Revealing the trick

パチン、とキーをクリックする音に、春奈が振り向いた。

「あ! 早速それの出番ですね!」
「うん、今の内に使い慣れておこうと思って」

小首を傾げる織乃の手元には、あのモバイルがある。
せっかく理事長たちがわざわざ持たせてくれたのだ。使わない方が損と言うものだろう。

「1人足りない状況で試合をするっていうケースは、あんまりないし……」

この先の戦いに何か役立つものが得られればいいのだが。呟いた織乃は、真剣な眼差しでピッチを見つめた。
──その時である。

「とりゃあーーーーっ!」

バサバサバサッと背後の茂みから飛び出した自転車。悲鳴を上げかけながらそこから飛び退くと、自転車はキッと急ブレーキを掛けて止まった。
「間に合いましたね!」サドルに跨る見知った人物に、秋が目を丸くする。

「角馬くん! 何でここに!?」
「ふふ……! 雷門イレブンあるところ、常に角馬の実況ありです!」

意味ありげに笑った角馬は自転車の後ろに乗せてあった箱──簡易実況席を構えると、眼鏡を光らせた。
「……彼は何?」一応と言った様子で尋ねた瞳子に、傍らの夏未がこめかみに指を当てながら気にしないでください、と答える。

微妙な空気が漂うフィールド脇のことなどお構いなしに、ピッチにホイッスルが鳴り響いた。

キックオフは雷門から。
真っ先に敵陣深く潜入した染岡から、豪炎寺、一之瀬へとボールが回されていく。
しかし、再びボールを持った染岡はDFをかいくぐりゴールへと向かうも、角巣によるボディシールドに弾かれてしまった。ああ、とベンチ側のマネージャーたちの口から声が漏れる。

「惜しい!」
「身を挺して守る……まさにSPだわ」

「スゴいディフェンスです!」興奮したようにビデオカメラを回す春奈の隣で、夏未が呟く。
フィールドでは、桜のプロファイルゾーンに豪炎寺が弾かれ、零れたボールを3度染岡がドリブルしていた。

「行け! 染岡ぁ!!」

ゴールの円堂が、両手をメガホン代わりに叫ぶ。
だが、染岡のドラゴントルネードと相手キーパーのセーフティプロテクトが発動するのはほぼ同時だった。

「──簡単にはあの守備、崩せないわね」

跳ね返ったボールと、相手ゴールを見比べた瞳子がやや険しい表情で呟く。
「……?」その一方で、ピッチを見つめる織乃のモバイルのキーボードを叩く指が、躊躇うように止まった。

「風丸! チェック!!」

雷門陣営に切り込んできたSPフィクサーズに、鬼道の指示が飛んだ。風丸に行く手を阻まれた塔子は、にっと口角を上げて爪先に力を込める。
そのまま、跳躍。
宙返りの体で風丸の頭上を飛び越えた塔子は難なく着地すると、そのままゴールへと突っ走って行った。

「く……やられた! 壁山!!」

マントを大きく翻した鬼道が、DFを振り返る。
一瞬肩を揺らしたもののすぐに行動に移ろうとした壁山だったのだが、2人がかりのドリブル技・合気道にひっくり返されてしまった。
地面に突っ伏した壁山の横を、相手FWがすり抜けていく。

「円堂くん!」

反射的に秋が叫ぶ。
その次の瞬間、円堂は相手のシュート──トカチェフボンバーを、爆裂パンチで止めて見せた。

「はぁ……流石円堂くん!」
「大人に負けていませんよ!」

はしゃいだように、春奈が秋の言葉に大きく頷く。
「へぇ……魅せてくれるじゃない」少し感心した風に雷門イレブンのプレーを観察する瞳子の背中に、織乃がそっと声を掛けた。

「監督──ちょっと」
「? 何かしら、御鏡さん」

織乃はちらりとこちらの様子に気付かない秋たちを見やると、彼女に耳打ちする。
織乃の言葉が終わった途端、瞳子は訝しげに眉根を寄せてみせた。

「──それは、確かなの?」
「十中八九は……」

どうしましょう、とばかりに不安げな表情になった織乃を見やった瞳子は、フィールドに視線を移す。
フィールドでは、塔子のザ・タワーに阻止された染岡の2度目のドラゴントルネードが、大きく跳ね返っていた。

