Forbidden work
ひゅるると風が芝を撫でる。
真帝国のサッカーフィールドに集結した雷門イレブンは、周囲に警戒しながら額を寄せ合った。
「……鬼道くん」
恐らく影山がいるであろう潜水艦のコクピットを見上げていた瞳子が、ふと鬼道を見下ろして尋ねる。
「佐久間くんと源田くんは、君のチームメイトだったんでしょ?」
「……だった、ではありません」
今でもチームメイトです──鬼道のどこか弱々しい、しかしどこか確固たる意志の籠もった答えに、瞳子は「そう」と目を細めた。
そして彼の傍らで目尻を赤くしながら真帝国サイドのベンチを見つめていた織乃を一瞥して、続ける。
「今日の試合、あなたに任せるわ」
「! ……ありがとうございます」
一瞬、虚を突かれたように眉を上げた鬼道は、すぐに表情を引き締めて彼女へ頭を下げた。
そんな彼の肩に、円堂がグローブをはめた手を置く。
「鬼道。やろうぜ!」
「……だが、相手は影山だ」
彼は相手が誰であろうと、どんな汚い手を使ってでも勝とうとしてくる──そんな敵に、果たしてどう挑むのが良いのか。
顔をしかめた鬼道に対して、円堂はいつもの笑顔を浮かべた。
「どんなに汚いやり方でも、俺たちは正々堂々と打ち破ってやる! なっ、みんな!」
「おーっ!」
拳を突き上げた円堂を筆頭に、雷門イレブンはピッチへ走る。
1人立ち竦んだ鬼道は、後方で俯いていた織乃を振り返った。
「……大丈夫か」
「私は、平気です」
織乃は強く目を瞑り、ゆっくりと瞼を上げる。
海風が目に染みて、じんと眼球が熱くなった気がした。
「……2人のプレーの癖は、まだ頭に入ってます。鬼道さんは」
「ああ、俺もだ」
ずっと彼らを率いてきた鬼道と、期間は短けれど彼らを近くで支えてきた織乃。
あの頃と何も変わらないということはなくても、体に染み付いたクセはそう易々と消えやしない。
「気になるのは、佐久間が言い残したことだな……」
「秘策、ですか」
円堂の勝負宣言の後、佐久間が去り際に残した意味深長な言葉。
俺たちには秘策がある──彼は確かにそう言っていたが、結局それが何を意味するのかは、不動が佐久間を差し止めたせいで分からず仕舞いで終わってしまった。
「……心当たりがないわけではない」
「え?」
微かな声で呟いた鬼道に、織乃は顔を上げる。
鬼道は口を噤み、真帝国のベンチへ視線を投げかけた。
佐久間と源田は、無表情でただこちらをじっと見つめている。
「……私」
ふいに、織乃が呟いた。
その声が僅かに震えていることに気が付いて、鬼道は眉を下げる。
「私、嫌です。今の2人を見るの──鬼道さんを敵としか見てない目をしてて……すごく、嫌」
だから、と織乃は少し語気を強めた。
目には少し涙が浮かんでいたが──その瞳は、強い光を湛えている。
「2人の目を、覚ましてあげて下さい。前みたいに、また──みんなで、サッカーが出来るように」
「……当然だ」
踵を返しかけた鬼道は、そこで思い留まるように足を止めると、突然織乃の手を取った。
──自分より幾分か小さな手は、怒りと悲しみに微かに震えている。それを祈るように、或いは力を貰うように、彼はぎゅっと握り締める。
「待っていろ。……あいつらは必ず連れ戻す」
「……はい。待ってます」
サポートは頼んだぞ──力強く頷いた鬼道は、織乃の手をするりと放し今度こそフィールドへ駆けて行った。
織乃は目尻を乱暴に擦って、モバイルの蓋を開ける。勝たなければ。自分たちの為にも──佐久間や源田の為にも。
高らかにホイッスルが海上のフィールドに響き渡る。キックオフは真帝国からだ。
「佐久間、見せてやれよ! お前の力を!!」
不動から出されたパスを受けた佐久間が、ふいに足を止める。
ボールを目の前に、動かずゴールを睨み付ける彼を雷門イレブンが訝しみ始めた、次の瞬間。
「うおおおおおおッ!!」
背中を反らせ、佐久間は吼える。
鋭く吹き鳴らされた指笛に、鬼道が大きく目を見開いた。
「まさか……!!」
ベンチから織乃が立ち上がる。
地面を割って現れた──赤いペンギンに、彼女は息を呑んだ。
「っやめろ、佐久間ァ!!」
腕を伸ばし、鬼道が叫ぶ。
空中を曲線を描き滑空した赤いペンギンが、佐久間の大きく振り上げた足に食らいついた。
