Boys of mystery

その日の朝、一同は耳をつんざくようなけたたましいホイッスルの音で目を覚ました。

「起床! 出発の時間よ!」

──どうやら音の発信源は瞳子のようである。
女子用に用意されたテントの中で、マネージャーたちと塔子は残響音に顔をしかめながら寝袋から這い出た。

「瞳子監督、結構強引な起こし方しますね……」

欠伸をかみ殺しながら呟いた春奈に、4人は眠たい目を擦りながら頷く。
そして近くの水場で顔を洗い、服を着替え、朝食を用意し(今日もまたおにぎりであった)、キャラバンは走り出す。

「テントって、思っていた以上に寝心地が悪いわよね」
「仕方ないよ、地面にシートを敷いて寝てるようなものだもの」

首に手を当てて溜息を吐く夏未に、秋が苦笑しながら言った。
「そっちはまだマシさ」後ろの席から、会話が聞こえたらしい一之瀬の声が入る。

「こっちは足をのばして眠れないし、何せ轟音が終始聞こえるもんだから……」
「轟音?」

不思議そうな顔で、秋たちは首を捻ったが、次の瞬間納得したように小さく頷いた。
キャラバンで一夜明かせば分かる。轟音──壁山の鼾が、どれだけ酷いか。男子の何人かが、苦い顔をして溜息を吐く。

そして、約2時間後。
走りつづけたキャラバンは、とうとう北海道に入った。
1年生たちが、興味深げに窓に張り付いて外を眺める。

「辺り一面、雪で真っ白ッス!」
「ホントでヤンス!」

壁山や栗松が年相応にはしゃぐ中、同じようにテンションを高くした春奈が織乃を振り返った。

「織乃さんのおうちって、転勤族だったんですよね。北海道には来たことありますか?」
「うーん、北海道にはないかなぁ」

少なくとも、自分の記憶にある限りではあるが。
織乃はそう付け足して、「じゃあ、どこなら?」と続ける春奈に、指折り引っ越し先を思い出していく。

「東京が2回、イタリア、アメリカ、大阪、宮崎に埼玉、静岡、えっと……これ以上は覚えてないや」
「忙しかったんだなー」

呆けたように塔子がそう感想を述べていると、キャラバンはとある町の傍らにその身を落ち着かせた。
完全にキャラバンが停止したところで、瞳子がサッと立ち上がり、後ろの子供たちを振り返る。

「この町で、休憩も予てエースストライカーについての情報収集を行いましょう」

2時間後に、ここに集合すること──瞳子はそう言ってすぐに、足早にキャラバンのステップを降りていく。
相変わらず強引な、という空気が流れる中、一同はぞろぞろと席を立った。

「はーっ、やっぱり寒いなぁ!」

ぶはぁ、と口から白い息を吐き出しながら、円堂は街を見回す。
落ち着いた雰囲気の漂う、良い街だ。状況が違えば、観光に最適だろう。

「あー、どっこいしょっと……」

ふと、キャラバンから降りてきた古株が、車止めに腰を降ろした。
どうしたんですか、と秋が問えば、苦笑が返ってくる。

「この歳になると、長距離の運転は中々きつくてなぁ……」
「あっ、それじゃあ私が、肩叩きしてあげます!」

いつもお父さんのをしてるから上手いんですよ、と自画自賛しながら、春奈は古株の背中に回って固くなった肩を叩き始めた。
嬉しそうに礼を言う古株とニコニコしている春奈を一瞥して、「さて」と円堂が街の入り口に向き直った。

「さぁ行くぞ、情報収集だ!」
「あたしも一緒に行くよ、円堂!」

一目散に駆け出して行った円堂と、それを追いかける塔子。
その背中を見つめた約2名が複雑そうな顔をしたのに気付いた織乃は、昨晩テントでした会話を思い出す。

『円堂くんのことが好きなの?』

──そう塔子に尋ねた時の、夏未の少し不安の混じったあの声色。
織乃は2人の──夏未と秋の背中に向かって、独り言のように言った。

「……今走っていけば、追いつけるんじゃないかなぁ」

頬に朱を走らせ、2人はハッと振り返る。こちらを見てにっこり頬笑む織乃と、どんどん遠ざかっていく背中を見て。

「──そ、そうね。あの2人だけだと、何かと心配だし!」
「じゃ、じゃあまた後で会おうね、織乃ちゃんっ!」

弾かれたように、2人は円堂と塔子を追いかけて走っていった。
「分かりやすいなぁ」としみじみ呟く織乃の肩を、誰かが叩く。

「チーム分け、な」
「はい?」

振り返った先にいたのは土門。にっこり笑うや否や、彼は織乃の背中を鬼道の方に押しやった。
見れば、風丸や染岡、目金の姿は既にそこにはなく、壁山と栗松は、丁度コンビニに入っていくところだった(期間限定、肉まん90円!という幟が立っている)。

