One restart of minus

時計の針は進み、キャラバンが稲妻町に辿り着いてから数時間。
フィールドで練習にいそしむイレブンをベンチに腰掛けて眺めていた秋は、上から聞こえてきた足音に顔を上げた。

「あっ、織乃ちゃーん!」
「秋ちゃん!」

手招きすると、織乃は駆け足で階段を降りてくる。
ふぅ、と一息ついた彼女は、どこか疲れているように見えた。

「来たのか、御鏡。冬樹さんは大丈夫だったのか?」
「はい、何とか落ち着かせてきました。色々大変でしたけど……」

織乃に気付き、駆け寄ってきた鬼道が尋ねる。
それに苦笑いを返した織乃は、ふとどこか遠くを見つめた。

半狂乱する兄を、宥めて叱って慰めて張り倒して黙らせて。

「…………そう、色々」
「……すまん」

その光景を端から見ていた土門は、何だかデジャブを覚えたという。

閑話休題。
2人の間に流れる微妙な空気を感じ取った秋が、「そうだ!」とフィールドを指して話を変えた。

「織乃ちゃん、真帝国戦で染岡くんと吹雪くんが連携技を編み出したから、見てくれる?」
「あ、はい」

ぶるぶると頭を振った織乃は、フィールドに注目する。
その瞬間、丁度パスを受け取った染岡がボールを打ち上げた。

「ワイバーン……!」

──瞬間。染岡に異変が起きる。
ドラゴンと共に舞い降りたボールは放たれることなく虚しく転がり、染岡はその場に倒れた。

「え……っ」
「染岡!!」

次々と仲間たちから上がる、驚いたような声。
片足を押さえうずくまった染岡を、円堂が慌てて助け起こす。

「壁山、手伝ってくれ!」
「は、はいっス!」

2人掛かりでベンチへ運ばれた染岡に、秋と織乃が急いで救急箱を取り出した。
しかし染岡は「別に大したことねえ」とそれを突っぱねる。

「染岡、お前……」
「何だよ、みんな大げさなんだよ……」

眉根を寄せながら鼻で笑った染岡は、立ち上がろうとした瞬間顔をしかめてまたベンチに腰を下ろした。
「無理すんなって!」円堂の手を振りほどき、無理なんかしていないと言い張った染岡は、脂汗を浮かべながらもう一度立ち上がった。

