Hidden power

「残り1分です……!」

握り締めたストップウォッチを見つめて、織乃が呻いた。
命が吹き込まれたかのように操られるボールが、雷門イレブンたちを次々に傷付けていく。
──しかし、そんな中で。

「逃げ足だけは天才的ね……」

少し呆れたような呟きを漏らす夏未の視線の先で、黒いサッカーボールから必死で逃げまどっているのは木暮だ。
春奈はその様子にやきもきしたように両手をメガホン代わりに口の脇へ添えて、叫ぶ。

「木暮くん、しっかりして! 逃げてばっかりじゃダメよ!!」

しかしその叱咤も、ボールを避けることで頭が一杯の木暮には届かないようだった。
ああもう、と春奈が頭に手を当てる一方で、秋がふと呟く。

「木暮くんて、見えてるからこそ、完璧にかわすことが出来るのかも……」

春奈は驚いたように秋を見やり、再度フィールドを見つめた。
木暮は相変わらずボールから逃げ続けている。彼のユニフォームは、渡したばかりの綺麗な状態のままだ。

「確かに──全部紙一重でかわしてますもんね。息切れもない、……スタミナもあるみたいです」
「そ──そう、そうなんです! 木暮くんはやれば出来る子なんです!」

春奈はハッとしたように、織乃の袖を引く。
興奮気味に言う春奈を宥め、織乃は瞳子を見上げた。もしかすると、彼女は木暮の力を見抜いていたのかもしれない。

「──間もなく3分」

ふいに、デザームが口火を切った。雷門イレブンはボールを追いながら視線をそちらに投げかけた。

「我らは次の一撃を以てこのゲームを終了する」
「何!?」

ゴールで構える円堂が、表情を険しくする。
「聞けィ人間共!」デザームは、そこで更に声を張り上げた。

「我らは、10日の後に、もう1度勝負をしてやろう」
「10日……!?」

目をしばたかせる円堂とデザームの視線がかち合う。デザームは、ニヤリと意味ありげに口角を持ち上げた。

「……だが、お前たちは勝負のその日まで、果たして生き残っていられるかな?」
「何……!? どういう意味だ!!」

鬼道が声を荒げて問い掛ける。
しかしそれに答えることなく、デザームはこちらへ戻されたボールに向かって足を振り上げた。
──瞬間。

「きゃあ!!」

ベンチ陣から悲鳴が上がる。
イプシロンゴールから打ち出されたデザームのシュートは強風を巻き起こし、砂塵を立てた。

「ふざけるなァッ!!」

踏ん張らなければ立っていられない風の中、怒りでカッと頬を紅潮させた吹雪が1人、そのシュートに立ち向かっていく。
しかし爆風に煽られた吹雪は足下を掬われ、シュートに辿り着かないまま天高く吹き飛ばされた。

「ふ、吹雪さん!!」

髪とスカートを押さえながら、織乃が叫ぶ。
シュートは雷門イレブンたちの合間を真っ直ぐすり抜け、ゴールの前で立ち往生していた木暮へと襲いかかってきた。

「うぇ、ええええ!?」
「木暮ー! 伏せてろー!!」

ボールに追われる木暮に、円堂が叫ぶ。
「間に合わないわ!」ベンチまで巻き起こる風に負けないように、秋が大きく声を上げた。

壁山の足に躓き、勢い余ってその場で横転してしまう木暮。起きあがろうとした彼に、凶悪なシュートが迫る。

「木暮くん!!」

春奈が声を張り上げる。その瞬間砂塵は更に酷くなり、ついにその場に目を開けていられる者はいなくなった。

ドン! ──と、力のぶつかり合う音がする。
砂塵が収まっていく気配を感じた円堂は瞼を開け、目を見開いた。

ゴールネットは何もない。あろうことか、ボールは弾みで倒立になった木暮の足が、しっかりと捉えていたのだ。
「いでっ」足に吸い付いていたボールが落ちて、バランスを崩した木暮はその場で倒れる。

