Let's train
豪炎寺の離脱は、イレブンにとって青天の霹靂そのものだった。
唐突な瞳子の指示に、何も言わず踵を返す豪炎寺を円堂が追い、納得のいかない染岡たちが瞳子に噛みつく。
それでも彼女は、ただ淡々と。
「必要がない──ただそれだけよ」
そう、言い放つだけだった。
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「で──その吹雪士郎≠チて誰だ?」
豪炎寺の荷物がキャラバンの座席から消えて早数時間。
ささくれ立った雰囲気が収まらないまま、東京の響木から指令を受けた一同は春奈が立ち上げたパソコンを覗き込んでいた。
北海道にいる伝説のエースストライカー、吹雪士郎≠見つけ、チームに引き入れろ──それが響木から下された指令である。
「何で響木さんは、そいつをチームに入れろって言うんだ?」
「──あ、分かりました!」
首を捻る一之瀬に答える代わりに、春奈が目的の項目をクリックした。
画面にズラズラと映し出される長い文章。熊殺しの吹雪、一試合10点をたった一人で叩き出す、熊よりデカい、『ブリザードの吹雪』の異名を持つ──今一つ確実性のない情報に、「ウワサばっかりでヤンス」と栗松が呟いた。
「これで吹雪士郎ことが分かったって言えるの?」
「でも、これが限界なんです」
ジト目になった夏未に、春奈は苦笑混じりに返しながら更に検索を掛けていく。
出て来るのは伝聞ばかりで、画像も公式記録さえも出てこない。鬼道が顎に指を添えて、考え込む。
「──何故、FFには参加しなかったんだろうか」
「さぁ……」
首を捻っても、答えは出てこない。円堂は兄妹を見比べると、ニッと口角を上げた。
「よーし、この目で確かめてやろうぜ!その吹雪ってヤツの実力を!」
「それしか道はないしね……」
ふう、と少し疲れたように溜息を吐いた夏未に織乃が苦笑する。
伝説のエースストライカー、吹雪士郎。火の無い所に煙は立たぬというが、熊をも倒し巨躯を操るストライカーの人物像というのは、どうにも予想しがたい。
ふとその時、誰かの携帯電話が鳴った。塔子の物だ。
「ああ、スミス?」塔子は声を落とし電話に対応したが、次の瞬間大きく目を見開く。
「……え? パパが見つかった!?」
「何だって?」
釣られた円堂の声も大きくなった。春奈が慌てて、開きっぱなしだったネットをテレビ放送に繋ぐ。
画面に現れた映像に、国会議事堂をバックにしたニュースキャスターが映った。
『謎の宇宙人にさらわれていた財前総理が、解放され、無事に保護されました』
スピーカーから流れるアナウンサーの声。僅かに開いた塔子の口から、「良かった」と掠れた声が漏れる。
「良かったじゃない!」
「お父さんに会えますねっ」
表情を明るくした秋と春奈が、塔子を見上げた。
しかし塔子は、わずかに表情を険しくして画面から目線を外す。
「──東京には戻らないよ」
「え?」
確固とした、固い声だった。
何故、とでも言いたげな視線に、彼女は少し、目を伏せる。
「あんな奴らは絶対に許せない」
脳裏に蘇るのは、人を蔑むような視線と、凶刃に崩れ落ちる円堂の姿。
あんな奴らに負けちゃいけない、負けたくない──塔子は瞳に炎を宿して、顔を上げる。
「──だから、みんなと一緒にサッカーで戦う! 円堂、一緒に戦おう!」
「……」
塔子と向かいあった円堂は、唇を引き結んだ。
彼女の目は変わらない。数瞬して彼は、口を開く。
「……よしっ! 一緒に地上最強チームになろうぜ!!」
笑顔になった塔子と円堂は、拳を突き合わせた。
似た者同士──そんな言葉が、この2人にはぴったりだろう。
再び、キャラバンは日の落ちた街を走っていく。
やがて月が真上に昇り、皆が寝静まった頃──円堂は1人、むくりと体を起こした。
──そして次の日、午前9時。
「塔子さん、お父さんに許可取れましたかねぇ……」
