Difference on the snow
「僕はちょっと準備があるから──君たちは先に行っておいて」
校舎の裏側だよ──そう言い残して去っていった吹雪に従い白恋中学校の校舎裏にやって来た雷門イレブンは、あんぐりと口を開けた。
すげー、と呆然としたような声で漏らすのは円堂である。
「校舎の裏がゲレンデなのか…」
森の開けた場所に位置するそのゲレンデは、昨夜降った雪が太陽の光を反射していた。
ふと視線をずらすと、反対側の縁に、身の丈ほどの大きな雪玉を構えた白恋イレブンが見える。
「あんな大きい雪玉、何に使うんでしょうか……」
「さぁ……ん?」
織乃の呟きに返した円堂が、また視線を別の方向に向ける。
シュルル、と音を鳴らしながらやってきたのは、スノーボードに乗ってやって来た吹雪だ。
「スノーボードか!」
「それでどうやって……?」
尋ねる風丸の声には、少し訝しむような色が含まれている。
「うん、まぁ見ててよ」吹雪は、にっこりと笑って見せた。
「雪が僕たちを風にしてくれるんだ」
そう言うや否や、吹雪は凄まじいスピードでゲレンデを滑り降り始める。
まさしく風のように、鮮やかなシュプールを描いて滑る吹雪に、1年生たちから歓声が上がった。
「やるなぁ、吹雪!」
「ははっ、ただのスノボーじゃねぇか」
心底関心したような円堂に対して、染岡は小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
いつの間にか2人の側にやって来ていた紺子が、ゲレンデの吹雪を眺めながら口を開いた。
「吹雪くんは小さい頃からスキーやスノーボードが得意で、よくやってたんだって」
走るよりも、雪を滑る方がもっと風を感じることが出来るから好きだと──吹雪はそう言っていたと、紺子は語る。
確かに、一朝一夕であの技術は身に付くものではないだろう。
「風か……」ぽつり、風丸がそう呟いたその時、吹雪が白恋イレブンを振り仰ぐのが見えた。
「みんなー! よろしく!」
よろしく? と円堂がキョトンと首を捻る。
その次の瞬間、揃って快い返事を返した白恋イレブンたちが、目の前の雪玉をゲレンデに向かって転がし始めた。
ギョッとしたように目を見開くマネージャーたちとイレブンの目の前、ゲレンデの縁と縁を加速した幾多の雪玉が転がる。そのうちの1つが、吹雪の背後に迫った。
「あっ、危ない!」
思わず、円堂が叫ぶ。
しかし吹雪は迫り来る雪玉を一瞥すると、焦る様子は微塵も見せず──高く、跳んだ。
ボードのエッジに削られたゲレンデの雪が煌めく中、吹雪は見事に雪玉を避けてみせる。
ドシャ、とぶつかり合って崩れた2つの雪玉と、華麗に着地した吹雪に、雷門イレブンの一部から感嘆の声が上がった。
「すげーな……雪玉の滅茶苦茶な動きを、完全に見切ってるぜ!」
「吹雪くんが言うには、速くなればなるほど、感覚が研ぎ澄まされて、自分の周りの物がハッキリ見えてくるんだって」
関心したような土門に、紺子からの解説が入る。
確かに速い、と一之瀬が呟いた。
「この特訓面白そう!」
「ああ! 俺もやりてぇ!!」
イレブンの中でも特に好奇心旺盛な円堂と塔子が目を輝かせる中、雪玉の一つが勢い余って──
「うぎゃああああッ!?」
「め、目金さん栗松くーん!?」
目金と栗松を巻き込み、反対側の縁まで転がっていった。
慌てて織乃が救出に向かう中、2人を巻き込んだ雪玉が木にぶつかり、枝に被っていた大量の雪が大きな音を立てて落ちていく。
「──吹雪!?」
織乃は目金と栗松を雪から引っ張り出しながら、振り返った。
──先程まであんなに調子が良さそうにしていた吹雪が、雪の上に膝を突いて頭を抱えている。
