VS.Gemini storm

「──空が」

ふと、窓の外を見上げた織乃が呟く。「え?」とそれに倣った円堂たちは、空を見るなり顔をしかめた。
雷が鳴りそうな、重たい鈍色の雲が満遍なく空を覆っている。
相変わらずゆったりとした雰囲気で朝食を食べながら、吹雪が言った。

「この辺りの天気は変わりやすいからね。今日はゲレンデには行かない方が良いかもしれない」
「んん……そうだな」

不満そうにしながらも頷いた円堂は茶碗を傾けて白米を掻き込むと、椅子をひっくり返さんばかりの勢いで立ち上がる。

「よし、今日は午前の特訓はなし! いつも通り紅白戦をやるぞ!」
「それは結構だけど。まずは朝食を食べきってからにして頂戴」

「はーい……」ピシャリとした口調で夏未に叱られた円堂は、しょんぼりしながら席に戻った。
それに小さく苦笑を漏らしてから、織乃はもう一度外を見上げる。

「嫌な天気……何事も起こらなければ良いんだけど」
「でも、起こるときは起こるよ。しっかり構えてれば大丈夫さ」

「お茶のお代わり貰えるかな?」と両手でコップを差し出した吹雪に笑いかけて、織乃はポットを持ち上げる。
トクトクと中身をコップに注げば、熱い湯気が立ち上った。

「そう言えば──御鏡。あれは出来たのか?」
「え?」

ぱちりと箸を置いた鬼道に、織乃は首を傾げる。そして一拍して、「あっ」と声を上げて頷いた。

「大丈夫です、出来てますよ。瞳子監督にも見せておきました」
「ん? あれって?」

ずずず、とお茶を啜りながら円堂が尋ねる。
「吹雪の身体能力のデータだ」と鬼道が答えると、一瞬納得したように頷いた円堂は、間をおいてまた首を捻った。

「何でそんなのがいるんだ?」
「……そのデータがあれば俺もゲームメイクをし易いし、御鏡も技の精錬がしやすくなるだろう」

「ああ、成る程!」鬼道の呆れたような視線を受け取った円堂は、少し声を上擦らせながらガクガクと頷く。
小さく含み笑いをした吹雪が、織乃を振り仰いだ。

「そっか──そういう意味もあったんだね。すごいね御鏡さん、技の精錬なんて出来るんだ」
「そーでヤンス、御鏡先輩はスゴいんでヤンスよ!」
「吹雪さんの技も、御鏡先輩が協力してくれたらパワーアップ間違いなしッス!」

吹雪の言葉に続き、織乃を持ち上げる栗松と壁山。織乃は一瞬考えた後、2人をちらりと一瞥した。

「……煽てたって、お代わりは出来ないよ? 2人とも」
「そ、そんな!」

「やっぱり……」呆れたように目を細めた織乃に、壁山と栗松は縮こまる。
がくりとうなだれた2人に、土門がケタケタと笑った。

「厳しいなぁ織乃ママは」
「ママは止めてください……」

「せめて姉で」一言ついでに付け加えた織乃に、教室が穏やかな笑いに包まれる。
こうしていると、エイリア学園に襲撃予告をされたことが、まるで嘘か夢のことのように思えた。




──しかし、宣戦布告をされたことは紛れもない現実である。
朝食を終え、グラウンドに出た彼らは改めてそれを思い知った。

「何……?」

顔をしかめ、声を震わせながら紺子が呟く。
空は鈍色。そこに混じる紫色の光が、彼らの足元に不気味な風を運んできた。
──雷門イレブンたちは、この光の正体を知っている。

「円堂!」
「とうとう来たな……!」

光が少しずつ収縮し、ひとつずつ人影が現れた。その数は、11。
校舎の屋根の上に現れた彼らは、静かに、冷たい表情をしている。

「待ってたぜ、エイリア学園!」

「勝負だ!!」円堂が、小脇に抱えていたボールを蹴り上げる。
ぐんとカーブを描いたシュートは、まるで吸い込まれたかのように──レーゼの手に、収まった。

「これ以上、サッカーを破壊の道具にはさせない!!」
「──またお前たちか」

手のボールと、叫ぶ円堂を見下ろしたレーゼは、目を細める。
彼は溜息を吐くかのような声で、ボールを指の上でくるりと回して見せながら言った。

「何故ここにいる?」
「俺たちが代わりに戦う!」

拳を突きつけ、叩きつけるように返した円堂に、レーゼは口元を歪め、鼻で笑う。

「フン……地球人の学習能力は想像以上に低いな。二度も敗れたのに何故分からないのだ。我々には勝てないと」

小馬鹿にしたように言ったレーゼに、円堂の隣にいた塔子が一歩前へ出た。

「宇宙人の想像力も大したことないね! あたしたちがパワーアップしたとは思わないの!?」

一瞬、レーゼが虚を突かれたように目をしばたく。
しかしそれもつかの間、吐き捨てるように笑った彼は、眼光を鋭くして円堂を睨めつけた。

「ほう──良いだろう。地球にはこんな言葉がある……二度あることは、三度あると!!」

ボールから手を離したレーゼが、力強くそれを階下に向かって蹴りつける。
真っ直ぐ突進してきたボールを、円堂は両手で受け止め──笑った。




「テレビのカメラが……」

カメラのスイッチを入れながら丘の上を見上げた春奈が、ぽつりと呟く。
そこには、『北海道テレビ』とプリントされた白い車から降りてきたテレビ会社の社員たちが、あくせくと中継の準備をしていた。

