Orphan heart

織乃の携帯に1本の電話が入ってきたのは、北海道から離れ滋賀に差し掛かった辺りのことだった。
丁度サービスエリアで休憩していたこともあり、織乃はディスプレイに映し出された名前を見るなりすぐそれに応える。

「もしもし……」
『お姉ちゃーん!聞こえますかー!!』
「……う、ん」

キーンと耳をつんざかんばかりの音がスピーカーから溢れ出て、織乃は思わず携帯から顔を離した。
電話の相手は双子の弟である。

「ふぅ……良樹、ちゃんと聞こえるから、そんなに大きな声出さなくても良いんだよ」
『わかったー』
『ねーお姉ちゃん、じぇみになんとかやっつけたってホント?』

良樹の声を押しのけるように聞こえてきたのは、双子の片割れである和樹だ。
「うん、そうだよ」頷きながら答えると、電話越しに弟たちがはしゃぐ気配がする。

『じゃあ、もう家にかえってこれる!?』
「んん……ごめんね、まだしばらくは無理みたい」
『ええー!』

どっすんばったんと大きな音が聞こえた。どうやら、弟たちが地団駄を踏んだようである。
織乃は「こら、暴れないの」と注意を入れてから苦笑いした。

「2人ともお利口にして待ってたら、お土産買ってきてあげるから。ね? だからお願い、もう少し我慢してね」
『うぅー……分かったぁ』
『ぜったいのぜったいだよ! やくそくだからねお姉ちゃん!』

そう言って約束を取り付けた弟たちは、ぷつりと通話を切る。
まるで嵐のようだと、織乃は溜息を吐きながら携帯をしまった。
そして、ふいに。

「──今の、御鏡さんの兄弟?」

こっちまで声が聞こえてきたよ、と微笑みながら織乃に声を掛けたのは、吹雪である。
織乃は「すいません」と引きつった笑みを返しながら振り返った。

「まだ末っ子がやんちゃ盛りで……加減せずに叫ぶものだから、電話する方も大変なんですよ」
「ふふ、仲が良いんだね」

兄弟か──そう呟いた吹雪はどこか遠くを見つめたが、丁度缶ジュースのプルタブと格闘している織乃は気がつかない。
やっと蓋の開いたジュースを呷る織乃を一瞥し、吹雪が口を開く。

「──何だか、御鏡さんって」
「はい?」
「……」

こちらを見た織乃に、吹雪は少し言い淀んだように目を伏せた。
しかし数瞬すると、何でもなかったように彼は穏やかに微笑む。

「──いや、可愛いなぁって」
「うぐっ」

途端、織乃は口を押さえて咳込んだ。
「あ、大丈夫?」ぽんぽんと背中を叩く吹雪に数度頷きながら、織乃はやっと顔を上げた。耳まで顔を赤くして、彼女は引きつった表情でじと目を吹雪に寄越す。

「突然何ですか、もう……」
「そう? 正直な気持ちを言っただけなんだけどな」

にっこりと笑って恥ずかしがることなく言ってのけた吹雪に、彼が無類の天然タラシであることを 織乃は確信した。
ふと、その時である。

「──何をしてるんだ、2人とも」

木陰から難しい顔をしてやってきたのは鬼道だった。織乃は慌てて口元を拭って、大きく咳払いした。

「いえ! 何もして──」
「御鏡に、可愛いって言ったらジュース咽せちゃって」
「吹雪さん!!」

何でわざわざ言ったんだと言わんばかりに織乃は思わず目を吊り上げる。
鬼道は眉根を寄せると、少し大きな溜息を吐いた。

「吹雪、あまり御鏡をからかってやるな」
「本当のことを言っただけなんだけどなぁ」

マフラーを撫でながら答えた吹雪は、何か言い含めたような表情を残してキャラバンに戻っていく。
鬼道はそれを見送って、困ったような怒ったような、複雑な顔をした織乃を振り返った。

「吹雪さん、恐ろしい天然タラシです……」

鬼気迫る表情で呟いた織乃に、鬼道はもう一度溜息を吐く。
そして何か思い至ったように、彼は改めて織乃の方に向き直った。

「御鏡」
「はい?」
「……」

1秒、2秒、3秒。
たっぷりと間を空けてから、鬼道は彼女から目を逸らした。

「──いや、何でもない。あと3分で出発らしい、遅れるなよ」
「あ、はい……」

不思議そうに首を傾げる織乃に背を向け、鬼道はその場から立ち去りながら首の後ろをやや乱暴に掻いた。

もしも自分が、吹雪と同じことを言ったら彼女はどんな反応をするのか──そんな考えに至った自分の思考に、訳が分からないと言うように舌打ちしながら。




キャラバンは再び走り出し、数時間走行する。
次の休憩に入った頃には、辺りは夕日に照らされていた。

「──え? イプシロンから襲撃予告?」

手にした缶の飲み口から口を離し、円堂はたった今聞いたばかりの言葉を反復する。
イレブンの視線を一手に受けた瞳子は、頷きながら答えた。

「予告先は、京都の漫遊寺中」
「漫遊寺中……?」

聞いたこと無い学校だな、と呟くのは風丸である。
彼らの記憶が確かならば、FFにもそんな名前の学校は参加していなかったはずだ。

瞳子曰く、漫遊寺中は学校のモットーが心と体を鍛えることであり、サッカー部も対抗試合をしないのだという。
しかし、「でも」と続いた言葉に、円堂たちは挙って目を丸くした。

