Their relation

「身体能力のテスト?」
「そうですよー」

マフラーを揺らして首を捻る吹雪に対して、織乃は鞄からモバイルや書類を取り出しながら、やや間延びした声で答えた。
エイリア学園からの宣告を受けて2日。依然姿を見せない敵に、これは幸いと雷門イレブンは昨日からゲレンデでの特訓に勤しんでいる。

凍りついた雪だまりを背もたれに休憩していた吹雪に、織乃は続けた。

「吹雪さんのデータはネットにもあまり広まっていなくて……白恋中の協力で今年の春のデータは分かったので、最新のものにしたほうが良いかと思って」

そうすれば、皆さんとの息も合わせ易くなるだろうし──という彼女の言葉に、吹雪は納得したように頷く。
身勝手なワンマンプレーでなく、雷門イレブンのプレースタイルに合わせろと染岡に怒鳴られたのは、昨日のことだった。

「うん──そういうことなら、分かったよ。何をすれば良いの?」
「学校でやる体力テストみたいな感じだと思ってもらえれば。荒谷さんたちが体育館の方で準備してくれてると思うので、行きましょう」

そう言って、織乃は吹雪を連れ立ち校舎の方へ向かう。
ゲレンデの下腹部で、それを視界に入れた染岡が怪訝そうな声を上げた。

「何だァ? あいつら、どこに行きやがるってんだよ」
「織乃さん、吹雪さんの身体能力の記録を付けておくそうですよ」

その方が後々便利だろうからって、とタオルを寄越しながら言う春奈に、染岡はフンともハンとも聞こえる返事を返し、彼女を見やる。

「で、何だって音無はそんなにふてくされてるんだ」
「……織乃さんが吹雪さんのこと、好きになったらどうしようって」

「ハァ?」一瞬間の抜けた染岡は、ハッとして後ろを振り返る。
鬼道の姿はここから遠く。幸運なことに、シスコンセコムは動作しなかったらしい。

「何、音無。もしかして、吹雪に惚れちゃったとか?」

そこでからかうように横やりを入れたのは、声のトーンを少し落とした土門だ。
春奈は違いますよ、と顔をしかめ、激しく首を横に振った。

「もし……もしも2人が付き合っちゃったりなんてしたら、私の夢がひとつ潰れることになるんです!」
「夢ェ?」

続けざまに突き出されたドリンクを受け取りながら、染岡が眉根を寄せる。
「夢って?」土門が尋ねると、春奈は間髪入れず力を込めて──尚且つ、2人以外に聞こえないくらいの声量で言った。

「織乃さんを、『お姉ちゃん』って呼ぶことですよ!!」

ぶっ、と何かを吹き出すような音がする。
見ると、ドリンクを逆流させてしまったらしい染岡がゴホゴホとせき込みながら口元を拭っていた。

「おね……え、は!?」
「え、え。つまり音無は、鬼道と織乃ちゃんにそういう仲になってほしいって訳?」
「そういう訳です」

ふん、と春奈は胸を張って答える。せき込み終えた染岡は、一息吐いたのか小さく溜息を吐いた。

「そりゃあ、御鏡とお前は仲が良いから、家族になりたいっつーのも分かる気もするがよ……そこに鬼道の意志はあんのかよ?」
「さぁ?」

春奈はケロリと答える。
何度目かの染岡の「ハァ?」に苦笑しながら、土門はあることを思い出していた。




「俺さ、鬼道と織乃はお互い憎からず、って関係だと思うんだよ」
「へ?」

初めて北海道を訪れた際、白恋の情報を得た街にて。
道中捕まえた焼き芋屋から購入した焼き芋に舌鼓を打ちながら、土門は一之瀬の唐突な言葉にくぐもった返事を返し首を捻った。
そして焼き芋を咀嚼し飲み込んだ後、殻になった新聞紙を丸めながら、改めて尋ねる。

「そりゃ、何でまた?」
「雰囲気だよ、雰囲気!」

ふぅん、とやはり首を捻りながら、土門は新聞紙を視界に入ったゴミ箱に投げ入れる。
ぼす、とゴミ箱の縁にぶつかり、かさかさと寂しげな音を立てて道に転がった新聞紙に、土門は顔をしかめてそれを取りに行った。