「この間のエイリア学園の襲撃宣言は全国に発信されたからね……」

モバイルの具合を確かめながら、織乃が小さく返す。
マネージャーたちがイレブンに駆け寄れば、丁度円堂が吹雪に声を掛けたところだった。

「吹雪、頑張ろうぜ!」
「エターナルブリザードで、ヤツらをバシバシすっ飛ばして欲しいでヤンス!」

身振り手振り、興奮気味な栗松に少し笑って、吹雪は頷く。

「うん! 宇宙人なんかに負けないよ」
「吹雪くん」

ふいに瞳子が、吹雪の背中に声を掛けた。
全員の視線が2人に集中する中、瞳子はさらりと言う。

「あなた、センターバックに入って」
「えーっ!?」

この指示に度肝を抜かれたのが円堂たちだ。大慌てする彼らを余所に、瞳子は続ける。

「ディフェンスに専念するのよ──絶対に前線へ上がらないで」

エターナルブリザードは、封印してもらいます──有無を言わさぬ口調の瞳子に吹雪はやや驚いたような表情をしたが、やがて穏やかに微笑んで頷いた。
しかし本人が良くても、納得がいかない者は勿論いる。

「何故です!? 吹雪のスピードを生かした攻撃──それが奴らへの対抗策でしょう!」
「意見は訊いてないわ」

噛み付いてきた一之瀬を、髪を掻き上げながらあしらうように言った瞳子は、テクニカルエリアの定位置へ戻っていく。
「何だよあの監督!」訳が分からない、と小声で塔子が毒づく中、鬼道は1人、織乃の肩を叩いた。

「吹雪のデータは、監督にも見せたんだっただな?」
「はい」

小さく頷いた織乃の表情に、戸惑いはない。
鬼道はちらりと瞳子を一瞥すると、ふっと息を吐き出す。

「──実際にやるほうが早い、か」

にこりと織乃が笑ったその時、円堂が掌に拳を叩きつけた。
「監督の作戦に、従おう!」決断を下した円堂に染岡たちが難色を示す中、夏未が1歩前へ出る。

「この試合は、白恋中を守るためだけじゃない。全人類の命運が掛かった大事な一戦よ」

彼女の言葉は、決して大袈裟なものではい。
サッカーを介して地球を侵略する──エイリア学園はその為にこの地に降り立ち、雷門イレブンはそれを阻止する為に、ここにいる。
マントを靡かせた鬼道が、くっと口を持ち上げた。

「ああ……監督もそれを承知の上で、吹雪をDFに起用した筈だ」

勝つために──静かに締めくくった鬼道に、円堂が握り拳を作る。

「そうさ! あとは俺たちが、結果を出すだけだ!」
「へっ……俺のシュートで勝利を決めてやる!」

「頼むぞ!」鋭い目でジェミニストームを睨みつけた染岡の背中を、円堂が叩いた。
吹雪はマフラーの端を握りしめ、大きく息を吸い込む。

「……僕も、白恋中とみんなを守るために、全力で戦うよ!」
「よーし! 絶対に奴らに勝って、半田たちに勝利の報告を届けるんだ!」

息巻き、円堂が手を突き出した。その上に、次々と仲間たちの手が重ねられていく。
最後に乗ったのは、吹雪の白い手。円堂は仲間ちの顔を見回し、ぐっと口角を上げた。

「──やるぞ! 今度こそエイリア学園の侵略を終わらせるんだ!!」
「おおっ!!」

寒空に声を響かせ、雷門イレブンはポジションについて行く。
向こう側の陣に佇んだレーゼが、軽く鼻を鳴らした。

「本気で我々に勝てると思っているならば……愚かとしか言いようがない」
「何だとォ!?」

挑発をまともに受け取り、レーゼに噛みついた染岡を鬼道が制す。

「言わせておけ! ──俺たちのサッカーで、黙らせればいい」

ふ──と、レーゼが目を細めた。
張り詰めた空気の中、マネージャーたちは寒さも忘れ、ただひたすらフィールドを見つめ、祈る。
勝てるように、負けないように。

白恋イレブンから、声援と激励が飛ぶ。吹雪が円堂を振り返った。

「──さぁ、風になろう!」

円堂は大きく頷き、グローブをはめた両手を叩き合わせて叫ぶ。

「みんな、ファイトだ!!」

その瞬間、高らかに鋭くホイッスルが鳴り響いた。

「行くぞ!!」

キックオフは雷門から。まずは鬼道からのパスを受けた染岡が、ジェミニストームの陣内へ切り込んだ。
向かってくる染岡たちに、レーゼが口元を歪める。

「さて……少しは楽しませてくれるのかな?」
「見せてやるぜ……パワーアップした俺たちを!!」

ぐんと加速した染岡が、レーゼを抜き去った。
「どうだ!」振り向きざまに叫ぶ染岡に、レーゼは目を細める。

「ふん──その程度か」

彼が呟いた瞬間、染岡の進路が2人掛かりで阻まれた。
勢いのまま奪われたボールはレーゼへ渡る。その瞬間を見計らったように、雷門陣内に進入していたディアムが加速した。