「な、大丈夫だろ──」
「バカもん!」

ふいに聞こえたピシャリとした嗄れ声に、染岡たちは驚いて肩を揺らす。
振り返ると、春奈と木暮を連れた難しい顔つきの古株が、染岡を諌めるように睨みつけていた。

「古株さん……」
「座って。見してみなさい」

やや強引に染岡をベンチに戻した古株は、渋る彼のソックスを引き下げる。
真っ赤に腫れ上がった患部に、ひどい、と織乃が眉根を寄せた。

「こんなに腫れてるじゃないか。真帝国戦の後、ちゃんとケアしなかったな?」
「ホントに大丈夫ですから……」

言い張る染岡に、古株は帽子の下で視線を鋭くさせて彼を諭す。

「強がったところで、何の得もありゃせんぞ」
「……!」

流石の染岡も、年の功には勝つことはできないのだろう。黙り込んでしまった彼の代わりに、鬼道が古株に尋ねた。

「イプシロン戦は1週間後なんです。それまでに染岡は……」
「1週間やそこらで治るもんか」

即座に返ってきた答えに、鬼道も口を噤む。
確かにこの怪我では、まとも歩くこともままならない筈だ。
染岡が、慌てたように口を挟む。

「治す! こんな怪我、1週間で治してみせる! 治んなくても、次のイプシロン戦、前半だけでもださせてくれよ!!」

染岡の懇願に頷ける仲間は、誰1人としていない。
例え譲歩したとしても、ただ怪我の治りを遅くするだけだと、分かり切っているからだ。

「せっかく完璧になったワイバーンブリザードはどうなるんだよ! なぁ、吹雪!」
「ごめんね……気付けなかった、僕のせいだ」

悲しげに眉を下げた吹雪が、しゅんと頭垂れる。
沈みきった空気に、ふいに凛とした声が割り込んだ。

「染岡くん」
「!」

イレブンはハッとして、目線を声のした方へ移す。
そこには一体いつの間にやってきたのか──瞳子の姿があった。

「あなたには、チームを離れてもらいます」

──それは、いつかどこかで一度聞いたことがあるような言葉。
染岡への通達に円堂が思わず口を開き掛けたが、それより先に彼女に噛みついたのは風丸だった。

「本人がやると言ってるんです! やらせてやっても良いじゃありませんか!!」

声を荒げる風丸を、瞳子は冷静に、静かに見下ろす。
言葉を続ける風丸は、どこか焦っているようにも見えた。

「今の俺たちに必要なのは、自分の体がどうなろうが勝つという気迫です!!」
「風丸……」

円堂がふにゃりと眉を下げる。
その考えでは、真帝国のやっていたことと──影山のやっていたことと変わらない。言葉にはしなかったが、彼の目がそれを語っていた。

「円堂、お前にだって分かるだろ……!? 染岡は、最初から雷門サッカー部を支えてきた、仲間なんだ!!」
「仲間だからこそよ」

静かに口を開いた瞳子に、風丸は青い髪を靡かせて振り返る。
彼女はそのまま、染岡に視線を投げかけながら続けた。

「彼はきっと、チームの為に無理をする。そうなればみんなが彼を気遣って、満足に戦うことが出来なくなるわ」
「でも!」

──ガン! と、言い掛けた風丸の声を、大きな音が遮る。
染岡はベンチを拳で突いて、深く俯いていた。

「……もう良い、風丸。悔しいけど、監督の言う通りだ」

仕方ねえよ──染岡は呟くように言って、唇を噛みしめる。
そして無理矢理笑顔を作り、顔を上げた。

「──吹雪! 雷門のストライカー、任せたぜ!」
「! ……ああ」

困ったような顔をしていた吹雪は、苦笑いを浮かべて頷く。
重たい雰囲気に包まれるイレブンを見回し、染岡は空元気を出して一喝する。

「何だよみんな、そんな顔すんな! 一時撤退ってやつだ! ──また、すぐに戻ってくる!」
「……必ず、戻ってこいよ!」

円堂に肩を叩かれた染岡は、力強く頷いた。
その時、気まずい空気を振り払うように、春奈が手を打ち鳴らす。

「そうだ! 皆さんに、報告があるんです!」
「報告?」

反復した秋に春奈は嬉しそうに頷き、木暮くん、出来ちゃったんです──とにっこり笑った。
「出来ちゃったって、何が?」尋ねる円堂に、鬼道が続ける。

「イプシロン戦で見せた、ディフェンス技か」
「そうなんです!」
「すごいじゃないか木暮!」

見せてくれよ、と返した染岡に、木暮は「見せてやっても良いよ」とニヤリと笑った。
どうやら相当自信があるらしい。「なら、やってみるか!」頷いた円堂が、ボールを小脇に抱える。

「木暮くん、頑張ってー!」

イレブンに囲まれる形で佇んだ木暮に、春奈が声を掛けた。
拳法のような構えをとった木暮が、ニッと笑う。

「良いよ! ──来い!」
「そんじゃー行くよっ」

声を受けてまず初めにシュートを打ったのは、塔子だ。
中空へ飛び上がり倒立した木暮は、そのまま旋回する。

「ハァァァッ!」

旋風を巻き起こすように回転した足が、ボールを大きく弾いた。
東京へ来てから磨きを掛けたのだろう、ボール捌きも正確だ。次々と放たれるシュートを、木暮は全て弾いていく。

