Raid of threat

「な──何?」

突然外から聞こえて来た、地鳴りのような音。織乃は慌てて窓から半身を乗りだしそこから見える町並みを見渡すも、音源は窓と逆方向にあったのかそれを視認することは叶わない。

「──あら、あなた……」
「えっ?」

ふいに背後から聞こえた声に、織乃は慌てて振り返った。そこには、口元に皺の刻まれた看護婦がゆったりとした様子で佇んでいる。
「ああ、やっぱり」彼女はにこりと、母親を連想させるような微笑みを浮かべた。

「あなた、この前男の子と2人で、ここの子たちのお見舞いに来ていた子でしょう」
「あ……」

そう言えば見覚えがある、と織乃は彼女と視線を合わせた。
確か先日鬼道と病室を訪れた際、ナースステーションで対応してくれた看護婦だったはずだ。
そこで織乃はハッとする。さっきの音も気になるが、その前に。

「あの! さく、──この病室に入院していた2人はどこに?」
「ああ……それがね、つい何時間か前に退院したのよ」

えっ、とすっとんきょうな声が漏れる。看護婦はそのまま続けた。

「本当は3日後に退院の予定だったんだけどね。院長が急に予定が変わったからって……」
「あ、いえ……なら、良いんです」

織乃は安心したようにホッと息を吐き出す。先程は2人の不在にどうしようもなく不安になったが、退院したなら問題はない。
「そう言えば何だったのかしら、さっきの音?」首を傾げて独り言を漏らす彼女に織乃は会釈をして、2人のネームプレートが掛かったままの病室を慌ただしく後にした。

『──こちら中継です! えー……大変なことに、なっております……!』

受付前の待合室に差し掛かったところで、そこに置いてあるテレビからアナウンサーの切羽詰まったような声が聞こえて、織乃はそれを振り仰ぐ。
テレビ画面には、片耳を押さえマイクに叫ぶアナウンサーと、舞い上がる土埃が映っていた。

「──何これ」

そして、思わず呟く。
土埃が晴れた画面に映し出されたそれ。曇天の下に、無残な様子で積み上がる瓦礫の山と、誰かが啜り泣く声。
悲惨な光景を背景に、アナウンサーは続けた。

『えー、目撃者の話によりますと、今日午後2時頃、突然空から降ってきた黒い物が、次々と学校の校舎を破壊したとのこと』

幸い怪我人は今のところ出ていません──と彼が締めくくったところで、画面がキャスターのいるスタジオに切り替わる。
キャスターは手渡された紙面を、固い声で読み上げた。

『中継の途中ですが、新しい情報が入りました。新たに被害にあったのは、清川町の木戸川清修中学、稲妻町の雷門中学校とのこと──』

テレビを見た患者たちがざわつく中、目を見開いた織乃はここが病院だということも忘れて弾かれたように走り出す。
先ほど聞こえたあの地鳴りのような音。あれは、学校の校舎が破壊される音だったのだ。

学校には既に自分を除くサッカー部が戻っているはず。その上、多くの生徒たちの中には、弟が混じっている。

「(大樹、みんな……!!)」

バクバクと嫌な音を立てる心臓に歯噛みしながら、織乃は必死に走った。




出費に目を瞑り、タクシーを拾って30分は経っただろうか。
雷門中学校の前には警察官が配置され、野次馬をいなしている。織乃は数瞬迷った後それを素通りし、誰もいない裏門から中に飛び込んだ。

転校してきてからまだ一度も使っていないプール。体育館裏のスラム。教室のある校舎。どれもこれも、無残に破壊されている。
グラウンドに辿り着いた織乃は、肩で息をしながら辺りを見渡した。

