Start of fight
「2時間後、ここに集合してくれ。準備はしっかりとしてくるように」
親御さんの説得が出来なければ、その時は仕方がない──そう理事長が言ったのは、既に1時間前のこと。
御鏡家リビングにて。普段なら団欒の場となっているその一室は、重苦しい空気で溢れていた。
それもこれも、子供たちの安否を案じ有給を取った御鏡父が原因である。
「…………ダメ」
「どうしても?」
「どうしても!」食い下がる織乃に、父は渋い表情で唇を引き結んだ。
エイリア学園を倒すためキャラバンに同行したいという娘の願いを、父はどうしても聞き入れない。
しかしそれも当たり前だ。彼も今朝から何度もエイリア学園が校舎を破壊し尽くしたニュースを観ている。そんな輩に娘が立ち向かうなど、元々過保護である彼が認めるはずがない。
「大体、マネージャーは他に3人もいるんだろう? だったら1人くらい居なくても……」
「それでも、私にしか出来ないことだってあるの、お父さん」
しかし、何度言われてもどれほど時間が経とうとも、依然として織乃は引かなかった。
リビングの隅では、既に彼女に説き伏せられた弟3人が、姉と父の様子を見守っている。
「そ、それに織乃は可愛いんだから、もし奴らに見初められてあまつさえ攫われでもしたら……っ!!」
「その理由が一番納得いかないんだってば! そんな馬鹿なことあるわけないでしょ!!」
バンと机を叩き鳴らした織乃は、肩を怒らせたまま父を見つめた。
「お父さん、お願い」ゆっくりと息を落ち着かせ、織乃はもう一度口を開く。
「わがままだってことも、危ないってことも分かってる。だけど私は、みんなを助けたい。力を貸してあげたいの」
お願い、と再度言われ、父の視線は居心地悪そうに右往左往した。
お姉ちゃん、と良樹と和樹が呟いたのを聞いた大樹が、無言でその頭を雑に撫でつける。
「──っいいや! やっぱりダメ……」
「往生際が悪いにも程があるわよ、パパ?」
ゴスン、と重たい音が響いた。
「お母さん、流石に縦は……」木製の盆を縦向きに頭に叩きつけられた父と、それを悠々とした表情でやってのけた母を見比べ、織乃は冷や汗を垂らす。
彼女は痛みに揉んどり打つ夫を尻目に盆を小脇に抱えると、娘を見つめゆっくりと微笑んだ。
「──良いわよ。行ってらっしゃい、織乃ちゃん」
「……良いの?」
「ちょっ」何かを言い掛けた父を再び盆(縦)が襲う。
テーブルに沈んだ父に目頭を押さえる大樹と、合掌する双子。その状況を作り上げた母は織乃の傍らに歩み寄り、その肩に手を置く。
「織乃ちゃんがわがまま言うなんて、めったにないもの。それに、地球を救うためなんでしょ?」
「娘がヒーローになるなんて、誇らしいわ」にっこりと笑みを浮かべる母を、織乃は見つめた。
「みんなを助けてあげたいんでしょう? それなら、気が変わらない内に出発しなさい。パパの説得は任せて」
「──お母さん」
ありがとう、と唇を動かした娘に母は力強く頷いて、その小さな背中を押し出す。
理事長たちから緊急収集の連絡が入ったのは、織乃が準備を終えたすぐ後のことだった。
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「東京の次は、奈良か……!」
織乃の傍らで、顔をしかめた鬼道が呟く。
緊急収集の理由は、エイリア学園が奈良に現れたというニュースが原因だった。修練場の地下基地に集合しているのは、マネージャー含む13人。病院に行ったらしい豪炎寺の姿はまだ見えない。
部屋の大部分を占めるモニターには、襲撃された奈良鹿公園と、首の折られた巨鹿像、そして襲撃に使われたという黒と紫のサッカーボールが映し出されていた。
「黒いサッカーボール……」
淡々と流れ続けるニュースを見つめ、円堂が呟く。
「更に最新情報だ」それに次ぎ、理事長が硬い表情で口を開いた。
「エイリア学園は、財前総理を連れ去っている」
その言葉に、一同はざわめく。
財前宗助。国民からの人望も厚く、国をまとめる若き総理大臣である。
「──あっ、豪炎寺!」
ふいに、背後で聞こえたエレベーターの開閉音に円堂が振り返った。現れた豪炎寺は、どこかぎこちなく口角を上げた。
「ああ……遅れてすまない」
そう返した豪炎寺は円堂の隣に並び、理事長に小さく会釈をする。
「……揃ったな、諸君」咳払いをした理事長は、改めて口を開いた。
「情報によれば、総理は謎の集団に連れ去られたという。この謎の集団は、エイリア学園と関係があるようだ」
「協力者……ってことですか?」
「我々はそう睨んでいる」織乃の控えめな声色の質問に、理事長は頷く。
瞳子が髪を掻き上げて、一歩前へ出た。
「出発よ! エイリア学園と、すぐに戦うことになるかもしれないわ」
「瞳子くん、円堂くんたちを頼む。情報は随時、イナズマキャラバンに転送する」
「イナズマキャラバン?」お願いします、と頷く瞳子と理事長を見比べて、円堂が首を傾げる。