「よし、これでラストだ!」

最後に打たれたのは、円堂のシュート。
それを大きく打ち上げて──落ちてきたボールを、木暮は器用に片足で踏みしめた。

「すごいすごい!」
「木暮くん頑張ったんだね……!」

秋や織乃が、感心したように手を叩く。
その隣で、目金が珍しく賞賛の眼差しで眼鏡を押し上げた。

「中々の技ですね……スパイラルレックスとでも名付けますか」
「だっさい」

「ださッ!?」初めて自分のネーミングセンスを貶された目金が、その場に崩れ落ちる。
木暮は鼻の頭を擦り、堂々と胸を張って言った。

「俺の技は──旋風陣だ=I」
「旋風陣か……うん、良い名前だ!」

円堂が嬉しそうに頷く。
これで、これからの戦略にも幅が生まれることだろう。

「良い技を編み出したな、木暮」

風丸に支えられ、木暮に歩み寄った染岡が力強く笑った。差し出された手に、木暮はキョトンと目をしばたく。

「そいつでイプシロンのボールをカットしまくれ!」
「……」

周りの様子を見回した木暮に、春奈が応えるように頷いた。
一瞬染岡をじっと見つめた彼は、小さく笑ってその手を握る。

「……俺、このチームに来て、良かったよ」
「ああ、──ん?」

小さな手を握り返した染岡が、一拍空けて奇妙な顔をする。

掌に広がる、異様な感触。
そしてぞわりと鳥肌を立たせたかと思った次の瞬間、彼は野太い悲鳴を上げた。
──その手には、木暮が握手の際に握らせたであろう、いやにリアルな毛虫のおもちゃが乗っていた。

「うっしっしっ!」
「木暮ェーーッ!!」

逃亡する木暮に、足の怪我も忘れそれを追おうとする染岡と、慌ててそれを押しとどめる風丸。
それを眺めながらうずうずと肩を震わせた円堂が、握り拳を作る。

「よぉーし! みんな、木暮に続け! この勢いでもっともっと強くなろうぜ!!」
「おーっ!」

拳を振り上げた円堂に、イレブンたちは笑顔で声を返した。

「俺さ、サッカーやってて良かった! みんなとも出会えたし、こんなに仲間が増えた。サッカーってやっぱ、面白ぇって思った!」

唐突に語り出した円堂は、仲間を見回しながら続ける。
だから、と話す彼は、太陽のような満面の笑みを浮かべた。

「宇宙人にも、サッカーは楽しいんだって、教えてやろうぜ!」

そうすれば、みんな平和にサッカー出来るじゃないか──いつもの円堂節も、今回は説得力がある。
「賛成ッスよキャプテン!」壁山が巨体を揺らして大きく頷いた。

「お前も、楽しもうってよく言ってたよな」
「まぁね」

言葉を交わす染岡や吹雪も、今では連携技を編み出せるほどの良いコンビへと成長を遂げた。

同じ場所に立つことで、気持ちを共有する。共に戦うことで、絆は深まる。
それはスポーツにおいて最大の利点とも言えるだろう。

「みんな! 練習再開だ!」
「おーっ!」

河川敷に、雷門イレブンのやる気に満ち溢れる声が響き渡った。




落ちた太陽は必ず昇る。
1日空けたその日の朝、イレブンは再び学校に集結していた。

「今度は大阪かぁ……」
「敵のアジトがあるらしいぜ」

意気揚々と話し合う一之瀬や土門の表情に恐れはない。
敵の懐に殴り込むのだ──男子としては、士気も上がるだろう。

「(大阪か……)」

もう随分と長い間顔を合わせていない友人を思い出して、織乃は小さく微笑んだ。
そんな彼女に春奈が声を掛ける。

「そう言えば織乃さん、お兄さんは大丈夫だったんですか?」

昨日の件で織乃の兄──冬樹がどんな人間か汲み取ったらしい。声に不安を滲ませる春奈に、織乃はにっこりと笑った。

「大丈夫、説得はしたから」
「あ、そうですか」

何だろう、織乃さんの笑顔が黒い──春奈は反射的にそんなことを考えたが、勿論口には出さない。
家庭の事情は人それぞれだ。

「気をつけてくれたまえ! 吉報を待っているぞ!」
「はいっ! 行ってきます!!」

雷門理事長や火来校長──そして松葉杖を突いた染岡に見送られ、イナズマキャラバンは発進する。

イプシロン戦まで残り6日。
期待と不安を胸に抱え、彼らは次の目的地を目指すのだった。