Victorious meaning
曇天の下、イナズマキャラバンは静かに街道を走っていた。
ただいつもと違うのは、車内に1人──敵がいるということだけ。
「どこにあるの? 真帝国学園は」
「俺の言う通り走ってりゃつくよ」
尋ねる瞳子に答えたのは、道案内役を買って出た不動である。イレブンたちは口を閉ざし、ただひたすら思考に耽った。
それは、彼女も例外ではない。
織乃は隣に腰掛けた不動を見ないようにしながら、自分の膝に置いた拳を見つめている。
『そこの元マネージャー≠ウんは、感付いちまったようだがな』
──あの言葉に真っ先に反応を示したのは、やはり鬼道だった。
しかし、織乃を問いただそうとしたところで、不動にそれを遮られたのである。
『感付いたといっても、それが正解かどうかは知らないけどな』
自分の目で確かめた方が早いんじゃねえの──そう目を細めて笑った不動に、鬼道は歯噛みし、織乃は俯いた。
鬼道はキャラバンに乗車してからというものの、ずっと眉間に深い皺を刻んだままである。
彼は時折不動の方を睨みつけては窓に目をやり、やり場のない苛立ちを溜息にして吐き出していた。
ただ、鬼道と織乃の心に去来することは同じである。
ともに戦った帝国イレブンが、影山のやり口や犠牲になったものを知っている彼らが、影山に従うはずがない──そう、信じることしか出来なかった。
「……あ。そこの門から入ってくれよ」
ふいに不動が窓の外を指さす。
右折したキャラバンは、錆び付いた門から倉庫街へと入った。
ゆっくりと、走行速度が緩まる。
キャラバンから降りた雷門イレブンたちは、辺りを見回し首を捻った。目の前に広がるのは、ただ一面の海だけだ。
「どこにも学校なんてないじゃないか」
「てめぇ! やっぱ俺たちを騙したのか!?」
円堂の言葉を受けた染岡が、振り返り様に不動に噛みつく。
「短気な奴だな……」肩を竦め煩わしそうに溜息を吐いた不動は、ふいに片手の人差し指を海の方へと掲げた。
「真帝国学園だったら、ほら」
指さした先には、やはり海しかないように見える。しかし、その次の瞬間。
「な──」
誰もが息を呑む。
地鳴りのような音と共に海面下から徐々に浮上してきた影が、みるみる内に大きくなり──やがて、水しぶきを撒き散らしながら海面へと飛び出した。
「これは……!」
細かい飛沫を浴びながら、鬼道が声を上げる。
海の上にその身を横たえたのは──巨大な潜水艇だった。
「っあれは……」
ハッと織乃が目を見張る。
潜水艇の上部から延びたポールで、はためく旗。
帝国学園のそれとは似て異なるもの。恐らく真帝国学園のエンブレムだろう。
不快な機械音を響かせながら、潜水艇の上部が大きく両開きになっていく。そこに現れたのは、紛れもなくサッカーのフィールドだ。
「これが、真帝国学園……!」
顔をしかめた円堂が、小さく噛みしめるように呟く。
ふとその時、潜水艇のボディの一角に出入り口が出現した。ぽっかりと空いた穴から、誘うように埠頭から艇内を繋ぐ階段が降りてくる。
そして、その先にいたのは。
「か……影山……」
現れた人影に、円堂が呆然とその名を紡ぐ。
彼──影山は、のっぺりとした口を半月のように歪めた。
「久し振りだな円堂……それに、鬼道」
「影山ァ!!」
鬼道は思わず前のめりになって、怒りを吐き出すように叫ぶ。
もう総帥とは呼んでくれないのか、とわざとらしく頭を振る影山に鬼道は噛みついた。
「今度は何を企んでいるんだ!」
「私の計画はお前たちには理解出来ん。この真帝国学園の意味さえもな」
静かに淡々と、影山は鬼道たちを見下ろし言い放つ。
あくまで自信を持っている風な影山に、織乃は怪訝そうに眉根を寄せた。
「私から逃げ出したりしなければ、お前には分かった筈だ」
「俺は逃げたんじゃない、あんたと決別したんだ!!」
振りかぶった手で、鬼道は影山を力強く指差す。
それを鼻で笑った影山は、次に視線を移動させた。
「御鏡……お前もあの時、私の誘いに乗っていれば、この計画に役立っていただろうに」
「っお、お断りです!!」
あの時──それは恐らく、世宇子中戦前の、アフロディの強襲のことを指しているのだろう。
つっかえながら声を荒げた織乃に肩を竦めた影山へ、瞳子が一歩前へ出て彼を見上げた。
「影山零治! あなたはエイリア学園と何か関係があるの!?」
「……吉良、瞳子監督だね」
名乗った覚えのない名前を呼ばれたからなのか、瞳子の表情が僅かに強張った。
影山は喉の奥で笑いを噛み殺すようにしながら、言葉を続ける。
「さてどうかな。ただ、エイリア皇帝陛下のお力を、借りているのは事実だ」
「エイリア皇帝陛下……?」