理事長は再度頷き、一同を別室に誘った。
連れてこられたのは、モニタールームのすぐ隣にある部屋。
しかし照明の電源が入っていないのか、何があるのか視認することが出来ない。
「うわ、暗いなぁ……」
「何も見えないでヤンス」
すると、誰かの声をスイッチにしたかのように、どこかでガコン、と音がした。
突然、眩しい光に照らされる部屋。円堂が真っ先にハッと目を見開く。
「──あれが、イナズマキャラバンだ」
理事長がやや、誇らしげな様子でそれを手で指した。
塗装はチームのユニフォームと同じ水色と黄色。同じカラーリングの私有バスよりも、一回りは大きい車体。
天井部分には小さいながらも座れるスペースが設けられ、見た目はキャンピングカーによく似ている。
「エイリア学園と戦う為の、前線基地になるものだ」
「基地かぁ……! ──あっ」
目を輝かせていた円堂がふいに声を上げて、イナズマキャラバンに駆け寄った。
キャラバンのステップには、あの時夏未の拾い上げたサッカー部の看板が立て掛けてある。
「どうして……」
「ここは言ってみれば、新しい部室。だったらコイツは必要だろうが」
歩み寄った響木が、ニッと歯を見せて笑い親指を立てて見せた。
「っはい!」パッと表情を輝かせた円堂が、大きく頷く。
「運転手は、古株さんに任せた」
理事長が軽く説明をする中、1年生2人が忙しない足取りでキャラバンの中へ駆けていく。
サッカー部の看板を窓際に立てかけた古株と、それを外から見守る響木が頷き合った。
「──ちょっと、良いかしら」
選手たちが続々とキャラバンに乗り込むのに着いていこうとしたマネージャーたちを、ふいに瞳子が呼び止める。
「何でしょう?」夏未を筆頭にその場に居直れば、瞳子は小さく頷いて見せた。
「私、彼らのことは前もってデータを見せてもらっているから分かるんだけど──あなたたちのことは、まだ知らないの」
「ああ……はい」
「ご存じとは思いますが」前置きした夏未が、瞳子を見上げる。
「私は、理事長の娘の雷門夏未です」
「私は木野です。木野秋」
「鬼道有人の妹の、音無春奈と言います!」
「えっと、御鏡織乃です」
「──分かったわ」4人の名字を反復して、瞳子はもう一つ頷いた。
しかし、数回まばたきをして何か考え込む様子を見せたかと思うと、少しだけ探るような目付きで織乃へ視線を向ける。
「──御鏡さん、よね。あなた……どこかで会ったことがないかしら?」
「え?」
目をしばたいた織乃に、他の3人の視線が彼女に集まる。
思い出せる限りの記憶の糸を手繰った織乃は、しばらくして申し訳なさそうに首を傾げて見せた。
「いえ……ない、と思います」
「そう──なら、私の気のせいね」
瞳子は一瞬煮え切らないような表情をしたが、考えることをやめにしたのか軽く頭を振る。
やがてマネージャー4人もキャラバンに乗り込み、後部座席に揃いの鞄が並んだ。
「3人掛けが限界だし、私、補助席行きますか?」
「そう? 分かったわ」
前から向かって左の席に秋たち3人が腰掛け、そこの補助席を降ろした織乃がそこに座る。
窓から響木がキャラバンに一歩近付くのが見えた。
「しっかりな、みんな!」
「はい、監督!」
窓から顔を出した円堂が、大きく頷く。すると響木は、思い出したように窓の奧を覗き込んだ。
「ああそうだ、御鏡」
「はい?」
名指しされた織乃は首を傾げながら席を立ち、窓から顔を出す。
「これを持ってけ」すると、響木は彼女にクリアブルーの少し大きな電子辞書のようなものを差し出した。
「何ですか?これ……」
「超小型パソコンだ」織乃の問いに答えたのは、響木ではなく彼の隣にやってきた理事長である。
「君が今まで纏めた試合と技のデータを、全て復元して入れてある。君なら役立てられるだろう」
理事長の眼鏡が、照明の光に反射した。織乃は口を開けて一拍した後、小さく頷く。
「──分かりました。使わせていただきます」
織乃の頭が窓から引っ込むのを見守った響木は、やがて髭を震わせながら笑った。
「お前たちはエイリア学園に勝てる。俺はそう信じているからな」
「はい! ──行くぞ、みんな!!」
おーっ!と力強いかけ声がキャラバンに溢れかえる。
響木に大きく一礼した瞳子が、キャラバンに飛び込んだ。
「イナズマキャラバン、発進スタンバイ!」
その声を合図に、ガコンとギアの回る音がする。
遠ざかっていく床と響木たち。キャラバンの乗った床が、せり上がっているのだ。
大きな音が響き、光が射す。ひょいと後ろを振り向き頷いて見せた古株に、円堂は大きく息を吸い込んで拳を突き上げた。
「イナズマキャラバン、発進!」
タイヤが床を擦り、外へと飛び出すイナズマキャラバン。それぞれの想いと闘志を乗せたキャラバンは、奈良を目指し走っていく。
理事長たちから授けられたモバイルを胸に抱いて、織乃はゆっくりと深呼吸をした。
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