「いてて……あれ?」

木暮は頭を押さえ、足下で転がるボール首を傾げた。
一瞬その様子に呆気に取られていた円堂は、次の瞬間ハッとする。

「……! 消えた!?」

フィールドの異変は、ベンチからでも確認することが出来た。
イプシロンが、音もなく姿を消していたのだ。

「3分経ってる……」

ストップウォッチを覗き込んだ夏未が眉根を顰める。
その隣で、春奈が思い出したようにフィールドへ声を上げた。

「っ木暮くんすごい!!」
「偶然でしょ! 所謂ビギナーズラックですよ」
「……偶然だけかしら」

肩を竦めて春奈の意見を否定した目金にそう呟いたのは、意外にも瞳子だった。
「え?」と声を上げる2人には答えず、瞳子は視線を中空に止めたまま、口を開く。

「御鏡さん。さっきの試合の解析、お願いするわね」
「あ……はいっ」

織乃が大きく頷く一方で、瞳子はふと一点へ視点を集中させた。
どこか陰った表情をする彼女に、秋が首を傾げる。

「監督、どうかしたんですか?」
「……いいえ、何でもないわ」

頭を振り、瞳子は瞼を伏せる。その様子を夏未がじっと見ていたことに、彼女は気付かない。

フィールドで体勢を直し始めたイレブンに気がついたマネージャーたちは、救急箱を片手に彼らの元へ走る。
春奈はいの一番に木暮の元へ駆け寄って、嬉しそうに声をかけた。

「はぁー……」
「やったね木暮くん!」

ぐったりと大きく溜息を吐いていた木暮は、少し驚いたように興奮気味になった春奈を見上げる。
その隣で、円堂がニッと笑った。

「お前、奴らのシュートをカットしたんだぜ!」

木暮はキョトンとして、自分を囲む雷門イレブンを見回す。
そこには誰1人、試合開始前のような不満げな表情を浮かべている者はいない。

「やっぱり、意外性があったね」
「ああ! 結構やるもんだな」
「ホントだよね! 補欠にしとくの勿体ないよ!」
「──ってことだ!」

「お前、すごいぜ!」ニッコリと太陽のような笑みを浮かべた円堂に、数度まばたきした木暮の表情が輝いていく。
上気した頬を隠すように下を向いて、木暮はニヤッと笑った。

