VS.Epsilon
「頑張ってね、木暮くん!」
漫遊寺の胴着から雷門イレブンのユニフォームに着替えた木暮は、春奈の声援を耳に入れながら辺りを伺う。
今まで補欠で、修練での雑用ばかりしてきた彼がエイリア学園と戦えるのか──それを気にする漫遊寺イレブンの表情は優れない。
「木暮くん。君にはDFをお願いするわ」
「俺が、DF……」
ふいに声を掛けてきた瞳子に、木暮は訝しげな声を返す。
「適任だと思うけど。不服かしら」瞳子は彼を見下ろし、頷いた。
「……別に。地味だなと思って」
「じゃあどこが良いって言うの?」
顔をしかめて尋ねる夏未に、木暮はツンとそっぽを向く。
「拘ってないんで、DFでいいです」
「ま、せいぜい怪我しないことですね」
小馬鹿にしたような口調でベンチに陣取る目金が言えば、木暮はキッと目を吊り上げた。
ひょいと視線を背けた目金を睨む木暮に、春奈が握り拳を作る。
「大丈夫! 木暮くんならやれるよ。私、信じてるから!」
「──あのさ。信じてるって、そんなカンタンに言うなよ」
最後に春奈に噛みつくように言って、木暮はフィールドに走って行った。
春奈はそれでもめげずに、ふんと大きく息を吐き出す。
「春奈ちゃん。ひょっとして今朝言ってたやらなきゃならないことって、木暮くんのこと……?」
昨日まで、春奈と木暮はただ顔を合わせた程度の仲だった筈だ。
それなのに春奈が木暮を信じると言って聞かないのは、何か理由があるからだろうか。
「はい!」と大きく頷いた春奈は、フィールドを見つめる。
ベンチでは「どうなんですかねぇ、あの態度!」と目金が少々苛立ち気味に眼鏡を押し上げていた。
「ちょっと心配かな……」
「木暮くんは、やれば出来るんです!」
呟いた秋に、春奈は自分にも言い聞かせるような声音で答える。
後に続いた微かな独り言は、誰にも聞こえることはなかった。
「みんな、ホントの木暮くんを知らない──」
:
:
「御鏡さん、どう」
「はい」
カタカタとモバイルを操りながら、織乃はフィールドを見つめたまま問ってきた瞳子に頷く。
「イプシロンの戦い方は、大体把握しました──少し、厄介ですね」
「そうね」
小さく答えた瞳子の視線の先で、円堂が掌を叩き合わせて木暮を鼓舞している。
相手側のゴールで、デザームがそれを鼻で笑ったのがわかった。
「諸君! キックオフといこうか!」
凪ぎ払うように右手を振るったデザームの言葉に、イプシロンの選手たちが口元を歪ませる。
雷門イレブンは準備運動を止めて、少し腰を落とした。
「聞けィ雷門中! 破壊されるべきは漫遊寺中にあらず。我らエイリア学園に刃向かい続ける、お前たち雷門イレブンと決まった!!」
イレブンを指さし高らかに言ったデザームに、「勝手に決めちゃってるよ」と一之瀬が苛立ったように呟く。
デザームはそこで、またニヤリと口角を上げて見せた。
「漫遊寺中は6分で片付けた。だがお前たちはジェミニストームを倒した。その実力を称え、3分で決着とする。光栄に思うが良い」
「3分!?」
丸い目を大きく見開いた円堂が、奥歯を噛み締める。
「だから何で勝手に決めちゃうかな……!」
「ホント腹立つな……! あたしそういうの大っ嫌い!」
「だったら、僕たちも3分で片付けちゃおうよ!」
「面白ぇ……!」
3分で片付けるなどと言われてしまっては、彼らも黙ってはいられない。
表情を更に険しくしてイプシロンを睨むイレブンに、秋が膝の上に置いていた拳を握りしめた。
「3分だなんて……!」
「それだけ私たちに対して本気なのよ」
「ええ──でも漫遊寺戦の6分間で、イプシロンがどんな戦いをするかは掴めたわ」
こちらを見上げた2人の視線を受けながら、瞳子は淡々と続ける。
「ジェミニストームはスピードで押してくるチームだった──」
それに比べて、漫遊寺中との試合で見せたイプシロンの戦いは、的確にFWを封じて、相手の攻撃を削いでくる。
漫遊寺が破れたのは、満足なプレーをさせてもらえなかったからだと述べる瞳子に、後方にいた漫遊寺イレブンが苦い顔をした。
「雷門イレブンのFWは2人。マークを外せなければ、当然得点の機会もぐっと減ります」
だからこそ厄介な相手なのだ──再びカメラを作動させながら、織乃が考え込むように唇を引き結ぶ。
準備の整った両チームに、高らかにホイッスルが鳴らされた。
キックオフは雷門から。攻めの姿勢で行くことにしたらしいイレブンは、ほぼ全員でフィールドを駆け上がっていく。しかし、その中で。
「木暮くん、動きませんねぇ……」
1人恐れおののいたように微動だにしない木暮に、目金が呟く。
春奈は両手をギュッと握りしめて、その様子を見守った。
「戦闘、開始!」
デザームの声を合図に、吹雪と染岡に2人ずつマークがつく。
仕掛けてきた──ベンチ陣にも、思わず緊張が走った。2トップを抑え込むことで、こちらのプレッシャーを狙っているのだ。
動けない2人を見た鬼道が、即座に声を張り上げる。
「突っ込め、風丸!!」
「いっけぇー!!」