「皇帝ペンギン──1号ォオ!!」
「佐久間さんダメ!!」
織乃の悲痛な叫びも届かず、赤いペンギンたちは翼を広げボールを囲うように旋回して、雷門ゴールへ飛びかかる。
円堂が片手を前へ突き出しゴッドハンドを展開するも、抉るようなそのシュートに、金色の手の平はいとも容易く砕け散った。
「佐久間……お前、何故……!」
芝生を踏みしめ、鬼道が佐久間の背中に歩み寄る。
佐久間は肩を抱えて、フィールドに膝を突きながら目を光らせた。
「フン──見たか鬼道! 俺の皇帝ペンギン1号!!」
「っ皇帝ペンギン1号は禁断の技だ! 二度と使うな!!」
艇上に、鬼道の声が木霊する。
佐久間はゆっくりと立ち上がり、肩で息をしながら振り返った。
「怖いのか? 俺ごときに追い抜かれるのが……!」
「違う!! 分からないのか、このままではお前の体は……!」
鬼道は悲痛な声で、佐久間に言い聞かせるように叫ぶ。
しかしその一方で、佐久間の目は、ただ勝利に対する執着に満ちた光を宿すばかりだ。
「何で……!? どうしてですか、佐久間さん……!」
ふいに、か細く震える声が空気を揺らす。
振り返ると、ベンチから立ち上がった織乃が、蒼白な顔でこちらを痛いほど見つめていた。
「あの時、辛い思いをしたのは佐久間さんでしょ……!? なのに……!」
「──御鏡。お前は、あの時言ったよな。自分は選手ではないから俺の気持ちは分かりきれないし、正解もあげられないと……」
唐突に反復されたのは、以前、織乃が佐久間に対して言った言葉である。
佐久間は、ぎょろりと眼球をこちらに向けて、冷たく笑った。
「マネージャーに選手の気持ちは分からない。お前があの時くれた答えは、結局正解ではなかった──ただそれだけのことだ」
言い放たれた言葉が、織乃の心に重たくのしかかって深い皹を入れる。
「佐久間……」眉根を寄せた鬼道に、佐久間は擦れ違いざま宣言した。
「敗北に価値はない……勝利の為なら、俺は何度でも打つ!!」
奥歯を噛みしめた鬼道は、険しい表情でコクピットを振り仰ぐ。
彼は、この光景も見ているのだろう。彼らの絆が醜く解れていく瞬間を。
「(──分かっていたことなのに)」
改めて言われると、何て重たい。
織乃はベンチに崩れるように座り込んで、前髪を握りしめる。
「織乃ちゃん、あの技って……?」
ふと秋が、声に気遣いを滲ませながら尋ねた。
恐らく、自陣に戻った佐久間の挙動が気になったが故だろう。
織乃は無理やり気持ちを切り替え、顔を上げる。
「……皇帝ペンギン1号は、以前影山さんが考案した技なんです」
恐ろしい威力を持つ反面、その代価として、使用者に掛かる負担は凄まじいものとなる。
前に一度使った時は、佐久間は立っていられないほどの激痛に襲われていたが──今も尚彼がフィールドにいられるのは、彼の体があの技を受け止めるほどに成長したからだろう。
「……だけどあの様子じゃ、皇帝ペンギン1号を打てるのは1試合2回が限界の筈です。3回目は……」
「……っサッカーが二度と出来なくなる程のダメージを負うわけね」
大きく息を吐くように、冷や汗を一筋垂らした夏未が呟いた。
織乃は静かに頷いて、次に円堂を見やる。
「じゃ、じゃあ、あんな技を受けたキャプテンも……!」
「……多分、もう一度まともに受けたら、ただではすまない」
「そんな……!」秋が手で口を覆い、険しい表情になった瞳子が、フィールドの選手を見つめた。
雷門との地区大会決勝を控えた帝国イレブンが生み出したのが、1号を改良して、威力は落ちるが3人で打つことで負担を減らし使えるようにしたのが2号だと──決勝戦後の打ち上げに参加した時、聞いたことがある。
しかし佐久間は、勝利を欲するあまり──自分の体を省みず、ただ、その攻撃力だけを望んだ。
沈んだ空気を、ホイッスルの甲高い音が切り裂く。
ドリブルで切り込んだ鬼道が、佐久間と源田に向かって叫んだ。
「思い出せ! これが本当の皇帝ペンギンだ!!」
鬼道が指笛を高らかに吹き鳴らすと、地面から青いペンギンが飛び出す。
空を滑空したペンギンと共に、打ち上げられたボールを、染岡と一之瀬の足が捉えた。
「皇帝ペンギン──!」
「2号ォ!!」
5体のペンギンが飛び交い、皇帝ペンギン2号が真帝国ゴールに迫っていく。