目を丸くした円堂と風丸が、急いで彼の元へ駆け寄った。
「吹雪! 大丈夫か?」
「あ、ああ……ごめんごめん」
ちょっと失敗、と吹雪は小さく苦笑してみせる。その笑みは、あまりにも力無い。
「(……?)」
──まただ。何かが引っかかる。
もしかして、と一抹の考えを抱く織乃に助け出されながら、目金と栗松が揃ってくしゃみをした。
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エイリア学園と戦う前に怪我でもしたら元も子もないだろう──と、雷門イレブンは白恋の好意で貸してもらった防具に身を包む。
専用の靴にボードの金具を固定する鬼道を、春奈が振り返る。
「お兄ちゃん、やったことあるの?」
「まぁ見てろ……」
心配げな顔で妹が見守る中、鬼道は吹雪に話しかけた。
「それにしても、いつからこの特訓を?」
「特訓てわけじゃないんだ」
笑って、吹雪は言う。
曰く、小さな頃から遊びの中で自然にやってきた内に、ここまでの実力が着いたらしい。そう答えた彼に、染岡がやはり小馬鹿にしたように噛みついた。
「何だよ、結局遊びの延長じゃねーか」
染岡は先ほどの吹雪のワンマンプレーを許していなかったのか、視線も険しく彼に食ってかかる。
「俺たち雷門イレブンの特訓は遊びとは違う! 苦しい特訓を越えて強くなることに意味があるんだ!」
「……やっぱりそういうの疲れるなぁ」
轟々と吠える染岡にまばたきを繰り返した吹雪は、肩を竦めた。
当然、染岡は怒りを増幅させて、「何ィ!?」と掴みかからん勢いで歯を剥いたが、吹雪は特に臆する様子も見せない。
「同じ力を付けるなら、楽しくやりたいな」
「……一理あるよね」
笑って言った吹雪に、場を和ませるために軽く笑顔で賛同したのは一之瀬である。
「見ろよ!」顔をしかめた染岡に、彼は後方を指さしてみせた。
「円堂はやる気満々だぜ?」
渋い顔の染岡が見れば、丁度そこには、防具を付けボードに靴を固定して立ち上がった円堂の姿。
「俺、スノボするの初めてなんだ! 教えてくれよ吹雪──ん? あ、あああっ!」
「止めてくれーっ!!」バランスを崩したらしい円堂は、そのままゲレンデへ急降下していく。大きな雪だまりに突っ込んだ彼を慌てて秋が救出しに行く中、苦笑が広がった。
その間にも、残ったイレブンたちはゲレンデを滑り降りていく。
「すごーい!」
「ホント、速い……」
鬼道や一之瀬、土門、塔子は、元々運動神経が優れているのか転ぶことなくシュプールを描いた。
その一方で、雪だまりに突っ込み悲鳴を上げるのが約数名。
「絶対に風になってやるーッ!」
何度目かの失敗に雪から顔を出した円堂が叫べば、その上方を滑る吹雪が笑った。
「楽しむんだよ! 楽しんだら、体の方が着いてくるんだよ!」
各方向から上がる悲鳴や歓声を聞きながら、マネージャーたちは顔を見合わせる。
「じゃあ、ここはもうみんなに任せて……」
「私たちは、ご飯の準備に行きましょうか?」
秋と織乃の言葉に、夏未の表情がほんの少しだけ凍り付いた。
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──そして、夕食時。
空腹を訴える腹を抱え校舎に戻ってきた雷門イレブンは、机に並んだ食事を見るなり落胆した表情になった。
「こ、これだけぇ!?」
「も、もうちょっと欲しいなぁ……」
ひもじそうに指をくわえる円堂の前には、小さな小さなハンバーグと茹でたほうれん草と人参、キャベツの千切りにコーンスープ、それから小さな茶碗一杯の白米。一同全員、同じ量のそれである。
育ち盛りのスポーツ少年達にとって、この量は心許ないだろう。