「取ってくるんじゃないかな。あれほどエイリア学園と戦うんだって意気込んでたんだもん」
ファミレスのテーブルに肘を突いて会話を交わすのは、オレンジジュースを啜る春奈とモバイルのデータを整理している織乃である。
円堂の「塔子をお父さんに会わせてやってほしい」という願いを聞き届けたキャラバンは、夜から今朝にかけ奈良から東京にとんぼ返りしていた。
今頃国会議事堂では、塔子が父と──財前総理と、再会を果たしているだろう。
「彼女は確か、ディフェンスタイプのMFだったわよね?」
このままキャラバンに同行してもらえれば、戦術の幅が広がるのだけど──そう呟きながら織乃の隣に腰掛けた夏未が、カラカラとストローでアイスコーヒーをかき混ぜた。
一方で、その向かいに座った秋はアイスティーにガムシロップを垂らしながら首を傾げる。
「それにしても、財前総理は一体どこに連れて行かれてたのかしら?」
「さぁ……」
昨日と変わらず、ニュースでは解放された財前総理がどこで何をしていたかなど、詳細は明らかになっていない。
もしも彼がエイリア学園の危険度を身を持って知ったような目に遭っていれば、塔子も簡単に旅に出ることは許されないだろう。
「……あ、メール」
ふいに秋が、携帯電話の入っていたらしいスカートのポケットを押さえた。メールの送信者は円堂である。
メールには、塔子が無事キャラバンに参加出来るのとになったこと、秋たちも用事が終わり次第合流してほしい旨が書かれていた。
「──ですって!」
「良かった、お父さんに許してもらえたんですね」
ほっと息を吐いた織乃が、パチリとモバイルの蓋を閉じた。
ガラス越しに街を一瞥した夏未が、席から立ち上がる。
「そろそろ、お店も開いてるだろうし……私たちも足りない物を補給してキャラバンに戻りましょう」
「ええ、そうね」
──1時間後。
キャラバンは改めて塔子を仲間に加え、山道をひた走っていた。
塔子曰く、財前総理はこの数日間のことは覚えていないの一点張りで、何かを隠している風だったそうだ。しかし──彼はただ一言、塔子にこう伝えたらしい。
「世界をも揺るがす災厄が始まろうとしている>氛氓ナすか」
「うん。そう言ってた」
補助席に腰掛ける織乃が、隣に座る塔子の言葉に首を捻る。
世界規模──きっと、大げさに言っているわけではないだろう。
相手の力はまだ未知数だ。最悪の事態が訪れることも、決してゼロではない。
「なら、尚更エイリア学園を止めなければいけませんね。塔子さん、よろしくお願いします」
「うん、よろしく! ──ていうか、さ……織乃? だっけ」
「その喋り方、硬くないか?」小首を傾げられて、織乃はキョトンとする。
似たようなことを、前にも誰かから言われたような──そんなことを頭の片隅で考えながら、苦笑した。
「癖なんですよ、この口調。まぁ、例外はありますけど……普通に喋った方が良いですか?」
「んー……いや、癖なら良いや」
にか、と笑った塔子に釣られて、織乃も少し微笑む。彼女の喋り方や雰囲気は、円堂のそれとよく似ていた。
──ふと、窓の外を流れる風景が徐々にスローペースになる。
何も無い場所で完全に停車したキャラバンに、何人かが不思議そうに声を上げた。
「監督、何で止まったんですか?」
「狭いバスに乗ってばかりじゃ、体がなまるわ」
困惑気味に尋ねた夏未に瞳子はそう返して、さらに続ける。
「トレーニングをしましょう」
「あ、えと、皆さんの為のトレーニングメニューもありますっ」
ちらりと彼女が視線を投げかけるのは、夏未の隣に座った春奈だ。
「やったぁ!」ハッと肩を揺らし、やや慌てた様子で春奈がバインダーを持ち上げて見せると、円堂が嬉しそうに立ち上がった。
しかし──彼だけ、である。
他の選手たちは、各々渋い顔をして目を逸らすばかり。
「……いいわ」瞳子は僅かに目を細めると、春奈のバインダーをひょいと手に取った。
