Role given to her
「どうしても、だめか?」
「そういうわけじゃないですけど……」
苦い顔で小首を傾げる織乃。その手前で、机に両手を突きじっと彼女に視線を注ぐのは円堂だ。
時刻は丁度12時半。帝国との打ち上げを終えた次の週の月曜日──織乃が晴れて雷門生になった、その日の昼休みのことである。
既に、FF地区大会前日に土門の紹介もあって顔見知りになった雷門サッカー部キャプテン・円堂守。
その彼が、昼休みが始まってすぐにグラウンドへ向かったと思うと、ものの5分もしない内に違うクラスの土門や影野を引き連れ教室に戻ってくるなり、織乃の目の前にやって来てこんなことを言ったのだ。
サッカー部のマネージャーになってくれないか、と。
「ごめんなぁ、織乃ちゃん」
そう言って頭の後ろを掻くのは土門だ。首を傾げる織乃に、彼は続ける。
「俺がさっき、円堂に織乃ちゃんの観察力は鬼道が買うほど──みたいなこと話しちゃって」
「あ、あー……」
納得したように、織乃は頷く。
円堂のサッカーに対する情熱が並の物ではないということは、知り合った日に秋や春奈から聞いた他、本人の発言などからも重々汲み取っている。
強くなるためには、努力を惜しまない熱血漢。それが織乃の円堂に対するイメージだ。
つい先日接戦を繰り広げた鬼道もが一目置く、そんな観察力を持つ人間がいればきっともっと強くなれるに違いない──大雑把に推測するのなら、そんな理由だろう。
「あの……俺からも頼むよ、御鏡さん」
「ぎゃっ! ──あ、えと、影野……さん?」
いつの間にか背後に回っていた影野に驚きつつ視線を向ければ、影野は「覚えててもらって良かった」と儚げに微笑んだ。
「昨日出来た必殺技は、影野のアドバイスがあったからこそなんだけどさ。影野ったら、俺一人の意見で大丈夫なのかって言うんだ」
「だって、キャプテン……」
唇を窄める円堂に、影野は少し俯く。
自分一人の言葉よりも、お墨付きと言われる人間の意見も取り入れた方が確実なのではないか──というのが、彼の言い分である。元々ネガティブな方向に働きやすい影野の思考だ。絶対の自信を持てなんてそれこそ無理な話であるし、本人がそう言うなら──と円堂は続けた。
「でも、影野の頼みを抜きにしても、御鏡! お前が力を貸してくれれば、俺たちはもっともっと強くなれると思うんだ!」
「……うーん」
期待に満ちた目を煌めかせながら視線を注ぐ円堂に、織乃は困ったように首を捻る。
次に出てきたのは、「申し訳ないんですけど、」という色良いとは言えない前置きだった。
「別に、マネージャーになりたくないわけではないんですけど……」
言いながら、織乃は指を組み替えつつ、一つ一つ言葉を紡ぐ。
「もし私が雷門イレブンのマネージャーになったら、いつか鬼道さんたちと……帝国イレブンと再戦する時、どっちを応援すべきか迷っちゃいそうで……」
無論、雷門サッカー部のマネージャーになれば当然味方を応援すべきだと言うことは分かっている。
しかし、だからと言って、旧知の仲であり色々な思い入れのある帝国を敵と割り切ることはなかなか出来ない──それが、織乃が円堂の誘いに頷かない最大の理由だ。
「それに、サッカー部にはもう3人マネージャーがいますし……」
「マネージャーは多いほど、俺たちは助かるぞ?」
織乃の控えめな意見を、円堂は明るい笑顔でさらりと流す。
がくりと肩を落とす織乃の背中を、ドンマイとでも言いたげに土門が叩いた。
「……でも、御鏡の言いたいことは何となく分かった! つまり帝国側の許可があれば良いんだな!?」
「え? いや、そうではなく」
「よーし、じゃあ早速そこらへんを解決しなきゃな! あ、でもいきなり入部はなんだろうし、今日の放課後は見学に来てくれよ!」
「え、円堂さーん!?」
待ってるからな!と言い残し、申し訳なさそうな顔をした土門と表情の読めない影野を連れて、円堂は「さぁ練習だ!」と教室を後にしてしまう。
腰を椅子から半分浮かし、片手を宙に伸ばしていた織乃はやがて、がくりと机に崩れた。
「諦めたほうが良いよ、御鏡さん」
「お、大谷さん……」
気の毒そうな苦笑いを浮かべ、織乃の肩を叩いたのはクラスメートである大谷つくしである。
「円堂くんは、サッカーに関しては猪突猛進だってよく秋ちゃんも言ってるし。やるって決めたら有言実行の人だよ、円堂くんって」
「……ほぼ、決定事項ですか……」
確かに、彼はそう言う人なのだろう。サッカーに関しては猪突猛進、そして有言実行。
