God who prevents way

僅かに仄暗い閉鎖的な廊下に、ややくぐもったピッチの歓声が届いている。
天候は相も変わらず曇り空。しかしそれでも、フィールドに光は差し込んでいた。

「──いよいよ始まるんだな、決勝が!」

雷門イレブンのベンチにて。実況解説の声と割れんばかりの歓声を浴びながら、円堂は言う。
先とは打って変わり、彼はひたすら笑顔のままだ。

「みんなとこの場所に立てて、信じられないくらい嬉しいよ!」
「円堂くん……」

明るい声色の彼に、秋が小さく名前を紡ぐ。
2年生の途中で参入した夏未や春奈、織乃と違い、秋はそれこそ一番初めから円堂の傍らでサッカー部を支え、見つめてきた。

「俺、このメンバーでサッカーをしてこれて本当に良かった! みんなが俺の力なんだ!」

最初は、4人のスタート。そこから入った1年生たち。円堂が部室の壁にFFのポスターを張り付けて、いつかこの大会で優勝するんだと意気込んだ時には、まさかこんな日が訪れるなんて正直夢にも思わなかった。

しかし、今この瞬間。彼は──彼らは、自分は、その舞台にいる。頂上を決める戦いに、臨もうとしている。

「絶望的な状況なのに、あの笑顔。すごいわね」
「……ええ」

夏未の言葉に、秋は彼らの背中を見つめながら小さく頷いた。

「マジン・ザ・ハンドを身につけることが身につけることが出来なくても、世宇子中には自分の必殺技が通用しないって分かっていても──全然諦めていない」
「今までと同じ。今、自分が出せる力の全てをぶつけて勝つつもりなの」

そうだ。いつ何時であっても、彼は最後まで諦めないことを信条としている。だから、今この場所に立つことが出来るのだ。
2人は顔を見合わせると、そっと微笑み合った。

「さぁ! まずはアップだ!」
「おー!」

拳を固めた円堂に、選手たちが返事を返した瞬間。
突然、ピッチを強い風が吹き抜けた。

「っ何だ?」

円堂は強く瞑ってしまった瞼を上げると、視界にそれを入れた途端、僅かに目を見開く。
数メートルは離れた、世宇子側のベンチ。そこには、今まで影も見当たらなかった世宇子イレブンの姿があったのだ。

「世宇子中……」

豪炎寺が、喉の奥で小さく呟く。
金の糸を風に靡かせたアフロディはちらりと雷門イレブンに目を向けると、円堂に、豪炎寺に、鬼道に──順々に視線を移して。

「……ッ」

そして最後に、織乃を見つめて、にこりと意味ありげに笑って見せた。

「……御鏡」
「……大丈夫です」

小さく硬い声で名前を呼び、その細い肩に鬼道が手を置けば、織乃はそっと息を吐き、眉間に力を込めながらそう返す。
何があろうと、自分の意志は揺らがない。それを主張するかのように。

2人の姿を見受けた円堂は表情を引き締めると、「円陣組もうぜ!」と手近な肩を引き寄せる。
ぐるりと大きな円が出来上がれば、彼は仲間たちをざっと見回して、口を開いた。

「良いか、みんな! 全力でぶつかれば、何とかなる!」

「勝とうぜ!!」腹の底から出すような言葉に、イレブンたちの声と士気が上がる。
その時、ふとこの場に似付かわしくないがしゃがしゃと金属同士のぶつかる音がした。

思わず顔を音源に向ければ、視線は自ずと世宇子ベンチへ。
そこでは、一様に同じようなグラスに注いだ水を囲む、世宇子イレブンがいた。

「──僕たちの、勝利に!」
「勝利に!」

その一つを掲げアフロディが唱えれば、それに合わせた選手たちも同じようにグラスを掲げ、唱えてみせる。
「チッ……余裕見せやがって!」グラスの水を優雅に飲み干す世宇子イレブンを睨んだ染岡の忌々しげな舌打ちは、観客の声にかき消された。




「──よしっ、カメラの調子もオッケーです!」

手元のDVDカメラを覗き込んだ春奈が言えば、隣の織乃はバインダーに新しい用紙を挟みながら頷く。
ピッチには、整列する両チーム。スタジアムは雑多とした観客の声に溢れているにも関わらず、握手を交わす円堂とアフロディの声は、不思議なことにすんなりとベンチまで届いてきた。