「──姉ちゃん?」
「……! 大樹!!」

振り返った織乃は、足がもつれそうになりながらこちらにやってきた大樹に駆け寄る。
大樹の学ランは土埃で汚れているものの、足取りはしっかりしていた。

「大樹……! 大丈夫なの? どこも怪我してない!?」
「うん、平気。俺も他の生徒も、大きい怪我した人はいないって」

弟の答えに、織乃は肩の力を抜いて頷いた。
崩れ落ちそうな体を大樹に支えられながら、織乃は頭を振ってしゃんと姿勢を正す。

「それで……これ、何なの? 一体何があったの?」

問えば大樹は複雑な顔をして、崩れた校舎を見やった。

「それが、俺もよく分かんなくて……ただ休み時間に、壁から大砲みたいなのが飛び込んできて」

気付いたら教師の引率のもと外へ連れ出され、校舎はこの有様になっていたと彼は言う。
織乃は眉間に皺を寄せて、校舎を見つめた。

「織乃ちゃん……」

ふいに、掠れた声が自分の名前を呼ぶ。振り返った織乃は、ギョッと目を見開いた。
雷門OBのユニフォームを着た用務員の古株が、ボロボロの体を引きずるようにしてこちらへやってきたのだ。

「古株さん……! どうしたんですか、その怪我!」

まさか校舎の崩壊に巻き込まれたのでは、と顔を青くする織乃に古株は首を振る。

「詳しい話は後だ、サッカー部から……響木さんたちから、伝言を預かってる」
「響木監督から?」

伝言を預かっているということは、サッカー部は学校に着いた後、またどこかへ行ったということだろうか。その場に座り込んだ古株は続ける。

「隣町に、傘美野っていう中学校がある……みんな、そこで奴らと戦っているはずだ……」
「奴ら?」

そこまで言って古株は、体力が尽きたのか気を失ってしまった。
正体の分からない敵と戦うなど、そんな映画やマンガじゃあるまいし──そんな考えが頭を過ぎったが、しかしこんな状況で、あんな怪我をした彼が冗談を言うはずもない。
織乃は表情を引き締め、意識のない古株を大樹に預けてすっくと立ち上がった。

「私、行ってくる」
「ええ!?」

大樹は織乃のそれとよく似た、驚いた顔をする。
そのまま踵を返そうとする姉の袖を慌てて掴み、そこに引き留めた。

「危ないって、姉ちゃん!」
「危なくたって行かなくちゃ。だって私、雷門イレブンのマネージャーなんだから」

選手を助けるのが自分の役目で、唯一自分に出来ること。
織乃の目は揺らがない。一度こうなると梃子でも動かないという事を知っている大樹は、そっと袖を離した。

じっとこちらを見る弟の頭を頭にポンと手を置いて、織乃はにっこりと笑う。

「大丈夫。ちゃんと帰ってくるから、洗濯物の取り込みと晩御飯の準備、代わりにお願いね!」

そう言って、織乃は勢いよく駆け出した。
「こんな時まで家のことかよ……」小さく呟いた大樹は苦笑して、遠ざかる姉の背中を見送る。

どこか遠くの空で、雷の音が聞こえたようだった。




閑散とした道を走っている途中、ポケットに入れていた携帯が震えた。
ディスプレイに映った名前をを確認するや否や、織乃はそれを耳に押しつける。

「──カズくん?」
『あ、織乃!』

電話越しの相手は一之瀬だ。くぐもってはいるが、遠くに土門の声も聞こえる。
織乃は走りながら眉根を顰めた。
自分を除く部員たちは、響木が知り合いに頼んで持ってきてもらった雷門私有の小型バスに乗り込んだものと思っていたのだが。

「カズくんと土門さん、みんなとは別行動だったの?」
『うん、織乃が行った後、木戸川の友達から連絡が入ったからそっちに行ったんだ。──それより、織乃。今どこにいる?』