瞳子が一瞬目を細め、円堂たちは怪訝そうな表情で顔を見合わせた。
今まで数度エイリア学園と戦ってはきたが、そんな名前を聞くのはこれが初めてである。
影山は訝しむ雷門イレブンに唇を持ち上げて、鬼道と──そして織乃を、順に見下ろした。
「さぁ、2人とも──昔の仲間に会わせてあげよう」
そう告げて、踵を返した影山の姿が薄暗い潜水艇の中へと消えていく。
「ッ待て影山!!」
「あっ──鬼道さん!」
弾かれたように走り出した鬼道と、それを追いかける織乃。
「2人とも!」そして一瞬たたらを踏みかけた円堂が、それに続いて潜水艇へと乗り込んでいった。
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長くて薄暗い通路は、帝国学園の通路を彷彿とさせる。
静かに影山の背中について行くように歩く3人と、それを挟むような形で歩いていた不動は、やがて解放されたフィールドへと辿り着いた。
ふと影山が、フィールドの中頃で足を止める。
「……鬼道。自分の愚かさを悔い、再び私の足元に跪いた仲間を、紹介しよう」
影山が頭上を仰いだのに吊られ、3人の目が自然と上を向いた。
そこにあったのは、フィールドの左右に建つ石柱。さらにその上に──見知った人影を見て、鬼道たちは息を呑む。
「……!!」
「源田に、佐久間……!?」
呟いた円堂の傍らで、織乃が唇を噛みしめた。
──思えば、タイミングが合致し過ぎていた。
世宇子戦の最中に病院を消した2人、脱走した影山、そして成神からの電話。
それでも、どうか自分の勘違いであってほしいと願ったのに──その思いは、悉く崩されてしまった。
石柱を蹴り、跳躍した2人がピッチへと降り立つ。
穴の空いた佐久間の眼帯からは鋭く光る眼光が覗き、片や源田は伸びた襟足が鎖骨を覆い、顔に大きな傷跡が走っている。
佐久間が伏せていた瞼を上げて、ニヤリと笑った。
「──久し振りだな。鬼道、御鏡」
鬼道はゴーグルの下で大きく目を見開き、織乃はスカートの端を強く握り締める。
「感動の再会ってヤツだねぇ」気怠い様子で数回拍手をした不動の隣で、影山が踵を返した。
「……では、元チームメイト同士、仲良く話したまえ」
また後で会おう──言い残した影山が艇内の奥へ消え、訪れた静寂の中、フィールドの芝が海から吹く生温い風に揺れる。
その沈黙を真っ先に破ったのは、鬼道だ。
「何故だ…………何故だ!! 何故お前たちがあいつに従う!!」
声を荒げた鬼道が、弾かれたように俯かせていた顔を上げる。
静かな面持ちでそれを見た源田が、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「……強さだよ」
「強さ!?」
強さだけを認めた結果が、あの影山のチームなんじゃなかったのか──円堂が、憤慨したように声を張り上げる。
鬼道は頭を振って、源田と佐久間を見つめた。
「俺たちは、そこから新たな一歩を踏み出した筈だろ……!」
「俺たちを見捨てて雷門に行ったお前に何が分かる」
「ち──違う!」冷たく言い放った佐久間に叫び、鬼道は肩を震わせ小さく俯く。
「俺は……自分が許せなかった。チームメイトを助けられなかった、自分が……だから!」
「綺麗事を言うな!!」
吼えるように鬼道の言葉を遮ったのは、源田だった。
源田が試合以外でこうして声を張り上げることなど滅多にない。鬼道と織乃は、大きく目を見開いて2人を見つめた。
「あの世宇子に、勝ちたかっただけだろう──お前が欲しかったのも、強さだ!!」
「そんな──」
思わず言い掛けた織乃を制し、鬼道は源田を見上げる。
その表情には、ただ苦痛が浮かんでいた。
「……そのために、あの影山についても良いのか! 影山が何をやったか覚えているだろう!!」
何人もの人を巻き込み、傷付けた──それを間近で見てきた、彼らが知らない筈がない。
鬼道はどこか覚束ない足取りで、2人へ歩み寄った。
「源田、俺たちと一緒に来い!! なぁ、佐久間も! 一緒に──」
鬼道の手が佐久間の肩に掛かる、その刹那。パンッ──と、鋭い音が空気を震わせる。
佐久間が、鬼道の手を大きく打ち払ったのだ。
「……あの時、俺たちが病院のベッドの上でどれほど悔しい思いをしたか、お前には分からないさ」
吐き捨てるように言って、佐久間は歯を食いしばる。
勝てなかった悔しさ、戦えないもどかしさ──それを耐える屈辱。
「動けないベッドの上で、俺たちがどんな思いだったか……」
「雷門イレブンに入り、勝利を掴んだお前には、絶対分からない」
2人の言葉が鋭い刃となって、次々と突き刺さる。
──こんな筈ではなかった。鬼道は、彼らの仇を討つために雷門にまで来て戦っていた筈だったのに。
