Moon is beautiful
垣田に案内されたのは、先程円堂たちが廊下で転んだ一因となった、蹴球道場だった。
道場内には既に話を聞き及んでいたらしい漫遊寺イレブンが、正座をした状態で彼らを受け入れる。
「──お待ちしておりました、雷門イレブンの皆様。私は漫遊寺サッカー部副部長、影田と申します」
影田と名乗る少年は、やや俯かせていた静かな面差しを上げ、深く腰を折った。
「あ、いやいや……」吊られてお辞儀をした円堂に頷き、影田は雷門イレブンに着席を促す。
「それで──我らに話があると、お聞きしたのですが」
「そ、そうなんだ」
漫遊寺イレブンの落ち着き払った様子に、ペースを乱されたのだろう。
円堂は少しつっかえながら口火を切ったが、無事に最後までここに来た目的を話し終えた。
「……成る程」
円堂が口を閉ざすと、影田は伏せていた目をゆっくりと開く。
「お話はよく分かりました」そして、こちらに視線を合わせてそう答えた影田に、円堂の表情がパッと明るくなった。
「それじゃあ、俺たちと一緒に戦ってくれるんだな!」
今にも立ち上がらん勢いで、円堂が訊ねる。
しかし、影田は──漫遊寺イレブンは、その言葉に首を横に振った。
「いいえ。私たちは、戦うつもりはありません」
「えっ?」
「戦うつもりがない……?」
怪訝な顔をして、風丸が反復する。他のメンバーもまた然り。影田は小さく頷き、淡々とした様子で答える。
「私たちがサッカーをしているのは、あくまで心と体を鍛えるため。争うためではないので」
「で、でも……そしたらエイリア学園が来た時、どうするんです?」
控えめに挙手した織乃が訊ねる。しかし彼女の疑問も最もだ。
彼らは一体、戦わずしてどうやってエイリア学園の襲撃から逃れると言うのだろうか。
「彼らには、私たちに戦う意志がないことを話して、お引き取り頂きます」
「お引き取り……?」
「お、おい!お前ら話聞いてたのかよ! そんな話が通じる相手じゃねぇっつってんだろ!!」
ここでようやく我に返って立ち上がったのは染岡だ。染岡は静かに自分を見上げる影田を睨むようにして噛みつく。
しかし当の影田は、染岡に対してあくまで冷静に答えた。
「それはあなたの心に邪念があるからです」
「じゃっ、じゃねん……!?」
鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして、染岡は思わず一歩退く。
頷いた影田は、同じ調子で尚も続けた。
「心を無にして語りかければ、伝わらぬ事はありません」
姿勢を変えない影田に、染岡は小さく「何だよこいつら」と呟く。
漫遊寺イレブンは交渉は決裂したとでも言うように、ゆっくりと立ち上がり、手のひらに拳を沿わせて円堂たちに一礼した。
「では、失礼致します。修行の時間ですので──」
「あ、おい! ちょっと待てよ!」
円堂の制止も空しく、漫遊寺イレブンは蹴球道場を後にする。
しん、と静まりかえった道場に、各々から溜息が溢れかえった。
「聞く耳持たずって奴ですか……」
「エイリア学園とは別の意味で、話の通じない連中だったなぁ……」
困った顔になって呟く織乃と、顔をしかめて頭を掻く土門。
自ずと雷門イレブンたちの視線が、瞳子に集まる。瞳子は僅かに眉根を寄せて考え込むと、やがて小さく溜息を吐いた。
「あの答えは予想外だったけど……この際、仕方ないわ。とにかく今日は漫遊寺の敷地内に停泊させてもらえることになっているから、一度キャラバンに戻りましょう」
「はい」
勿論、その指示を拒否する理由もない。
雷門イレブンは、ぞろぞろと蹴球道場を後にする。
「……そう言えば傘美野中は、一度戦いを拒否したと言ってたわね」
ふと、キャラバンに戻る道中に、夏未がそんなことを呟いた。
ええ、と秋は頷いたが、次の瞬間表情を曇らせる。
「でも……それでも傘美野は、攻撃を受けたわ。負けを認めたようなものだ、って理由で……」
「……大丈夫なんでしょうか」
小さく息を吐いて、織乃はふと隣を歩く春奈を見やった。
いつもマネージャー同士で話をしていると、必ずと言って良いほど春奈が途中参加してくるのに、今日の彼女は先程から異様なまでに物静かだ。
「……春奈ちゃん?」
「──あ。は、はいっ」
顔を覗き込むと、春奈は驚いたように肩を揺らして目を見開く。
織乃は少し怪訝そうな顔をしながら、春奈に問いかけた。
「どうかしたの? 何だかぼーっとしてたみたいだけど……」
