Certain love story

「──あの!」

放課後の部活動中。
丁度、休憩時間に差し掛かったその時、背後から掛けられた声に織乃は振り返った。

「大和先輩」と、彼女の口から漏れる名前にサッカー部員たちの視線は自然とそちらに向く。
大和、と呼ばれた彼は少し表情を固くしながらも、顔を赤くして続けた。

「その……今、良いか?」
「あ、えっと……」

織乃の目が秋を捉える。
大丈夫、と言うように秋が頷いたのに返し、織乃は大和に向き直った。

「はい。大丈夫です」
「さ、さんきゅ……じゃあ、ちょっとこっちに」

大和は織乃を連れ立ち、校舎の方へ歩いていく。
その背中が見えなくなった途端、春奈を中心にして何人かが額を寄せ合った。

「誰、あれ?」
「大和進、野球部の3年生です」

くっと眼鏡を鼻の上に降ろした春奈が、分厚い手帳をペラペラと捲りマックスの言葉に答える。
視線は校舎に向かったり手帳に向かったりと忙しい。

「でも、野球部の先輩が御鏡先輩に何の用ッスかねぇ?」
「委員会のことじゃないか? 大和先輩、俺や御鏡と同じ保健委員だし」

そう一説を提示するのは風丸だ。
しかし、その隣で目金がこれ見よがしに溜め息を吐いてみせる。

「全く、無粋ですねぇ2人とも」
「は?」

眼鏡のブリッジを意味ありげに押し上げる彼に、意味が分からないと言った風な視線が集まった。
春奈が額に眼鏡を押し当て、声を落とす。

「気付きましたか、目金さん」
「そりゃあ、あんな露骨な態度じゃ誰だって気づくでしょう」

ま、例外はありますが──と目金はそこでちらりと円堂を見やった。
「ん? 何だ?」首を傾げる円堂に、夏未や秋が肩を落として溜息を吐く最中、春奈がぐっと拳を固める。

「愛の告白ですよ!!」

声高に、それこそグラウンド近くにいる生徒たち全員に聞こえてしまいそうな程大きな台詞に、そういうことに疎い何人かがえっ? と顔を赤くした。

「私の調べに寄りますとね! 織乃さん、割とモテる方なんですよ」

告白はあまりされてないみたいですが、と言いながら、春奈はバラバラと手帳を捲る。
ははぁ、と松野が腕を組みながら頷いた。

「成る程。目立つタイプじゃないけど、話してみると結構な良い子だからその内気になってきちゃって、だけど告白には至らない……って人が多いわけだ」
「まさしくそれです! さっすが松野先輩」

わかってらっしゃる、と春奈はギラギラと目を光らせる。視線の先は、2人の消えた校舎裏だ。
春奈は顔のにやけを隠すことなく、宣言する。

「のぞっ……見守りに行きましょう!!」
「今覗きにいこうって言い掛けなかった?」




ひょこり、と影から飛び出すいくつかの頭。

多感なお年頃と言うことと、マックスにそそのかされた1年生と染岡と半田と風丸。
何か参考になるかも、と内心ドキドキしている秋。
面白そうだから、と一之瀬と土門とマックス、春奈。
そして、「お兄ちゃんも!」と良い笑顔で、マントのフード部分を掴まれ半ば無理矢理連れてこられた鬼道、以上9名である。

部員の殆どが出歯亀に来ているという状況に、鬼道は溜息を吐きたくなった。

「……あ、いたいた」

小さく春奈が身を乗り出す。
視線の先、木陰になっている場所で、織乃と大和が向かい合っていた。

「──わかりました。じゃあ、白鳥先生にはそう伝えておきますね」
「おう。悪いな」

一同はそっと顔を見合わせる。
白鳥と言うのは学校の養護教諭の名前だ。やっぱり委員会の話なんじゃないか、と言う風丸に、春奈は顔をしかめた。

「そんなの、口実に決まってるじゃないですか! ほらほら、見て下さいよあの雰囲気!」

分かってないとでも言いたげな春奈から視線を戻せば、さわさわと風に揺れた木が、青葉を数枚落とした時だった。
大和は依然、彼女の前から動かない。その様子を不思議に思ったのだろう、織乃は首を傾げて切り出す。

「でも、そのくらいならあそこで言って貰っても良かったのに……先輩も、部活中なんでしょう?」
「あー……うん、そうなんだけどよ。その…あとひとつ、話があって」

「話?」織乃が聞き返すと同時に、ついつい物陰から身を乗り出すようにする春奈たち。

「俺、その……実は──」

覗かれていることも露知らず、彼が一番肝心な言葉を言おうとしたであろう、その瞬間。

春奈たちの横を、オレンジ色の閃光が駆け抜けた。

「ちょおっと待ったあああ!!」
「!?」

ビリビリとその場の空気を揺るがす勢いの大声が、大和の言葉をかき消す。
振り返った織乃は、驚いたように目を丸くした。
それは隠れているサッカー部も同じことで、突然現れた少年──陸上部のオレンジ色のユニフォームを着た彼の背中を見つめる。

