Mirror in the snow

白恋中学校のサッカーグラウンドは、丁寧に雪かきされ霜が降りていた。
各自荷物をベンチへ寄せた雷門イレブンは、瞳子の元へ集まる。

「監督! 作戦は?」
「好きにして良いわよ。吹雪くんの実力を見るだけだから」

落ち着いて返した瞳子に、円堂が大きく頷いた。
しかし、一同がそちらへ集中する中で、染岡は1人白恋サイドに険しい視線を向ける。
苦々しげな表情で白恋ベンチにて仲間を鼓舞する吹雪を睨む彼に気が付いた秋は、気遣わしげに眉根を寄せた。

その時、ふと彼女の隣にいた春奈がふいに口を開く。

「吹雪さんて、すごいストライカーって感じが全くしませんよね」
「え?」

自分に集中したマネージャー3人の視線に、春奈はほら、と視線を中空に投げながら続けた。

「豪炎寺さんて、いるだけで何か、点を取ってくれそうな雰囲気があったじゃないですか」
「そうね……」

春奈の言葉を受けて、夏未が吹雪に視線を向ける。
会ったときと相も変わらず、柔らかい雰囲気を湛えた彼には、確かに豪炎寺のような凄みは感じない。

「でも、だからって油断してたら痛い目に遭うのが定石だし」

モバイルのカメラにフィールド全体が映るように位置を調節しながらそう言うのは、織乃である。

「それに、人は見かけによらないってよく言うでしょ?」
「……何か、御鏡さんがそれを言うと説得力があるわね」
「え」

何故、と織乃が固まったところで、古株に審判を頼み終えた瞳子がくるりと彼女たちを振り返った。

「すぐに始まるわよ。そっちの準備は大丈夫かしら?」
「あ、はい。問題ありません」

そう、と答えた織乃に頷いて、瞳子はフィールドに向き直る。
マネージャーたちもそれに倣い、体の向きを変えたところで──雷門サイドが、ざわりとどよめいた。

「あの野郎、DFにいる!?」

驚きを隠さずに声を上げるのは、フィールドの染岡。
白恋サイドのフィールド、本来FWがいるべき位置に吹雪の姿はなく、代わりに彼が立っていたのは──DFの位置だったのだ。

「吹雪はFWじゃなかったのか!?」
「FWだよ、吹雪くんは」

鬼道の問いに、空野はさも当然のように答える。
「じゃあアレは何だ!」いきり立ったように吹雪を指さす染岡に、彼は僅かに目を細めた。

「今はまだ、DFなんだ」

どこか曖昧な答えに染岡は「どういうことだ」と歯噛みしたが、白恋イレブンはそれ以上話つもりはないのか口を閉ざす。
渦中の人である吹雪は、ただ穏やかに微笑んでDFラインに佇んでいるだけだ。

疑問が消えないままホイッスルが鳴らされ、試合は雷門サイドから、鬼道のキックオフで開始される。

「彼の動き、漏らさず撮ってね」
「はい!」

瞳子の指示に、春奈はカメラのピントを吹雪へ合わせた。
サブディスプレイの中で、染岡が白恋陣内に特攻していく。

「ふざけてんじゃねぇっ!」

「どけぇ!!」穏やかに微笑む吹雪を睨みながら、染岡はDF2人を弾き飛ばした。
ボールをドリブルしながら向かって来る染岡に、吹雪は少し腰を落としながら、笑みを深める。

「──そういう強引なプレー、嫌いじゃないよ」

呟くと、軽く地面を蹴り、吹雪は走り出した。
そして腕を胸の前で重ねながら、勢いを殺さず──さながらフィギュアスケートのジャンプのように、マフラーを翻して体を回転させる。

