The wall separate

薬缶を乗せた石油ストーブが、シュンシュンと音を立てる。
吹雪が雷門イレブンの仲間入りをし、浮き足だったような白恋の面々が用意してくれた餅や飲み物を囲んで、一同は和気藹々としていたのだが。

「たっ……大変です!」

その平穏は、突如崩されることになった。
突然、ノートパソコンをいじりながら大声を上げた春奈に、一気に視線が集中する。

「どうしたの、春奈ちゃん?」
「ん? 何かあったのか」

驚いたような表情の織乃、次いで丁度染岡と一緒に戻ってきた円堂に問われた春奈は、青い顔で口をパクパクさせた後、言うよりが早いかとパソコンのディスプレイをその場の全員に見えるように裏返した。

「これ、見てください……!!」

そう鬼気迫る声の春奈が見せたのは、ネットのライブ中継。画面に映された映像を見るなり、円堂の顔が強張る。

そこには、崩れた瓦礫と──黒いボールに足を掛けた、レーゼ率いるジェミニストームが映っていた。
まばたきもせず、レーゼがカメラに正面切って口を開く。

『──白恋中の者たちよ。お前たちは、我がエイリア学園に選ばれた。サッカーに応じよ』
「レーゼ……!」

固い声で、円堂が眉根を寄せてディスプレイを睨んだ。
レーゼは表情を変えぬまま更に続ける。

『断ることは出来ない。負ければ破壊が待っている』

助かる道は勝利のみ──その言葉を最後に、中継は途絶えた。
「この白恋中に……」トップ画面に戻ったディスプレイを見つめ、吹雪が小さく呟く。

「エイリア学園が、やってくる」
「……ついに、と言ったところね」

冷静な声でそう言ったのは、瞳子だ。彼女は少し考え込んだ後、春奈に指示を出す。

「音無さん。今までに何件被害が出たか、調べられるかしら?」
「やってみます!」

力強く頷いた春奈は、パソコンを素早くブランドタッチした。
そして5分もしない内に、彼女は「わかりました!」と顔を上げる。

「襲撃は一昨日の午後から──今日までに、既に5件の学校が被害にあっているみたいです」
「5件……」

険しい声でそれを反復した瞳子は、次に白恋イレブンたちを振り返った。

「道内に、サッカー部のある学校がいくつあるか──わかる?」
「え? うーん……」

顎に手を添え考え込んだのは空野である。
空野は「少し待ってください」と教室の隅まで行き、本棚にあった1冊のファイルを持ってきた。

「これ、今年道内で行われた大会の対戦表です。全部かどうかは分からないけど……粗方は、載ってるんじゃないかな」
「そう、ありがとう」

ファイルを受け取った瞳子は、ページを捲り順に目を通していく。
そしてしばらくして「15件ね」と呟くと、ファイルを空野に返した。

「ハッキリしたことは言えないけど──奴らは、道内の学校を全て潰し終えた後に、白恋中を襲撃するつもりなのかもしれないわ」
「そんな!」

何でそんな酷いことを、と震える声で問う紺子に、瞳子は落ち着いた声で答える。

「後回しにすればするほど──あなた達の恐怖感を煽ることになる。そうすれば、プレーにも支障がでる可能性があるわ」

戦わずしてどれだけ相手を弱らせることが出来るか──そういうことだと解析する瞳子に、白恋イレブンは顔を青くして身を寄せ合った。
そこで、静かに助け船をだしたのは鬼道だ。