「えっ、あ……いえ! 何でもないです、大丈夫ですよ!」
ぐっと両手で握り拳を作ってみせる春奈に、織乃は気遣わしげな表情を変えないまま「そう?」と前に向き直る。
その2人のやりとりは、前方を歩く鬼道の耳にも届いていた。
:
:
──その夜。
夜空に月が昇り、時刻は深夜を回った頃だろうか。寝袋の中で小さく寝返りを打った織乃は、ふと薄く瞼を開けた。
「(……あれ)」
織乃は眠気眼で、隣の寝袋を見つめる。
春奈が眠っていたはずの寝袋が、空っぽになっていたのだ。
「(トイレかな……)」
もう一度寝返りを打って、織乃は枕に顔を埋めて夢現をさ迷う。
だが、5分10分と時間が経っても春奈が戻ってくる気配はなく、彼女は流石にこれは変だと起き上がった。
「は、春奈ちゃーん……?」
極小さな声で名前を呼びながら、織乃はテントから這い出す。
辺りを見回しても春奈の姿はなく、ただ月明かりに照らされたキャラバンとテントが見えるだけだ。
「(どこに行ったんだろう……)」
これはもう流石にトイレに行ったということはもうないだろう。織乃が春奈の不在に気付いてから、15分近く経過しているのだから。
虫の鳴き声しか聞こえない夜の漫遊寺の空気は、厳かであり──それでいて、不気味でもある。
織乃は顔を青くして、ぶるりと震えた自分の体を抱き締めた。
「(エイリア学園に攫われちゃったとか……ないよね?)」
しかし相手は宇宙人だ。その可能性もなくはない。
だが、どちらかというと、そっちの可能性であってほしいというのが織乃の本心である。
実体があれば殴れる、お化けじゃなければ怖くない。そんなことを頭の中で繰り返し唱えていると──背後で、がさりと茂みの揺れる音がした。
「御鏡?」
「ほぁッ……!!」
うっかり漏れ出た声を手で押さえ込み、織乃は慌てて振り返る。
そこには、少し驚いたように自分を見つめる、鬼道の姿があった。
「あ……き、鬼道さん。どうしたんですか、そんなとこで……」
「少しな。お前こそどうした、挙動不審になって」
小さく笑いを耐えるように言った鬼道には気付かず、織乃は「あ、そうだった」とハッとする。
「実は、目が覚めたら春奈ちゃんがいなくなってて……鬼道さん、春奈ちゃん見てませんか?」
「ああ、春奈なら……あっちの階段の方だ。眠れなかったらしくてな。少し話をしてきたところだ」
「そうですか」と、織乃は安心したようにホッと息を吐いた。彼女が無事だったなら何よりだ。
そんな織乃を見やり、ふと考え込んだ鬼道は口を開く。
「──御鏡。お前にも、話しておきたいことがあるんだが……良いか」
「え? はい、良いですけど……」
どうせ丁度目が冴えていたのだからと、織乃は二つ返事で頷いた。
仲間を起こさないようにキャラバンやテントから少し離れ、2人は石段に腰掛ける。
さて、と鬼道が口を開いた。
「御鏡──お前はこの間イプシロンと対峙した時、頭痛を訴えたな」
「あ……はい」
「あれから少し気になっていたんだが……頭痛の理由は、あの光以外にあるんじゃないのか?」
えっ、と織乃は鬼道を振り返る。
鬼道は表情を変えないまま、更に彼女に問いかけた。
「何故お前だけがそうなるかというのはこの際置いといて……光が原因で頭痛がするなら、ジェミニストームとの戦いはどうなる」
「あ……」
織乃はハッとした様子で、口元を押さえた。
あの紫の光は、エイリア学園が現れる度に目にしてきた。あの光が原因なら、その都度頭痛が起きても不思議はない。
──なのに、織乃が頭痛を訴えたのはただの一度だけ。イプシロンが現れた時だ。
「御鏡。お前、何か隠してるんじゃないのか。お前がジェミニストームと遭った頃から、時々様子がおかしかっただろう」
「う、ううぅ」
小さく唸って、三角座りになった織乃は膝に額を押し当てる。
そしてしばらくすると、彼女は顔を上げた。額に痕がついている。
「……誰にも言わないって、約束してくれますか?」
「話の内容によるな」
「…………」
「冗談だ。言わないから、教えてくれ」
ジト目を寄越した織乃に溜息を吐いて、鬼道は続きを促す。
織乃はゆっくりまばたきをすると、口火を切った。
「何て言うか、エイリア学園の人たちを見てると──デジャブ、みたいなのを感じるんです」
「デジャブ?」
鬼道はキョトンと反復する。
経験したことがないのに、それが記憶に残っているように感じること──それがデジャブだ。織乃は少し考えて、小さく頭を振った。