「──警告したはずだ。棄権した方が良いと」
「サッカーから──大好きなものから逃げるわけにはいかない。俺たちは今の力を全てぶつけて、お前たちに勝つ!! 」

力強く宣言し、一歩も引かない円堂に、アフロディは目を細める。

「……君ならそう言うと思っていたよ、円堂くん」

口元を緩めたアフロディの手が、円堂の手から離れる。
各ポジションに選手たちが着く中、アフロディはふと雷門ベンチの織乃に視線を投げかけた。

「だが、それがどれほど愚かなことか──彼女が、自分がどれほど愚かな選択を下したか、すぐに分かるだろう」

息を吐くような囁かな独り言は、誰に届くこともない。
両チームを見回した審判が、大きく息を吸ってホイッスルを鳴らした。

「始まった……!」

スカートを握りしめながら、夏未の隣で秋が呟く。
ボールは世宇子からだ。
表情を引き締めた雷門のFWが、世宇子陣内へと走り出す。

「!?」

ベンチからでも、染岡と豪炎寺が怪訝な顔つきをしたのが分かった。
世宇子はボールをあっさりと、中央のアフロディにバックパスしたのである。
余裕に満ちあふれたアフロディの口が、小さく開いた。

「君たちの力は分かっている。僕には通用しないということもね!」

唇の端を持ち上げたアフロディは、ふいに片腕を掲げる。
駆け上がる雷門FWの2人を冷めた目で見つめ、彼はパキンとその指を打ち鳴らした。

「──ヘブンズタイム」

刹那。
正しくまばたきをした瞬間だった。
それまでセンターサークルよりも後ろにあったアフロディの姿が、そこから消え失せる。
そして再び現れたのは、雷門陣内。それまで目の前にいた、豪炎寺たちよりも遙か後方。

パキンと再び指を鳴らせば、豪炎寺と染岡は夢から覚めたかのようにハッと体を揺らし、振り返る。
「いつの間に!」目を見開く豪炎寺たちに目もくれず、アフロディはゆっくりと掲げた腕を降ろす。
その瞬間、それを引き金にしたような暴風が二人の体を浮き上がらせ、ピッチに叩きつけた。

「あ……っ!」
「何、今の技は!?」

息を詰める織乃と、眉間に皺を寄せる夏未。
アフロディの技──ヘブンズタイム。その仕組みは分からない。ただ見えたものをそのまま口にするならば。

「瞬間移動なんて……!」

驚愕に染まった声色で秋が呟く間にも、アフロディは涼しげにボールを蹴りながら、雷門陣内を文字通り闊歩していく。

「──僕たちは、人間を超越した存在なんだ」

険しい表情で、彼の行く手を阻むMF。鬼道と一之瀬を一瞥したアフロディが、再び指を鳴らす。
「お兄ちゃんっ」先と同じように、アフロディの技に吹き飛ばされた2人を見つめ、春奈が堪えきれないように立ち上がった。

「ッ土門さん、壁山くん!!」

「チェック!!」弾かれたように織乃は叫ぶが、2人はその声が届かないのか否か、アフロディを見つめたまま凍り付いたようにその場から動かない。
その顔に浮かぶのは、ただひたすら恐れの感情ばかり。

やがて三度目のヘブンズタイムが発動し、DFを突破したアフロディは、円堂を目前にして目を細めた。

「……ッ来い! 全力でお前を止めてみせる!!」

奥歯を噛みしめた後、大きく叫び構えた円堂に、アフロディは更に笑みを深くする。

「──天使の羽ばたきを聴いたことがあるかい」

唇を歪め、アフロディがそんなことを言った瞬間、その背中から純白の巨大な翼が姿を現した。

「何だ……!?」

その神々しさすら覚える姿に、誰かが呟く。雷門イレブンは、一様に中空へ浮かぶアフロディを見上げて大きく目を見開いた。

「──ゴッドノウズ」

矢を射るように、或いは雷のように。その鋭いシュートは、先日のものより殺人的な威力で、ゴールへと向かっていく。

「っゴッドハンド!!」

眉間に皺を寄せた円堂の繰り出したゴッドハンドを、いとも容易く打ち破り──ゴッドノウズは、雷門陣のゴールネットに突き刺さった。
これが神の力だ──悠々と告げるアフロディは、芝生に突っ伏した円堂を冷笑し、ピッチを揺らす歓声をその身に浴びる。

「……!!」

「そんな、」秋が口元を両手で覆う。言葉は出ない、だが言いたいことは分かる。
決して甘く見ていたわけではなかった。寧ろ、用心に用心を重ねていた。しかし、あのシュートは。