一之瀬の声は少し焦りが混じっている。織乃は息が乱れないよう走るペースを調整しながら、言った。

「傘美野っていう学校に向かってるところ──みんながそこで戦ってるって言伝を貰ったの。でも、何と戦ってるかは……」
『その件は、俺も知ってる』

一之瀬の声が深刻さを帯びる。
信じられないかもしれないけど、と前置きして、彼は続けた。

『宇宙人なんだよ、織乃』
「……え?」

呆けた声を漏らし、織乃は思わず立ち止まる。彼は今、何と言ったか。

「う、宇宙人って……映画とかに出てくる? 侵略者みたいな?」
『そう。俺も正直信じられないけど……事実、木戸川は奴らにやられたらしい』

そう言えばあのニュースでは、雷門のことと同時に木戸川のことも言っていた。
彼らの学校も破壊されてしまったのだ。その、宇宙人とやらに。

『西垣が……友達が言うには、奴らは黒いサッカーボールを持ってて、勝負に負けると学校を破壊するんだって』
「じゃあ戦いって──サッカーの試合ってこと!?」

織乃は止まった足をまた動かしながら目を剥く。
古株は確か、雷門OBのユニフォームを着ていた。雷門イレブンがゼウススタジアムで戦っている間に宇宙人が襲来し、代わりに戦ったOBが負け、その代償に校舎が破壊されてしまったという事だろうか。
あまりの展開にキャパシティがオーバーしてしまいそうになった織乃は、こめかみを拳で押さえた。

『俺と土門も今そっちに向かってはいるけど、多分間に合わない……! 織乃、気をつけて。秋とみんなを頼むよ!』
「……うん。分かった!」

携帯を閉じてポケットに押し込んだ織乃は、ぶるぶると頭を振る。
この展開についていけないのは自分だけじゃない。今はとにかく、現状を受け入れるべきだ。

「っホントに、何でこんなことになるかなぁ……!!」

苦し紛れの毒突きは、突如耳に届いたあの地響きの音に掻き消された。
「うわっ!!」大きく地面が揺れ、足が絡まる。そのまま道に転がった織乃は、擦れて血が滲んだ膝を抑えた。

「今の、まさか……!」

痛む足を叱咤して、起き上がって走り出す。音源は近い。空に上っていく土煙が視認できる。
まさか、という最悪な予感は、見事的中した。

「──そんな」

「みんな!!」小さく呟いた後に、叫ぶ。グラウンドには、ピクとも動かずそこに倒れる雷門イレブンの姿があったのだ。

「っ織乃ちゃん……!」
「御鏡」

秋が織乃に駆けより、響木が眉を下げる。
織乃は彼に居直り、口を噤んでうなだれた。

「すいません、響木監督……!」

間に合わなかった、と織乃は眉間に深い皺を刻み、片手で顔を押さえる。

「いや──何にせよ、奴らに勝つことは不可能だった。それより、選手だ。救急車を呼んでくれ」

響木が振り返った先には、目を赤くした傘美野の生徒。彼は涙を拭い大きく頷くと、踵を返して走っていった。

「とにかく、まずは応急処置しておかないと……!」
「うん!」

秋や春奈、夏未は頷き、救急箱が置いてあるだろうキャラバンに駆けていく。
織乃はバラバラになった傘美野の校舎から無理矢理視線を外して、一番距離の近いゴールへ向かった。

「円堂さん、円堂さん……!」

肩を軽く叩いてみたが、地面に伏せった円堂は微動だにしない。完全に気を失っているようだった。

「……う、ぐっ……」

ふと、後ろから小さくうめく声が聞こえる。
振り返ると、ゴールネットを支えに風丸が体を起こそうとしていた。

「風丸さん無理に起きないで!」
「ああ……みんなを、先に……」

体を支えると、風丸もまたぐったりとしてしまう。
風丸をゆっくりとそこに横たわらせ、織乃は奥歯を強く噛みしめた。

「──御鏡……」

絞り出したような声が、名前を呼ぶ。ハッとそちらを見ると、敵陣内に倒れていた豪炎寺や鬼道が、頭を抑えながら起きあがるところだった。

「鬼道さん、豪炎寺さん…!」

駆け寄って、織乃は鬼道の青い背中を支える。
大きく息を吐き出し、豪炎寺がゆっくりとフィールドを見つめた。

「──ダメだった」

ぽつりと、彼の薄い唇から言葉が漏れる。
視線の先には、横倒しになった得点板があった。得点は20対0。
雷門イレブンは負けてしまったのだ。ほんの数時間前の世宇子を打ち破った時の、あの素晴らしい高揚感が冷めぬ内に。

生ぬるい風が髪を揺らす。
遠くから聞こえてくる救急車のサイレンが、やけに耳障りだった。