Snowy prince

「白恋中の吹雪か……! 一体どんなヤツなんだろうな!」

雪道を静かに走り続けるキャラバンで、円堂が高揚した気持ちを見せながら独り言ちる。
しかし、その言葉に声を返す者は誰もいない。ただ、試合結果の書類を整理する秋の手元で、シャープペンシルの芯がペキリと折れる音だけが聞こえた。

「(空気が悪いな)」

そう心の中でひっそりと呟くのは、書類を鞄に仕舞い込んだ秋である。

豪炎寺が瞳子から追い出されてから、チームの雰囲気は目に見えて変わってきていた。

瞳子を実力ある指導者と認める者、指示にこそ蟠りはあっても、彼女の立場を認めている者──そして、不満を抱く者。
白恋の吹雪という人間がどんなに素晴らしいストライカーだとしても、こんなアンバランスで棘のある雰囲気の中で果たしてやっていけるのだろうか。

その思いはあの日以来、中立の立場とも言えるマネージャー4人全員の中で、ずっと燻ったままである。

「──見えてきたよ」

あれが白恋中だ、という古株の声が、キャラバンの中に響いた。




「わぁすごーい! 本当の雷門イレブンだーっ!」

白恋中学校の中に迎え入れられ、数分。
教員が快く案内してくれた教室にいた白恋のサッカー部員たちが、目を輝かせた。
「初めまして、僕は空野」円堂と握手を交わした空野という少年は、柔和そうな面差しで微笑む。

「ようこそ白恋中へ、円堂くん」
「すっげー、みんな俺たちのこと知ってる!」

こちらに憧れの眼差しを向ける白恋イレブンに円堂が感嘆の声を上げれば、「そりゃあもう!」と特徴的なゴーグルを掛けた居屋が、唯一見える口元を綻ばせた。
先日のFFは全国にテレビ放送されたのだ。塔子がそうだったように、サッカーに勤しむ中学生に雷門イレブンを知らない者も今や少ないのだろう。

「選手だけじゃなくて、マネージャーの名前も知ってるんだから! あなたは御鏡織乃さん、でしょう?」
「えっ」

突然、暖かそうな帽子についた飾りを揺らしながら話しかけてきた少女・真都路に、織乃は驚いたように肩を跳ねさせる。
「何故マネージャーまで?」キョトンとした様子で尋ねる夏未に、真都路とその足下に寄ってきた小さな少女・紺子は、顔を見合わせクスクスと笑った。

「だって、あなたたちもテレビに映ってたもん! 大会直後に逮捕された、何とか……っていう人を捕まえるのに一役買ったって」
「えっ、ええっ!」

ギョッとしたように声を上げるのは秋である。
FFから学校に帰った矢先に、あんなことが起こったせいもありテレビなど見る余裕もなかった彼女たちからすれば、驚愕の事実だ。
楽しそうに「よろしく木野さん!」と笑って手を差し出す2人に、秋は苦笑しながら握手をした。

「円堂!」

目的はそれじゃないだろ、と苦笑いしながら風丸が浮かれる円堂を諫めると、「あ、そっか」と円堂はハッとする。

「吹雪士郎くんは? どこにいるのかしら」
「吹雪くん?」

瞳子が一歩前へ出て尋ねると、白恋イレブンはお互いに顔を見合わせ首を傾げた。
「今頃スキーじゃないかな?」まずそう答えるのは紺子である。

「今年はジャンプで100メートル目指すって言ってたもん」
「いや、きっとスケートだよ。3回転半ジャンプが出来るようになったって言ってた」
「オイラはボブスレーだと思うなぁ。時速100キロを越えたって言ってたよ」

口々に飛び出すのは、吹雪の叩き出すそのスポーツの記録。
どうやら吹雪は、サッカーだけでなく様々なスポーツに秀でているようだ。

「スキーにスケートにボブスレー……それで熊殺し?」
「何か、聞けば聞くほどよく分からなくなっていきますね……」

呟いて首を捻る風丸と、笑顔をひきつらせる織乃。それに対し円堂は、「スゴいやつだな!」と更に期待を高める。
その時。ふと教室の外から、キシキシと板張りの廊下が音を立てるのが聞こえた。

