Smile open seam
イプシロン戦まで、残り2日を切った。
遊園地側に事情を濁して説明し、イナズマキャラバンを園の駐車場に仮の拠点として構え、雷門イレブンは特訓に勤しんでいる。
「次、レベル4です! 準備は良いですか?」
「ああ」
「いつでもいいぜ!」
片手にモバイルを抱えた織乃が問えば、鬼道や土門が答えた。
織乃はマシンのダイアルのメモリを4に合わせる。
動き出したベルトコンベアに合わせ、鬼道たちが走り出した。
前から後ろへ、後ろから前へ、ベルトコンベアの流れは前触れなくコロコロと変わる。
上から降り注ぐ障害物も、レベルが上がる毎に増えて行っていた。
織乃はようやっと慣れた手つきでモバイルを操り、数字を目で追う。
「(この部屋のはもう調べたし、円堂さんのも昨日見たし……吹雪さんところへ行こうかな)」
ぐるりと肩を回し、籠にジャグとタオル、冷却スプレー諸々を放り込んだ織乃は、後のことは選手たちに任せその部屋を出て吹雪のいるトレーニングルームへと向かった。
途中、吹き抜けになった通路に差し掛かったところで、彼女はたたらを踏む。
「──瞳子監督?」
「!」
通路の先、手摺りに手を掛け天井を険しい表情で見上げていたのは、瞳子だった。
瞳子は虚を突かれたように肩を揺らすと、ハッとこちらを見る。
「どうかしたんですか?」
「……いいえ、考え事をしていただけよ。御鏡さんはどこへ?」
どこか取り繕うような声音の瞳子を不思議に思いながら、織乃はジャグやタオルの入った籠を少し掲げた。
「私は、吹雪さんのところへ」
「そう……」
小さく返して、瞳子は再びそっと天井を見上げた。
織乃も釣られて上を見たが、ランプが色とりどりに点滅していること以外不審な点は見当たらない。
「……御鏡さん、あなたは──」
「はい?」
織乃はハッと首を元に戻した。
瞳子はじっと彼女の目を見た後、ふっと息を吐く。
「──いえ、やっぱりいいわ。早く、吹雪くんの所へ行ってあげて」
「わ、かりました……」
肩に掛かった髪をゆっくりと後ろへ流し、瞳子はその場から去っていった。
何だろう、と思いつつ首を傾げた織乃は、そのまま通路を突っ切っていく。
「あ、ここだ」
中からは吹雪が特訓しているのであろう、激しい音が聞こえてきていた。
それに少し後込みしながらも、織乃はその扉を開ける。
「吹雪さ──」
「あああああッ!!」
ガン! とけたたましい音に、織乃は思わず首を竦めた。
あちこちにはボロボロになったボールが転がり、吹雪はゴール前に陣取るマシンを鋭い目つきで睨みつけている。
「(オフェンスに回った時と同じ顔……)」
金色に煌めく目に灯っているのは、激しい炎。
歯を食いしばった吹雪は、ボールを跳ね返し続けるマシンに舌打ちする。
織乃はハッとして、すぅっと息を吸った。
「吹雪さん!」
「ッ!!」
ビクン、と吹雪の体が小さく跳ねた。
一瞬こちらを見たのはあの金色だったが、まばたきの間にいつものたれ目に戻る。
「あ……織乃、ちゃん」
「お疲れさま。少し休憩したらどうですか?」
織乃は少し苦い顔で笑って、タオルを吹雪の手に押しつけた。
吹雪は緩慢に頷くと、マシンのスイッチを切るなりその場に座り込む。
「……私との約束、覚えてますよね」
「う」
ジト目になった織乃に、吹雪はばつが悪そうな顔をした。
はぁ、と溜息を吐いた織乃は、「靴下脱いで下さい」と言いながら冷却スプレーを取り出す。
「気付いた時には、冷やすなりマッサージするなりして下さいね。レッグガードだって万能じゃないんですから」
ボールを一心不乱に蹴り続けた吹雪の利き足は、臑の部分まで赤くなっていた。
腫れるほどではないだろうが、ケアをしておくに越したことはないだろう。
「うん、ごめんね」
反省したのか、吹雪は眉を下げてシュンとうなだれた。
叱られたときの双子たちみたいだ、と一瞬過ぎった考えに、織乃は思わず手を伸ばして。
「……え」
ぽん、と吹雪の頭を撫でた。
一拍置いて、我に返った織乃が慌てて手を引っ込める。
「あ。す、すいません。何か、癖でつい」
「癖……?」
吹雪はキョトンとしていたが、合点が行ったのか「ああ」と呟いた。
「そっか。織乃ちゃん、小さい弟がいるんだもんね」
「はい……あの、何かホント」
「良いよ、気にしてない。……ねぇ織乃ちゃん」
「はい?」突然声色の変わった吹雪に、織乃は首を傾げる。
彼はどこか一点を見つめながら、ポツリと呟くように言った。