ゴールを守る源田が、ふいにニヤリと口角を上げるのが見えた。
「ビースト──ファング!!」
獣が獲物を喰らうかの如く。
源田の両手が牙のようにボールに食らいつき、その進行を止めた。
一瞬、源田は余裕の笑みを見せたが、次の瞬間彼は大きく目を見開き、ボールを抱え膝を突く。
「な、何?」フィールドに倒れ込み、手負いの獣が唸るような悲鳴を上げた源田に驚いて夏未が肩を揺らすその傍ら、織乃がハッと顔をしかめた。
「あれは……!」
「織乃ちゃん、まさか今の技も……!?」
顔を青くして尋ねた秋に、織乃は一拍空けて頷く。
記憶が確かなら、あの技も──影山が考案し、皇帝ペンギン1号と共に封印された技の筈だ。
使用者の体を壊す、禁断の技。
これでは、シュートを打つことさえままならない。
悩む暇なく、試合は再開される。
「佐久間ァ!」一瞬フリーかと思えた佐久間へ、不動からパスが出された。
しかし、それを見切った吹雪が佐久間のマークに付き、一之瀬がそのボールをカットする。
ボールは一之瀬から染岡へ。
しかし──源田がビーストファングを使う以上、ゴールは狙えない。
たたらを踏んで風丸に出されたボールは、不動の指示で動いた郷院にカットされた。思うように進まない試合に、ベンチ陣にもどかしさが生まれる。
「佐久間くんにボールを渡さないのは良いけれど……」
「シュートを打てなくては勝てない……!」
2人の選手生命を守るためだとは言え、これでは試合にならない。
不動のシュートを円堂が弾き、即座にそれを土門がラインの外へと蹴った。
まだ先程のダメージが抜けていないのだろう円堂は、自分の手を見つめて顔をしかめる。
「──ッ目を覚ませ! 自分の体を犠牲にした勝利に、何の価値がある!!」
早くも痛みと疲労で体を震わせ、肩で息をする佐久間と源田に、鬼道が苦しげな表情で一喝した。
しかし、彼らの瞳に宿る光は、それでも消えることはない。
「分かってないのはお前だよ、鬼道……」
「勝利にこそ価値がある──俺たちは勝つ!!」
どんな犠牲を払ってでも──響き渡る声に、織乃は耳を塞ぎたくなるのを必死に耐えた。
盲目的に勝利を欲した結果、自分の体が犠牲になるなど元も子もない。なのに、2人は戦うことのを止めないのだ。
まるで──洗脳されたかのように。
「(あの人は、どうして──!)」
影山がいるであろうコクピットを睨み、膝の上に置いた拳を小さく震わせる織乃を、春奈が気遣わしげに伺った。
「説得なんて無理無理……奴らは心から勝利を望んでいる! 勝ちたいと願っているんだ!」
ゆっくりとボールをドリブルしながらやってきた不動が、小馬鹿にするように鼻を鳴らす。
彼は睨みを利かせる鬼道にボールを転がしたかと思うと、挑発するように肩を竦めてみせた。
「ほら──シュートしてみろよ」
「……!」
眉間に深い皺を刻み、鬼道は射殺す勢いで不動を睨み付ける。
そして、次の瞬間。
「──ッうおお!!」
雄叫びと共に、鬼道のシュートが不動に打ち出される。しかし、それを難なくトラップして勢いを殺した不動は、見せつけるようなボール捌きを披露した。
真帝国のキャプテンマークは飾りではない。走り出した不動を追うように、鬼道も地面を蹴り上げた。
「何故だ! 何故あいつらを引き込んだ!!」
「俺は負けるわけにはいかねェンだよ!!」
繰り広げられる激しい競り合いに、砂塵が舞う。
瞬間、不動の胸元で僅かに煌めいた紫色の光に、瞳子が一瞬目を見開いた。
ボールを追うことに夢中になりすぎた二人の額が、鈍い音を上げてクラッシュする。
一瞬2人は痛みに半歩下がったが、すぐさま立ち直りボールに食らいついた。
2人分のエネルギーが収束されたボールが、砂埃を上げて天高く打ち上がる。
それを目で追った次の瞬間、前半終了のホイッスルが鳴らされた。
「結局、1対0で終わったわね」
「まともにシュートも打てない状況で、どう巻き返せば……」
雲行きの怪しい現状にマネージャーたちが呟く中、織乃は眉根を寄せてそっと瞼を伏せる。
僅かに汗ばむ手の中で、彼女は携帯電話をギュッと握りしめた。
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