Hidden real intention
奈良鹿テレビ局の屋上には、肌に纏わりつくような生温い風が漂っている。
マネージャーたちが着々とサポートの準備を進める中、それに混じる織乃はちらりと少し離れた場所でこちらを静観するジェミニストームに視線を走らせた。
「(気のせいだ、きっと)」
脳内を過ぎる考えに短く頭を振り、救急箱の蓋を閉める。パチンと金具のぶつかる音が、やけに大きく聞こえた気がした。
「前回は、あいつらのスピードに面食らって何もできなかったが! 今日は2回目だ!」
今度こそ俺たちのサッカーを見せてやろう、と表情を引き締めた円堂に、仲間たちは頷く。
立てた作戦を円堂に提案した後で、ふいに鬼道が織乃を振り返った。
「御鏡。お前はあいつらのサッカーをまだ見たことはないな?」
「あ……はい」
雷門イレブンがジェミニストームに破れたあの日、織乃は別件で仲間たちと離れて行動を取っていたため、彼らがどんなプレーをするか肉眼で見たことはない。
鬼道はやや顔をしかめながら、それでも毅然とした声色で続けた。
「昔の帝国や世宇子の比じゃない──奴らのサッカーは惨い。……だが、データが必要なのは確かだ」
「……大丈夫。分かってます」
そう答えた織乃は、小脇に抱えたモバイルの蓋のある1カ所に軽く爪を掛ける。
カシャン、とスライドして出てきたのは、直径1センチにも満たない小さなカメラのレンズだ。
東京から奈良へ移動する際、手持ち無沙汰でモバイルをいじっていたときに見つけた録画機能である。
少し驚いた風に眉を上げる鬼道に対し、織乃は僅かに口角を上げた。
「最後まで、見届けます。鬼道さんたちの力になれるように」
「──頼んだ」
どんなに凄惨な試合になろうが、目を瞑っていてはどうにもならないことは嫌と言うほど学習した。
最後まで見届けて、次へ繋げる糸を手繰り寄せる。それが彼女の1番の仕事だ。
やがて小さく頷いた彼は、好戦的な笑みを湛える。
そのまま踵を返した鬼道は、マントを翻し自分のポジションへ駈けていった。
「頑張って、みんな……」
ぎゅっと手を握りしめた秋が、不安の滲む声で呟く。
審判を買って出た角巣が、ホイッスルを吹き鳴らした。キックオフは豪炎寺からだ。
「は、始まりましたよ!」
「今回はどんな結果になるのか……御鏡さん、そのカメラ、気取られないよう気をつけて」
夏未の言葉に頷き、織乃はモバイルを相手から死角になる位置にそっと移動する。
視線を戻すと、フィールドでは、着々とパスされていたボールが奪われた時だった。
早い、と織乃は心の中で独り言ちる。世宇子とはまた違った、異様な強さだ。放たれたシュートが、抉るように円堂に直撃する。
「円堂くん!」ゴールネットに叩きつけられた円堂に秋が叫んだ。円堂は自分の手のひらとボールを見つめ、ぐっと唇を結ぶ。
「っまだまだ1点! 勝負はこれからだ!」
「──うん!まだまだ!!」
風丸の言葉に大きく頷き、再びゴールの前に立ちふさがった円堂は、豪炎寺が1人どこか一点を見つめていたことには気がつかなかった。
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それから更に時計の針は進み、前半終了間近まで迫った頃。
得点板の数字は、既に10対0を示している。
ボールは取られっぱなし、点は入れられっぱなし。文字通り手も足も出ない状況に、夏未が悔しげに歯噛みした。
「これじゃ、前回と同じじゃない」
「監督……」
消え入りそうな声色で、秋がベンチに視線をやる。しかし瞳子はじっとそこに座っているだけで、ただフィールドを見つめるばかりだ。
「っ織乃さん!」春奈が切羽詰まった表情で、織乃を見やる。
「織乃さんは思いつきませんか!? 何か打開策を……!」
「……ごめん」
ぽつりと零れたのは、紛う事なき否定の言葉。春奈はぐっと押し黙った。織乃は一人、思案に耽る。
「(ジェミニストームのプレーに、規則性があるのは分かる。監督も──鬼道さんも、気付いてる)」
冷静なって観察を繰り返せば、きっと春奈たちや円堂たちも、それに気付く筈だ。
相手の動きを読み切った鬼道が、ボールをカットする。
「(でも、今更それに気が付いてもダメなんだ。もうみんな、対抗するための体力がない──)」
それは、蟻が1匹で象に立ち向かうのと同じ事。