「デジャブって言っても、例えなんですけど。ただちょっと……何て言えばいいのか……」
「焦るな、ゆっくりで良い」
諭す鬼道に頷き、織乃はそっと深呼吸した。
そして吐き出すように、1つずつ慎重に言葉を選んで、言う。
「──どこかで、会ったことがあるような気がするんです」
「レーゼや、デザームとか」
「いいえ。……みんなに、です」
呟くように言って、織乃は再び膝に額を押し付けた。
鬼道というと、──呆気に取られたように、目を丸くしている。
織乃はこんな時にこんな顔で冗談を言うような人間ではない。全て本当のことなのだと認めた上で、鬼道は「そうか」と頷いた。
「私も最初は気のせいだと思ってたんです。だけど、遭う度に違和感ばかりが増えて──イプシロンが来た、あの日に」
思い出してみようと、試みたのだという。
他人のそら似ならそれで大いに結構。しかし、そうでなかったら。
そんな恐ろしさも抱えつつ、織乃はあの時、デザームを見つめて、自分の記憶を探ってみたのだ。
──しかし。
「そしたら、急に頭が物凄く痛くなったんです……」
「ふむ……」
溜息を吐いてこめかみを抑える織乃に、鬼道は顎に手を添えてしばし思考を巡らせる。
エイリア学園の技術は知らないが、自分や、恐らく仲間たちも、そんなことにはならなかった。
織乃だけその現象が起こっているのは不思議だが、それで彼女が苦しんでいることに変わりはない。
「その会ったことがあると感じる理由は分からないが……頭痛を防ぐことに関しては、まぁ、思い出さないようにするのが良いとしか言えないな」
「ですよねぇ……」
疲れたように嘆息して、織乃は首をもたげた。
しばし静寂が訪れて、少しすると、ふと織乃が再び口を開く。
「……でも、ありがとうございます鬼道さん。何か、話したらちょっとだけ楽になりました」
「ちょっとだけ、な」
「し、仕方ないじゃないですか。根本的な問題は解決してないんですから」
皮肉ったような口調で言った鬼道に、織乃はツンと顎をそらす。
そして、ふいに思い出したように鬼道に問いかけた。
「そう言えば、春奈ちゃんとは何話してたんですか? あの子、今日はずっと上の空でしたけど……」
「ああ……」
小さく答え、鬼道は目を伏せる。
風に木々が揺れる音を聞きながら、彼はポツリと言った。
「……春奈は、あの木暮と言う奴の気持ちが、分かると言ってな」
「木暮くんの……」
呟いて、織乃は押し黙る。去年のクリスマス、鬼道から聞いた話を思い出したのだ。
鬼道はあの時と同じように、訥々と春奈と話したことを語る。
幼い頃、飛行機事故で両親を亡くした2人。
春奈は当時、それが痛ましい事故であると頭では分かっていても、『誕生日までには帰ってくるから』と言う言葉を信じ待っていた両親が帰らぬ人になってしまったことを、裏切られたように感じていた。
だから、兄が側にいなければ、自分も木暮のようになってしまったかもしれない。
仄かな月明かりの中で、彼女はそう語ったのだという。
織乃はじっと、鬼道の話に耳を傾ける。
あの夜と違うことと言えば、2人のいる場所と──鬼道の表情だ。
「春奈は、強い奴だ。その強さに、俺は救われたんだろうな」
穏やかに口角を上げる鬼道の横顔に、織乃は少し胸が暖かくなる。
小さく目を伏せ、彼女は夜空をゆっくりと仰いだ。
「鬼道さんも、十分強い人ですよ」
「……そうか?」
「そうです」
そうでなければ、春奈もそうはいかなかったはずだ。兄妹の強さが揃ってこそ、2人はまた共にいられるようになったに違いない。
離れてしまった手を再び繋ぎ、深い溝も飛び越えて。
「私が、保証します」
「──……」
そっと優しく微笑んだ織乃の髪を、緩やかに風が撫でて行く。
──その時、鬼道の胸に不思議な感覚が生まれた。
柔らかな月明かりに照らされたその頬に触れたい。細い肩を引き寄せたい、と。
ややあって次の瞬間、ゴーグルの奥で目を大きく見開いた鬼道は僅かに唇を震わせると、釘付けられたように彼女を見つめた。
「どうかしました?」
「あ、……いや」
小さく咳払いして、鬼道は空を見上げる。
彼の真っ赤に染まった耳は、闇がすっかり隠していた。
「──月が、綺麗だな」
「そうですねぇ……」
夜はまだ、明けない。
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