History makers

「イナズマジャパン優勝おめでと〜〜!!」

空港の高い天井に弾けるような歓声が跳ね返る。大会終了から二日が明け、イナズマジャパンはようやく日本に帰ってきた。
選手たちは方方から飛び交う賛辞に手を振り、会釈し、あるいは満足そうに無言で口角を上げる。

「目線お願いしまーす!」
「優勝に対するコメントを一言……!」
「はいはい、押さないで! 皆さん出口はあちらになります!」

どの局よりも早く写真を撮り、コメントを求めようとカメラやマイクを向けてくるマスコミたちの猛攻を空港スタッフが手慣れた様子で捌いていく。
誘導の元待機していたバスに早足で乗り込んだ一行は、依然として聞こえてくるファンや記者の声に苦笑いしながらホッと一息吐いた。

「ふぃー……ものすごい歓声だったッスねぇ」
「俺たちすっかり有名人じゃん!」

予想以上の歓待の勢いに気圧され額に滲んだ脂汗を拭きつつ零す壁山とは対象的に、頬を喜色に染めた木暮が興奮気味に返した。
ライオコット島でのお祭り騒ぎも優勝の実感を得るには十分な熱量だったが、やはりホームグラウンドで歓声を受ける喜びは一入である。

「この後は学校に戻って記者会見だ。円堂、コメントは考えてあるだろうな?」
「うぐっ……わ、忘れてました」

前方の席から掛けられた久遠の声に円堂がギクリとして答えると、「到着までに考えておけよ」と溜息と共に釘を刺された。

「飛行機に乗る前にも言われていたのにな」
「だって眠気が我慢できなくてさぁ……」
「お前は俺たちの代表なんだ。間違っても格好のつかないコメントは残すなよ?」

ふ、と鼻で笑った豪炎寺に鬼道が茶化すように続けると、円堂は難しい顔になってウンウンと悩み始める。
仕方のない人ね、と夏未が呆れた様子で、しかしどこか笑みを含んだ声で呟くのを聞きながら、織乃はどこかソワソワした気持ちで窓の外を眺めた。
流れていく景色はどこもかしこも一様にお祝いムードに染まっている。道行く通行人の中には選手を真似たファッションをしている者もちらほらと見受けられた。

「(鬼道さんと同じようなファッションの人を見ると……ちょっと、トラウマが……)」
「織乃さん? どうかしました?」
「う、ううん! 何でもない」

蘇る薄暗い路地での記憶。思わず眉間に皺を寄せると、春奈がキョトンと顔を覗き込んでくる。
それに慌てて首を振って、織乃はそっと瞼を伏せた。




「キャプテ〜〜ン!! おかえりなさいでヤンス〜〜!!」
「栗松、みんな!」

久し振りに戻ってきた雷門中には、『祝!優勝!!』『世界一!』とカラフルにプリントされた字が踊る大きな垂れ幕が飾られていた。
多くの生徒や教員、駆けつけた近隣住人たちの先頭になって真っ先に選手を出迎えたのは、雷門イレブンの面々である。

「おかえり! 優勝おめでとう!」
「うっ、うっ、必ず優勝してくれると信じてたでヤンスッッ」

選考試合に落ちてしまった松野、志半ばで離脱した栗松。そしてチームの要が不在の間、サッカー部を取りまとめていてくれた半田たちに円堂たちは表情を綻ばせた。

「俺たちがいない間、よく部をまとめてくれたな。半田」
「まぁな! あの人数をまとめるのはちょっと大変だったけど……」
「半田、上手くリーダー役やってたよ」

泣きべそを掻く栗松や宍戸を円堂が宥めるその傍ら、豪炎寺に声を掛けられた半田は照れくさそうに頬を掻く。
後ろからボソリと言葉を付け加える影野をよせやい、と肘で突いてから、それに、と彼は続けた。

「御鏡が出発前に練習メニューなんかをまとめたノートを預けてくれたからさ。お陰で練習も何とかなったよ」
「何だ、そんなものを渡してたのか」
「あー……えへ。急拵えで用意したものだったんですけど、役に立って良かった!」

