Whereabouts of flame
木々の合間から煙が上がる。
「すごい、生きてるみたい」
夏未は渋っていた初めとは打って変わり、火にくべられた飯ごうの様子を楽しげに眺めて呟いた。
「そろそろかな?」
「みんなお腹空かせてるでしょうねー」
飯ごうと腕時計を見比べながら秋が言えば、春奈が楽しげに小さく笑う。
森の方からは、イレブンたちが特訓に勤しむ轟音が響いている。夏未の隣に座り込んでいた織乃が、すっくと立ち上がった。
「休憩がてら呼んできましょうか。みんな、ドリンクもタオルも持たずに行っちゃったし……」
「そうね、そろそろバテても良い頃だろうし……音無さんたちは、そのままご飯の方お願い」
「目金くんもよろしくね!」付け足した言葉に、当人は諦めたような顔をして頷く。
2人は手早く人数分のジャグとタオルを準備して籠に入れると、森へ向かった。
途中の別れ道で、秋は右へ、織乃は左へ曲がる。
急な下り坂に差し掛かったところで、織乃はハタと足を止めた。
「壁山くん、栗松くん!」
よろよろと疲れ切った足取りで坂道を登ってきた2人は、織乃の存在に気がついたらしく「あ」と掠れた声を漏らす。
「大丈夫? はい、水分補給して」
「あ、あり、ありがとうございます、ッス」
「た、助かったでヤンス……」
息切れしながら、2人は受け取ったドリンクを浴びるように飲んだ。
ついでにタオルも渡しながら、織乃は付け足す。
「もうすぐご飯だから、キャラバンに戻ってね。ちゃんと手洗いうがいを忘れないこと!」
「はいでヤンス」
「御鏡先輩、お母さんみたいなこと言うッスね……」
ピシャリと言った後で、織乃は肩を竦めて苦笑した。2人はタオルを肩に引っ掛けて、キャラバンへ戻っていく。
「──っと、ちょっと待って! この近くに、あと誰がいる!?」
「滝の方に、染岡さんたちがいるッスー!」
振り向きざまに答えた壁山に礼を言って、織乃は滝のある方向へ向かった。
染岡たち、と言ったが、彼の他に誰がいるのだろうか。
彼女のその疑問は、数分後思わぬ形で解消することとなる。
「あ、染お……みぎゃあああ!?」
「うおッ!?」
滝を登ったボールの球筋が、大きな水しぶきを上げた。
ユニフォームを濡らした染岡と鬼道は、突然聞こえた耳をつんざくような奇声にびくりと肩を揺らす。
「何だ、って……御鏡!? お前、何してんだそんなとこで! びしょ濡れじゃねーか!」
「染岡さんたちを呼びに来たんですよ……」
目を向けた先にいたのは、濡れ鼠になって恨めしげな表情をした織乃だった。
ショートカットしようと少し道から外れ、茂みを掻き分け出てきたのは滝壺の側。丁度舞い上がった水しぶきの餌食になった織乃は、額に張り付いた前髪を払いのけながら眉尻を上げる。
「2人こそ、人のこと言えないじゃないですか! 早く拭いて下さい、タオルは無事でしたから」
「あ、ああ……すまん、御鏡」
彼女の剣幕にたじろぎながら、鬼道は水滴のついたゴーグルを拭った。
人のこと言えない、とは言うものの、至近距離で水を被った織乃の様子に比べれば可愛いものである。
「つーか、呼びに来たっつったよな。何かあったのか?」
「もうすぐご飯が出来るから、呼びに来たんですよ」
ギュッとジャージの裾を絞りながら織乃は答えた。
ちらりと見えた白い肌から目を逸らしつつ、鬼道が「そうか」と返す。
「こっち側の方には、もう誰もいませんか?」
「ああ。一之瀬や円堂たちは、反対の方で色々やってるみたいだったしな」
わしゃわしゃと頭の水気を取った染岡が、ジャグの蓋を開けながら言った。
思わず反対、と言われた方向に目をやると、微かに円堂の悲鳴のような叫び声が聞こえる。
一体何をしてるんだろう、と首を傾げながら、織乃はあっと言う間に空っぽになったジャグ2本を籠に戻した。
「じゃあ、行きましょうか。あ、戻ったらちゃんと着替えて下さいね?」
「あ? 平気だろ、晴れてるしこのくらいすぐ乾く……」