全員が息を切らし、体力の限界でプレイをしている状況がこのまま続けば──間違いなく。
「豪炎寺!!」
織乃が下唇を噛むと同時に、鬼道から豪炎寺へパスが出された。
「よしっ、フリーだ!」円堂が期待に満ちた目で、大きく跳躍した豪炎寺を見上げる。──しかし。
「ああっ、惜しい!」
「もう少しだったのに!」春奈が地団駄を踏んで落胆した。
ゴールから大きく逸れて壁の一部に焦げ後を残したボールを、雷門イレブンは呆然と見つめる。今まで豪炎寺がシュートを外したことなど無かったのに、と。
「不調かしら?」
「でも……行きのキャラバンで全員のコンディションを確認した時は、豪炎寺さんも正常でしたよ」
ならば、何故。夏未の言葉に答えた織乃は、フィールドの豪炎寺を見つめた。
その一方では、ジェミニストームのプレーの規則性を完全に把握した鬼道が風丸に指示を出している。
「(気が付いたようね)」
マネージャーたちに気取られないほど僅かに、瞳子が口角を持ち上げた。
しかしその小さな笑みは、風丸と豪炎寺が炎の風見鶏を打った瞬間に消え失せる。
ぐん、とボールの軌道が曲がり、炎の風見鶏はフィールドの外へ。
豪炎寺が不時着したと同時に、前半終了のホイッスルが鳴った。得点板の数字は、ついに13対0になる。
各々、体を支え合いながら戻ってくる選手たちを一瞥した瞳子が、やや声を落とす。
「──御鏡さん」
「っはい」
救急箱を片手に振り返った織乃は、思わずピンと背筋を伸ばした。自分を見下ろす瞳子の視線が、そうさせたのだ。
「あなたも気付いてるでしょう。この試合、勝てると思う?」
「! ……いいえ」
織乃は小さく首を振る。
瞳子は、更に続けて問った。
「では、何をすれば良いかは、分かるわね?」
「……諦めろと言って聞く人は、いないと思います」
試合に勝つ術はない。今彼らが取るべき選択は、酷い怪我しない内に試合を辞めることだ。
だからといって、試合を棄権しろと言って簡単に納得する者はいないだろう。
「やっぱり、まだ子供ね」瞳子は溜息と一緒にそう呟いた。
「諦めは逃げとは違うのよ」
「……監督」
それだけ言い残すと、瞳子は虚を突かれたような表情をした織乃を置いて、イレブンに歩み寄っていった。
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そうして後半。フィールドでは、今までになかった陣形が組まれている。
こちらのDFを全て下げ、全員で攻撃する──瞳子の作戦だ。
無論、そのようなことをしてしまえば、ゴール前はがら空きになる。通常の陣形でも手も足も出ないような状況が、更に悪化するだけ。
しかし異を唱えても、瞳子はこの案を貫いた。
「こ、これって一体どうなっちゃうんでしょう……?」
そわそわしながら、春奈が他3人のマネージャーに問いかけるも、返ってくるのは当然分からないという答えばかりだ。
流石の鬼道もこのフォーメーションでゲームメイクすることは難しいのか、表情に戸惑いが浮かんでいる。
せめて、とばかりにボールをキープしようとしても、あっと言う間に奪われてしまう現状。
「円堂ッ!!」再びボールごとゴールに突っ込んだ円堂に、塔子が悲痛な叫びを上げた。
「どうすんだよ鬼道! このままじゃ円堂が持たないよ!」
「やっぱり無理なんだよ、こんなフォーメーション……!」
塔子や一之瀬の言葉に、鬼道はフィールドを見回し眉根を寄せ──ハッと、肩を揺らす。
全員が息を切らし、満身創痍寸前の状況に、ベンチに腰掛けた織乃はスカートを握りしめた。
「──……どうやら試合はここまでのようだ」
31点目のシュートが決まり、ボールを足下に置いたレーゼが言い放つ。
ゴールの際では、円堂がフィールドに突っ伏していた。
「これでお前たちも分かったはずだ。大いなる力の前では、如何にお前たちが無力であるかが」
冷たい声が、フィールドに響く。
円堂の手がひくりと動いた。
「何、勝った気になってんだよ……! まだまだ試合は終わっちゃいないぜ!!」
むくり、と体を起こした円堂が、ふらつきながら立ち上がる。
「俺なら大丈夫だ!」もう点はやるものか、と震える足に気づかないふりをするかのように言ってのけた円堂に、塔子が顔をしかめた。
「ダメだよ、みんな! これ以上やったら、今度は本当に円堂が……」
塔子の言葉に、彼らは黙って項垂れる。
誰が何を言おうが、円堂は言ったら聞かないことを分かっているのだ。