「帰ってきたんじゃない?」

何気ない居屋の一言に、否応無しに雷門イレブンに緊張が走る。
紺子が引き戸から顔を覗かせて、「吹雪くんだ!」と言うと、円堂は思わずごくりと唾を飲んだ。

「早く早くっ! どこ行ってたの? お客さんが来てるんだよっ」
「お客さん?」

引き戸がゆっくりと開かれる。
そこから現れた姿に──円堂たちは、あっと声を上げた。

「──あれ? 君たち」

ふわふわとした雰囲気に、外に小さく跳ねた髪。そして、首に巻かれた白いマフラー。
現れたのは、数時間前に遭遇したあの少年だったのだ。

「さっきの……吹雪士郎って、お前だったのか?」

ポカンとして尋ねる円堂に、マフラーの少年──もとい吹雪は、数度まばたきをして、肯定するように柔らかく微笑む。

「お前が熊殺しか!?」
「あー……実物見てがっかりさせちゃったかな。噂を聞いて来た人はみんな、僕を大男だと思っちゃうみたいで」

食ってかかる染岡に苦笑いして、吹雪は頭の後ろを掻いた。
確かに、噂で想像した人物像と実際の吹雪とでは、あまりにイメージがかけ離れている。まさか、こんな小柄な少年が熊殺しなどと物騒な二つ名を持っているとは誰も思わないだろう。

「これがホントの吹雪士郎なんだ。よろしく!」

にっこりと音の付きそうな笑顔で、吹雪は顔をしかめた染岡に片手を差し出す。
しかし染岡は、不機嫌そうに眉間に皺を寄せ鼻を小さく鳴らすと、そのままそっぽを向いて教室を出て行ってしまった。

「染岡──」
「私に任せて!」

駆け出そうとする円堂を制し、秋が染岡を追って教室から飛び出していく。
「何か怒らせちゃったかな」パタパタと足音が小さくなっていくのを聞きながら首を傾げた彼に、円堂はがばりと頭を下げた。

「ゴメンッ! 染岡は、本当は良いやつなんだ……」

染岡も好きで吹雪を嫌っているわけではない。それは円堂も、十分理解していることだ。
「気にしないで」吹雪は染岡たちの出て行った引き戸と円堂を見比べると、薄く微笑む。

すると、ほんの少しだけ柔らかくなった空気を、「吹雪くん!」と貫くような瞳子の声が響いた。

「少し時間良いかしら」
「ええ……えっと」

戸惑いがちに瞳子を見上げる吹雪を、彼女はスッと──どこか見定めるように、目を細める。

「私は吉良瞳子。雷門中サッカー部の監督よ」
「雷門中サッカー部の……」

「──分かりました」小さく呟き、頷くと、彼は出口へ足を向けた。

「せっかく北海道に来たんだし、場所を変えませんか? 話してる間、待ってるだけなんて退屈でしょう?」

前半の台詞は瞳子へ、後半の台詞は雷門イレブンへ。
マイペースに教室を出て行く吹雪に、肩を竦めた瞳子を筆頭にして一同はそれに続く。




「うーっ、寒い……!!」

ストーブで暖まった教室から一転、一気に氷点下の寒空に出た雷門イレブン一同は、白い息を吐き出した。
ぶるぶると震える目金に、「これぐらい普通だよ」と空野が軽く言う。動けば暖かくなると彼は言うが、この寒さに慣れるまで時間が掛かりそうだ。

「地面の表面が凍ってるわね……」
「流石雪国ですね──わぁッ!?」

階段に踏み出した春奈の足が、ツルリと滑る。
悲鳴を上げて仰向けにひっくり返り掛けた春奈の体を、後ろにいた吹雪が受け止めた。

「気をつけて。階段は滑りやすいから」
「あ、ありがとうございます……」

驚いたような表情のまま、吹雪に支えられながら立ち上がる春奈を一瞥した真都路が、隣を歩く織乃にコソリと耳打ちする。

「吹雪くん、スポーツ万能で格好いいから、一部の女の子たちから王子様って呼ばれてるんだよ」
「王子様、ですか」

運動が出来る人間と言うのは、女子然り男子然り、人に好かれやすい。
それに加え、吹雪の優しげなルックスを考えれば、そんなあだ名がついても違和感はないだろう。

──ふと、その時。
階段の頭上から、ズズズ、と何かが崩れるような音がした。
「な、雪崩!?」上から沸き立つ雪煙に、階下で円堂が驚く声がする。
しかしそれよりも、織乃がギョッとしたように呟く声の方が早かった。