鬼道が少し眉を上げて織乃を見れば、織乃は一瞬言葉を詰まらせた後、笑顔で頷く。
日本を発つことが決まった日、則ちファイアドラゴンとの試合に勝利した──更に言えば鬼道とのあれやそれやがあった日の晩、興奮と混乱で溢れ返りそうになる頭を整理するためにもかつてないスピードでノートにペンが走り、数時間足らずで仕上げた物であることは口が裂けても言うまい。

そうして懐かしい顔ぶれと雑談に花を咲かせかけていたところで、響木が皺の刻まれた分厚い手を数度打ち鳴らした。

「お前たち、積もる話はあるだろうが先にやるべきことを終わらせるぞ」
「おお、そうだった。体育館に記者会見場を用意しているんだ、まずはそちらへ向かってくれ」

娘と久し振りに会えた喜びを噛み締めていたらしい雷門は、軽く額を叩いてから円堂たちを誘導する。
雷門の先導で体育館へ向かう選手の列にマネージャーたちと一緒に後ろから着いて行った織乃は、ふと辺りにいるギャラリーの中に見覚えのある顔があるのを見つけた。

「お姉ちゃーん!」

出迎えに参加していた大樹、和樹と良樹の双子たちである。今にも姉に駆け寄ろうと走り出しそうな双子は大樹に首根っこを掴まれ抑えられている。
織乃としても今すぐ駆け寄って弟たちをまとめて抱き締めてやりたいところだが、そうもいかない。また後でね、と手を振り返し、織乃は仲間たちと共に体育館へ入った。

「おっ、来た!」
「優勝おめでとうございます、イナズマジャパン!」

ワックスの掛かった板張りの床へ足を踏み入れた途端、拍手にも似た音と共に激しく焚かれるフラッシュに目が眩みそうになる。

この日の記者会見は数日に渡り日本中のスポーツニュースに取り上げられ、茶の間を賑わせることになった。




「──全員、ご苦労だったな。今日はここで解散とする。明日の朝九時、合宿所前に集合だ」

数十分の会見後、大量のマスコミが捌け雷門や響木と何か話し込んでいた久遠がそう声を掛けると、一同はようやく降りた肩の荷にゆっくりと脱力する。

「ひぃ、緊張感したッス……」
「お前は大して喋ってねえだろうが」

大きな溜息を吐き出した壁山を小突いて、ところでよ、と染岡は吹雪や立向居に視線を向ける。

「お前らはいつまでこっちにいられるんだ?」
「明日の飛行機を予約してあるから、今晩まではこっちにいるよ」
「合宿所は今日まで宿として一晩使って良いそうです」

流石に長旅と慣れないことをした疲れが出始めたのだろう、くたびれた笑顔を浮かべて言う立向居の隣で、「また飛行機か……」と綱海が青い顔で呟いている。ついぞ飛行機に慣れることは出来なかったらしい。

「イナズマジャパンも解散……とはなったけど、雷門中はまだ忙しい日が続きそうだな」
「ああ。既に何件かテレビ取材の予定が入っているとさっき理事長が火来校長と話していた」
「散々チームに投資してくれたのが学校の良い宣伝になったんだろうよ。商売が上手いことで」
「もう、嫌な言い方しないで下さいよ」

織乃が鬼道や佐久間、不動たちとそんなことを話していたそんな時だ。
ふいに体育館の金属製の扉が勢い良く開かれる音がする。

「お姉ちゃーーーーん!!」
「ぐふっ」

次の瞬間、織乃の腹のあたりに二つの大きな塊が激突した。
蹌踉めきながらもそれを受け止めた織乃は視線を下げて目尻を緩める。

「和樹、良樹……ただいま」
「おかえりなさい!」
「……どこかで見たことのある光景だな」

しゃがみ込んで双子を抱き締める織乃に、鬼道は小さく笑って呟いた。
それを皮切りにして、会見が終わるのを待っていたギャラリーが次々と体育館に顔を出し始める。

「お兄ちゃんおかえりーっ!」
「! ただいま、夕香」

大人たちの間をすり抜けて、三つ編みを揺らし駆け寄ってきたのは豪炎寺の妹である夕香だ。
豪炎寺は頬を綻ばせながら「寂しくなかったか?」と妹を抱き上げる。

「ちょっとだけ……でも、和樹くんたちがいっぱい遊んでくれたから、楽しかったよ!」

そう言って、夕香は和樹と良樹の方を見て「ねー!」と同意を求めた。和樹は少し照れたように俯いている。
それを見た織乃はおや、と思ったが、それと同時に豪炎寺の目の黒色がスッと深くなったのに気付いた。

