Invitation of darkness
漫遊寺を発ち1時間。木暮も無事イナズマキャラバンの同行を許され、新しい仲間にイレブンが少し浮き足立っていた、そんな時。
車内に、高い電子音が響いた。
「響木さんからだわ……」
携帯を懐から取り出し、呟いたのは瞳子である。
彼女はディスプレイを確認するなり、怪訝そうに目を見開いた。
「──影山が脱走し、愛媛に真帝国学園を設立した……!?」
「何だって!?」
瞳子が思わず漏らした声に、後部の円堂たちが目を丸くする。
織乃は隣に腰掛けた鬼道がギリッと握り拳を固めたのを見た。
「あいつ……! まだ性懲りもなくそんなことやってんのかよ!」
「しかも、真帝国学園だって!?」
眉根を寄せた染岡に次いで声を荒げたのは、元帝国生の1人である土門である。
円堂が握り拳を作って、イレブンたちを見回した。
「よし、愛媛へ行こう!」
「ああ。影山のやろうとしていることを、ぶっつぶそう!」
「そうよ! あいつを許しちゃいけないわ」
次々と上がる声に、ついていけないのは途中参加の3名。
塔子が、隣で硬い表情をする織乃や鬼道を見やって問い掛けた。
「なぁ、影山って、中学サッカー協会の副会長だったんだろ?」
「……はい」
流石に塔子も、表舞台に立つ影山の名前は知っているようだ。織乃が俯くように頷く。
鬼道は一言小さく「そうだ」と肯定して、押さえた声で続けた。
「そして帝国学園の総帥だった。……俺たちの、チームの」
織乃は黙り込んで、じっと自分の爪先を見つめる。
脳裏に、あの頃影山から投げ掛けられた、刃のように鋭い言葉たちが蘇った。
「そんな人、何故倒さなきゃならないんだ?」
「勝つためには手段を選ばない奴だったんだよ!」
座席から前列の背もたれに乗り出して会話に混じったのは、後ろの席にいた円堂である。
彼の言葉を受けた鬼道の声が、怒りを耐えて僅かに震えた。
「それも自分の手は汚さず、人を使って相手チームを蹴落とそうとする」
「何だソレ! きったねぇの……!」
顔をしかめた塔子に、円堂の隣で風丸が卑怯が服を着て歩いているような男だと付け足す。
ぽつりと、織乃が呟いた。
「それにあの人は、スポーツで一番やっちゃいけないことをやったんです……」
「……ああ。あいつは勝つために、神のアクアを作り出した」
「神のアクア?」首を傾げて反復する塔子に、風丸が遠い目をする。
「……人間の体を、根本から変えてしまうものさ」
それこそ、本来人間が踏みいるべきでない──神の領域にまで。キャラバンに数分前とは一転した張りつめた空気が漂った。
「結局それが、影山の逮捕に繋がったのよ」
静かに、夏未が言葉を次ぐ。
そしてその日、雷門イレブンが学校に戻った矢先にエイリア学園が襲撃してきたせいもあり、彼がその後どうなったかなど、考えもしなかったのだ。
「そいつが脱走したんだ……」
「またサッカーを使って、何か企んでいるのか」
復讐に燃える彼が、次にどんな手を使ってくるのか──予想だに出来ない。
誰かが溜息をついた、その時だ。
「ああ〜ッ!!」
重苦しい空気をふいに、後部座席の壁山が引き裂く。
「壁山、どうした!?」ギョッと目を丸くした円堂たちが後ろを振り返ると、壁山は手鏡を覗き込んでぷるぷると肩を震わせていた。
「木暮くんがひどいんス! これ、見てくださいよ!」
壁山が涙声で、円堂たちの方を振り向く。
その顔には、黒いマジックで一面に落書きが施されていた。
「…………」
「……ぶっ」
一瞬の静寂。
次の瞬間、キャラバンに弾けるような笑い声が溢れかえる。
「居眠りしてたスキに……って! 何でみんな笑うんスかぁ!」
「だっ、わ、笑ってなんかないよ!」
腹を抱えながら、円堂は息も絶え絶えに返したが、彼が笑っていることは火を見るより明らかだ。
いつのまにか前の席まで避難してマジックを片手に笑っていた木暮に、春奈が目を吊り上げる。
「木暮くん! シートベルトはちゃんとする、席から立たない! 守れないなら降りてもらうわよ!」
「いっ……」
奥歯で悲鳴をかみ殺した木暮は、慌てて元の席へ戻っていった。
「もー……!」春奈が溜息を吐き、中腰になった体を元に戻した瞬間。
──ブーッ、と乙女にあるまじき音が大音量で響き渡った。
「なっ、なっ!」
周囲の視線を集めながら、春奈は火がついたように真っ赤になって座席の異変を確かめる。
そこにあったのは、パーティーグッズとして使われる、所謂ブーブークッション。誰が仕掛けたのかは、言わずもがな。
「こっ……! 木暮くーん!!」
キャラバンに、悲鳴の混じった春奈の怒声が響き渡った。
:
:
それから時間は進み、場所は愛媛のとあるコンビニ。
やや急ぎ足でキャラバンから降り、手近な壁に背中を預けた織乃は、ポケットから携帯を取り出す。
「はい、もしもし」
『あっ、織乃さん? こんちわ!』
電話を掛けてきた相手は、帝国時代の仲間であった成神だった。
