Lid to a thought

「随分御鏡を気に入った風だな。吹雪」

キョトンとした織乃に見送られ、1人キャラバンの席へ戻った鬼道は、前を見据えたまま言った。
斜め後ろの席でサンドイッチを頬張っていた吹雪は、「ん?」と声を上げて口を動かすのを止める。

こくり、と小さく喉が動き、吹雪は口元を拭った。

「そう言われると、そうだね。御鏡さん優しいし……それに」

ふと言葉を切って黙りこくった吹雪に、鬼道は後ろを向く。
吹雪はしばらく考え込んだ後、穏やかに微笑んだ。

「何だかね、そばにいると安心できる気がするんだ」
「……そうだな」

その意見を鬼道は否定しない。
彼女の柔らかい雰囲気がいつも誰かの心を包み込んでいることは、彼も知っているのだ。

「ただ、御鏡をからかうのは程々にしておけよ。あいつの観察力は冷静になっている時にこそ働くんだ、いつもあんな風では困る」
「うん、僕もあんなに驚かれるとは思わなかったよ」

クスクス笑う吹雪に、鬼道は少し呆れたように溜息を吐く。
吹雪は、ふと笑うのをやめて鬼道の特徴的な後ろ頭を見つめた。そして、何か悪戯を思いついたような顔になって、また笑う。

「……でも僕、御鏡さんみたいな子って結構タイプなんだ」
「……だからどうした」

むっと眉間に皺を寄せた鬼道が、再度振り返った。
吹雪はその真意を感じさせない、深い笑みを湛えて彼を見る。

「彼氏とかいないのかなって。鬼道くん知ってる?」
「知らん。いないんじゃないのか、多分」

いたらいたで、春奈が騒ぎ立てる筈だ。
鬼道は前へ向き直りながら、じくじくとした、痒いところに手が届かないような妙な違和感に、椅子の上で身を捩る。

「じゃあ僕、御鏡さんにアプローチしてみようかなぁ」
「は?」

鬼道は再三振り返った。
吹雪と目が合い、約3秒。彼は王子≠フあだ名に相応しい、キラキラとした笑みを浮かべる。

「ふふふ……」
「な、何だ。その笑いは」

ギョッとして身を引く鬼道に対し、吹雪は席から立ち上がった。
数歩歩いて鬼道の目の前で立ち止まった吹雪は、にっこり笑う。

「嘘。タイプなのは本当だけど、アプローチはしないよ」
「……何がしたいんだお前は」

長い溜息を吐いて、鬼道は椅子に深く座り直した。
吹雪は先程から、含み笑いをしながら彼を見下ろしている。

「鬼道くんの誤解を解くのと、あと、気になったことがあって」
「何だ」

顔を上げず、鬼道は言った。
もう相手をするのが面倒臭くなってきたと、その表情が如実に語っている。
吹雪はそれでも、優しく笑った。

「──鬼道くんは、御鏡さんのことが好きなんだね」
「…………は?」

たっぷりと間を空けて、鬼道はポカンとした表情で吹雪を見上げる。
そして数秒後、彼はボッと火でもついたのではないかと言うほど一気に顔を真っ赤に染めた。

「そっ……それは御鏡は仲間なんだから嫌いなわけがないだろう……!」
「もー、そういう意味じゃなくて、女の子としてだってば」
「だっ、誰が!」

思い切り顔をしかめ、鬼道はぷいとそっぽを向く。
大体、恋愛だなんだというのはよく分からん──ぼそぼそと居心地悪そうに呟いた鬼道に、吹雪は微笑んだ。

「そんなの簡単だよ。触れたいって思ったら、それは恋。少なくとも僕は、そう思ってるよ」
「……」

だんまりを決め込んだ鬼道に肩を竦め、吹雪は「ゴミ捨ててくるね」とキャラバンのステップを軽やかに降りていく。
1人取り残された鬼道は顔を赤くしたまま長い溜息を吐き出すと、ゴーグルを外して目頭をギュウッと押さえた。

そう言えば、以前源田にも同じようなことを言われた気がする。
一瞬そんなことを思い出した鬼道は、慌てて頭を振ってその記憶を振り払った。

キャラバンの外から円堂たちの声が近付いて来ている。きっとその中には織乃も混じっているのだろう。鬼道は数瞬、悩み。

「…………忘れよう」

吹雪に言われたこと、諸々を記憶の奥の奥に押し込んで、蓋をすることにした。
第一、今自分が考えるべきはどうすればエイリア学園に勝てるのかだ。恋愛に現を抜かす暇はない。

そう自分に言い聞かせ、鬼道はゴーグルを装着する。そして、ギュッと目を閉じて眠ることに意識を集中した。

目が覚める頃には、吹雪の話を綺麗さっぱり忘れていることを願って。