Turn to a battle

「阿鼻叫喚って感じね……」

部屋の上に備え付けられた通路の手摺りに手をかけ、階下を見下ろした夏未が呟く。
眼下に広がるトレーニングマシンでは、雷門イレブンたちが各々マシンの厳しいシステムに翻弄されていた。

「壁山、木暮! もっと離れろ!」
「は、はいッス!」
「うわーっ!」

叫び、転び、吹き飛ばされる。
背後に置かれたクッションは、既にやや草臥れ始めているように見えた。

「確かに、ここのマシンを使いこなせたら、短期間でのレベルアップも可能ですね……」
「レベル1でヒィヒィ言うてたヤツがえらっそうに」

鼻で笑ったリカに、目金は肩身狭そうに身を縮こめた。
ふと、春奈が「あれ?」と周りを見回す。

「そう言えば、織乃さんは……?」
「御鏡さんなら、各マシンのデータを確認しに行ったわよ」

ほら、と夏未が指さした先には、マシンの機動スイッチの傍らでモバイルをいじる織乃の姿があった。
そして、当の本人はというと。

「な、何これ……」

頬を引きつらせ、織乃は思わず呟いた。
彼女が覗き込んでいるのは、モバイルの画面に映し出されたマシンから抽出したデータである。

「御鏡先輩〜?」
「なんかあったの?」

背後から掛けられた疲れの滲む声に、織乃はギクリとした。
見ると、マシンに絞られた1年生組がふらつきながらもこちらを伺っている。

「い、いやぁ、何でもないよ! 何でも……」
「そない挙動不審になっといて、どこが何でもないやねん」

ひょい、といつの間にか後ろに来ていたリカにモバイルをかっさらわれ、織乃は「あ゙!」と声を上げた。
何々、と画面を覗き込んだリカが、怪訝そうに眉根を寄せる。

「何や、コレ」
「……マシンの作動データです」

観念したように答えた織乃に、1年生たちは顔を見合わせ首を捻った。
それがどうしたと問いたいのだろうが、彼女の顔色からしてあまり聞かない方が良いような気もする。

「ん〜? ……つまり、レベルマックスになると……ゲェッ」

データの数値を目で辿っていたリカが、潰れた蛙のような声を上げた。
彼女は思わず織乃の方を見たが、織乃はさっと目を逸らしてしまう。

しばらくリカは口をぱくぱくさせていたが、吹っ切れたのか織乃にモバイルを押し戻し、「よし!」と腕を捲った。

「ふ……ふん! 俄然やる気出てきたわ!ほらアンタらも早よ再開するで!!」
「えーっ?」

ズンズンと足音荒く特訓に戻っていくリカを、1年生たちは訳が分からないといった顔で追いかける。

それを後目に、織乃はモバイルに目を戻した。
画面に表示されているのは、マシンの作動データ──レベル毎にどれほど難易度が上がるのかが、事細かに記してある。

レベルマックスの欄に表示された桁の多い数値に眉間を揉んで、織乃は溜息を1つ零した。

「(イプシロンとの戦いの前に、怪我人が出ないと良いんだけど)」

それは彼らの頑張り次第といったところだろうか。モバイルを小脇に抱え、織乃は作業を中断する。
他のデータは、また人がいないときに行った方が邪魔にならないだろう。

階段を上がろうとしていると、ふいに入り口の扉が音を立てて開いた。
ぬっと現れた人物に、織乃は声を上げる。

「あっ、恋さん」
「織乃、みんな集めてくれへん?」

両脇に抱えた大きな袋をぶら下げて見せた恋が、ニカッと笑った。




「大阪名物大集合、ウマいもんサミットや!」

たこ焼きやお好み焼き、串カツに餃子、エトセトラ。シートに広げられた大阪名物に、リカがじゃーん! と口で効果音を言いながら胸を張った。
ちなみに、提供は差し入れに来てくれた恋である。

「いっただきまーす!!」

ぐぅぅ、と大きな腹の虫を鳴かした壁山を筆頭に、空腹を持て余していたイレブンたちの箸は我先にと紙皿に伸びた。
うずうずと割り箸を割ったリカも、串カツのパックの蓋に手をかける。

「差し入れありがとうな〜っ」
「アンタのは無いで」

えっ、と声を上げたリカからパックを取り上げ、恋はそのままそれを織乃にパスした。

「ほい、織乃! 香津代んちから貰ってきた串カツ。たんと食べや」
「あ、ありがとうございます」
「あ〜! 織乃、ウチもお腹減ってん、それ分けてやぁ!」

じたばたと慌てたリカにすがりつかれ、織乃は苦笑しながらも慣れたようにそれをあやす。
秋が、思い出したように「そう言えば」と彼女たちを見やった。

「織乃ちゃんたちは、昔からの友達なのよね。どんな風に仲良くなったの?」
「え?」

キョトンとした織乃が、リカを見る。
彼女も串カツをかじりながら、首を傾げた。

「んー……ウチ、初めは織乃があんま好きや無かったことは覚えてるんやけど、どうやって仲良うなったかは忘れてしもてん」
「リカさん、そういうことは本人がいないところでお願いします」

引きつった顔で一言入れた織乃も、「でも、私も覚えてないんですよね」と首を傾げる。
リカも織乃も、端から見ればほぼ正反対の性格だ。余程のことがないと、仲が良くなるような間柄とは思えない。