「──桁が違う」

織乃の手の中で、握っていたシャープペンシルの芯がポキリと折れた。

こうして先取点は世宇子によって奪われた。言わずもがな、流れは悪い。
しかしだからと言って落ち込み、畏怖している場合でもない。

「まだ……まだ1点! 行けます!」

半ば懇願するような強い口調で春奈が言う中、彼女の手にしたビデオカメラのディスプレイの中で、雷門が世宇子陣内に切り込んでいく。
しかし、世宇子は動かない。雷門イレブンが隣をすり抜けていくのにも関わらず、微動だにしないのだ。

「(それだけ余裕ってことか…)」


悔しげに、織乃は強く奥歯を噛む。
同じように動こうとしない世宇子に思うところがあったのか、豪炎寺と染岡はいつにも増して険しい表情でゴールへと向かった。

「ドラゴン……ッ」
「トルネード!!」

放たれる2人の連携技、ドラゴントルネード。
向かってくるボールを一瞥したキーパーがニタリと口元を歪めたのに、彼らは気付いた。

「──は」

喉から乾いた息が漏れる。
ドラゴントルネード。いつにも増して気合いの込められたそのシュートの威力は、いつも以上のものだった。
世宇子キーパー・ポセイドンは、それをあっさりと──有り得ない程に軽々と、必殺技で受け止めてしまったのである。

ニタリと歪んだ口元は変わらず。彼はあろうことか、受け止めたボールを目の前に、豪炎寺に向かって軽く放った。
眉間に深い皺を刻み、ボールと自分を見比べる豪炎寺にポセイドンは挑発するような仕草をする。

「……ボールを渡したことが、失敗だと思い知らせてやる」

キッとゴールを見据えた鬼道が、指で輪を作った。その刹那、高く響き渡る指笛に織乃は唇を引き結ぶ。
鬼道と豪炎寺と一之瀬。雷門版の皇帝ペンギン2号だ。
だがそれも、ドラゴントルネードと同じく。容易くポセイドンの必殺技、ツナミウォールで防がれてしまう。

ならばこれならと繰り出されたザ・フェニックスも、やはり軽々と。最早その威力など全く関係ないように、ボールは彼の手の内に収まってしまった。
まるで、別次元の力でも働いているように。

「そんな……あんな、まるで歯が立たないなんて、そんなこと……!」

掠れた声で呟く夏未の傍ら、響木が汗をこめかみに浮かべる。

ピッチでの世宇子の猛攻は止まらない。
繰り出される相手側の必殺技に、雷門イレブンが1人ずつ散っていく。驚異的なシュートが、ゴールに突き刺さる。

そしてとうとう、勇気を振り絞り負傷した染岡と交代した目金までもが相手の凶刃に掛かり、雷門イレブンは1人欠いた10人で、試合をする状況に陥ってしまった。

フィールドに這い蹲る選手たちを見つめた織乃の顔が、少しずつ青白くなっていく。
これでは、散々危惧していた帝国戦と同じ状況ではないか──彼女は皮を突き破らん程に、唇を噛みしめた。

「(──落ち着け、落ち着け!! まだ終わってない。鬼道さんは言ってくれたんだ。私にも……!)」

自分にも、力はある。フラッシュバックする鬼道の言葉に、織乃は再三フィールドの選手を──世宇子の選手を、見つめる。

「(こっちのシュートはタイミングも威力は完璧、寧ろいつも以上──なのに、あっちはびくとも……)」

ふと、バインダーの上を絶えず走っていた彼女の手が止まった。

「春奈ちゃん──ちょっと、それ貸して」
「えっ? あ、はい!」

虚を突かれたように春奈は肩を揺らしたが、織乃の真剣な表情に、すぐさま頷いてビデオカメラを手渡す。
一度映像を保存し、少し場面を巻き戻しながら、織乃は脳内である人の言葉を思い出していた。

その間にも、ボールを喰らった円堂が、ぐしゃりとゴールの前で崩れ落ちる。
「円堂くん!!」悲鳴を上げる秋の声は、彼に届いたのだろうか。コロコロと転がるボールと、這い蹲る円堂とを見下ろしたアフロディが、静かに言った。

「まだ続けるかい? ──続けるに決まってるよね」

痛みに体を震わせながら、円堂は緩慢な動きで顔を上げる。
「では質問を変えよう」その視線の先で、アフロディは続けた。

「チームメイトが傷ついていく様子を、まだ見たいかい?」
「……ッ!!」

歯を食いしばった円堂が、利き手の拳を芝生に叩きつける。
手のひらの感覚は、ほとんど無くなってきている。視界に入るのは、辛そうにフィールドに倒れている仲間たちと、悠々と佇む世宇子の選手たち。

試合も、それまで絶対に勝つのだと意気込んでいた円堂の心も、今正に絶体絶命の瞬間を向かえていた。