「ダメです。それと、手洗いとうがいも忘れないで下さいね、雷門さんが怒りますから」
「お袋みたいなこと言うなよ」苦虫を噛み潰したような顔をした染岡に、織乃は困った表情をする。
「それ、さっき壁山くんにも言われました」
「姉から母へ、か。随分昇格したな、良かったじゃないか」
「良くないですよ……」
言動が駄目なんだろうか、と首を捻る織乃に、鬼道はゴーグルを拭くだけに使ったタオルを彼女に被せた。
「まぁ、人より先に自分を心配すべきだな。まだ水が垂れてるぞ」
「うっ」
ぽた、と足元に落ちた水滴にばつが悪そうに身を竦めた織乃に、2人は顔を見合わせ面白そうに笑う。
キャラバンに戻ると、秋と春奈にその姿を見咎められた彼女は、真っ先に着替えと一緒くたに車内に放り込まれた。
「早く着替えなきゃ、ほらっ下着の線が浮いちゃってるじゃないですか!!」
「は、春奈ちゃん声大きい……!」
──という会話をうっかり聞いてしまった何人かは、「破廉恥だわ」とでも言いたげな目をした夏未に睨まれたと言う。
「あれっ、監督は?」
それから更に時間が過ぎ、トレーに並べられたおにぎりに手を伸ばしている最中のこと。
思い出したように土門が言った。
「そういや、いないッスね」
口いっぱいのおにぎりを飲み込んだ壁山が言ったところで、後ろに顔を向けた一之瀬が「あ」と声を漏らす。
平然とキャラバンに戻ってきた瞳子は、一同を見回すなりこう言った。
「みんな、自主トレで汗掻いたでしょう。近くにお風呂があるから、すぐに入ってきなさい」
一拍空けて、わっと声が上がる。
北海道までまだ大分距離があったため、今日は夜通しでキャラバンに乗っているものと踏んでいたのだ。
「水着も用意して置いたから、着替えてちょうだい」瞳子は用件のみ述べると、そのままどこかへ去っていく。
「お風呂ですって! 温泉ってことでしょうか!?」
「こんな山の中なんだし……そうかもしれないわね」
春奈がワクワクとした様子で言えば、夏未が少しだけ微笑んで答えた。
キャラバンの窓をカーテンで覆って、座席に置かれた水着に手を延ばしたところで、ふと秋が顔を上げる。
「……あれ、塔子さんは?」
「え?」
辺りを見ても車内に塔子の姿はない。4人は顔を見合わせ、まさか、とキャラバンから頭を覗かせた。
次の瞬間、更衣室の方から「円堂、一緒に入ろうぜ!」──という塔子の声の後に、ギョッとしたような男子たちの長い悲鳴が響き渡って来る。
「……あのシチュエーション、普通、逆じゃないですか……?」
半ば呆れたような春奈の呟きに、3人は揃って頷いた。
──そうして塔子を何とかこっちに連れ戻し、改めて水着に着替えたのだが。
「あの……御鏡さん」
「何か、ごめんね……?」
座席にポツリと制服姿でいる織乃にいたたまれない表情をするのは、夏未と秋である。
織乃はどこかぐったりとしながら、仕方ないですよと頭を振った。
「私は、みんなが上がった後に浸かってきますから……」
それもこれも、織乃だけ瞳子の用意してくれた水着のサイズが合わず、着ることが出来なかったせいである。
理由は分かっているし、自分のせいでもあるから文句は言えない。
「じゃあ、先に行くね」秋たちはやはり申し訳なさそうな顔をしつつ、キャラバンを後にした。
「……はあ」
溜息を吐いてもどうにもならない。ぽっかりと空いてしまった時間を持て余すまいと、織乃はモバイルを起動する。
SPフィクサーズとの試合データは、昨日ファミレスにいるときにまとめておいた。春奈が戻ってきたら、メモリーカードにコピーしたものを理事長に送ってもらえば良いだろう。
「(ネットには繋げないってところを鑑みると、多機能なワープロって感じだよね……)」
パチパチとキーを叩き、開いたのはジェミニストームと戦った際にこっそり撮っておいた動画だった。あの後、豪炎寺の離脱や響木からの指令にうやむやになって、まだ目を通していなかったのだ。