鬼道の指示と円堂の声を受け、風丸が一気に駆け上がっていく。
イプシロンのスライディングを素早く交わし、ボールは塔子へ、そして鬼道へと渡った。
「ジェミニストーム戦の経験、ちゃんと生かされてるわね……!」
「はい! 敵の動きを見切ってますよっ!」
目に期待の色を宿す秋や春奈に対し、夏未と織乃の表情は優れないまま。
ボールがキープ出来ても、染岡と吹雪がマークから抜け出せていないのだ。夏未が織乃を振り向く。
「イプシロンは、やっぱり……」
「はい──ジェミニストームとは段違いの強さです。でも、みんなも前回の戦いで強くなった分、まだ対抗できてます」
しかし、それもいつまで保つか。呟いたその時、イプシロンのゴールでデザームが涼しげに笑った。
「イプシロンがジェミニストーム如きと同じと思っているようだが……貴様等の力は底が知れているわ」
敵陣に切り込んだ鬼道が、上がってきた土門にパスを出す。
「打て、一之瀬ェ!!」そしてボールは更に一之瀬へ。一之瀬は地面を蹴り倒立すると、そのまま体を捻りシュートの構えを取った。
「スピニングシュート!!」
巻き起こった竜巻と共に、ボールがゴールへ向かっていく。
しかしデザームは表情を変えず、DFへ指示を飛ばす。
「コンマ221秒でジャンプ、打ち返せ」
「ラジャー」
事務的に答えたDF2人がゴール前へ躍り出た。
そしてそのまま、直進してきたスピニングシュートを打ち返す。
「馬鹿な!」渾身のシュートをいとも容易く防がれた一之瀬が、思わず声を上げた。
しかし脅威はまだ終わらない。
打ち返されたボールは、そのまま勢いを殺さずに雷門ゴールを襲うシュートになったのである。
「塔子、壁山!!」
あまりの出来事にボールを目で追うことしか出来なかった鬼道が、振り返り様に叫んだ。
即座に2人はゴール前へと飛び出し、塔と岩壁、二重の防御壁を展開する。
防御壁とシュートがぶつかり合い、ビリビリと空気が震えた。そして数瞬の後、砕け散った防御壁は、ボールを天高く弾く。
その瞬間、敵の一瞬の隙をついた吹雪がマークを振り切るように跳躍した。
「吹雪!!」円堂と染岡が声を張り上げ、中空まで追いかけてきたイプシロンに、吹雪はニヤリと笑った。
「へっ──もらったぜ!!」
声を張り上げ、マークを押しのけた吹雪はそのままノームとメトロンの肩を踏み台にして、更に高く跳ぶ。
ボールを捕まえた吹雪は、着地するや否や大きく体を旋回させた。
「エターナルブリザード──!」
集束する氷のオーラを纏い、エターナルブリザードがイプシロンゴールに迫る。
デザームは口角を上げると、ボールに向かって手を掲げた。
ドン、とシュートがぶつかる音がして、砂塵が巻き起こる。
やったか──吹雪はぐっと拳を固めたが、次の瞬間ハッとした。
「なっ……何ッ!?」
砂塵が止み、デザームの姿が露わになる。
ボールは──ゴールに入ることなく、彼の片手に収まっていた。
「エターナルブリザードを──」
「止めがった……!?」
「あり得ねェ……!」歯噛みし、体勢を立て直してこちらを睨みつける吹雪に、デザームは不敵に笑う。
「敵ながら良いシュートを打つ……気に入ったぞ」
「誉めてくれてありがとよ……!」
舌打ち混じりに答え、吹雪は半歩後退した。
デザームはボールを片手に、声を大きく張り上げる。
「お前たちは我らエイリア学園にとって大きな価値がある。残り2分22秒、存分に戦って貰おう」
その次の瞬間、デザームはボールを勢いよく振りかぶった。
ただのオーバースローとは思えない凄まじい威力で、ボールは雷門陣内へ飛び込んでくる。
「カットするんだ!!」
「おう!!」
マントを翻し叫んだ鬼道に答えた染岡と一之瀬がカットに向かうも、マークに阻まれボールはそのままゴールへ迫った。
「くっ……!」追いつけないと分かっていながらも、鬼道は走りながら声を張り上げる。
「木暮、お前も!!」
「うッ!? ムリ! 絶対ムリ!!」
木暮が慌てて腕を激しく振るその一方で、ボールに追いついたゼルが腕を引き、構えた。
「ガニメデ──プロトン!!」
手のひらから放たれた衝撃波が、ボールを加速させる。
紫のオーラを放ちながら襲い来るシュートに、円堂が手を構えた。
「っゴッド……!」
「間に合わん!!」
短く鬼道が叫ぶ。
「くそっ──」小さく毒づいた円堂は、構えた手で拳を作った。
「爆裂パンチ!!」
連続して繰り出される拳が、ボールの勢いを殺す。
しかしそれでもシュートの威力は衰えず、爆裂パンチを打ち破り、ガニメデプロトンは円堂ごとゴールへ突き刺さった。
「円堂くん!」夏未が思わず小さく叫ぶ。
ふらつきながらも起き上がった円堂は、両手を見つめて顔を上げると、デザームを睨みつけた。
「──開始より1分。残る2分、更に楽しませてもらおうか」
険しい表情の雷門イレブンの視線を受けながら、デザームは涼しげに口角を上げる。
それはまるで、彼らの戦意を嘲笑っているかのような笑みだった。
prev
|
index
|
next
TOP