「こうなったらお代わりしまくるッス!」
涙目で息巻く壁山に、食事の用意を手伝っていた古株が困ったように笑った。
「悪いねぇ……お代わり無しだ」
そう言って彼が見せた炊飯器の中には、米粒の一つも残っていない。腹八分目で頑張れ、というエールにブーイングが上がる。
それを顔をしかめた夏未が大きな咳払い一つで静めた。
「監督の指示よ。スピードアップの為、筋肉強化を意識した食事を用意したわ」
「カロリー計算も完璧です!」
「それから、一度口に入れたら30回は噛むようにって!」
「30回!?」ギョッと目を丸くした円堂に、秋はと頷いて見せる。
「消化吸収率が良くなるんですって!」
「それに、食事に時間を掛けると、満腹感が増すんですよ」
全員の席にお茶を注いで回る織乃が付け足せば、円堂はぐぬぬ、と唸って口を結んだ。
そして、その隣で椅子の背もたれにかじり付く壁山の背中を叩く。
「よしっ、壁山! 勝つためだ!」
「30回噛むぞ!」意気揚々とした宣言に対し、食事の時間は少しどんよりとした特に会話のない静かなものになった。
「──やっぱり、育ち盛りにあの量はきついですよねぇ……」
「お前、同い年だろう……」
夕食が終わり、イレブンを見送って食器を片付けながら織乃が呟けば、それを手伝っていた鬼道が困ったように笑う。
「そんなことを言っているから、母だ何だと言われるんだな」
「うぐっ」
図星を突かれた織乃は、スポンジを持つ手に力を込める。
やや乱暴に泡を立てながら皿を洗い始めれば、鬼道が「そうだ」と口を開いた。
「御鏡。時間のある時で良いんだが、吹雪の身体能力のデータをとっておいてくれないか?」
「え? ああ……そうですね。その方が吹雪さんもみんなも、合わせ易くなるでしょうし」
鬼道は教室の外へ足を向けながら、それに、と小さく付け足す。
「いつまでもいがんでばかりでは、勝てるものも勝てないからな」
「……そうですね」
そう言い残し、鬼道は今度こそ教室を去っていった。
織乃は、ゆらゆらと上っていく泡を眺める。
「……データ、か」
まだまだ、知らなければならないことは沢山あるのだ。
勝つ為にも、チームの為にも。
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次の日の朝食は、昨夜と違いキチンとした量の食事だった。
「うおお、朝は一杯ッス!」
「元気の元は朝食にあり! 朝とお昼はしっかり食べてね!」
秋が言えば、嬉しそうな声とともに箸が進む。朝食のお陰か、その日の特訓は好調だった。
「みんな、避けるのが上手くなってきましたね!」
ずざざ、と音を立ててゲレンデを滑り雪玉を避けていくイレブンに、マネージャー陣から声が上がる。
昨日までろくに滑ることが出来なかった円堂も、いつの間に上達したのかまだ拙い滑りではあるが、雪だまりに突っ込むことは無かった。
「それだけスピードに慣れてきた──早い動きの中で、周りが見えてきたということなんだわ」
満足そうに言う夏未が眺める中、2つの雪玉がぶつかり合う。
寸でのところでそれを避けた円堂はこちらに向かってVサインをして──雪だまりに突っ込んだ。
「……あとは、注意力が必要ね」
「そ、そうね」
こめかみを押さえる夏未に、秋が引きつった笑みを湛える。
朝食、昼食をしっかり取って特訓、そして少し侘びしい食事。
そんなことを続けていた、3日目の午後のことだった。
「──みんな、少しは様になってきたと思わない?」
「うん、想像以上だよ!」
夏未が話しかけたのは、傍らにいた吹雪である。
マネージャーたちと瞳子、そして吹雪の見下ろす先では、雷門イレブンたちが雪玉にぶつかることなくゲレンデを滑り降りる姿。