「え、誰? あれ」
「……御鏡の弟だ」

一之瀬の言葉に答えたのは、呆れたような声色の鬼道。
「ああ、あのシスコンか」と土門が思い出したように呟けば、何故彼が突然やってきたのか理解できたような気がした。

何でここに、と驚く姉を庇うように割り込んだ大樹は、相手が3年生にも関わらず怯むことなく彼を睨みつけた。

「先輩。こんな人の少ないとこに姉ちゃん連れ込んで、何をどうするおつもりだったんですか!」
「な、何をって……!」

顔を赤くした大和がうろたえる。
織乃はというと、よく分からないがただならぬ気配に眉を顰めて、弟たちを止めるか止めまいか悩んでいた。
大和は威嚇するようにこちらを睨む大樹と、不安そうに(見える)こちらを窺う織乃を見比べ、腹を括ったのか表情を引き締める。

「──っ俺は、こいつに告白しようとしてたんだよ!!」
「へっ?」

ポカンとする織乃に、大和は肉刺で固くなった手を差し出して、半ば叫ぶように言った。

「好きだ、御鏡! 俺と付き合ってくれ!!」

木漏れ日の中、威嚇する1年生を挟み、ついでに出歯亀に覗かれながら。
男気溢れる告白ではあったが、ムードもへったくれもなかった。

織乃はというと、目を白黒させながら一瞬口ごもったあと、大樹を押しのける。

「あの……ごめんなさい」

お断りします──と、案外サッパリとした振り方に、サッカー部一同はあんぐりと口を開けた。
当事者たちの方では、大樹がざまぁみろと言った顔でがっくりとうなだれてしまった大和を見下ろしている。

「残念でしたね、先輩! 姉ちゃんはイタリアでしばらく口説かれまくってたから、そんなありきたりな告白じゃ」
「大樹」

途端、真顔になった織乃の二の腕が、大樹の首を固定した。
「おぐっ」とくぐもった呻き声を漏らす弟に構わず、彼女はそのままキュッ──と。

「(し……)」
「(締め落としたーーーー!!)」

サッカー部一同に、雷が落ちたような激震が走る。
物言わぬ躯と化した大樹を抱えた織乃は、そのまま「じゃ、失礼します」と呆然とする大和に一礼して踵を返し、そして。

「……何してるんですかみんな」
「あ……」

校舎の陰で、ポカンとしているサッカー部を発見し少し呆れた顔になった。




「御鏡先輩、締め技も出来たんですね……!」

教えてくれませんか、と目を輝かせる少林を「今度ね」といなしながら、織乃は溜息を吐く。

「何も覗きに来ることなかったんじゃないですか? 松野さんや春奈ちゃんはまだともかく……鬼道さんたちまで」

じっとりした目でそちらを見れば、返す言葉もない彼らはただひたすら縮こまるしかない。
気絶した大樹は既に彼を捜しに来た宮坂に引き渡してある。目を覚まして帰宅すれば、改めて姉のお咎めを食らうことだろう。

「でも、どうして断ったの?」

懲りずに松野が問えば、織乃は一瞬まばたきを繰り返した後、困ったように答える。

「委員会が同じとはいえ、先輩のこと詳しい訳じゃなかったし……。それに──」
「それに?」

首を傾げる秋に、織乃は変な話ではあるんですけど、と前置きして言った。

「何か、こう……この人は違う、って直感みたいなのがあって」

だから断りました、と締めくくって、照れくさそうに織乃は苦笑いする。
春奈はそれを見て、ニヤニヤと口元を綻ばせた。

「それってー、織乃さん気になってる人がいるってことなんじゃないですか!?」
「ええっ!? ち、違うよ!」

真っ赤になった織乃に、更に絡んでいく春奈。ああなったらしばらくはあのままだろう、と鬼道は2人を見てゆるく溜息を吐く。ついでに、妙に嫌な音を立てて脈打っていた心臓が大人しくなったのを、不思議に思いながら。
ふと、土門が助け舟をだすように「ところで」と割り込んでみせた。

「弟くん、織乃ちゃんがイタリアで口説かれまくってたって言ってたけど……あれホント?」
「え? ああ、違いますよ! あれは大樹が大袈裟に言ってただけです」

掌をひらひらさせて否定させた織乃は、あっけらかんと笑って言う。

「確かに事ある毎にお世辞を言ってくれる人はいましたけど、あっちではあれが挨拶みたいなものですからね」

それを、世間では口説かれてると言うのでは。
何人かの心の声が、綺麗にぴったり重なったのは言うまでもない。




──同時刻、イタリア某所にて。

「……ふぇっくしょ!」
「何だよマルコ、風邪か?」
「さぁー? ぐしっ」