「おい、土門……」
「それじゃ、また後で!」

そうお決まりのポーズで言った一之瀬が、土門を連れ立ち街の角を曲がっていく。
織乃と鬼道はそれをキョトンとした様子で見送った後、顔を見合わせて。

「……とりあえず、行くか」
「……そうですね」




「んー? 何だってぇ?」

街のとある民家の前で、織乃は声を張り上げる。

「エースストライカーって呼ばれてる、中学生の男の子をご存知ありませんかぁ!」

それに耳を傾けるのは、優しげな皺の寄った老女だ。しかし耳が大分遠くなっているのか、実はこの質問するのは3回目である。

「えいす……? ああ、孫の栄介は元気にしとりますよぉ、今年高校生になってねぇ」
「いや、お孫さんではなくて……!」
「御鏡」

どうしたものか、と頭を抱える織乃に、鬼道が「質問を変えてみよう」と提案した。

「エースストライカーというのが、まず制限しすぎだからな。もっと範囲を広げて、そこから絞っていこう」
「そ、そうですね。あの、お婆さん、何度もすいません。この辺りで、サッカーの上手な中学生を知りませんか?」

再び尋ねると、老人は今度こそしっかりと聞き取れたようで、しばし考える素振りを見せる。

「中学生は、分からんねぇ……昔は、サッカーの上手な兄弟がいたもんだが……はて、その子らは今いくつだったか」
「そうですか……」

どうやら望んでいる情報は得ることは出来なさそうだ──そう踏んだ2人は顔を見合わせ、老人に礼を言って踵を返した。

「はぁ……中々分かりませんね」
「まぁ、北海道も広いしな。早く見つかれば苦労もないだろう」

店の建ち並ぶ通りに差し掛かったところで、鬼道が足を止める。

「この通りは店が多いな。御鏡、お前はそっちで聞き込みを頼む」
「分かりました」

右と左、二手に分かれ2人はそれぞれの店に足を踏み入れた。
店に入り、尋ね回るって10数分。そして5件目に尋ねた店で、織乃はようやく街の向こうにある雪原を越えた先に中学校が1つあるらしい──という情報を手に入れた。

「……ん?」

やっと話が聞けた、と少しの充実感を胸に店を出る。
そして視線を正面に向けたところで、ふと織乃は静止した。

通りの真ん中にある、大きな木──その下に据え付けられたベンチに、少年が座り込んでいる。
キャスケット帽を目深に被り、顔はよく見えないが、背格好から同じ年頃にも見受けられた。

情報を得る、またとないチャンスかもしれない──織乃は意を決して、一歩踏み出す。

「あのっ、地元の方ですか?」
「……え?」

少年が顔を上げた。
一瞬かち合った目をギョッと見開いた彼は、すぐさまキャスケットの鍔をぐっと下げる。

「う、うん。まぁね。何か用?」
「あ──すいませんいきなり。えっと、ちょっと事情があってこの辺りでサッカーの上手な……強い、中学生の選手を捜してるんです」

何かご存じありませんか、と尋ねる織乃に、少年は鍔に手をかけたまま、小さく「そうだな」と呟いた。

「………強い、かどうかは別にして──この辺りの学校でサッカー部があるのは、白恋≠セけだよ」
「ハクレン?」
「そう。白い恋って書いて、ハクレン。この付近で1番大きな中学校さ」

笑うように肩を揺らして、少年は教えた。しかし数瞬すると、彼は小首を傾げながら続ける。

「でも、俺が知ってるのはそのくらいかな。お役に立てた?」
「は──はい!」

白恋中学校。この付近で唯一、サッカー部の存在する中学校。
それが分かれば、エースストライカーを特定することも可能かもしれない。

「ありがとうございます。時間とらせてすいません──」
「──大夢!」

ふいに、織乃の言葉に被せるように、慌てた声が聞こえた。声変わり前の、少し高めの少年の声だ。

振り返ると、2メートル程先に、洋服のパーカーを限界まで伸ばして頭をすっぽりと隠した出で立ちの少年の姿があった。
少年は両手に持ったスーパーの袋を揺らしながら、焦ったような驚いたような、そんな声色で「何してるんだよ、行くぞ!」とベンチの彼を急かす。

「ああ、友達が来た。それじゃ、俺はここでお暇するよ」
「あ、はい……」

すっくと立ち上がった少年もまた、どこか切羽詰まったような雰囲気をしていた。
並んで足早にその通りから離れていく二つの背中を見つめ、織乃は首を傾げる。

「……私、何か悪いことした?」




──そして、その次の日の早朝。
エースストライカーは白恋中学校にいるらしい、という話が確定し、キャラバンは雪原を走っていた。

「へぇっくしゅん!!」

「さ、寒いッス!」後部座席で毛布にくるまった壁山が、ぶるぶると震える。
北海道ですからね、と答える目金も、自分の肩をさすっていた。

「あっちの空、真っ暗ですよ」

雪が降ってきそう、と窓の外に目をやった春奈が、手をこすりあわせながら呟いたその時である。

ガクン、とキャラバンのスピードが落ちた。運転手の古株が、急ブレーキを掛けたのだ。
「どうしたんですか!?」珍しく驚いたような声を上げた瞳子に、古株は視点を一点に向けたまま、呟くように言った。