今まさに、その様を見た織乃は改めてうなだれたのだった。
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それから、約2時間後。
織乃は校庭から少し離れた場所に建つ、サッカー部の部室の前に立っていた。
見学に来てくれと言われ校庭に向かったところ誰もいなかったのだ。そうなると、選択肢は1つしかない。
現に今、部室の中からは円堂を含め楽しげな声が漏れている。
しかし織乃はすぐに戸に手をかけることはせず、所在なさげにそこに立ち眉根を寄せて考え込むような顔をしていた。
「(どうしよう、みんな一応顔見知りではあるけどこのタイミングで入っても大丈夫なのかな……)」
しかし、いつまでもここに立っていても始まらない。
織乃は顔を引き締め、ゆっくりと戸に手を延ばす。その、矢先。
──ガララッと見計らったようなタイミングで内側から戸が開かれ、中から飛び出してきた宍戸を筆頭とする1年生たちと正面衝突した。
「おわっ!」
「いてっ!」
「す、すいません!」それぞれ、衝撃に後ずさりながら打った箇所をさする。
部室から顔を出し、織乃と視線がかち合った円堂は、その胡桃のような目を輝かせた。
「御鏡、来てくれたんだな!」
「あ、えと……はい。とりあえず見学を」
「あっ織乃さん!」
言い掛けた織乃の言葉尻に、春奈の声が被さる。
他の1年たちと部室から出てきた春奈は、ニコニコとしながら織乃に駆け寄った。
「織乃さん、サッカー部に入ってくれるんですか!?」
「え、あ、いやそれはまだ、」
「それがさ、帝国と戦うときに抵抗があるからまだ保留らしいんだよ!」
続けて円堂の台詞に声をかき消された織乃は、再びがくりと肩を落とす。
その背中を、やはり諦めろと言わんばかりに生温かい視線を湛えながら、秋と土門が叩いた。
一方で、「じゃあお兄ちゃんに許可を貰えば良いんですね!」と、春奈は昼の円堂と同じ結論を出して笑みを深めている。
「なら、後にでも私が電話で聞いておきますね!」
「(ああ、巻き込んでごめんなさい鬼道さん……!)」
さめざめと顔を手で覆う織乃の傍らで、染岡が少し苦い顔をした。
「嫌なら無理して入る必要なんざねえだろうが」
「あ、いや……別に、嫌ではないんですけど」
染岡の方に目を向けた織乃は、思わず眉を下げる。
こちらを見る染岡の目は、同情のようなものと同時にどこか剣呑な色を宿していた。
これは織乃の知らぬことだが、雷門イレブンは一度、まだ影山の作り出すサッカーに心酔していた頃の帝国に嫌と言うほど痛めつけられているのだ。
自らを省みず帝国から離反しここまで一緒にやって来た土門はともかくとして、突然現れた元帝国マネージャーである織乃を簡単に信用することは出来ないのだろう。
ふいに、二人の顔を見比べた土門がわざとらしい咳払いをする。
そして唐突に染岡の肩に腕を回したと思うと、そのまま織乃から少し遠いところまで引き離した。
「あのさ、染岡。お前が嫌いなのは影山が仕切ってた頃の帝国だろ?」
「……まぁ、そうだな」
顔をしかめながらも頷いた染岡に、土門は「なら大丈夫」と歯を見せて笑う。
「織乃ちゃんは影山に感化なんか少しもされてないし、観察眼だってピカイチなんだから」
だから、少しは信用してやってくれよ──そう言って、いつもよりも真剣な表情をする土門に答えるように織乃の方をちらりと見れば、眉根を寄せて不安な表情を浮かべる彼女の姿が目に映る。
まるで子供を泣かせてしまったような気分になった染岡は、ギョッとしながら若干焦った様子で織乃にずんずんと近付いた。
「別に入って欲しくないとか言ってるわけじゃあるまいし、そんな辛気くせー顔してんじゃねえよ!」
「へぁ!? は、はい!!」
少し強引ではあったかもしれないが、途端わだかまりの消えたような顔で向き合った二人に、土門は一人満足げに頷く。
やがて織乃は春奈や秋に連れられ、先を歩く半田や影野、1年生たちの背中を追いかけ。土門や染岡もそれに倣い、グラウンドへ向かった。
「さ、織乃さん! そこに座ってくださいっ」
春奈に促されるがまま、困ったような笑みを浮かべながらベンチに腰を下ろすと、その隣に苦笑を浮かべた秋が座る。
「まだ、実際に技は見せられないね」校舎の方で、風丸が陸上部のユニフォームの生徒とグラウンドから離れていくのを視界に入れた秋は、そう呟くと足下に置いてあった籠からビデオカメラを取り出した。
「土門くんがお昼に言ってたんだけどね。御鏡さんは、技の精練に掛けて右に出る者はいない! って」