「織乃ちゃんは、弟くんたちのこと……好き?」
「好きですよ?」
間髪入れず返ってきた答えに、吹雪は顔を上げる。
「あれ、意外でした?」小首を傾げて笑った彼女に、吹雪は慌てて首を振った。
「まぁ、いつまで経ってもお姉ちゃん離れしてくれないのが困りものなんですけど……」
織乃は小さくクスクスと笑いながら言う。
その表情は、鬼道が春奈を見るときのそれと少し似ていた。
「欠点も色々あるし喧嘩もするけど、家族ですもん。好きに決まってます」
そうキッパリと言い切った織乃は一拍置いて、「何か恥ずかしいですね」と苦笑する。
ゆっくりと瞬きをした吹雪は、柔らかい笑みを浮かべた。
「──そっか。良いお姉さんを持って、弟くんたちは幸せ者だね」
「そうですか?」
織乃は照れたように笑って、頭の後ろを掻く。
羨ましいな──遠いところを眺めた吹雪の呟きはあまりにも小さく、織乃には聞こえない。
ふとその時、扉越しにスパイクが床を蹴る音が耳に届く。扉を開き、中に入っってきたのは鬼道だった。
「ここにいたのか、御鏡」少し意外そうな顔を引き締めて、鬼道は吹雪に向き直る。
「吹雪、お前もディフェンスの特訓に参加してくれ」
「……うん、良いよ」
小さく頷いた吹雪は、よいしょと立ち上がった。
織乃も慌てて籠にスプレーとタオル、ジャグを突っ込んで、それを追いかける。
「御鏡。このペースだと、レベルマックスに辿り着くまでどれだけ掛かると思う?」
「気力の問題ですね。少なくとも、今日までにはレベル7くらいになれると思うんですけど」
難しい顔になって答えた織乃に、鬼道は「そうか」と何か考え込むように顎に手を添える。
大部屋に戻ってくると、壁山たちがマシンの端に腰掛けて待っていた。
「みんな、頑張ってね。あと30分したら、お昼ご飯の準備始めるから」
階上にいる秋が、両手をメガホン代わりにして声援を送る。
それに歓声を上げる雷門イレブン(主に壁山)に苦笑して、鬼道と吹雪の準備が終わったのを確認した織乃は、スイッチに手をかけた。
「スイッチ、どうします?」
「いや、必要ない」
答えた鬼道に頷き、織乃は1歩下がってボールを差し出す。
「吹雪!」
狭いスペースに足をもつれさせないよう器用にターンした鬼道が、吹雪にパスを出した。
ボールを受け止めた吹雪は、壁山たちのディフェンスを掻い潜りそのまま走り続ける。
──吹雪のディフェンス能力は凄まじい。もしも彼が2人いてくれたら、どれほど戦局が有利になるだろうか。
一瞬、そんなことを考えた鬼道は、苦笑を浮かべ頭を振った。
「(我ながらバカなことを……)」
ボン、と吹雪の蹴ったボールが一際大きく弾む。
足下でも狂ったか? ──一瞬キョトンとした鬼道は、擦れ違う吹雪を見やった。
「どうした、吹雪?」
「──やめだ……」
ボソリと吹雪の口が動く。
次の瞬間彼の目が釣り上がり、金色の光を灯した。
「こんなトロいことやってられるか!!」
「あっ、吹雪さん!?」
声を荒げた吹雪は、織乃の制止も聞かず足音荒く大部屋から走り去っていく。
異変に気付いた円堂が、秋たちを連れ立って階段を駆け下りてきた。
「どうしたんだ?」
「キャプテン、吹雪さんが……」
円堂と吹雪の去った方向を見比べながら、壁山が口ごもる。
円堂は眉間に少し皺を寄せると、「行こう」と吹雪を追いかけた。
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「──喰らえデザーム!!」
哮った吹雪が、ボールをマシンに打ち込む。
扉の隙間から中の様子を覗き込んだ円堂たちは、その行き過ぎとも見える気迫に思わず肩を縮めた。
「イプシロンのゴールキーパーに、エターナルブリザードを止められたのが余程悔しかったんですね……」
「しばらく収まっていたスタンドプレーの復活ね。まぁ、それが魅力と言えなくもないけど……」
気遣わしげに言った春奈に、夏未が溜息を吐き出すように呟く。
まさか、染岡くんの離脱が影響しているの? ──小さな独り言は秋のものだ。
「……今は吹雪の好きなようにさせよう。あの意気込みが試合で良い方に出るかもしれない」
「ああ……」
鬼道の言葉に円堂は同意したが、その表情は優れない。
小さな部屋には、ただ吹雪の獣のような咆哮が響き続けていた。
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