「……そうか……」
「豪炎寺さん、目が怖いです」

織乃はあの目を知っている。冬樹や大樹が時々するのと同じ目だ。織乃は表情に呆れに似たものを交え、そっと弟たちを後ろ手に庇った。

「守!」
「あっ、母ちゃん!」

それから続々と体育館に入ってきたのは学校近辺に住んでいる選手の家族たちだ。円堂の母はおかえり、と息子の肩を叩いた後、複雑そうな顔になって声を上げる。

「あんた今朝届いた手紙に書いてたけど……お祖父ちゃんが生きてたってホントなの!?」
「あっ、うん! すげー元気そうだったよ!」
「何で一緒に帰国しないのよ〜〜!!」

聞きたいことも言いたいことも山程あるのに、と彼女は頭を抱えて絶叫した。
仲間たちはそれを見て、確かに、と心中呟く。
確かに大介も日本に戻る前にコトアールでやることがあったのかもしれない。が、長らく父が死んだものと思って悲しみに暮れた時期もあった実娘からすれば、真っ先に自分に会いに来て諸々の説明をして欲しいところだろう。

「ほんっっと昔っから自由なところは変わってないんだから……!!」
「まぁまぁ、敦子さん落ち着いて……」

額を抑え重たい溜息を吐く敦子を響木が宥めるのを苦笑いで眺めて、さて、と一声張り上げたのは雷門だ。

「みんな疲れているだろう、しばらくは宿や家に戻ってゆっくりすると良い。夜はささやかだがここで慰労会を開く予定だから、是非参加してくれ」
「いろうかい……パーティー!? ごちそう出るッスか!?」
「ああ、勿論だ!」

途端に壁山から歓声が上がり、「昨日も散々食べただろうが」と染岡からツッコミが入る。
呆れ混じりの笑いが体育館に跳ね返り、選手たちは疲れを一時癒やすためそれぞれの家や割り当てられた部屋に戻っていった。


§


イナズマジャパンが帰国した怒涛の一日から一ヶ月。
それぞれの選手は故郷へ帰り、雷門イレブンにもようやく以前の日常が戻り始めていた。
けれど、世界大会が終わってから大きく変わったことがいくつかある。

まず一つは久遠と冬花の処遇だ。冬花はそのまま予定通り雷門中学校に編入となり、響木や雷門の尽力で教職に復帰した久遠はサッカー部の顧問兼監督として在籍することになった。
響木は完治したとは言え病を患った体ではラーメン屋の店主との二足の草鞋は厳しいとのことで、諸々のことを久遠に引き継ぎして惜しまれながら監督業から引退した。
余談だが、跡継ぎのいなかった来来軒の後継には飛鷹が立候補したらしい。高校卒業を条件に、響木もそれを受け入れたそうだ。

次に変わったのは雷門サッカー部の体制である。
サッカー部は大会の影響で部員が増えに増え、今やあの小さな部室に収まりきらないほどにまで大きくなった。
故に雷門はサッカー部の活動場所として新たに『サッカー棟』なるもの設けることを決め、来週から敷地を確保するための工事を始めるらしい。
雨の日でも練習や試合が出来るようスタジアムも併設するというから、かなり大規模なものになるはずだ。

決定の際、そんなものを作ってはいつか持て余すのではないかという意見は一切出なかったという。
その理由が大きな変化の三つ目だ。日本のサッカー人口の大幅な増加である。

廃部寸前の弱小サッカー部を作り上げたキャプテン率いる日本のサッカーチームが勝ち取った世界一位という名声は日本中へ響き渡り、全国のサッカー少年たちの心を大いに奮い立たせ、またサッカーに興味のなかった人々の心までもを掴んだ。
街には未だに選手モチーフのファッションをした通行人が歩き、ファングッズはショーケースに飾られ、ペンギーゴのサッカー用品は常に品薄が続いている。イナズマジャパンの優勝は、日本に空前のサッカーブームを巻き起こしたのだ。

