It hides in an abyss
雲の切れ間から、太陽の光が幾筋か差し込む。
それを見上げて溜息を吐いた織乃を、秋が気遣わしげに伺った。
「織乃ちゃん、大丈夫?」
「あ、はい……もう、大丈夫」
心配かけてごめんなさい、と眉を下げて力なく微笑んだ織乃に、秋は安心したように「なら良いんだけど……」と肩の力を抜く。
ストーブの側に固まっていた1年生2人が、ぶるりと身震いした。
「俺たちも、あの光ばっかり見てたら具合が悪くなるんでヤンスかね……?」
「うう、何かイヤッス……!」
大きな体を縮こませようと頑張る壁山に、織乃が苦笑する。
椅子に腰掛けていた鬼道が、それを眺めながら口を開いた。
「問題は、あの新手のエイリア学園だな……イプシロンと言ったか」
「レーゼたち……あのデザームとかいう奴を、すげー怖がってた」
拳を握り締めたり開いたりと、忙しない様子で円堂が呟く。
これまで幾多もの学校を破壊してきたジェミニストームすら恐れる存在、イプシロン。その破壊力は、計り知れない。
「──イプシロンの情報は、まだ入ってきていないわ」
ふいに引き戸が開き、どこかへ行っていた瞳子が教室に戻ってきた。
彼女はイレブンたちの顔を順々に見回して、続ける。
「今はとにかく、今日の疲れを取るためになるべく早く休みなさい。いつエイリア学園が動き出すか分からないのだから」
「はい!」
返事を確認した瞳子は、そのまま再び教室を後にする。
その寸前、彼女が織乃を一瞥したことには、誰も気付かなかった。
「イプシロン、か……今度の敵は、どのくらい強いんだろうね?」
「ふん──どれだけ強かろうが、俺たちが絶対に倒してやる!」
首を傾げた吹雪に、染岡が小さく鼻を鳴らす。
しかしその様子に、今まで顕著だった吹雪に対する敵意は感じられない。織乃と秋は顔を見合わせ、ホッと息を吐いた。
「そうさ! 相手が強いなら、こっちも強くなれば良い! そうと決まったら早速──」
「円堂くん、瞳子監督に言われたことをもう忘れたのかしら?」
教室を飛び出し掛けた円堂の進路を、夏未が即座に阻む。
夏未はジト目で彼を一瞥した。
「今日のあなたたちの仕事は疲れを取ること! それ1択よ。特訓も、明日まで休んで貰いますからね」
「えー……」
「返事!」
「はいっ!」ピシャリと言われた円堂は、そそくさと椅子に戻ってがっくりと肩を落とす。
全く、と呟いた夏未が呆れたように溜息を吐いた。
「でも、ジェミニストームを倒せたのは大きな収穫ですよ。折角だから、今日の夕飯はいつもより少し豪華に出来ないか瞳子監督に頼んでみましょうか」
「ホントッスか!?」
織乃の提案に真っ先に飛びついたのは壁山である。
「やったでヤンス!」手を取り合って喜ぶ壁山と栗松に苦笑する織乃に、ふと吹雪が笑いかけた。
「御鏡さんたちマネージャーも、今日は疲れたんじゃない? 君たちも、ゆっくり休んだ方が良いよ」
「そうですよ、特に織乃さんは体調崩したんですから尚更です!」
「ううん、私はもう大丈夫。ありがとう、春奈ちゃん。それに吹雪さんも」
ゆったりとした笑みを向ける織乃に吹雪は数度まばたきをした後、「どういたしまして」とマフラーに顎を埋めて微笑む。
その向かいで、秋が大きく背伸びをしてから立ち上がった。
「さてと! じゃあ私たちはとりあえず、ユニフォーム洗濯するからみんな着替えておいてね!」
「ああ、分かった」
そう言った秋を筆頭に、マネージャーたちは教室を後にする。
だがその一瞬後、あることに気がついた織乃が慌てて戻ってきた。
「って、塔子さんが着替えるのはあっちの部屋ですよ!」
「えー? 良いじゃん、あたし別に気にしないよ?」
「だーめ! さ、行きますよ」
塔子の背中を押して織乃がせかせかと出て行ったことで、教室はやっと静けさを取り戻す。
その静寂を破ったのは染岡だ。
「……何かあいつ、日に日に母ちゃん気質が増してねぇか?」
「元々、ああいう奴なんだ」
小さく、鬼道が笑って言う。
吹雪は閉ざされた引き戸を見つめながら、マフラーの端を掴んだ。
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「──御鏡さん」
「え?」
ユニフォームを洗濯機から出し、延ばして、乾燥機に入れる。
その作業を繰り返している織乃の背中に、声がひとつかかった。
「荒谷さん……どうかしました?」
そろりそろりとランドリールームに入ってきた紺子は室内に織乃しかいないことを確認すると、素早く引き戸を閉める。