「そ、そんな過大評価される程じゃないですよ、木野さん」
ビデオカメラを操作していた秋の手がふいに止まる。
「木野さん?」不思議に思いつつ首を傾げると、秋はくるりと織乃に顔を向けた。
「秋」
「え?」
「名前。さん付け、やめてみない?」
秋がにっこり微笑むと、織乃は目に見えて焦った顔をした。
「ほら、御鏡さんて丁寧語で話すでしょう? その上に名字呼びだと、何だか距離がある気がして」
「私も織乃ちゃんて呼ぶから。ねっ」そう締めくくると、織乃はわずかに頬を桃色に染めながら躊躇うような仕草をする。
年下以外に敬語を使うのは織乃のデフォルトで、同い年の人間をそんな風に呼ぶのはもう随分と久しぶりだったのだ。
しかし、せっかく友達になったんだから──と満面の笑顔付きで言われれば、彼女に断れるわけがないわけで。
織乃はやや声を上擦らせながら、俯いていた顔を上げた。
「あっ……秋、ちゃん?」
「うん! 改めてよろしくね、織乃ちゃん」
名前を呼び合うと、織乃は照れたように頬の赤みを収めないままはにかむ。
──と、そんな和やかな空気の元、いつの間にか姿見えなくなっていた春奈が携帯を片手に戻ってきた。
「織乃さん、キャプテン!」
通話口を指で塞ぎながら声を上げれば、呼ばれた円堂が首を傾げながらベンチにやってくる。
「どうした? 音無」
「お兄ちゃんと電話が繋がってるんです。スピーカーモードなので、織乃さん、どうぞ!」
さっと目の前に差し出された携帯に、織乃は戸惑いながらも口を開いた。
「き、鬼道さん……?」
『……………………』
電話越しの鬼道は、ただひたすら無言である。
円堂や秋と顔を見合わせ首を捻ったところで、やっと聞こえた天才ゲームメーカーの声はやや掠れているように思えた。
『……御鏡……妹を頼む』
「…………はい?」
一瞬、考えて。織乃は鬼道の言葉のニュアンスに呆けた声を上げる。
携帯を持つ春奈に視線を向けると、──何やら、ニヤニヤとしていた。
『お前になら任せられる……これも、俺が負うべき罪だ……』
「ちょっ……ちょ、ちょっと待って、待って下さい。鬼道さんどうしたんですか? 春奈ちゃん、一体何を言ったの?」
慌てた風に問う織乃に、春奈はいたずらが成功した子供のような笑みを浮かべ何てことないようにさらりと答える。
「私はただお兄ちゃんに、織乃さんを下さい! ……ってお願いしただけですよ!」
「恐ろしいほど多大な誤解してます鬼道さーーん!!」
思わず通話口に向かって叫んだ瞬間だった。
──それから織乃の説明を受けいつもの思考を取り戻した鬼道は、ほっとしたようにそうか、と呟く。
『すまん……あまりに突飛なことだったから、つい』
次いで、咎めるように鬼道が春奈の名前を呼べば、春奈はやはり楽しげな笑顔を浮かべていた。
「だって、今までずっとお兄ちゃんに悩まされて来たんだもの。これで少しチャラねっ」
『全く──』
呆れたような、それでいて優しい色を含んだ風に鬼道が呟くのを聞き、円堂と秋は顔を見合わせ嬉しそうに笑う。
そして、一拍置き。
『そこに、円堂はいるか』
先とは打って変わって、普段の真面目な声に戻った鬼道に、円堂が目線を携帯に向ける。
「ああ、いるぞ」
『そうか。──御鏡を、雷門イレブンに引き入れたいそうだな?』
「ああ。ダメか?」
反射的に尋ねると、電話越しに鬼道が少し笑ったようだった。
『そいつはもう雷門生だ、それを止めることはしない。御鏡も、俺たちに気を遣わなくて良い。──だがな御鏡』
「鬼道さん」ぽつりと織乃が呟くのと、鬼道が再び口を開くのは、ほぼ同じタイミングだった。
『どうせ雷門イレブンに入るのなら、お前の持てる力を全て注ぐ勢いで行け。その雷門を倒してこそ、帝国は真の王者になれる』
「──っはい!」
目一杯気合いを込めて返事をすると、二人のやりとりを聞いた円堂はニッと頬を上げる。
「御鏡も鬼道も、そうこなくっちゃな!」
『ああ。じゃあ、円堂。また明後日、スタジアムで会おう』
「おう!」
その会話を最後に、鬼道との通話は終了した。
織乃と目があった円堂は、再び口角を上げる。
「それじゃあ、許可も貰ったことだし! これからよろしくな、御鏡!」
「──はい! よろしくお願いします!」
そうして二人は握手を交わし、織乃は晴れてマネージャーとして雷門サッカー部の仲間になったのだった。
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