「──とにかく1点だ! 何が何でも取って行くぞ!!」
僅かに残る体力を振り絞り、雷門イレブンはジェミニストームに立ち向かっていく。
だが、どれほど自身を鼓舞しようが、絶対的な差が無くなるわけでもなく。
容易く奪われたボールはまた、レーゼの足下に収まった。
ボロボロになった円堂と向かい合ったレーゼが、静かに口を開く。
「地球にはこんな言葉がある。井の中の蛙、大海を知らず──己の無力を思い知るがいい!」
突如、竜巻のような激しい風が吹き荒れた。風圧に気圧されないよう必死で目を開く中、レーゼは利き足を大きく振り上げる。
「アストロ──ブレイク!!」
「っマジン・ザ・ハンド──!」
光で形成された魔神が消え失せた。シュートされたボールはゴールネットを突き破り、壁に傷跡を残し破裂する。
「円堂くん!!」
朦朧とする意識の中、円堂が聞いたのは秋の悲鳴。ぼやけた視界で最後に見たのは、紫の光の中へ消えたジェミニストームの背中だった。
:
:
「はい」
「いっ!」
所変わり、キャラバンの中。
あの後気絶した円堂は角巣に運ばれ、数時間後にようやく目を覚ました。
秋が円堂の怪我の治療をするのを眺めながら、キャラバンの外から聞こえる染岡たちの声──瞳子への文句に、春奈が溜息を吐く。
「結局、負けちゃいましたね。瞳子監督のあの作戦、何だったんでしょう」
珍しく棘を含んだ春奈の声色。外では風丸が似たようなことを言っている。
織乃はそっと眉を下げた。
「意味がないものでは、ないよ」
「え?」
秋たちが、織乃を振り返る。
モバイルを操りながら、彼女は困ったような顔をした。
「ああでもしないと、今頃みんな同じようにぼろぼろだった。現に、円堂さん以外の人は軽傷で済んでるでしょ?」
ほら、と窓の方を指され聞き耳を立てれば、丁度鬼道が織乃と似たようなことを言った時で、3人は揃って顔を見合わせる。
次いで聞こえてきた、円堂を犠牲にして自分たちだけ助かるなんて雷門のサッカーじゃない──そんな染岡の叫びに、円堂が外に向かって声を張り上げた。
「それは違う!」
「円堂!」
動いて大丈夫なのか? とステップを降りてきた円堂に駆け寄った塔子が言えば、彼は何てことないように笑ってみせる。
「平気平気! こんな傷、屁でもねえって──いった!」
肩を押さえ呻く円堂に、調子に乗りすぎよ、と夏未が呆れたように視線をやった。
「で、どういうことなんだよ。それは違うって……」
「監督は、奴らを使って俺を特訓してくれてたんだ」
特訓? と聞き返すと、自信に満ちた顔で円堂は頷く。
ジェミニストームのシュートを受け止められるようになるのは、それに慣れるのが最短の方法だ。
おかげで最後の最後に奴らのシュートが少し見えた、と頷く円堂に、風丸が目を見開く。
「あの必殺技は凄かったけど──特訓してもっと力を付ければ、必ず取れる!」
「つまり監督は、今日の試合を捨てて、次の試合に勝つために、僕たちの身を守り、円堂くんにキーパーの練習をさせていたということですね!」
眼鏡のブリッジを上げながら目金が上手い具合に纏めると、鬼道が小さく頷いた。
「……まぁ、荒療治ではあるな」
「説明不足な感じも否めませんでしたからね」
付け足した言葉に織乃が呟けば、2人は顔を見合わせて苦笑する。
きっと彼女が織乃に言った言葉も、この作戦を示していたのだろう。時として、諦めることは逃げることとは違う。
試合の流れの1つ1つを取捨選択し、次の戦いに繋がるようにする──それが瞳子のサッカーなのだ。
無駄なことはしない、というあたりに影山を彷彿させるものはあるが、選手への心遣いがあるだけでこんなに違うものなのか、と織乃はぼんやりと考える。
──その時、ザリ、と地面を踏む音がそこに聞こえた。
「あ、監督……」
どこへ行っていたのか、それまで姿を眩ましていた瞳子が戻ってくる。
彼女はじっとイレブンたちとマネージャーを見回し、最後に豪炎寺に目を向けた。
「豪炎寺くん」
1人輪から外れ、木の幹に寄りかかっていた豪炎寺がぴくりと肩を揺らす。
「あなたには、チームを離れてもらいます」
──その声色に含まれた真意を、豪炎寺は感じ取れたのか否か。
それは誰にも分からなかった。
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