「私ね……イナズマジャパンが優勝したら、みんな遠い人になっちゃうと思ってたの」

ある日の練習中、ふと秋が隣に座っていた織乃にそう零した。

「どんどん有名になって、傍にいることも出来ないくらい手が届かない人になるんだろうなって……」

秋の手には携帯電話が握り締められている。先程電話が来てから、ずっとそうしているのだ。
織乃はそれをちらりと見てから、もう一度グラウンドを走る部員たちに視線を戻して言う。

「実際はちょっと違いましたね」

ふ、と秋は口角を上げる。嬉しそうな、しかしどこか困ったような笑みだった。
円堂たちは自分が有名人になった自覚はあれど、やはり持て囃されることには違和感を感じているようで、何度テレビの取材を受けても慣れない様子だ。
彼らは相変わらずサッカーが大好きで、泥と芝生に塗れてボールを追いかけている。その姿は大会が始まる前と何も変わっていない。

「結局のところ、遠くに行こうとしてたのは……私たちの方だったのかもしれませんね」
「うん。そうかも」

かつて自分を苛んでいた悩みをそう結論付けた織乃に、秋は眉を下げて苦笑した。
そこで彼女は言葉を一旦切ると、「でもね、」と何故か声を落として続ける。

「もし……もしもよ? 織乃ちゃんが鬼道くんに、『遠くへ行ったとしても必ず迎えに行く』って言われたら、織乃ちゃんはどうする……?」
「へぁっ?」

ぱち、と大きく瞬きをした後、織乃は間の抜けた声を漏らして秋を見た。
秋は握り締めた携帯電話に視線を落とし、困ったように目を潤ませている。その頬は赤く染まっているのを見て、織乃は先程秋に電話を掛けてきたのが誰だったのか悟った。

「私……前までの私なら、迎えに来るなんて言われても、信じられなかったと思います。自分にそんなことを言われる価値はないって、思い込んで」

しばし考え込んで、織乃は言葉を選びながらそう答える。
選ばれることすら願えず、置いていかれる未来をただ待っていたいつかの情けない自分を、彼は辛抱強く手を引いて立ち上がらせてくれた。

「……今の織乃ちゃんは?」
「待ちきれなくて、自分から会いに行っちゃうかも」

その思いに報いたいのなら、自分から動くしかない。
それが短くも長い戦いの中で、織乃が得た成長と答えだ。
はにかむ口元を軽く隠しながら答えると、秋は一瞬虚を突かれた顔をして、そっか、と小さく呟く。

「私、どうすれば良いか分からないの……だって、大切に思ってきた気持ちはどっちも同じだから」

フィールドを跳ねるボールを拾い上げ、円堂が仲間たちに向かって声を上げている。時折見せる屈託のない笑顔は、今までどれだけの人の心を照らしてきたのだろう。

「だったら、時間を掛けて悩みましょう。きっとどっちが正解なんてことはないはずだし、……秋ちゃんもずっと苦労してきたんだから、ちょっとぐらい答えを待ってもらっても良いと思うんです!」
「そ、そうかな……?」
「そうです!」

後半に行くにつれ前のめりになって力説する織乃に、秋は若干仰け反りつつも「そうかも……」と納得した風であった。

流石の円堂でも、何か大きな一石を投じれば心境の変化の一つでも起きるだろう。
いつかその一石を投じるのが秋になるのか夏未になるのか、はたまた冬花になるのか──それは誰にも分からない。
けれどこれからも彼はいつでもどこででもサッカーが大好きで、他のものがどれだけ変化しようと、それだけが唯一変わらない事実としてずっと存在し続ける。

「御鏡! 少し良いか?」
「あっ……はーい!」

そして出来ることなら、彼が自分を想ってくれている事実も変わらずにいてくれたら嬉しい。織乃は自分を呼ぶ鬼道の声に、傍らに置いていたノートを抱えベンチから立ち上がった。

変わっていくものと変わらないものを漠然と感じながら、時間は止めようもなく平等に流れていく。
そうして季節は過ぎて、桜の蕾が膨らみ始めた頃。雷門サッカー部が立ち上げられて、三年目の春が来ようとしていた。