正直、何度も見たいものではない。しかし、少しでも穴を見つけないと彼らには勝てないということは、重々承知している。
「(諦めない限り、勝てる可能性は消えないんだから)」
限界まで自分も頑張らなくては。両方の頬を軽く叩いて、織乃は動画を再生した。
高性能なせいか画質は良いが、あちらに見つからないよう録画したため、微妙な角度である。
それでも、今の状態に取っては貴重なデータだ。
相手のボールに吹き飛ばされるイレブンが映る度に肩を揺らしていた織乃は、ふいに眉根を寄せる。
「……?」
思わず停止ボタンに手を伸ばした、その時だった。
「織乃さーん! お風呂、もう入っても大丈夫ですよっ!」
「うわぁっ!?」
文字通り、ひょっこりと視界に姿を現した春奈に織乃は大きく肩を揺らす。どうやら夢中になる内に随分時間が経っていたらしい。
分かった、と頷いた織乃は、モバイルを閉じると着替えを手に慌ただしくキャラバンを降りたのだった。
:
:
それから更に数時間後。
1人寂しく入浴を終えた織乃を交えて作った夕食を完食し、せっかくだからと組み上げたキャンプファイアーを囲んで、和気藹々としていた頃。
「──?」
ふと、鬼道は辺りを見回す。
仲間たちの輪に織乃の姿がないことに気が付いたのだ。
キャラバンの方に目をやると、窓越しに見える僅かな蒼白い光。
鬼道はそっと──特に春奈には気付かれないように──立ち上がった。
「──やっぱり、ここにいたか」
「あ、鬼道さん……」
モバイルの光に照らされた顔をハッと上げて、織乃がこちらに目を向ける。
ステップを上がり扉を閉めると、外からの音が少しだけ小さくなった。
「それは……昨日の」
「はい。ジェミニストームとの試合、撮っておいたんです」
織乃の隣に腰を降ろした鬼道は、その小さな画面を覗き込む。
動画は丁度、豪炎寺が炎の風見鶏の着地に失敗したシーンを再生していた。
「こうして見ると不調が目立つな」
苦い表情になった彼に頷いた織乃は、それなんですけど、とふと眉根を寄せる。
「ちょっと、ここ見てください」
「ん?」
織乃が指さしたのは画面のある一点だ。
特に何もないが、と首を捻る鬼道に、織乃は頭を振る。
「そうじゃなくて──視線です、豪炎寺さんの視線の先」
「視線?」
言われ、鬼道は改めて画面に目を向けた。よく観察してみると、小さく映り込んだ豪炎寺が何故かフィールドから僅かに外れた方向に目をやっているのが分かる。
「何度か確かめたんですけど──技を失敗する度に、この方向に目をやってるんです」
巻き戻しと再生を繰り返しながら、織乃は真剣な眼差しで言った。
カメラが常に一定の方向を向いていなかったら、豪炎寺のこの不可解な行動には気付かなかっただろう。
「この先は──確か、屋上の出入り口があったな。御鏡、ここに何か不審なものは見たか?」
「いえ……私もずっと、フィールドを見ていたから」
豪炎寺が視線をやっている先は、フレームアウトしているため見ることは出来ない。
2人は揃って、難しい顔をした。
「──技を失敗したのではなくて……失敗しなくてはならない¥況にあったのかもしれない」
「え?」
織乃は怪訝な表情で顔を上げる。
思った以上に詰められていた距離にうっかり息を止めそうになったが、視線をモバイルに戻すことで何とかそれは免れた。
「試合の前は、いつも通りだっただろう?」
「──直前のSPフィクサーズとの試合の時も、いつもと変わらないプレーでした」
車内に沈黙が訪れる。
明らかになったことはないが、得た確信が1つ。
「豪炎寺の失敗は、ただの不調ではない──か」
監督の指示の意味を、改めて考えるべきだな──鬼道はそう呟いて、ゆったりと背もたれに体重をかけた。動画を再生し終えたモバイルの画面は、ただひたすら黒だけを映している。
炎が再び灯る日は、いつになるのか。その問いに答えられる人間は、今この場にはいなかった。
prev
|
index
|
next
TOP