目を細めた瞳子は思考を一瞬巡らせると、改めて織乃に向き直る。

「……御鏡さん、1つ頼まれて」
「はい?」




「みんな、大人と互角に戦ってるじゃない! その調子よ!」
「1人少ないなんて思えないです!」
「そうよ、みんななら勝てるわ!」

「分かってるって」にこやかにそう激励を向ける秋たちからドリンクとタオルを貰いながら、円堂が大きく頷く。
前半が終了し、フィールド脇に揃ったイレブンたちは、各々それに返した。

「まだスコアレスのままだけど……ここまま行けば、点を取れるはずだ! なっ、鬼道」
「ああ……」

何か考え込むような素振りを見せていた鬼道は、円堂の言葉にやや曖昧に頷く。
「そう言えば御鏡はどうした」続いた言葉に、春奈が周りを見渡しながら答えた。

「織乃さんなら、さっき瞳子監督と何か話してから、どこかに行っちゃったきりだよ」

どこに行ったんだろう、と独り言ちても返事は返ってこない。
その代わりに聞こえてきたのは、瞳子が手を打ち鳴らす音だった。

「みんな、聞いて!」

「後半の作戦を伝えるわ」彼らの力量を計りきったのか、瞳子は毅然とした眼差しで一同を見渡す。
そして、次にその口から飛び出た指示に唖然とした。

「──染岡くん、風丸くん、壁山くん。あなたたちはベンチに下がって」
「ええっ!?」

「空いたスペースは、残りのメンバーでカバーして」止めと言わんばかりの最後の一言に、期待の眼差しが一気に呆然としたものに変わる。
我に返った染岡たちの抗議に瞳子は、これは勝つための作戦なのだと言ったきり、それに聞かぬ存ぜぬを決め込んだように頭を振る。

「待ってください、これでは戦えません」
「いいえ。これで戦うのよ」

「後半。始まるわよ」しかし、と食い下がる鬼道に瞳子はそれだけ言うと、ツンとそっぽを向いて1人イレブンたちから離れて行った。

「ったく……! 何を考えているんだ」
「あの人、本当にサッカーを知ってるのか?」

瞳子が十分離れたところで、半ば呆れたような声が漏れ始める。基本的に温厚な土門でさえ、彼女の指揮に不満を隠さない。
漂い始めた少し嫌な雰囲気を払拭するように、円堂が肩を竦めて言った。

「とにかく! 今はこの試合に全力でぶつかるんだ!」

全力で頑張れば、1人の力を2人分にも3人分にも出来るはずだ──と、いつもなら力強い円堂の言葉にも、今回限りは完全に乗ることは出来ない。

そしてそのまま、雷門イレブンはベンチに3人──10人で後半戦に臨む。相手側もこれは想定外だったのか、塔子が鬼道に突っかかっていた。
始まった試合を悔しげに眺めながら、染岡が空を振り仰ぐ。

「くそっ、これで勝てたらマンガだぜ!」

途中、瞳子に非難めいた視線を投げることも忘れない。しかしそんな彼を、更に非難めいた目で見る者が1人。

「文句を言うよりも、自分を労る方が先決です!」

──織乃だ。非難と言うよりも、声には呆れや怒りが混じり、その手にはスーパーの物と思われる膨らんだビニール袋がぶら下がっていた。
それを一瞥した瞳子が、他3人のマネージャーを振り返る。

「あなたたち!」
「は、はい」

夏未が声を返し、秋と春奈も瞳子に目を向けると、彼女は少し後ろに袋から取り出した大きなビニールシートを広げる織乃の方を指さし、言った。

「彼らにアイシングを!」
「はい?」




「織乃さん、これを買いに行ってたんですね」
「そう。染岡さんたちの様子がおかしいって監督に伝えたら、頼まれたの」

織乃の膝元にあるのは、キャラバンから持ってきたアイシングの道具と、近場の大型スーパーで買ってきた足りない分だ。
「お前のせいだったのかよ……」少しやけになりながら染岡が呟けば、織乃は少し苦笑する。
壁山の治療に当たっていた秋が、憤ったように声を上げた。

