One opportunity
「──は?」
円堂と再戦宣言を交わした地区大会終了後のこと。
1年生を筆頭とする部員らの説得もあり、結局打ち上げを行うことになった帝国イレブンは織乃も含め近場のファミレスに来ていた。
店員に注文を頼んだところで、鳴り出した携帯の着信に一人店外へ出てそれを耳に押しつけた鬼道は、めったに出さないような間の抜けた声を上げる。
電話越しの相手──聞こえてくる雑音の中に円堂たちの声が混ざっている辺り、打ち上げでもしているのであろう──春奈が、二言三言交わした後、思い出したように言ったのだ。
『ねぇ、お兄ちゃん。織乃さんに会えた?』
──何故、春奈が織乃のことを知っているのか。首を傾げた鬼道が問うと、春奈は何てことないように答える。
『一昨日、商店街で知り合ったの。衝撃的な出会いだったなぁ』
「衝撃的……?」
訝しむように言えば、春奈が電話の向こうでクスリと小さく笑うのが分かった。
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その日は、FF地区大会決勝の前日だった。
雷門イレブンは新しい監督──響木の指導により力を付けていき、あとは帝国戦で力を発揮するのみという最中、秋と春奈は足りなくなった道具を買い出しに、商店街に繰り出していた。
重い物を買う必要があるということで、お供と言う名の荷物持ち係りにじゃんけんで任命された土門を引き連れ、2人はメモ帳に書いたリストを確認する。
「これで買う物は全部ですかね?」
「俺的には、これで全部だと思いたいんだけど……」
いくつも袋を抱えた土門は、少々げんなりしながら苦笑を浮かべた。
それに申し訳なさそうにしながらも、紙面に目を落とした秋は微笑んで頷く。
「うん、大丈夫。これでもう足りない物はないわ」
「それじゃ、帰りましょうか!」
にっこりと笑って先を歩き出す春奈に二人は顔を見合わせると、微笑んでそれを追いかけた。
「明日ですね。地区大会決勝」
ふと、前方で呟くように言った春奈に土門はハッとすると、眉根を寄せて俯く。
元帝国生であり、偶然ではあるものの春奈と鬼道が兄妹であることを知っている彼は、春奈の心情をうすらぼんやりとではあるが理解していた。
一方で詳しい事情は知らないものの、その声色で春奈が不安感を抱いていることを察知した秋は、その肩を優しく叩く。
「──大丈夫よ、きっと」
多くを語らず、一言だけではあるが力強い光を瞳に宿して微笑む秋に目線をやった春奈は、ふと心が落ち着くのを感じた。
「……そうですよね!」口角を上げて頷き返す後ろで、二人の様子を見ていた土門が小首を傾げながら小さく零す。
「女子は強いなぁ……」
これでは、いつまでも悩んでいる自分がちっぽけに思えてしまう。
そんなことを心の中で独り言ちた時だった。
「──は、離して下さい……!」
「良いじゃねーか、ちょっとくらい」
少し遠くの方で、何やら只ならぬ雰囲気の会話を耳が拾う。
秋や春奈もそれが聞こえたようで、眉根を寄せて声のした方に目を向けた。
丁度、商店街のアーケードの入り口手前。
2人の青年が、自分たちとさして年も変わらぬであろう一人の少女に何事か言い寄っているのが見える。
少女の方はこちらに背を向けているせいで顔を確認することはできないが、青年らを見た秋は眉間に皺を寄せた。
「あの人たち……!」
「秋、知ってるのか?」
「前、円堂くんに絡んできた人たちよ」秋は尚も眉間の皺を取り払わないまま土門に答える。
その隣で、春奈がポケットから取り出した手帳をめくった。
「この辺りで幅を利かせてる2人組ですね。名前は、ヤスイ……いや、タカイ?」
「名前は別にどうでもいいけどさ。あの子、早く助けないと」
そうは言うものの、土門は握り拳を固めたまま戸惑いがちに彼らを見つめるだけだ。
それもその筈、下手に手を出せば大会出場に支障が出る可能性もある上、第一相手は年上だ。こちらが怪我をしてしまうようなことがあれば元も子もない。
故に、今の3人に出来るのは一刻も早く近くの大人にこれを止めてもらうくらい──だったのだが。
「あ!」
春奈が突然、悲鳴に近い声を上げる。
絡まれていた少女が、痺れを切らした青年の片方に掴まれた腕を強く引かれたのである。
「くそっ」舌打ち混じりに毒づいた土門は、思わず足を踏み出した。
しかし、その次の瞬間。
「離して下さい──ってば!!」
ふいに少女が、掴まれた腕を捻って器用にその手を振り払う。
そして、その反動でよろけた青年の体の中心部──言ってしまうが早いか、男性の急所に鋭い蹴りを叩き込んだのである。
途端、当然ながら声にならない呻き声を上げながらその場に倒れた青年に、「や、ヤスイさーん!!」と悲鳴を上げながら駆け寄るもう片方。
ヤスイ(仮)を助け起こし少女を怖々と睨みつけた彼は、覚えてろよ!──などとテンプレートな捨て台詞を吐いたあと、ヤスイを担いでどこぞへと逃げ去っていった。
「す、すごい……」
──一方で、そこから数メートルほど離れた場所で呆然としていた秋と土門は、二人揃って同じ事を呟く。
対してその少女は、青年らの走り去っていった方向をポカンと見つめ「やっちゃった……」と肩を落としていた。
その、声に。