「──アイスグランド!」
「な……」

彼の着地点から、ビキビキと地面に氷が走った。
驚くような早さでフィールドを走り抜けた氷は、あっという間に染岡を凍てつかせる。

「すっ、すごい技です!」

ビデオカメラを構えた春奈が、やや興奮気味に声を上げた。
高く上がったボールを胸で受け止めた吹雪は、すぐさま喜多海にパスを出すも、一瞬遅れて駆けてきた風丸が、それを奪い返す。
どうやら、他の選手は吹雪程の実力は持っていないようだ。

サッと辺りに視線を走らせた風丸は、素早く染岡にボールを回す。
染岡はそれを受け取ると、ゴール前に構えた吹雪をきつく睨み付けた。

「防げるもんなら、防いでみやがれ! ドラゴン──クラッシュ!!」

大きく振り上げられた足が、竜の気迫を纏うボールを放つ。
しかし吹雪は、少し体を傾けてシュートを受け止めると──上体を捻るようにしながら、それを頭上へ打ち上げた。

「染岡さんのドラゴンクラッシュを受け流した……!?」
「なんてDF能力なの……」

声を上げる織乃や夏未の傍ら、瞳子は満足そうに口角を上げる。

落ちてきたボールを受け止めた吹雪に染岡は歯ぎしりすると、勢いを付けてスライディングを仕掛けた。
それに対し吹雪はそっと微笑むと、構えることなくゆっくりと──白いマフラーに、片手を添える。

「──出番だよ」

彼が何か、呟いたようだった。
しかしそれを理解するより先に、突如として吹雪を中心にしたように雪を孕んだ突風が吹き荒れる。

「ぐぁっ!!」

「染岡!」突風に弾き飛ばされた染岡に、円堂が思わずゴールから一歩踏み出した。
そして──数瞬後、風は止み。

「──へっへ……!」
「何……!?」

ふいに、俯いていた吹雪が肩を揺らす。先程より幾分か低くなったように思えるその声に、円堂は怪訝そうに眉を顰めた。

「この程度かよ……! 甘っちょろい奴らだ」

マフラーを揺らしながら、吹雪は顔を上げる。
──しかし、ほんの1分前の彼とは、様子が大きく変わっている。
つり上がった金の瞳に、重力に逆らう後ろ髪。辛辣な言葉を放つ口から覗く鋭い犬歯。

そこには、先程の穏やかさの欠片もない、荒々しい雰囲気をまとった吹雪がいた。

何事かと驚愕に包まれる雷門イレブンとは逆に、白恋イレブンはこの$$痰ノ慣れているのか、期待に目を輝かせる。

「吹雪くん!」
「任しとけ、いつもみてーにバンバン点取ってやっからよぉ!!」

「見てなッ!!」驚いている暇もなく、吹雪は一気に雷門陣内へ切り込んだ。
そのスピードに一瞬置いていかれながらも、ギュッとUターンした一之瀬が吹雪を追う。

「お手並み拝見と行こうか……!」

吹雪と並んだ一之瀬が、ショルダーチャージを仕掛けた。
しかし吹雪はものともせずに、それを大きく弾き飛ばして突破する。
繰り出される鬼道と風丸のスライディングタックルも強引に振り払い、土門のキラースライドをも飛び越えて、吹雪はあっという間にゴール前の円堂と相対する。

両手を前へ構えた円堂に、吹雪はニヤリと不敵に笑って見せた。

「吹き荒れろ……!」

蹴り上げられたボールに、急激に冷気が収束されていく。
凍り付いたボールに向かって跳躍した吹雪は、左足を軸に中空で体を回転させた。

「エターナル──ブリザード!!」

氷を纏うシュートは、凄まじい勢いでゴールへ突進する。
繰り出したゴッドハンドに亀裂が入り──エターナルブリザードは、雷門のゴールに突き刺さった。

「ゴッドハンドが、こんな簡単に……!」

フィールドの選手とベンチのマネージャーに、動揺が走る。
着地した吹雪はゴールに背を向け、円堂に視線を投げかけた。

「いいか、よく聞け……オレがエースストライカー、吹雪士郎だ!」

熊殺しの吹雪──その名に恥じない、圧倒的な力。それを見せつけた吹雪は、挑戦的に笑う。
ゴールの脇に転がったボールと自分の手を見つめた円堂は、むずむずと口角を上げた。