「FFに参加していれば、間違いなく優勝候補になっていただろうと言われる、実力のあるチーム」
「優勝候補!?」
「厳しい修行で鍛え抜かれた強靭な体と、研ぎ澄まされた心を持った漫遊寺のサッカーは、スピード、パワー、何をとっても超一流──」

言いながら、瞳子は頭の中で何かを推理するかのように顎に手を添える。「つまり」と、思いついたように織乃の口を開いた。

「イプシロンは、無差別に学校を襲っていたジェミニストームとは違って、隠れた強豪校に標準を定めてきた……ってことですか?」
「そうなるわ。イプシロンを倒せば、エイリア学園の本当のねらいが分かるかもしれないわね……。すぐ漫遊寺へ向かうわよ!」
「はいっ!」

語気を強めた瞳子に頷き、円堂たちは立ち上がる。




──そして、次の日。
ゴーンと鳴り響く鐘の音を聞きながら、雷門イレブンは半ば呆然とした様子で辺りを見回した。

京都、漫遊寺中。
時代を感じさせる瓦屋根の校舎と、五重の塔を模したような建物。竹藪を切り開き敷かれた石段を上った先に、それは佇んでいた。
そして中でも異質なのは、恐らくエイリア学園の宣告を受けた際に出来たのであろう、道の真ん中にぽっかりと空いた大きな穴。
──しかしである。

「何か、のんびりしてるよな……」
「襲撃予告なんて全く気にしてない感じ」

風丸や塔子がそう呟くのも無理はなかった。
漫遊寺の生徒たちはその大穴をさして気にしていないかのように、柵の敷かれたそこを避け極普通に過ごしているのである。

大らかなのか、それとも気にしたら負けだと決め込んだのか。
とにもかくにも目的を達成すべく、円堂が頭を振る。

「とにかく、サッカー部を探そうぜ」
「サッカー部なら奥の道場みたいだよ」

頭越しに聞こえてきた声に、円堂たちは振り返った。
見ると、吹雪が漫遊寺の女子生徒2人に挟まれて、緩やかに微笑んでいる。

「どうもありがとう」
「どういたしまして!」

「また何かあったらよろしくね」と、王子様スマイルを振りまく吹雪に、蕩けるような笑みを浮かべる女子生徒2人。
円堂たちは、それを少し引きつった顔で静観するしかなかった。

「えーっと……と、とりあえず奥なんだな!」

行こうぜ、と拳を突き上げる円堂に続き、雷門イレブンは漫遊寺校舎に足を踏み入れる。
少し歩を進めたところで、ふと吹雪が前方を指さした。

「あっちじゃないかな? 運動部っぽい人が、ちらほら見えるし」
「お、そうか!」

素直に頷き、円堂は靴を脱いで木造の階段を上がる。
それを綺麗に揃えながら、秋が瞳子を見上げた。

「そういえば、漫遊寺の人に許可は……?」
「さっき、連絡を入れておいたわ。校舎の見学は自由だそうよ」

瞳子の言葉を聞きながら、雷門イレブンはキシキシと音を立てながら板張りの廊下を歩く。
「道場、道場……」キョロキョロと円堂が周りを見渡したところで、後方にいた秋があっと声を上げた。

「あれじゃないかしら?」

指さされた方向に、1軒の建物。
目を凝らすと、木製の大きな看板に蹴球道場と書かれているのが見えた。

「みたいだな……」
「よし、行くぞみんな!」

鬼道が呟くや否や、待ちきれなくなった円堂が走り出し、それにつられた塔子たちが続く。

「あんまり慌てると転んじゃいますよ!」

織乃が思わず声をかけた、その次の瞬間だった。

ツルッ──と不穏な音がして、続けざまに感じた足元の違和感に円堂は「え」と声を上げる。
そしてそのまま将棋倒し。真っ先にすっ転んだ円堂は、後列を巻き込みながら廊下に潰れた。

「あちゃあ……」

無事だったのはマネージャー4人と鬼道と吹雪、そして瞳子のみ。
壁山の下敷きになって悲鳴を上げる目金を真っ先に助け出し、イレブンはよろよろと立ち上がった。

「大じょ、」
「大丈夫じゃないですよ!」
「ですよね……」

足首から嫌な音がした、と目金がヒステリックな声で壁山を怒鳴るその一方で、残りのメンバーたちは廊下のある一点を憎々しげに見下ろす。
何でここだけツルツルしてるんだよ、とぼやく塔子を受けて、秋がテカリのあるそこに触れた。