「……あれ?」
「あ、音無さん!?」土門が反応を示した直後、秋の隣で額の眼鏡を顔に下ろした春奈が動いた。
メモ帳とペンを構え、彼女は見たことのないような素早さで少女に駆け寄る。
「すいませんちょっとお時間よろしいでしょうか!?」
「へっ!?」
突然後ろからがっしりと腕を掴まれた少女は、当然の如く驚いたように振り向く。
動きに合わせて、髪が流れるように揺れた。
「──織乃ちゃん!?」
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『格好良かったなぁ、あの時の織乃さんの蹴り……』
何でカメラを持っていなかったのだろう、と春奈は電話越しに憂いに満ちた溜め息を吐く。
それを──春奈と織乃の出会い、そして土門と織乃の再会のエピソードを聞き終えた鬼道は、真っ直ぐに空を見つめ、問う。
「春奈……それは、人違いなんじゃないのか……?」
『そんなことないよ。御鏡織乃さん本人です!』
春奈は少し憤慨したように答えたが、鬼道の記憶に残る織乃は温厚篤実、右顧左眄な人間であり、少なくとも──乱暴を乱暴で返すような性質はしていなかった筈である。
しかし、自分の預かり知らぬところで──彼女がイタリアで過ごした数ヶ月の間に、その性格に何らかの変化があったのは、既に承知済みだ。
「まぁ、それが本人だとして」前置きして、彼は続ける。
「じゃあ、昨日お前が言っていたあの人≠ニ言うのは──」
『そう、織乃さん』
そこで春奈は声のトーンを落とした。
言いあぐねるように少し押し黙った後、「あのね」と春奈は続ける。
『織乃さんと知り合った後、丁度雷門中に行く途中だって言うから、一緒に学校に行くことになったの。聞きたいことも取材したいこともあったし──』
土門さんが織乃さんは元帝国生だって言ったから、とそこまで言って、春奈は言葉を一端切る。
耳に、雷門イレブン達の声が小さく届いた。
彼女が言うには。土門の顔なじみということもあってか、織乃とは割りかしらすぐに打ち解けることが出来たらしい。
大人しいけれど、どこか芯の強さを感じさせる人だったと春奈は小さく笑う。
『それで──織乃さんと2人だけで話す機会があって。その時に聞いたの、織乃さんから見たお兄ちゃんはどんな人ですかって』
鬼道は、知らずの内に携帯を握りしめた。
春奈はまた言葉を切ると、そこでふと声色を変えた。
『鬼道さんは、自分にも人にも厳しいような人だけど──それを補う分の優しさをちゃんと持った人だと私は思うよ=x
「!」
ピクリと、携帯を持たない方の指先が動いた。「どう?」と、春奈がくすくすと笑う。
『似てた?織乃さんの声真似』
「──さぁ、どうだろうな」
『あ、お兄ちゃん照れてる?』
楽しげな妹の言葉に、鬼道は少し眉を上げ、一拍置いて小さく返す。
「……否定はしない」すると春奈は、小さく吹き出した。
『でも──あれを聞いてなかったら、お兄ちゃんが私を引き取るために……っていう話も、もしかしたら信じれなかったかもしれない』
かもしれない──とあくまで終助詞を使って春奈は話を締めくくる。
織乃の言葉は、ほんの切欠の一つでしかない。真っ直ぐにサッカーと向き合う彼を見て、兄自身の言葉を聞いて、秋の話を聞いたからこその、今だ。
しかし、それでも。
『まだ知り合ったばっかりだけど……私、織乃さんと会えて良かったと思うの』
「……そうか」
流石に、自分も同じだと答えるのは気恥ずかしい。鬼道は眉尻を下げ微笑んだ。
とにかく、と春奈はそこで声のトーンを切り替える。
『織乃さんは、来週から雷門生で、私の先輩だから。お兄ちゃんは心配しなくて大丈夫よ!』
「な」見透かしたような妹の言葉に、鬼道は一瞬表情を崩した。
「べ、つに心配はしていないが」
『そう〜?』
春奈がニヤリと笑う様子が、見て取れるようだ。鬼道は少し顔をしかめ、首の後ろを掻く。
『まぁ、良いんだけどね。じゃあお兄ちゃん、たまにはそっちからも電話してね!』
声が遠のき、「監督、私もミニチャーハン一つ!」と言う言葉を最後に春奈との通話は切れた。
通話終了と映し出されたディスプレイを見つめ、鬼道は携帯の蓋を閉じる。
ベルを鳴らしながら店内に戻ると、既にテーブルに置かれた自分のホットコーヒーと各々好きなものを食べながら談笑する部員達。
そしてそれに混じって、パフェを幸せそうに頬張る織乃の姿が目に入った。
彼女の向かいの席に着くと、気づいた織乃が顔を上げる。
「俺の妹と会ったそうだな?」
目が合うなり尋ねると、織乃は慌てて口の中の物を飲み込んで頷いた。
「はい!電話のお相手、春奈ちゃんだったんですか?」
「(春奈ちゃん──か)」
どうやら春奈の言う通り、2人は自分が思っているよりも仲が良くなったらしい。
織乃はナプキンで口元を拭いた後、じっとこちらを見つめた鬼道に小首を傾げる。
「どうかしました? 鬼道さん」
「──いや、何でもない」
礼の言葉など、ここでそれを言うのは野暮と言うものだろう。
鬼道は何食わぬ顔で返しつつも、ゴーグルの奥に隠れた目を優しげに細めながら冷めたコーヒーを啜ったのだった。
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