彼が織乃に電話を掛けてきたのは、決勝戦の日以来である。
「健也くん! どうしたの?」
『あ、ええっと……』
電話越しに、成神が何か言い淀んだのが分かった。
「健也くん?」不思議に思っていると、ふいに成神は声を落とす。
『あの──ちょっと、織乃さんに聞きたいことがあって』
「私に……?」
はい、と答えた成神は、一瞬黙りこくった。
そして数秒の沈黙の後、彼は思い切ったように尋ねる。
『織乃さん最近、佐久間先輩とか源田先輩と、連絡取りました?』
「え?」
織乃は驚いたように、まばたきを数回繰り返した。成神はまるで息を詰めているかのように、何も言わない。
「う……ううん。佐久間さんたちとは、電話番号もアドレスも交代してないし……ね、何かあったの?」
『! い、いえ──特に何も。えと、じゃあ、頑張って下さいね!』
プツンと、通話は半ば一方的に途切れた。
織乃は通話終了とテロップの出た携帯のディスプレイを見つめて、首を捻る。
「(佐久間さんたちと会ったのは──鬼道さんとお見舞いに行ったとき、それっきり)」
世宇子を打ち破り、その報告に病院へ行った時には、既に佐久間も源田も退院した後だった。
その後に、彼らに何かあったというのだろうか。
考え込んでいたその時、ふいに耳がある音を拾う。
それはつい最近聞いたばかりの、ボールとグローブがぶつかり合う音。織乃は弾かれたように顔を上げて、急いで音のした方──コンビニの裏手へ回った。
「──おっせー」
「何だよいきなり!」
円堂が険しい声を上げている。
彼の視線の先には、ふわりとしたモヒカン頭に剃り込んだ頭頂部から額へかけ赤いタトゥーを入れた、目つきの鋭い少年が佇んでいた。
只ならぬ気配に、キャラバンやコンビニから仲間たちが駆け寄る。
「愛媛から時間が掛かり過ぎじゃね? ってこと」
「何だあいつは……」イレブンの中でも喧嘩っ早い染岡は、小馬鹿にしたような彼の態度に、威嚇するように表情を険しくさせた。
一触即発な空気が漂う中、瞳子が1人、前へ踏み出す。
「──君、真帝国学園の生徒ね」
「えっ?」
円堂たちが驚いたように瞳子を振り返った。
彼女はモヒカンの少年をじっと見つめながら、続ける。
「そっちこそ遅いんじゃない? 人を偽のメールで呼び出しておいて、今頃現れるの?」
その言葉に、少年が口角を僅かに上げたようだった。
円堂は話に着いていけないまま、瞳子を見上げて尋ねる。
「監督、偽のメールって?」
「……そもそも、ここ愛媛まで私たちを誘導した、響木さんのメールが偽物だったの」
えっ、と声を上げるイレブンに対し、「もう確認済みよ」と返した瞳子は、冷静に少年を見やった。
「すぐに分かるような嘘を、何故吐いたの?」
尋ねる瞳子に、少年は口角を上げたまま、小さく鼻を鳴らした。
「俺不動明王っていうんだけどさぁ……俺の名前でメールしたら、ここまで来たのかよ。響木の名前を騙ったから、色々調べて愛媛まで来る気になったんだろ?」
不遜な態度はそのままに、少年──不動は、瞳子を見上げ不敵に笑う。
随分口達者なようだ。瞳子は不動をじっと見下ろした。
「違うか?」
「……そうね。で? あなたの狙いは何?」
尋ねた彼女に肩を竦め、不動は雷門イレブンの方へ目を向ける。
「なぁに……あんたらを真帝国学園にご招待してやろうってのさ」
鬼道の表情が、少し固くなった。
不動はそれに気付いたのか否か、彼に目線を合わせ口を開く。
「──あんた、鬼道有人だろ。うちにはさ、あんたにとってのスペシャルゲストがいるぜ」
「スペシャルゲスト……?」
ピリピリとした空気を保ちながら、鬼道は静かに聞き返した。
不動はニヤリと笑って続ける。
「ああ……かつての帝国学園のお仲間だよ」
「何!?」
かつての仲間──その言葉が、鬼道の琴線に触れた。
ゴーグルの下で大きく目を見開いた鬼道は、声を押さえつける。
「有り得ない……影山の汚さを身を以て知っている帝国学園イレブンが、あいつに従う筈がない!」
「そうだ! 絶対有り得ない!!」
「下手な嘘つくんじゃねえよ!」
声を張り上げた鬼道に続き、円堂と染岡が不動に噛みついた。
しかしそれを鼻で笑い飛ばした不動は、肩を竦め口を歪める。
「ハァ? だったら俺の目がおかしいのかなァ」
「貴様……! 誰がいるって言うんだ誰が!!」
「おいおい……」思わず声を荒げた鬼道に、不動はあしらうようにぶらぶらと手を振って見せた。
「教えちまったら面白くないだろう。着いてからのお楽しみさ」
まぁ、もっとも──そこで不動は不自然に言葉を切り、ニッと笑う。
そして彼は、顔を青くして唇を小さく震わせた織乃を一瞥し──底意地が悪そうに目を細めた。
「そこの元マネージャー≠ウんは、感付いちまったようだがな」
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