「これって、ワックスじゃないかしら…」
「あ、ホントだ」

織乃がすんと鼻を動かすと、癖のあるワックスの臭いがつんと鼻を差す。何でここばっかり、と誰かが呟いたその時、どこかから特徴のある笑い声が聞こえてきた。

「うっしっし! ざまーみろ!」

小馬鹿にしたような声に驚いて、イレブンは一斉に声のした方を振り返る。
すると茂みの中から、髪を角のように逆立たせた小柄な少年が口をにんまりとさせながら現れた。
小さな手には、ワックスの容器が握られている。大方彼がこの悪戯の犯人なのだろう。

「FFで優勝したからっていい気になって!」
「お前っ! よくもやったな!?」

手すりから上半身を乗り出して、塔子が怒りを露わにした。
ギョッとした少年は慌てて踵を返すと、茂みの奥へと消えてゆく。

「あっ、待て──うわぁッ!?」

手すりを飛び越え、少年を追いかけようとした塔子は地面に着地するなり悲鳴を上げた。
慌てて仲間たちが下を見ると、そこに空いた大きな穴に填まった塔子がもがいている。

「いってて……!」
「うっししし、引っかかってやんの!」

やーい! と小学生のようにこちらをバカにする仕草をする少年に、塔子の額に更に青筋が浮いた。
しかし彼女が何か言うその寸前、遠くから轟いてきた声に、少年はピタリと動きを止める。

「木暮ェーーッ!!」
「げっ……」

苦虫を噛み潰したように呟いて、少年はその場から脱兎のごとく逃げ出した。
「何なんだ……?」呆然と円堂が呟くと、少年と入れ替わりに茂みの向こうから背の高い人影がひとつやってくる。

「全く……しょうがない奴だ、目を離したらすぐにサボって。ん?」

溜息を吐きながらやってきたのは、がたいの良い体つきをした少年だった。
彼はそこで、雷門イレブンや穴から這い出す塔子に気付いたようで、慌てて彼女に駆け寄る。

「大丈夫ですか?」
「ん、ああ大丈夫大丈夫、これくらい」

帽子に掛かったゴミを払いのけ、カラカラと塔子が答えると、少年は掌に拳を沿わして小さく頭を下げた。
それに少し呆気にとられた雷門イレブンを見上げ、彼はもう一度礼をする。

「申し訳ございませんでした、うちの部員が飛んでもないことを致しまして……私は垣田と申します」
「あ、いや……え、うちの部員?」

首を横に振りかけた円堂が、引っかかったように言葉を切った。
「ってことは、あいつ……」一之瀬の声につられたように、一同の視線が下へ行く。
垣田が小脇に抱えていたのは、馴染みのあるものだった。

「サッカー部!?」
「あいつがかよ!」

驚愕の声が上がり、垣田は頷きながら溜息混りに続ける。

「ええ……木暮というんですが、それが困った奴でして。周りは全て敵だと思っているというか……」
「敵?」

怪訝な顔をして呟いたのは春奈だ。垣田は疲れたように、ポツポツと木暮のことを話す。
曰く、何故かいつもを仲間を敵視し、チームワークをするつもりもまるでないのだという。

「それで私たちも、練習させるより、まずは精神から鍛え直すのが良いのではといちから修行させているのですが……」

そこで垣田は、もう一度深い溜息を吐いた。
どれだけ説明しても木暮は聞く耳を持たず、あまつさえ自分が虐められていると決めつけて、度々部員たちに仕返しと称した悪戯をしているらしい。

「かなり性格歪んでんなぁ……」

率直な土門の感想に、一之瀬が苦笑いを零す。
「同じサッカーをするものとして恥ずかしい限りですね」と眼鏡のブリッジを上げた目金は、壁山に肩を持ませてこき使っていた。

「でも、どうしてそんなにみんなのことが信じられないのかしら」

ぽつりと呟いた秋に、垣田はそっと目を伏せる。そして小さく、その問いに答えた。

「……木暮は小さい頃、親に裏切られたようで」
「え。親に……?」

春奈が目を小さく見開く。
その瞬間、鬼道が少し表情を変えて彼女を一瞥した。

「ええ。それ以来、人を信じることが出来なくなったみたいなんです──」

そこまで言って、垣田はハッと顔を上げる。喋りすぎたと思ったのかもしれない。
彼はサッカーボールを抱え直し、改めてイレブンを見上げた。

「で──何か私たちに御用でも?」
「あ、そうそう……」
「実はこちらに、エイリア学園から襲撃予告が来たと聞きまして」

喋りかけた塔子を、一歩前へ出た瞳子が遮る。
「襲撃予告……?」垣田は一瞬考えあぐねたようだったが、すぐに思い至ったようで、ああ、と呟いた。

「そのことですか」
「俺たちも、一緒に戦おうと思ってさ!」

元気よく言って見せた円堂を、垣田は一瞥する。何か思うところがあるような顔だ。

「──そうですか。では、どうぞ。ご案内します」

いざなう垣田に着いて、雷門イレブンは再び歩き出す。何も言わない2人の仲間の表情は、僅かに硬いままだった。