「もー、怪我してたならどうして言ってくれないのよ!」
「だって、報告するほどじゃなかったし……」

1人でも多くの力が必要だと思ったのだと述べるのは風丸だ。アイシングを受けながら、染岡がそれに続ける。

「動けないみんなの分まで、俺たちが頑張らなきゃいけないのに……!」
「だからこそですよ」

湿布を貼るついでに、織乃の平手がやや強めに染岡の背中を叩く。
予想外の痛みに涙目になりながら振り返れば、織乃は珍しく目を吊り上げていた。

「私たちの本分は、エイリア学園を倒すことです。こんなところで怪我を悪化させてたら、戦うことも出来ないでしょう」
「うぐっ……」

静かに怒る様子を見せる織乃に、染岡たちが僅かにたじろぐ。

「まぁ、流石にあんな作戦を立てるとは思いませんでしたけど──」

言い掛けたところで、織乃は目を細めて小首を傾げた。
フィールド上の選手の動きが、先程と比べ良くなっているように見える。走りながらも指示を出しているのは鬼道だ。

「……鬼道くん、理解したようね」

え? と夏未が瞳子を見上げる。
彼女はフィールドを見つめたまま、更に続けた。

「選手は不調であればあるほど、プレーの妨げになる」
「──染岡さんたちが抜けたことで、選手が動かし易い状況に?」

ハッとした織乃が呟けば、瞳子は小さく頷く。
3人をベンチに下げたのは、織乃の言ったことも含め、警戒、もしくは油断した相手を前に誘い出し、裏を突く攻撃をするためだったのだ。

「だから、7人で戦う作戦を?」
「……鬼道有人。彼なら、人数的な不利を有利に変えられると思っていたわ」

夏未の言葉に、瞳子はここで薄く笑った。ビニールシートに座り込んだ春奈が、関心したように溜め息を吐く。

「すごい……感覚で指示をするってやつですね!」

春奈の賞賛に、染岡がつまらなさそうに舌打ちした。
フィールドでは、ボールを持った塔子に土門と目金がマークに掛かっている。

「掛かったね!」

塔子がにっと笑ってパスを出した。放たれたセキュリティショットを、マジン・ザ・ハンドで止めた円堂に、瞳子が一瞬目を見開く。

「円堂くん、もう時間がないわ!!」

時計を見て叫んだ秋に答えるように、円堂はボールを大きく振りかぶった。
「鬼道! ラストチャンスだ!」円堂はボールを自分の足下近くへ投げると、ゴールから離れ相手陣内へ駆け上がっていく。
ザ・フェニックスか、イナズマブレイクか──どちらにせよ賭だ。自ずと息が詰まる。

円堂からパスを受けた鬼道はちらりと豪炎寺に目配せすると、一之瀬にパスを出した。
フィールドの左右からは、円堂と土門が敵陣内を駆け上がっている。

「やらせないよ!」今までとはどこか違う雰囲気に感づいた塔子が、両手を地面に向けて高い塔を召還する。ザ・タワーだ。
しかし──一之瀬は余裕の笑みを見せる。

「掛かったな!」
「!!」

フェイクだ、と気付いたときにはもう遅い。一之瀬の素早いパスを受け取った鬼道が、塔子の隣をすり抜けて行く。

「いっ、行けぇ鬼道さん!」

興奮に頬を上気させた織乃が思わず、声を上げた。
ダンとフィールドに跳ね返ったボールの姿が、何重にもぶれる。イリュージョンボールで角巣のチェックをかわして見せた鬼道が豪炎寺にボールを渡すと、次の瞬間ファイアトルネードが相手ゴールを抉った。

そして響き渡る、試合終了のホイッスル。「やったぜ!」と円堂が拳を握りしめた。

「何とか勝ったわね……!」

ほっとしたように呟く夏未が呟く後ろで、秋と春奈が手を取り合って喜び合う。その一方で、今の試合を記録する織乃の指は忙しなくキーボードの上を走っていた。




「──負けたよ」

悔しさを見せる素振りもなく、いっそ清々しい表情でそう円堂に告げるのは塔子である。SPのメンバーも納得したのか、試合前までの剣呑な目はしていない。
塔子は嬉しそうに続けた。

「流石は、日本一の雷門イレブンだ!」
「いやー! それほどでも…………え?」

一瞬、照れ笑いした円堂の動きが止まる。それは後ろに控えていたメンバーも同じことで、目を白黒させながら塔子を見つめた。

「今、何て言った……?」

やや顔を引きつらせる円堂に、塔子は鼻の頭に掻いた汗を拭いながら小首を傾げる。

「あたし、知ってたんだ。あんたたちが、FFで優勝したチームだって」

奈良鹿公園に、驚愕に満ちた円堂の叫び声が響く。
その反応に笑った塔子の顔は、まるで悪戯の成功した小さな子供のようだった。