「──吹雪! お前のシュート、どうしても止めたくなった!」
「出来るもんならやってみな……!」

踵を返して白恋陣内に戻っていく吹雪の背中を、ダメージから回復した染岡が睨みつける。

「やられっぱなしでたまるかよ!!」

がなるように吠えた彼が、ボールを拾い上げたその時だ。

「そこまで! 試合終了よ」

見計らったように、瞳子が指示を飛ばす。
「えっ、ここで終わりですか?」驚いたようにこちらを見上げる春奈に、瞳子は頷くだけで返した。

本来この試合は、吹雪の力量を見定めるために組んだもの。決着をつける必要はないのである。
──しかし。

「このまま終わらせてたまるか……!!」
「染岡くん!」

瞳子の指示を無視し、走り出した染岡に秋が悲鳴のような声を上げた。
勢いをつけて打たれたボールに素早く反応した吹雪は、即座にそれを打ち上げる。

「お前に負けるわけにはいかねぇんだ!!」
「やる気か──面白ェ!!」

ボールは数瞬、中空へ。
スローモーションのように落ちてきたボールを2人の足が捉える。
「染岡!」ぶつかり合った力は、吹雪の方が上だった。弾き飛ばされ地面に転がった染岡に、円堂が声を上げる。

「その程度か。話にならねぇ」

起き上がった染岡を見下ろし、吹雪は冷えた空に吠えた。

「こんなモンじゃ満足出来ねぇ……! もっと楽しませろ!!」

キンとした空気に、吹雪の声が響き渡る。その様子は、まるで。

「別人、みたい」

眉を顰めて呟いた織乃を、瞳子がちらりと一瞥した。ニッと好戦的に笑った吹雪は、そのままボールを蹴り上げる。

「エターナルブリザード──!」

雄叫びと共に放たれた二度目のエターナルブリザードに、一瞬円堂の反応が遅れた。
しかしその次の瞬間、ゴール前に塔子と壁山が躍り出る。

「やらせないよ!」

地面に両手を振りかざした塔子が高い塔を召還し、その後ろで壁山が壁を築く。
吹き荒れるブリザードの中で、吹雪が狼のように吠えた。

「お前らに止められるようなエターナルブリザードじゃねェェッ!!」

2人の防御壁を打ち砕いたエターナルブリザードは、真っ直ぐゴールへ向かっていく。
円堂は歯を食いしばって、左半身を後ろへ向かって捻った。

「マジン・ザ・ハンド!!」

光で形成された魔神と、凍てつくようなシュートがぶつかり合う──かのように思えたのだが。
寸前、僅かに軌道を上方に変えたボールは、円堂の指先を掠りゴールラインを越え遠くへ飛んでいく。

「チッ……あれでコースが変わったか!」

見えなくなったボールに悔しげに吹雪が舌打ちした。
「二重の防御壁……」一方で、雷門ベンチの織乃が小さくそう呟く。

「あの方法なら、ジェミニストームのシュートもどうにか止められるんじゃ?」
「ええ……! 今の雷門の防御力ならきっと可能だわ!」

少し明るさを含んだ声で返すのは、隣に佇む夏未。
もしかしたら──と希望の光が差し込む中、業を煮やした瞳子が手を打ち鳴らした。

「ハイそこまで!」

瞳子は染岡が指示に従わないことを予想していたのか、彼には何も言わない。
織乃が一陣の風につられたように振り返った先には──試合前の時のような、元の穏やかな雰囲気を纏った吹雪が立っていた。