「鬼道と織乃ちゃん、ねぇ……」

新聞紙がキチンとゴミ箱の底に落ちたのを確認し、土門は考える。

改めてそう言われると、確かにそんな雰囲気に見えなくもない──気が、しないでもない。
思ったままを口にすると、「何だよそれ、どっち?」と笑われた。

「……ああ。だから散開の時に、『2人きりしよう』って」
「そっ。まぁ、色々言っても、結局は俺の想像に過ぎないんだけどね」

「いやいや……」自らの意見を早々に引っ込めようとした一之瀬に、逆に土門は食い下がる。
よくよく思い出してみると、2人の仲が一層そういう雰囲気に思えてきてしまったのだ。

「ああ、そっか。土門は1年の頃からあの2人と知り合いだもんな。何か、心当たりでもあるの?」
「あるっちゃあるな」

全部を思い出せるわけではないが、思いつく限りのエピソードを挙げていく度、一之瀬の表情が面白そうなものに変わっていく。

「それは……クロだね」

そして神妙な顔つきで言う一之瀬に、「あいつらは犯人かよ」と土門はカラカラと笑った。

だがしかし、記憶を辿ってみると、確かに一之瀬はこういうことには鼻が利く。

4年ほど前、意中の女の子が自分に好意があるか分かるかい、と尋ねられた際、「ないんじゃない?」とバッサリ一刀両断され落ち込んでいたアイガードの友人を思い出した土門は、思い出し笑いを追加した(そして藁をも掴む決死の告白は、予想通り当たって砕ける結果となった)。

「でもなぁ、あの2人が付き合うことになったら、か……」

厳格で真面目な鬼道と、穏やかで母のような──どこか、秋とも似た雰囲気も持っている織乃。
何か熟年夫婦みたいになりそうだよな、と呟いた土門に、一之瀬が思わずといった風に吹き出す。

「そうだね、確かにそんな感じかも……っふ、くくっ」

ツボに入ったのか、一之瀬は体をくの字に曲げながら笑いをかみ殺した。そしてそれが収まると、彼はふぅと息を吐きながら言う。

「ああ言うのって、見てる方がやきもきするからさー」

自分が片思いな分、余計に──と、付け加えられた言葉に、土門は少しだけ切ない気持ちになった。
長年想い続け再会した相手に好きな人がいると知った時、どんな気持ちになるのか──彼は知らない。

「ま、アレコレ言ったって、結局こういうのも全部……」
「俺たちの想像に過ぎない?」

「そういうこと!」2人は顔を見合わせ、ケタケタと笑う。
その場の雰囲気をすぐに明るくできるところは一之瀬の長所だな、と土門は改めて思い知った。




「──おいどうした土門。んな遠い目して……」
「いや……恋って切ないなぁと思って」

しみじみとそう零す土門に、染岡は「んだそりゃ」と呟きながらドリンクを煽る。

しかしながら、実際鬼道はどうなのだろう──ふと思って、彼は分かりやすい青の背中を探した。
予想通りすぐに見つかった鬼道は、2回3回と縁を往復した後、シュウ、と音を立てながらふいにこちらへやってくる。

「──春奈、タオルをくれ」
「はーい」

ヘルメットを外した鬼道は、首に浮かんだ汗を拭った。
そして何かに気が付いたようで、キョロキョロと辺りを見回す。

「そういえば……御鏡がいないようだが、どこか行ったのか?」
「織乃さんは、吹雪さんと2人で体育館に行ったよ」

春奈の願望を聞いた染岡と土門には、どうも彼女が『2人で』の部分を強調したようにしか思えなかった。
それに対して、「そうか」と頷く鬼道はいつもと変わらずポーカーフェイスだったが、3人にもっと観察力があれば彼の指先に僅かに力が籠もったのが分かっただろう。

「まぁ、昨日吹雪の能力の把握をあいつに提案したからな。恐らくそれが理由だろう」
「あ、何だぁ知ってたの」

つまんないの、と呟く春奈に、鬼道は「何がつまらないんだ」とむずりと唇を結ぶ。

妹を持つというのも大変だ、と他人事のように思った2人は、巻き込まれない内に特訓を再開したのだった。