「──そうさ。俺、すごいんだ! うっしっしっしっ」

嬉しそうに肩を揺らす木暮に、春奈も満足そうに笑みを漏らす。
すると、遠くから静観に回っていた漫遊寺イレブンがこちらに駆け寄ってきた。

「大したものだ木暮!」
「見事だったぞ!」

木暮は表情を緩めたまま、パッと立ち上がる。
そのまま木暮と合流するかに思えた漫遊寺イレブンたちは──

「うわあああああッ!!」
「ああっ!?」

──突如地面に空いた大きな穴に、揃って吸い込まれていった。

「だ、大丈夫ですか……?」

穴に駆け寄り、目を丸くした円堂が控えめに声をかける。
穴の底で、土埃に汚れた垣田がブルブルと肩を震わせた。

「こ……木暮ェーーーーッ!!」
「うっしっし! 遅いんだよ!」

雷門イレブンたちは、ハッと後ろを振り返る。
先程まで近くにいた木暮は、いつの間にか遠くへと逃げていた。

「今頃俺がすごいって分かったのかー?」
「木暮くんっ!!」

キッと目尻を釣り上げた春奈が叫び、木暮は驚いて飛び跳ねる。
春奈は先程までの笑顔はどこへやら、眦を吊り上げ今にも飛びかからんばかりの怒気をまき散らしていた。

「あなたを褒めてるのにその態度は何なの!?」
「うわーっ!」

三十六計逃げるに如かず。木暮は正しく脱兎の如く逃亡する。
それを追いかけようとした春奈を制したのは、嗄れた声だった。

「お待ち下さい!」

雷門イレブンと漫遊寺イレブンは、驚いたように振り返る。
そこには笠を被った修行僧のような老人が、杖を突き佇んでいた。

「監督……」
「漫遊寺サッカー部の?」

呟いた影田に瞳子が尋ねれば、老人──漫遊寺サッカー部の監督は、小さく頷く。

「失礼ですが、今までどちらに……」
「──この子たちが我が校を守るために如何にするか、その決断もまた修練……」

勝つも負けるも人生の無駄にはならないと、何も言わずに見守っていた──漫遊寺の監督は教え子を見回しながら、静かに語った。

「貴方方と共に戦った木暮とて、同じことですじゃ……」

「お嬢さん」彼はそう言って、ふと春奈へ笠越しに視線を向ける。

「木暮の心に貴女の言葉はきっと響くはず。今日のお心遣い、本当に有り難いことですじゃ……!」

小さく頭垂れた漫遊寺の監督に、春奈は僅かに目を伏せる。風丸が、瞳子へ声を掛けた。

「監督。木暮を仲間に入れなくても良いんですか?」
「俺も、あいつは戦力になると思うんです」

円堂の言葉を受け、瞳子は木暮の逃げ去った方に目を向ける。

「──彼が、自分の意志で私たちと行くことを望むのならね」
「……賢明なご判断ですじゃ」

漫遊寺の監督は、笠を傾けて深く頭を下げた。
いくら円堂たちがそう思おうが、彼自身が戦いを望まなければただの無理強いになる。
染岡が小さく溜息を吐いた。

「ったく、しょうがねぇ奴だな……なぁ吹雪よォ」
「…………」

染岡は吹雪を振り返ったが、反応が返ってこない。
吹雪はデザームのシュートで傷ついた体を織乃に治療されながら、じっと黙り込んでいた。

「ん、どうした」
「……僕、役に立たなかったな」

吹雪は顔に影を落とし、歯を食いしばる。
共に旅をしてまだ間もないとはいえ、吹雪のこんな表情を見るのは初めてのことだった。

「んなこと言ったら俺だって……」
「何も出来なかったんだ!!」

大きく声を荒げた吹雪に、織乃は思わず体を竦める。
染岡も驚いたように彼を見た。

「……こんなんじゃダメだ……完璧にならなきゃ」

マフラーをきつく握りしめ、吹雪は譫言のように呟く。
ぽんと絆創膏の上から織乃が彼の腕を叩くと、吹雪はハッとした。

「あ……ご、ごめんね。いきなり大きな声だしちゃって」
「ん、ああ……別に良いけどよ」

坊主頭を乱雑に掻いて、染岡が言い淀んだ。
織乃は新しい絆創膏を出しながら、眉を下げて微笑む。

「切羽詰まるのはまだ早いですよ、吹雪さん。まだチャンスはあるんですから、無理しないで」
「……うん……うん、そうだね」

吹雪はその言葉にそっと息を吐き出して、小さく頷いた。

──だが、イプシロンにイレブンの力がまだ及ばないのは事実。
何か対策を練らなければ、彼らに勝つことは難しいだろう。

「──やっぱり、奴らと戦うにはもっとパワーが……」

どこか影を帯びた風丸の呟きは、誰に届くこともなく竹林のざわめく音に掻き消されていった。




次の日、午前。
雷門イレブンは、漫遊寺イレブンと向き合っていた。

「色々とご迷惑をお掛けしました……我々の為に戦ってくれたこと、感謝しています」
「こちらこそ、色々ありがとう!」

円堂と垣田が固く握手を交わす。
「あの……」ふいに春奈が、垣田に控えめに声をかけた。

「木暮くんは……?」
「そう言えば、姿が見えませんね……」

垣田もそれを受けて背後を振り返ったが、漫遊寺イレブンの中に木暮の姿は見当たらない。
春奈は小さく肩を落とした。

「あいつから、うちのユニフォーム返してもらってないでヤンスよ?」
「まぁ良いわ。記念のプレゼントってことにしておきましょ」

肩を竦める夏未に苦笑して、円堂は垣田に向き直る。

「木暮にも言っといて下さい。サッカー頑張れって」
「……ええ」

垣田は力強く頷いた。
瞳子がキャラバンの扉を開き、両手を叩く。
雷門イレブンたちは、一斉にそちらを振り返った。

「さぁ、出発するわよ。一度雷門へ戻って、調整に入るわ」
「はいっ!」

頷いたイレブンたちは、キャラバンへと乗車していく。
最後に漫遊寺の監督に会釈した瞳子を乗せて、キャラバンは漫遊寺中学校から走り去っていった。

「いやー、何だかんだ言って木暮って奴は面白かったよなぁ」

キャラバンに揺られながら、カラカラと笑うのは土門である。
風丸はまだ心残りがあるようで、その表情は優れない。

「チームに入れなくて良かったのかな……」
「いやいやそれで良いのです。あんな奴がいたら、宇宙人に勝てるものも勝てなくなっちゃいますからね」
「シビアだなー、目金くん」

車内に和やかなムードが漂う。
しかしそんな中、雰囲気にそぐわない表情をしている者が1人。

「あ、あのー……お話中のところすいませんが……」
「ん? 何だい?」

キャラバンの一番後ろの石に座る、壁山だ。
吹雪が何事か尋ねても言い淀む壁山に、しびれを切らした染岡が席から腰を浮かせて後ろを伺う。
そして、大きな声を上げた。

「……マジかよ!?」

その声につられて、全員の視線が後部座席へと集中する。
壁山の隣──沢山の荷物に身を隠すようにして座っていたのは、雷門イレブンのユニフォームを纏ったままの木暮だった。

「えーーッ!?」
「お前……!」
「木暮くん!」

驚愕の表情を浮かべる雷門イレブン──そして春奈に、してやったりといった顔で木暮は笑う。

「つ、ついてきてたんですね……」
「……次の休憩所で、漫遊寺に連絡を入れなきゃならないわね」

苦笑する織乃に、瞳子は額を掌で抱え呆れたように溜息を吐いて言った。
かくて、イナズマキャラバンは1人の悪戯小僧を乗せて走る。