頭上に疑問符を浮かべる織乃に、紺子はやや急いで近付いた。
「あのね、御鏡さんに伝えておきたいことがあって」
「私に?」
首を傾げた織乃に、紺子は小さく頷く。
彼女はもう一度入念に辺りを伺うと、改めて口を開いた。
「──吹雪くんのこと。御鏡さん、気付いてるんじゃないかなって」
「吹雪さんの……」
反復し、織乃はふと思い出す。
数日前、屋根から雪が崩れてきたとき。木から雪が落ちてきたときの、吹雪の様子だ。
聞き返すと、紺子は「そう」と俯きがちに肯定した。
「詳しい理由は言えないけど、吹雪くんはああいう……雪が崩れるような音が、すごく苦手なの」
吹雪くんも明日には北海道を離れるでしょう? ──という少し寂しげな紺子の問いに、織乃は頷く。
ジェミニストームがいない今、次に雷門イレブンが追うべきはイプシロンだ。イプシロンが違う地に行けば、自ずとイレブンもそこに向かうことになるだろう。
「この事はあんまり大っぴらには言えないから、せめて御鏡さんにだけでもと思って……吹雪くんのこと、よろしくって」
「──分かりました」
つま先を見つめるように俯いた紺子に、織乃は一拍空け答えた。
吹雪のあの時の怯えようは、確かに危ういものがある。それを支える者がいれば、彼も少しは気が楽になるのだろう。
今日この日まで、紺子が吹雪に、そうしてきたように。
「北海道から離れてる間は、私が出来る限り吹雪さんを支えます。だからそんな不安そうな顔しないで下さい、荒谷さん」
「うん……ありがとう、御鏡さん」
頷いた紺子は、やっと安心したように顔を上げて微笑んだ。
吹雪が雷門イレブンに入ることを喜ぶ反面、ずっとこの不安が燻っていたのだろう。
引き戸の磨り硝子越しにこちらを伺う影──恐らく白恋イレブンたちに、織乃は小さく笑った。
「あれっ、皆さんそんなところで何をしてるんですか?」
ふと、引き戸の向こうから春奈の声が聞こえてくる。
途端、蜘蛛の子を散らすように言い訳をしながら逃げていった白恋イレブンを不思議そうに見送りながら、春奈が勢い良く戸を開けた。
「織乃さん! 交渉成立です、いつもより少し材料を奮発しても良いってお許しが出ました!」
「そ、そっか」
春奈に言い寄られる瞳子を想像して、織乃は思わず苦笑を漏らす。
紺子はテクテクと何事もなかったように部屋を出て、寸前、くるりと織乃たちを振り返った。
「じゃあ、今日は私と真珠も手伝うよ! 先に家庭科室に行ってるね」
そう言い残して軽やかな足取りで去っていった紺子を見送り、首を傾げた春奈が織乃に向き直る。
「織乃さん、荒谷さんと何を話してたんですか?」
「ん? ……世間話、かな」
小さく笑う織乃に、春奈は「ホントかなぁ」と口を尖らせた。
──彼のことは、しばらく自分の心だけに留めておこう。それが紺子と暗に交わした約束だ。
理由こそ聞くことは叶わなかったが、そこに楽しいエピソードがあるわけがないのだ。それは、吹雪のあの反応が如実に語っている。
「(苦手……何かトラウマがあるってこと、なんだろうな)」
パン、と広げたユニフォームは、丁度吹雪に与えられた9番だった。
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次の日、早朝。
凍てついた空気の中、雷門イレブンは白恋中の門の前に集結した。
「先程、エイリア学園が関東地方で目撃されたと情報が入ったわ。すぐ、そちらへ向かいます」
指示を飛ばす瞳子に頷き、イレブンたちはキャラバンへ乗り込んでいく。
「いってらっしゃい!」白恋イレブンが窓越しに吹雪へ手を振る中、紺子が織乃を引き止めた。
「吹雪くんのこと、お願いね」
「──はい。勿論です」
紺子と微笑みあって、織乃もキャラバンへ乗車する。
席に着く寸前、ふと染岡の隣に座る吹雪と目が合った。にこりと、織乃は安心させるように穏やかな笑みを浮かべる。
「吹雪さん、これからよろしくお願いします。何かあったら、いつでも相談してくださいね」
「──うん。ありがとう」
まばたきを繰り返した吹雪は、少しくすぐったそうに笑った。
「頑張れー!」白恋イレブンの激励を背に受け、イナズマキャラバンはエンジン音を響かせ走り出す。
目指すは再び本州。
新しい脅威のその裏で恐ろしいことが動き始めていることも知らず、キャラバンは北海道を発った。
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