「お前には勝利の喜びがあっただろうが、俺たちには敗北の屈辱しかなかったんだよ!!」
「っそんな……! 2人とも、知ってるじゃないですか! 鬼道さんは帝国の仇を討つために世宇子と──」
制服の裾をきつく握り締めて声を上げた織乃を、ふいに鬼道が片手を掲げて制した。
ゆっくりと再び2人に歩み寄った彼は、──深く、頭を下げる。
「……すまなかった」
「鬼道……!」
頭垂れ、声を震わせる鬼道の背中を、織乃と円堂は悲痛な表情で見つめた。
頭垂れる鬼道の姿を見た不動の馬鹿にしたような笑い声も、この場では何の意味もなさない。鬼道はもう一度、すまなかった、と2人に詫びる。
「お前たちの気持ちも考えず、自分だけの考えで行動してしまった。何度でも謝る! だから、影山に従うのは止めてくれ!!」
鬼道の心からの謝罪が、ピッチに響き渡った。
しかし──佐久間と源田は、表情を変えない。それどころか。
「遅いんだよ!!」
叫びと共に佐久間から打ち放たれたボールが、鬼道を襲った。
腹部にボールを受けた鬼道の体が、その衝撃で後ろへ吹き飛ぶ。
「き──鬼道さん!!」
「鬼道!! 大丈夫か……!」
顔色を変えた2人が鬼道に駆け寄るも、鬼道はそれを振り払って、ふらつきながら立ち上がった。
「佐久間……!」
「敗北の屈辱は、勝利の喜びで拭うしかないんだ……」
名前を呼べば、佐久間は目を細めて足を振りかぶる。
「鬼道!」再びボールに吹き飛ばされた鬼道に、円堂が声を上げた。
「っこれは、俺とこいつらの問題だ……!」
「そうそう。手は出さない方が良いぜ」
不動が跳ね返ってきたボールを佐久間にパスする。
鬼道は眉根を寄せながら、強く2人を見つめた。
「……どうしても、影山から離れないのか……!」
「そうだ──総帥だけが俺たちを強くしてくれるんだ!!」
源田が声を張り上げる。
佐久間がもう一度足を振り上げる。鬼道は思わず固く目を閉じ身構えたが──ボールが襲ってくることは、なかった。
「──退けよ。御鏡」
「ッ嫌です!!」
腕を広げて、織乃が膝を突いた鬼道の目の前に立ちはだかる。
彼の視界を遮る白い膝の裏が、震えていた。
「どうしてですか──他人から与えられた強さが、佐久間さんたちが望んでいたものなんですか?」
眉根を寄せて、佐久間は織乃をきつく睨みつける。
私、前に言いましたよね──織乃は、震える声で続けた。
「佐久間さんは、佐久間さんのペースで進んで行けば良いんじゃないのかって! その結果が、これなんですか!?」
「──ああ、そうだ。これが、俺たちの辿り着いた答えだ」
ハッキリと、よく通る声で、佐久間は言い放つ。
織乃は、唇を強く噛み締めた。
「御鏡。分からないと言うなら、お前もこっちに来れば良い。そしてもう一度、俺たちと──」
日に焼けた手が、肩に掛かる。
ギリリと掴まれたそこが、痛みに悲鳴を上げた。
強い力に、手を振り払えない。それはまるで、アフロディに捕まった時のような──疎むべき異様な力。
「バカなこと言わないで!!」
バチンッ──と、織乃は渾身の力を込めて、佐久間の頬を張った。
反動で肩の手は外れ、激しい衝撃に佐久間の体が吹き飛ぶ。
織乃は肩で息をしながら、倒れた佐久間を睨みつけた。
どうしてこんなことになってしまったのだろう──冷たいものが一筋、頬を伝う。
「私たちは知ってる筈です……あの人が、何をしてきたか! それを知っていてもう一度あの人につくなんて、佐久間さんたちのサッカーはどこにいったんですか!!」
「……俺たちのサッカー?」
佐久間はふらりと立ち上がった。
足元に転がるボールに、彼は目つきを鋭くして足を振り上げる。
「俺たちのサッカーは負けたじゃないか!!」
「──!!」
突き刺さるようなシュートが、織乃へ向かい襲いかかった。
だが、彼女が大きく目を見開いたその瞬間、目の前に影が飛び込む。
ボールを受け止め、前転した円堂はゆっくりと立ち上がった。
「っ円堂さん……」
「──影山に従う奴らに、俺たちのサッカーなんて言わせない」
脱力し、よろめいた織乃の背中を支えながら、鬼道が立ち上がって円堂を見つめる。
円堂の声は、憤りに震えていた。
「俺は今まで、サッカーを楽しめば良いと思ってきた! 勝ち負けはその結果だって……だけど、今日は違う。お前たちの間違いを気付かせるためには、戦って、……絶対に勝ってみせる!!」
円堂はこちらを振り返り、今まで見たことのない強い瞳で佐久間と源田を見つめる。
拳を2人に突きつけて、円堂は大きく声を張り上げた。
「見せてやるよ。本当の俺たちのサッカーを!!」
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