円堂も、もう雪だまりには突っ込まなくなった。
「……私も、彼らを率いてまだ日が浅いけれど」
ふと、瞳子が静かに口を開く。
その表情は、いつもより少し、穏やかなものに思えた。
「彼らは打てば響く選手たちよ。それも、こっちの想像を遙かに超える勢いでね」
マネージャーたちは、キョトンとした顔で瞳子を見上げる。
知り合って日は浅いが、こうして彼女が選手を誉めることは珍しい。瞳子に反抗の色を見せる選手たちがこれを聞いたら、どんな反応をするのだろうか──4人が顔を見合わせた、そんな時。
「──吹雪! 俺と勝負しようぜ」
「勝負?」
雪のかけらを散らしながら縁に上がって来たのは、この数日で随分スノーボードの扱いが上達した染岡だ。
首を傾げた吹雪に、彼は好戦的な表情で頷いてみせる。
「俺の特訓の成果を、お前で試そうと思ってな……!」
それまで雪を滑る音で溢れていたゲレンデが、静まり返った。
円堂たちも、染岡と吹雪の様子をじっと静観する。
「つまり──どっちが雷門のエースストライカーか、決めようってことかな?」
「……そう思ってくれて良いぜ」
マネージャーたちが口を噤んだまま瞳子を振り返る。瞳子は、好きにしなさいとでも言うように、肩を竦めた。
──それから、日は少し傾いて。
「ルールは簡単だ。センターからボールを蹴り合って、先にゴールを決めた方の勝ちだ!」
そう2人の前に立ってルールの説明をするのは、円堂である。
「大丈夫ですかねぇ……」不安げな顔で呟く春奈に、秋がコートの端をぎゅっと掴んだ。
「用意──」
2人がボールから距離を取る。
残りのイレブンが見守る中──円堂は、勢い良く片手を振り下ろした。
「──始めッ!」
同時に、2人は走り出す。先にボールを取ったのは吹雪だ。
「やっぱり吹雪が速いな……」
「いや──」
呟いた土門に風丸が頭を振る。
「雷門のストライカーをナメんなぁッ!!」負けじと追い上げた染岡のスライディングが、ボールを弾いた。
彼もまた、3日間の特訓の成果が現れているのだ。
数秒、激しいボールの奪い合いが続く。
それに勝ったのは染岡だった。
「どうだッ!!」
「やるね──」
地面に尻餅を突いた吹雪は、走る染岡を目で追いながらマフラーに手をかける。
そして、次の瞬間。
「やるじゃねぇか……!」
「!」
血気盛んになった吹雪が、髪を靡かせながら染岡に追いついた。
「正直ナメてたぜ──こうでなきゃ面白くねぇッ!!」
「くっ──」
吹雪の足がボールを捉える寸でのところで、彼はシュートを打つ。
しかし逸りすぎたか、ボールはゴールポストにぶつかり跳ね返った。
「もらったァ!!」
急ブレーキを掛けた吹雪が、ボールを捕らえた。
「いかせねぇぞ……!」着地し、シュートを打つ寸前、染岡が吹雪の前に回り込む。
一瞬の間──その後、ボールは、染岡の足下にあった。
二度目の尻餅を突いた吹雪を追い越して、染岡は足を振り上げる。
「もらった!!」
次の瞬間、僅かに青い光を帯びたボールがゴールに突き刺さった。
「見たか、吹雪!」握り拳を作って吹雪を振り返った染岡に、円堂たちが駆け寄っていく。
「染岡! お前、今のシュート! 足に物凄いパワーが集まってたぞ! あれも特訓の成果だよなっ」
「ああ……手応えあったぜ」
これで豪炎寺の分もやれる、と息巻く染岡に、「今日は僕の負けだね」と、吹雪がそっと微笑んだ。
「……良かった」
小さく秋が安堵の溜息を吐く。
これで、あの2人のわだかまりも少しは消えただろう。
遠くの空で黒い雲が渦を巻く。戦いの日は、近い。
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