「人だ……」
「んぇ?」

首を捻った円堂が、窓を開けて顔を出す。冷たい風がそこから一気に吹き込んだ。

そして──目を向けた、その先。
雪を被った、道祖神像の傍ら。マフラーを巻き、足元にサッカーボールを置いた背の低い少年がガタガタと震えながら立っていた。

今にも寒さで倒れてしまいそうな少年に、円堂がキャラバンを飛び出していく。

「どうしたんだ? こんなとこで」

乗れよ、とキャラバンを指した円堂に、少年は震えながら頷いた。
円堂に支えられながらキャラバンに乗り込んだ彼に、織乃が慌てて魔法瓶の中身をカップに注ぐ。

「火傷しないように気をつけて」
「……あああり、あり、が、とう」

カチカチと歯の根が合わない内に紡がれた言葉は、何とか聞き取れた。
瞳子も凍える少年を1人雪原に置いておく程鬼ではない。吹雪いてきた外を一瞥し、出して下さい、と古株に告げた彼女は席に着く。

「まだ寒い?」
「う、ううん。もう大丈夫」

円堂が壁山から借りた(引っ剥がしたとも言う)毛布を体に巻かれた少年は、顔を覗き込んできた塔子にそう返した。
「雪原の真ん中で何してたの?」首を傾げて秋が尋ねる。少年はどこか遠い目をしながら、答えた。

「あそこは僕にとって、大切な場所なんだ──北ヶ峰って言ってね」
「北ヶ峰?」

聞いたことがある、と声を漏らしたのは、ハンドルを握った運転席の古株である。

「確か、雪崩が多いんだよな?」
「あ──うん……」

僅かに、少年の声が落ち込んだ気配がした。
古株はそれには気付かずに、思い出したように続ける。

「ところでボウズ、どこまで行くんだ?」

そう言えば、と一同の心の声が揃った。凍えている彼を見かねてこうしてキャラバンに乗せて走ったは良いが、目的地が同じとは限らない。
少年は一拍空けた後、膝に置いたサッカーボールを撫でながら真っ直ぐ、と答えた。

「──蹴り上げられたボールみたいに、ひたすら真っ直ぐに」
「良いなぁ、その言い方!」

目を輝かせながら後ろの席から身を乗り出したのは、言わずもがな円堂である。

「蹴り上げられたボールみたいに真っ直ぐに、か! な、サッカーやるの?」
「うん。好きなんだ」
「俺もサッカー大好きだよ!」

円堂と少年が顔を見合わせ、笑顔になった。
結局どこへ行きたいのよ、とやや不満げに夏未が呟いたその瞬間。

ぼこん、と妙な音がして、キャラバンの動きが止まった。キュルル、キュルルと雪の上を擦るタイヤに、古株が指でハンドルを叩く。

「雪溜まりにタイヤを取られた……ちょっと見てくるわ」
「ダメだよ」

立ち上がり掛けた古株を、ふいに少年が制止する。
彼はじっとしたまま、続けた。

「──山おやじがくるよ」
「山おやじ……? うわっ!!」

脈絡のない言葉に首を傾げたその時だ。
ガタン! と突然、キャラバンが傾き、一斉に驚いたような声が上がる。一拍置いて、後方から悲鳴がした。

「く、熊ッスーー!!」
「熊ァ!? ──どわぁ!!」

ガタン、とまたキャラバンが傾く。細目を開けると、車体と同じくらいの背丈をした獰猛そうな熊が、キャラバンの窓に前足を掛けて大きく揺すっていた。
ガタンガタンとひっくり返りそうな勢いで揺れるキャラバンに、思わず再び目をつむる。

そして、一瞬その猛攻が止んだと思ったその時、誰かが声を上げた。

「──あいつがいない!」

円堂たちは目を剥く。先ほどまで、塔子と織乃の間に座っていたマフラーの少年が、忽然と姿を消していたのだ。

まさか外に、と顔を蒼くした織乃が零した次の瞬間、キャラバンが一際大きく──先程とは少し違う揺れ方をする。
そして訪れる、一瞬の静寂。それを破ったのは、キャラバンの扉が開く音だった。

「──もう出発しても大丈夫ですよ」

キィ、と扉が閉まる。
その隙間からは、雪に埋まるように倒れた、あの熊が見えた。
まさかな、と視線が行き交う。
あんな小柄な少年が、背丈の倍もある熊を倒せるわけがない、と。




「──本当にここで良いのか?」
「うん。すぐ近くだから」

熊の襲撃から1時間。
吹雪を抜けたキャラバンは少年を降ろし、一時停車していた。

「んじゃ!」
「……ありがとね」

円堂の頭が引っ込んだのを見計らい閉まる扉。雪原に佇んだ少年の姿がどんどん小さくなっていく。

外気に下がりつつあった車内の温度が元に戻る頃、過ぎ去った後方で大きな音がしたのには──誰も気付かなかった。