「──吹雪さん?」

ふらりと傾いだ吹雪の体が、階段の上に崩れ落ちる。
倒れはしなかったものの、そのままうずくまって動かなくなった吹雪に、織乃は思わずその背中に手を掛けた。

「(震えてる?)」

カタカタと小さく振動が手に伝わる。
顔を上げると、建物の屋根から大きな雪の固まりが音を立てて落ちていくのが見えた。
ずん、と音が止んだのを見計らいこちらを振り返った紺子が、戸惑う表情をする織乃と震える吹雪を見て、眉尻を下げて緩く微笑む。

「大丈夫だよ、吹雪くん。屋根の雪が落ちただけだから」
「や、やねから……」

回らない口で呟いた吹雪は、頭上を見上げる。
「何だ、屋根の雪か……」吹雪がほっと脱力した途端、どうかしたのか、と下から円堂の声がした。

「あ、いや……何でもないよ」

一言そう告げた吹雪の声は、もう震えてはいない。
少し怪訝そうな表情でこちらを見つめる織乃の視線に気が付いた吹雪は、振り返って苦笑した。

「えっと……ごめんね。心配させちゃったみたいで」
「いえ──もう平気ですか?」
「うん、ありがとう」

頷いた吹雪に、その一連の様子を見ていた夏未は眉間に皺を寄せて呟く。

「このぐらいのことで驚くなんて……意外と小心者ね」
「あ、あはは…」

困ったように笑って階段を降りていく吹雪に、織乃は口元に手を添えて考え込んだ。
驚いた──吹雪はそれを否定しなかったが、それだけではないような気がして納得がいかない。
寧ろあれは、驚いたというよりも。

「──御鏡さん」
「! 何でしょうか」

ふいに瞳子に密やかな声色で呼ばれた織乃は、反射的に姿勢を正して振り返る。
瞳子は、射るような視線を吹雪の背中に固定したまま続けた。

「彼との話──あなたも、同行して頂戴。吹雪くんという人間を、知るためにも」

それだけ言って、瞳子は織乃を追い越し階段を降っていく。
「……はい」数瞬、静止した織乃は、表情を引き締めて小さく返した。




青い空の下に広がる銀世界で、楽しげにはしゃぐ声が響く。
雷門イレブンの仲間たちが白恋の生徒たちと雪合戦に白熱している一方、その傍らで綺麗に作られた鎌倉の中に声が反響した。

「──私たちは、エイリア学園を倒すために、仲間を集めてるの」
「仲間を……?」

鎌倉につくられた椅子部分に円状に腰掛けるのは、左から瞳子に織乃、春奈、円堂──そして吹雪と紺子である。
火鉢に置いた餅を焼きながら首を傾げる吹雪に、瞳子は一言、春奈の名前を呼ぶ。
頷いた春奈が2人の目の前にパソコンを差し出すと、ディスプレイには次々と無惨に破壊された中学校の映像が映った。

「こういうことが起こってるの、知ってるだろ?」
「数日前から、エイリア学園はこの北海道で、中学校を破壊しているわ」

険しい声色の瞳子に、吹雪は軽く目を伏せて餅をつつく。

「でも……うちは大丈夫さ。狙われるわけがないよ。やっとサッカー部として活動出来てる弱小サッカーチームなんだから」
「強い弱いは関係ないんですよ」

火鉢をつつきながら穏やかに言う吹雪に、窘めるような口調で言うのは織乃だ。

「破壊されてる学校にはサッカー部があること以外、共通点も規則性もないんです。いつこの学校に現れてもおかしくないんです」
「そう──白恋中だけの問題ではないわ。これ以上、エイリア学園の勝手にさせるわけにはいかない」

2人の言葉に、吹雪はここで初めて険しい顔を見せた。
そこから更に、円堂が続ける。

「俺たちは、奴らを倒す為に、地上最強のサッカーチームを作ろうとしてるんだ。だから吹雪、お前に会いに来たんだぜ!」
「地上最強のサッカーチーム……」

握り拳を固める円堂に、吹雪は何か思うところがあるのか、そっと呟いた。あと一押しとばかりに、瞳子がそこに言葉を重ねる。

「あなたの噂を聞いたわ。噂の実力の持ち主なら、是非私たちと一緒に戦ってほしい」

瞳子の言葉を聞きながら、吹雪は丸く膨らんだ餅に、器用に海苔を張り付けていく。
「貴男のプレイ、みせてくれる?」吹雪は俯かせていた顔を上げると、サッカーボール型に焼き上がった餅を円堂に差し出しながら、にっこりと笑った。

「──良いですよ」