途端、雷門のDF陣が動き出す。
「ここだっ!」フィールドを駆けた土門が、レーゼからディアムへの素早いパスを──カットした。

「やった!」

テクニカルエリアで春奈が飛び跳ねる。
その後もボールの奪い合いが続き、互いに譲らない。
初試合より力の差が埋まっているのは、火を見るより明らかだ。

「宇宙人と互角に戦えてます!」
「うん……すごい……!」

両手を握りしめ、はしゃぐ春奈に秋が頷く。夏未と織乃は顔を見合わせ、ほうと白い息を吐いた。
より洗練された疾風ダッシュで相手を抜き去った風丸が、染岡にパスを出す。

「行け、染岡ーー!!」
「ああ!!」

大きく足を振り上げたそこに、青い竜が降り立つ。
渾身のドラゴンクラッシュは、ゴルレオのブラックホールにより、その手に吸い込まれていった。

「ああ、惜しいっ!」
「うん──でも、必殺技で止められたの、初めてじゃない?」

言って、春奈と織乃は顔を見合わせる。
雷門イレブンは強くなっている。スピードだけでなく、そのパワーも。

「いけるかも……!」

投げ渡されたボールがレーゼへと渡る。目つきを鋭くしたレーゼは、一気に雷門陣内へ切り込んだ。
ジェミニストームキャプテンの名は形ばかりではない。素早くDFを突破したレーゼに、秋が悲鳴のような声を上げる。

「中盤が破られた……!」
「大丈夫です──まだ吹雪さんがいる!!」

僅かに声に力を込めながら、織乃は目でボールを追いかけた。
「右だ!」叫んだ円堂に、吹雪が助走をつけて跳躍する。

瞬間、地面に氷が走った。
アイスグランドが、レーゼの足下からボールを奪い去って行く。

「良いぞ、吹雪くん!」

紺子が小さな手を大きく振りながら叫んだ。
風のような早さで繰り出されるアイスグランドが、ジェミニストームにシュートを打たせる暇を与えない。
僅かに眉根を寄せたレーゼは、小さく舌打ちし──唇を持ち上げる。

「我々のスピードに慣れてきたか……最低限の学習能力は持っていたようだな」

ボールを持ったパンドラに、一之瀬と鬼道がマークに付いた。パターンに入った──2人がそう思った、次の瞬間。

「──だが、ここまでだ」

冷たく響いた声に、ボールが蹴り出される。攻撃パターンに組み込まれた、後ろのDFでなく──直接、前へ。
予想外の動きに、2人が一瞬たたらを踏む。険しい顔で、鬼道がマントを翻し振り返った。
マネージャー側も、思わず狐に摘まれたように目をしばたく。

「どうして……? ライン際でボールを取ったら、まずは後ろに通すのがパターンじゃなかったの?」
「……宇宙人も、私たちと同じ生き物だってことでしょうね」

顔をしかめて呟く夏未に、織乃が険しい表情でモバイルをタイピングしながら言った。
「どういうこと?」首を傾げる秋に、織乃は手を止めぬまま答える。

「雷門イレブンが場合に応じて戦法を変えるのと同じです。あのパスワークが通用しないと分かれば、当然戦法も変わるはず」

いつも同じ動きをただ繰り返すだけではいつか対策を打たれると分かっている。彼らは機械ではないのだ。
反撃の体勢になったジェミニストームは、いくつかパスを繋げ、レーゼへボールを渡す。

距離は目測でも、30メートル──レーゼが大きく足を振り上げた。
円堂がハッと構え、塔子と壁山がゴール前に立ちはだかる。

「アストロ──ブレイク!!」

一閃、光を纏ったシュートがフィールドに土煙を上げた。
貫くようなそれを阻止すべく、塔子と壁山が防御壁を築き上げる。

しかし、それさえも突き破り、円堂が繰り出した爆裂パンチを弾き飛ばし、アストロブレイクは円堂ごとゴールに突き刺さった。

鳩尾を押さえ、膝を突いた円堂を、レーゼが冷めた目で見下ろす。

「分かっただろう? 人間は、我々に勝てるはずがないのだ」
「くっ──」

どこまでも人間を過小に評価する物言い。確かな力量。以前であれば心が折れていたかもしれない。
しかし今回は怪我人もいない、戦略もある──新しい仲間もいる。

円堂は悔しげに歯噛みしたが、その瞳には確かに炎が灯っていた。