「しかし、その予想が合っているとしたら、奴らの襲撃までに特訓することも可能──ですよね」
「そうよ」

頷いた瞳子は、雷門イレブンを振り返って口を開く。

「戦うのは、白恋中ではなく貴方たち、雷門イレブンよ。猶予は、保って4日──それまでに」
「強くなります、絶対!!」

彼女が言い終わる前に、円堂が叫ぶように言った。
満足そうに頷いて教室を去って行った瞳子を見送り、織乃が呟く。

「保って4日──か」
「ねぇ、大丈夫だよね。学校、壊されたりしないよね……?」

眉根を下げて尋ねる真都路に、織乃は薄く微笑んだ。

「大丈夫です。きっとみんな強くなって、白恋を守りますから」

絶対に、と心の中で付け足して、織乃は拳を固める。
三度目の負けなど、見ることがないように──自分も全力を尽くすのだと。




──次の日。雷門イレブンは、白恋のグラウンドに集結していた。
ボールを抱えた円堂が、仲間たちを見回す。

「今日から吹雪と一緒に特訓だ! 今度こそエイリア学園に必ず勝つ! そのためにも、今まで以上に特訓して──あ、よう!」

言葉を切った円堂は、聞こえてきた足音に上げた顔を綻ばせた。
青と黄色の雷門ユニフォーム。そしてトレードマークらしい白いマフラーを巻いてやってきた吹雪に、テクニカルエリアで見学していた白恋イレブンが感嘆の声を上げる。

「うわぁ! 似合ってるよ、吹雪くん!」
「カッコいいだぁ」
「ありがとう、みんな。僕もこれで雷門イレブンの1人だ」

「この白恋中を絶対守ってみせるからね!」仲間たちにに微笑みかける吹雪の背中を、その意気だ、と円堂が叩く。

「で──どんな練習するの?」
「白と赤でチームを2つに分けるんだ」

円堂がイレブンを振り返るのに倣い、吹雪もそちらに視線を向ける。
土門、染岡、風丸、壁山、塔子の5人は、内部での模擬試合を行う際に用意された、青と白のアウェイカラーの雷門ユニフォームに身を包んでいた。

「それぞれ攻守を交代して、コンビネーションの練習をするんだよ!」
「面白そうだね。良いよ」

「吹雪くん」頷き、赤のチームへと歩を進めようとする吹雪に、ふと瞳子が声をかける。

「貴方には、FWをお願いするわ」
「僕が、FW……」

少し意表を突かれたような吹雪の後方で、マネージャーたちのいるテクニカルエリアから、染岡がふいとそっぽを向くのが見えた。
秋が少し不安そうな顔をする中、瞳子は吹雪と会話を続ける。

「不服かしら?」
「……いいや。問題ありません」

聞こえた舌打ちに身を竦め、春奈は隣にいた織乃に耳打ちした。

「染岡さん、今日も機嫌悪いですね……」
「うん……でも、仕方ないよ」

根本的に、染岡と吹雪は性格がほぼ真逆なのだ。
知り合った状況が違えばまだ良かったかもしれないが、染岡の中では、吹雪は豪炎寺の後釜に過ぎない。完全に打ち解けるには、まだまだ時間が必要なのだろう。

「仲良くなってくれれば、とは思うんだけど……」

小さく、秋が俯きながら呟いた言葉に、マネージャーたちは揃って重たい溜息を吐いた。
この問題に一区切り付くのは、もう少しだけ先の話である。

全員が位置に着いたのを確認し、センターサークルの側へやってきたのは瞳子。
彼女はフィールドをざっと見回した後、ボールを高く放り投げた。

轟くホイッスルに、真っ先に鬼道と風丸がボールを奪いに行く。

「良いぞ、2人とも! お互いに食らいついていけー!!」

ゴール前で叫ぶ円堂。風丸の疾風ダッシュが、ボールを素早く浚っていく。
そのままゴールへ向かう風丸の背中に、9の背番号が近付いた。

「風になろうよ──」
「っあ!」

マフラーを靡かせ、滑るような動きで吹雪は風丸からボールを奪い去っていく。

「すごい、風丸くんをあんな簡単に……」
「やっぱり吹雪さんは強力なストライカーというだけでなく、DFでも力を発揮するんですね!」

「風丸何やってるんだ!」マネージャーたちから上がる賞賛の声に、染岡が顔をしかめて風丸を叱咤した。

「行くぞ!」
「くっ──」

眉根を寄せて、風丸は走り出す。
「スピードは、お前だけのものじゃない!」元陸上部の肩書きは名前ばかりではない。風丸は染岡を追い越して、あっと言う間に吹雪に追いついた。
2人の更に後方で、一之瀬や鬼道が声を上げる。