そしてポイとなおざりにバインダーを後ろに放ると、やや好戦的な笑みを湛える。
「だったら、自主トレをしてもらうわ。この山の自然を相手に」
その言葉に、一同の視線が一斉に窓の外へ向く。
鬱蒼と生い茂る木々に、急な斜面。それをざっと見回し、真っ先に口を開いたのは染岡だ。
「……監督のメニューよりはマシだろうさ」
「そ、そうっスね……」
渋々頷いた選手たちが、シートベルトを緩め立ち上がる。
特訓だ、と叫びながらキャラバンを飛び出した円堂を塔子が追い、他の選手らがそれに続き──やがて車内には、マネージャーと瞳子だけが残った。
「あなたたちはその間、昼食の準備をしておいてちょうだい」
彼女もまたそれだけ言うと、キャラバンのステップを降りていく。
ふと、床にぺそりと放りっぱなしだったバインダーを、織乃が拾い上げた。
「トレーニングか……瞳子監督、いつの間にメニューを考えてたんでしょうね──」
「あああっ、織乃さんストップストップーー!!」
言いながら、クリップに挟まれた紙をめくろうとした織乃の手から、ふいに春奈がギョッとしたようにバインダーを奪い取る。
ポカンとする彼女とは対照的に、夏未が鋭く目を細めた。
「音無さん……そのトレーニングメニュー、見せてくれないかしら」
「えっ。だ、だめです」
ひきつった表情で首を振る春奈に、秋と織乃が不思議そうに顔を見合わせる。
夏未はジト目のまま、じぃっと春奈の目を覗き込みながら言った。
「何も書いてないんじゃない?」
「うっ……」
ぎくりと春奈が体を揺らす。
目線を泳がせながら言い淀む彼女に、夏未が溜息を吐いた。
「染岡くんたちに自主トレをさせるための監督の作戦ね……」
「分かりましたよ!」
驚いたように4人は振り返る。
そこには、眼鏡のブリッジを押し上げながらどこか知り顔をした目金がいた。
「目金さん、いたんですか?」
「いましたよさっきから!!」
うっかりそう尋ねた春奈にまず吠えて、彼は小さく咳払いをする。
「自主トレと言っても、染岡くんたちが素直に従う筈がない……メニューがあると言っておけば、監督の指示に従うよりはまだ自主トレの方が良いと思う……」
そう言うことですね、と何故か自慢気に眼鏡を光らせた彼に、春奈は諦めたように頷いた。
曰く、出発する寸前に、瞳子からこっそりと口裏を合わせるように言われていたらしい。
「──ところで、目金くんは特訓いいの?」
「ホラ、僕はイナズマキャラバンの知性ですから!」
「特訓はちょっと、ねぇ」最終的に語尾を弱めた彼に、ようするに嫌なんだな、と彼女らは悟る。
すると夏未が、ふとニコリと──見ようによっては、ニタリと口角を上げた。
「だったら手伝って下さる?」
「はい?」
4人を連れ立ってキャラバンを出た夏未が、その後方へ向かう。
カチリ、と側面にあった小さなボタンを彼女が押したその次の瞬間、ガシャガシャと大きな音を立てて開いた車体から、システムキッチンが現れた。
「うわぁっ、すごーい!!」
「ふふ。これなら山の中でもフランス料理のフルコースだって作れるわ!」
春奈がそう感嘆の声を上げたが、実際その一言だけでは済まされないクオリティである。
夏未は誇らしげに胸を張った。
「で、何を料理するの?」尋ねる夏未に、戸棚から発見した飯ごうを発見した秋と春奈がにっこりと笑う。
「山と言えばピクニック、ピクニックと言えばおにぎりでしょ!」
「今回はピクニックじゃなくて特訓だけどね」付け足した秋と春奈を見比べて、夏未は少しひきつった表情をした。
おにぎりと言えば、真っ先に部室を米粒だらけにしてしまった苦い記憶が蘇る。
しかし着々と準備を進めていく2人と、諦めましょうとばかりに生温い視線を向ける織乃に、彼女は渋々と頷いたのだった。
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