
今この場に立つことが出来て、本当に幸せだ。そして今日で全てが終わることが、こんなにも淋しい。
滲む涙を夕日のせいにして、織乃はそっと目元を拭う。




そして夜は明けて、翌日の早朝。
イナズマジャパンは来た時と同じくシンボルカラーのジェット機に乗ってライオコット島を発ち、話し切れないくらいの土産話を抱えて日本へと帰国した。