「ウチ、覚えてるで」

と、そこで口を挟んだのが恋である。
彼女は口に放り込んだたこ焼き3つを軽々と咀嚼し、ごくんと飲み込むと、言葉を続けた。

「味噌汁や!」
「……へ?」

「味噌汁?」話を聞いていたらしい塔子や春奈たちも、怪訝そうな顔になる。
しかしリカと織乃は合点が言ったようで、あっと声を上げた。

「それ、それ!」
「あー……」

そんなこともありましたっけ、とどこか遠い目をする織乃の袖を、春奈がクイクイと引っ張る。
「どういうことですか?」尋ねた春奈に答えたのは、麦茶を豪快に呷ったリカだった。

「織乃が転校してきて2週目くらいにな、家庭科で調理実習があってん。織乃の印象が変わったんはそれがキッカケや」

曰く、それまでの織乃は見ればいつもおどおどしていて、物事をハッキリさせたい質のリカとしてはあまり気に入らない人間だったらしい。
鬼道と土門は、思わず帝国時代の入部したての頃の織乃を思い出した。

「その時織乃が作った味噌汁が、恐ろしく美味くてな。ウチ、なんか色々なモンがこみ上げてきて……」
「次の瞬間に言った言葉が、『嫁に来い!!』やったな」
「はい、確か」

あれは衝撃的だった、と呟く織乃に、春奈はハァと目を丸くしている(秋は鬼道がお茶を吹き出した瞬間を目撃した)。

「ま、それを機にこんな仲になったっちゅーことやな」
「……友達のなり方にも、色々あるのね」

一足飛ばして、カラカラと笑うリカに夏未が半ば関心したように呟いた。
その時ふと、お好み焼きを頬張っていた円堂が、何かに気付いたように辺りを見回す。

「あれ、吹雪は?」
「えっ」

それにつられ、全員で部屋一帯を見回したが、吹雪の姿はどこにもない。どうやらまだ戻ってきていないようだった。

「そう言えば、特訓初めてからずっと戻ってきてませんよね」

何か食べた方が良いのに、と出入り口を気遣わしげに見つめて織乃が呟く。
口の中を空にした円堂が、「よしっ」と自分の膝を叩いた。

「俺、呼んでくる!」
「待って円堂くん、私も行く」

立ち上がった円堂に秋もついて行き、2人は小走りにその部屋を後にする。
扉が閉まるのを見送った塔子が、紙コップを傾けながら言った。

「あいつ、ずーっと休憩なしでやってんのかな?」
「さぁ、それは見てなかったから……でも、だとしたら少し心配ですね」

顎の先に手をやって、織乃は眉間に少し皺を寄せる。

ここのマシンは高性能だが、それ故に展開されるトレーニングは酷く厳しい。
もしも適切な休憩を取らずに特訓を続けているとしたら、吹雪とて危険だ。

「……体調管理の確認、必要ですね」

呟きながらゆっくりと紙コップを傾けていると、扉が開き円堂たちが戻ってきた。
後ろには吹雪もついてきており、僅かながら織乃は安堵の溜息を吐く。

「遅かったッスね、吹雪先輩」
「うん、ごめんね」

少し微笑んだ吹雪のこめかみには、うっすらと汗が滲んでいた。
麦茶の入った紙コップを手渡された彼はシートに腰を下ろすと、深く息を吐き出す。

「……あ、そうだ」

ふと、突然思い付いたように織乃が呟いた。
「何だ?」鬼道が尋ねると、彼女は傍らに置いていたモバイルをぽんと叩く。

「イプシロン戦前日──2日後に、新しく皆さんのデータを取ろうと思って。どうですか?」
「データ……っていうと、織乃がいつも管理してるアレ?」

お好み焼きをつつく一之瀬が聞けば、織乃は頷いた。
織乃が管理しているデータは、春奈が管理しているのとはまた別の物。選手毎の技の精錬度、そして各ステータスを簡単に数値化したものである。

「ここでの特訓を続ければ、データにもかなり変化が出るでしょうから……」
「よし、分かった! ならもっともっと特訓して、」
「逆です!」

立ち上がり掛けた円堂に、織乃は即座にピシャリと言い放つ。
「逆?」へにゃりと姿勢を戻した円堂に、彼女は少し厳しい声色で続けた。

「最善の体調の時でないと、正確なデータは取れないんですよ。だから、皆さんには無理なく強くなってほしいんです」
「無理をせずに、なおかつ強く……でヤンスか?」
「うーん、何か難しそうッス」

首を捻った栗松や壁山に、織乃は「そう?」と小首を傾げる。
そして彼女は一同を見回し、にっこり笑った。

「出来ますよね?」
「……勿論だ」

口の端についたソースを拭って、鬼道がニタリと笑う。
各々が頷いたのを確認し、「だから、」と織乃は次に吹雪の方を向いた。

「吹雪さんも無茶はせずに、ちゃんと適度な休憩と水分を取ること! 良いですね?」
「──うん。分かったよ」

彼は一瞬驚いたように目を丸くしたが、一拍置いて小さく笑って頷く。
マネージャーたちは顔を見合わせ、嬉しそうに微笑んだ。

「……何か、母ちゃんみてぇ」

ぼそりと消えそうな声で呟いた木暮の言葉に、吹雪の肩が僅かに揺れる。
イプシロンとの再戦まで、残り3日。