「吹雪、無茶はするな!」
「こっちに回せ!」

吹雪は一瞬背後を見やったが、ドリブルしながら更に加速した。
パスを回すつもりはないらしい──感づいた風丸が、スライディングを仕掛ける。

しかしそれを跳躍して回避した吹雪は、そのまま中空でくるりと体を回転させて、着地した。
そして──一転。

「よっしゃああー!!」

「ま、まただ!」目つきの鋭くなった吹雪に、円堂が目を丸くする。
そのまま勢いを殺さず、吹雪は白チーム陣内へ特攻した。後方から聞こえる一之瀬たちの声を、丸々無視して──である。

フィールドの異常には、勿論マネージャーたちも気付いていた。

「どうして誰にもパスを出さないの……?」
「昨日と同じだわ」

攻撃に回ると、まるで人が変わったようになる、そう呟いた夏未に、瞳子は静かに口を開いた。

「確かにね──吹雪くんはとてもトリッキーなプレイヤーだわ」
「でも……あれじゃあ、ただのワンマンプレーと同じですよ」

眉根を寄せてこちらを見上げる織乃に、瞳子は僅かに険しい顔つきになって、小さく頷く。

「……次のエイリア学園との戦いでは、コントロールが難しそうね」

彼女がそう言ったのとほぼ同時に、フィールドで堪忍袋の尾が切れた染岡のストップが入った。

「ちょっと待ったぁ!!」

てん、と空しい音を立てて、ボールが転がる。
え? と振り返った吹雪の様相は、元の穏やかなものに戻っていた。
そんな彼の元へ、少し不満げな表情を湛えた雷門イレブンが近寄っていく。

「お前なぁ……! 一之瀬も鬼道も、こっちに回せって声掛けてんだろうが!」

苛立ちを隠さないまま声を荒げる染岡を、吹雪は虚を突かれたような表情で見上げた。

「だって……僕、いつもこうしてたし」
「白恋じゃそうでも、うちじゃそんなん通用しねーんだよ!」

詰め寄る染岡の形相にも動じず、吹雪は困ったように頬を指で掻く。

「そんなこと急に言われても……そういう汗くさいの疲れるなぁ」

「誰が臭いって、誰が!!」飛びかからん程の勢いで激昂する染岡を、土門や一之瀬が慌てて取り押さえた。
あまりに険悪な雰囲気に、マネージャーたちもフィールドへ駆け寄ってくる。

「とはいえ──世界トップレベルのチームの中には、個人技を生かしたプレースタイルを重視しているところもあります」

ふいに、眼鏡のブリッジを持ち上げながら口を開いたのは目金だ。

「吹雪くんを中心とした白恋中は、まさしくそうしたタイプなのでは?」
「うちはうちだ! 白恋じゃねぇ!!」

激しく哮る染岡に、目金とその傍らにいた壁山が竦み上がる。
白恋イレブンは、怒る染岡と吹雪を見比べて顔を青くしていた。

「どんなにスピードがあろうが、こんな自分勝手な奴と一緒にやれるか!!」

青筋を立てて、吹雪を睨みつける染岡。吹雪は依然、静かにその厳しい視線を受け止めている。

「無理なんだよ……こいつに豪炎寺の代わりなんて!」

吐き捨てるように言って、染岡は一度言葉を切った。
視線は合えど、言葉は交わらない──そんな2人の間に、静かに割り込む声が1つ。

「──それはどうかな」

ぎょっとしたように、染岡が振り返る。その視線の先にいたのは風丸だった。
俺は吹雪に合わせてみる。──その言葉に、染岡は「はぁ!?」と大口を開けて彼を凝視する。

「お前何言って、……!」

言いかけ、染岡は黙り込んだ。
風丸の表情が、目に見えて硬くなったのが分かったのだ。

「俺には、吹雪のあのスピードが必要なんだ。エイリア学園からボールを奪うには、あのスピードがなくちゃダメなんだ……」

目を閉じれば、瞼に浮かぶ凄惨たる光景。屈辱も痛みも、絶望も。既に二度経験している。
風丸は、前髪で顔が隠れるほど深く俯いた。

「──そうでなきゃ、また前の繰り返しだ」

染岡も含め、一同は口を噤む。
「……だったら」そんな彼らを見回した吹雪は、ふと微笑んで見せた。

「風になればいいんだよ」
「んぇ……風?」

円堂がキョトンとした表情になり、風丸も顔を上げて首を傾げる。
吹雪はマフラーを翻し、踵を返して彼らを誘った。

「おいで。……見せてあげるから」