Boys talk

午後11時。
本来なら就寝の時間ではあるが、その夜のキャラバンからは、仄かな明かりが漏れていた。

「僕は織乃ちゃんかなぁ」

懐中電灯に照らされる中、寝袋に潜ってそんなことを言うのは吹雪である。
現在、キャラバンではガールズトークならぬボーイズトークの真っ最中。今の議題は、マネージャーの中で誰が1番可愛いか≠セ。

「ああ、吹雪は織乃みたいな娘がタイプなんだ」
「うん」

率先して話しているのは主に一之瀬である。
始めは起きて話に参加していた1年生たちや円堂は、いつの間にか大きな鼾を掻いていた。

「そういう一之瀬くんは?」
「俺? 俺は秘密だよ」

にっこり笑った一之瀬に、染岡が少し眠たそうな声で「秘密する必要あんのか?」と呟く。
「目金は?」一之瀬が矛先を変えると、寝袋の中でも掛けっぱなしの眼鏡をずりあげ、目金はふぅむと唸った。

「そうですね……ツンデレ、妹系、クラスメート、敬語キャラとなると、やはり始めに攻略すべきはツンデレでしょうか」
「いや何の話?」

これはダメだ、と呟きながら頭を振って、そう言えば、と土門が話を変えてくる。

「可愛いといえば、みんなモテるよな。特に音無なんか」

鬼道の寝袋が不自然に動いた。どうやら話を聞いていたらしい。
にまぁ、と笑った一之瀬は、わざとらしい声音で続ける。

「そうだなぁ、音無も可愛いもんな。前に1回、告白されてるところ見たことあるよ」
「何だと?」

釣れた! ──一之瀬は反射的にそう思った。
一方、うまい具合に乗せられたことに気付いていない鬼道は、険しい表情で話の続きを待っている。

「まぁ、断ってたけどね」
「そういう鬼道くんはどうなの?」

連携したような話の繋ぎ方で、吹雪が重ねた。
は? と眉根を寄せた鬼道に、「マネージャーで誰が可愛いと思う?」と尋ねる。

「鬼道のことだし、どうせ音無1択だろ……」

大きな欠伸をしながら零したのは染岡だ。
一瞬顔をしかめた鬼道は、寝返りを打って「そうだな」と答える。

「うーん、ホントに1択?」
「……何が言いたいんだ、一之瀬」

頬杖を突いた一之瀬に、鬼道は思わず噛みつくように言った。
経験上、彼の機嫌が少しばかり下がったのを感じた土門が、額に冷や汗を滲ませて一之瀬を見る。

「本当は、音無以外にもいるんじゃないのか?」
「……知らん」

途端、脳裏にポンと浮かんだ顔を慌ててかき消して、鬼道は2人から顔を背けた。
しかし彼の行動は、次の瞬間全く無意味なものになる。

「まぁ、大体予想はつくけどね」
「…………何?」

少し、ぎこちない動きで鬼道はそちらに顔を戻してしまった。
吹雪と一之瀬は、顔を見合わせニヤニヤとしている。

「……ほう、なら言ってみろ」
「え、良いの? 言っちゃうよ?」

売り言葉に買い言葉、吹雪は明らかに楽しんでいる声色で、「どうしよっかなぁ」と視線を宙に投げかけている。

「まぁまぁ、2人とも。そんくらいにしてやれって」

見かねて仲介に入った土門に、鬼道は内心ほっとした。
何しろ、吹雪は鬼道が誰を意識しているのか知っている──というより、それを自覚するきっかけを与えた張本人なのだから。

「そう言えばさぁ」

くわわと欠伸をしながら、一之瀬が寝返りを打つ。
いつの間にか染岡は寝落ちしていた。

「モテるって言えば、織乃もそうじゃない?」
「へぇ、そうなんだ」

せっかく話を逸らしたのに! ──とでも言いたげな顔で、土門は密かに額を覆う。
しかし2人は今の話を掘り返したいわけではないようで、一之瀬はそのまま言葉を続けた。

「前、クラスメートが話してるの聞いたんだけど……何て言うか、秋と一緒でモテ方が生々しいんだよな」
「何だ、それ」

「あ、風丸起きてたの?」土門が意外そうに言うと、風丸は居心地悪そうに身じろぎする。
どうやら、話の矛先を向けられないように狸寝入りをしていたらしい。

「で、生々しいって?」
「ああ、うん。極端な話、雷門が高嶺の花なら、織乃たちは何とか手の届く距離にある、みたいな感じかな……」

成る程、と相槌を打ったのは、実はまだ起きていた目金である。
彼は夜型らしく、いつもと変わらぬ声色で述べた。

「2人とも、人当たりも良いですからね。希望が持ちやすいのでしょう」
「人当たりが良い、な」

小さく呟いた鬼道に、土門が少しだけ笑った。
何? と尋ねる一之瀬に、土門はくつくつ笑いながら言う。

「いや、な。昔の織乃ちゃんの性格考えると、今とは大分印象が違うんだなーって思って」
「へぇ」

「どんな感じだったの?」と尋ねたのは吹雪だ。
鬼道は宙を眺めながら、訥々と言った。

「周りを気にしすぎ、というか……いつも挙動不審だったな。話しかけるとすぐ驚いて、初対面ではとても人当たりが良いとは思えなかった」
「というか、絶句してたもんな。初対面の時……」

織乃とのファーストコンタクトを思い出したのか、土門が堪えきれないように小さく吹き出す。
「ゴーグルのせいじゃない?」からかうように言った一之瀬に、鬼道は少し眉間に皺を寄せた。

「(……初めて会ったとき、か)」

ふわりと思考が浮かんで、彼の脳裏にあの時のことが蘇る。
この世の終わりのような顔で、フォークを目の前にした食事を前に落としてしまった彼女。土門が思い出し笑いしてしまうのも仕方ないかもしれない。

まぁ最も、あの頃はまさか自分が彼女に惹かれる日が来るとは露ほども思っていなかったが──鬼道は寝袋に頭を沈めて、気恥ずかしさを押し殺す。

「土門、思い出し笑いはスケベって言われるぞ──、と」

次の瞬間、ふいに一之瀬が懐中電灯の電源を落とした。

何だ、と誰かが尋ねる暇なく、キャラバンの外で僅かに聞こえた物音に黙りこくる。
数瞬置いて、そっとキャラバンの扉が開いた。

薄目を開けると、月明かりに背の高い影が伸びたのが見える。

「……気のせいかしら」

ぼそりと聞こえてきたのは、怪訝そうな瞳子の声だった。どうやらキャラバンの話し声を聞きつけ、様子を見に来たらしい。
やがてギシリと音がして、瞳子の気配が消える。
扉が閉まるのを確認して、風丸がほっと息を吐いたのが分かった。

「今日はもう寝ようか……」
「そうだな、また明日」

一之瀬はどうやら限界だったらしく、大きく欠伸をして寝返りを打つ。
やがて、キャラバンからは、寝息と大きな鼾だけが聞こえてきた。

こうして彼らの夜はふけていく。