そんな彼に、興奮した様子の円堂がいそいそと駆け寄って行く。

「凄いぜ吹雪! あんなビリッビリくるシュート! 俺、感動した!」
「僕もだよ。僕のシュートに触れることが出来たのは、君が初めてさ」

ニコニコと笑う吹雪は、そう嬉しそうに言った。
確かに、あの威力のシュートなら熊を倒すことも可能だろう。例の信憑性の薄い情報も、嘘ではなかったということだ。

「吹雪! 俺お前と一緒に、サッカーやりたい!」
「僕もさ。君となら──君たちとなら、思いっきりサッカーをやれる気がするよ」

2人は顔を見合わせ、嬉しそうに笑い合う。
その様子に、小さく満足げに頷いた瞳子が一歩前へ出た。

「吹雪くん。正式に、イナズマキャラバンへの参加を要請するわ」

一緒に戦ってくれるわね、と尋ねる彼女の声に、もう疑問の色は混じらない。
「良いですよ」吹雪は白いマフラーを揺らしながら、笑顔で頷いた。

「雷門の新しいストライカー、誕生よ!」
「みんな、よろしくね」

ストライカーの加入と、広がった戦法の幅。
跳ね上がった勝率と新しい仲間に、誰もが喜んだかと思いきや。

「チッ……!」
「染岡くん?」

小さく舌打ちした染岡は、踵を返しどこかへ立ち去っていく。
「染岡!」彼を追いかけて行った円堂の背中を見ながら、吹雪は首を傾げる。

「うーん……僕、なんか嫌われちゃってるみたいだね」
「あ……ごめんね、吹雪くん」

眉根を下げた秋は、見えなくなった2人を追うように視線を走らせた。
染岡も、色々と複雑な思いを抱いているのだ。彼の心境を知る秋は、それを痛いほどに分かっている。

「ただ染岡くんにも、色々と……葛藤とか事情とかが、絡み合ってて」
「うん──大丈夫」

ゆっくり打ち解けていけばいい、と彼は穏やかに微笑んだ。
気の長い人で良かった、と内心思いながら、秋はホッと息を吐く。

「──話は纏まったかな? そろそろ教室に戻らない?」
「うん、そうだね」

空野の提案に、両チームは荷物を抱えて元来た道を戻り始めた。
「──御鏡さん」階段に差し掛かる直前、ふいに瞳子が、最後尾を歩いていた織乃を振り返る。

「試合直前に白恋の選手たちが言ったこと、覚えるかしら」
「え? ……ああ、吹雪さんのポジショニングのことですか?」

吹雪の本来のポジションはFW。しかし試合序盤はDF。
その言葉の通り、吹雪は中盤でDFからFWにポジションを移した。

「試合を始めると性格が変わるとか──そういう質なんでしょうか」
「……そう、ね」

瞳子は何か考え込むように呟くと、そのまま何も言わず階段を昇っていく。
首を傾げていると、上にいた春奈が手すりから少し乗り出した。

「織乃さーん、置いてっちゃいますよー!」
「あ、待って……うわぁッ!」
「だ、大丈夫織乃ちゃん!?」

思い切り凍り付いた階段から足を滑らした織乃は、転げ落ちそうになりながらも手すりに掴まって寸でのところで事なきを得る。
「おい、大丈夫か?」鬼道がやや呆れを含んだ声で言いながら、織乃の元へ階段を下って行った。

「ほら──手を貸せ。立てるか」
「あいたた……す、すいません」

鬼道に手を掴まれ体を引き上げられた織乃は、手すりに打ち付けた背中をさする。
「全く、危なっかしい奴だ」ホッと息を吐きながら言う鬼道に、一之瀬が振り返った。

「織乃、どうせだからそのまま繋いでもらってたら?」
「も、もう転ばないから!」

顔をほんのり赤らめた織乃は、鬼道と繋いだ手をパッと離して力を込めた声で返す。
「何を言ってるんだお前は」大急ぎで織乃から離れた鬼道は、耳を赤くして一之瀬を強めに小突いた。

──そこから離れた遠くの町で星の使徒たちが動き始めたことは、まだ彼らの与り知らぬことである。