Result of special training

かちん、と腕時計の秒針が時を刻む。
イプシロンとの約束の日がやって来た。

「みんな、準備はいいか?」

ナニワランド地下、その一角で円堂が力強い声を掛ける。
一同がそれに頷いたのを確認し、彼は続けた。

「ここのマシンは、レベルマックスまでクリアした! きっと奴らに対抗できるはずだ!」
「ああ!」

この数日の間、それこそ血の滲むような特訓に耐えてきたのだ。きっと大丈夫──織乃たちマネージャーたちの目にも、光が宿る。

「ところでさ……あいつら、一体どこで戦うつもりなんだろ? 俺たちがここにいること、知ってんのかな」
「んぇっ。それは……」

木暮のもっともな質問に、円堂が首を傾げた時だった。
「……その心配はいらないようだぞ」鋭い声で言った鬼道が、通路の対岸を顎でしゃくる。
いつの間にか、辺りには黒い霧が降りてきていた。

高い天井から、あの黒いサッカーボールが舞い降りる。
一瞬、眩い紫の光に目を瞑った円堂たちは、瞼を上げた先の光景に各々表情を引き締めた。

「……イプシロン!」

円堂が険しい声を上げる。
徐々に弱まる光の中で佇んだデザームは、静かに顔を上げてニヤリとほくそ笑んだ。

「……時は来た。10日もやったのだ。どれだけ強くなったのか、見せてもらおう」

その瞬間、足元が揺れてマネージャーたちが小さく悲鳴を上げる。
「何だ?」目を丸くして手すりの向こうへ身を乗り出した円堂が、ハッと息を飲んだ。

通路がゆっくりと左右に開いていく。
眼下、そこより更に地下に現れたのは、不自然なほどに整備されたサッカーグラウンドだった。

見れば、イプシロンたちは何事も無かったように壁沿いに据え付けられた階段でグラウンドに降り始めている。
すっと息を吸い込んだ瞳子が、髪を掻き上げた。

「行くわよ」
「──はいっ!!」




「地下にこんなもんがあったんやな……」

真っ先にそんなことを漏らしてフィールドをしげしげと眺めたのはリカである。
今の今まで知らずに使ってきたのだから、当然だろう。

「やっぱりここは、エイリア学園の……!」
「あの人たち、私たちがここを使っているのに気付きながら、わざと放っておいたんですね」

こちらを覗き込む幾台ものカメラを見上げ顔をしかめた夏未に対し、織乃は呟きながら眉を顰めた。
だとしても何故、彼ら──デザームは、そんなことをしたのだろう。

「(って、あの人たちについて考えても分かることなんてないんだよね)」

溜め息を一つ、織乃はちらりとイプシロンのベンチを見やった。
ふと視線に気付いたのか否か、その内の1人──確かマキュアと呼ばれていただろうか、彼女がこちらに目をやる。
そして、織乃と視線が交わるなり──彼女は大きく目を見開いた。

「……え?」
「織乃ちゃん、試合始まるよ?」

肩を叩いてきた秋にハッとしながら、織乃は仲間の元へ駆け寄る。
さっきのは見間違いだったのだろうか。振り返っても、彼女は既にデザームの方に向き直り、確認することは叶わなかった。

「本人の申し出を受けて、浦部リカさんをチームに入れることにしたわ」

開口一番、瞳子がリカを手で指す。
見ると、一体いつの間にか着替えたのか、雷門イレブンのユニホームを着こなしたリカがVサインを取っていた。

「よろしく頼むな、リカ!」
「任しとき!」

円堂に頷きながらも、彼女の手はしっかりと一之瀬の腕に絡めたままである。
「ちゃっかりしてるわね」夏未が呆れ半分、関心半分の声音で呟いた。

「FWは浦部さん、吹雪くんはDFに入って。この戦いで全てが決まる──これを最後の戦いにするのよ」

語気を強め、瞳子はイレブンを見回す。

「必ず、勝ちなさい!!」
「はいッ!!」

「よぉし、行くぞ!」俺たちのサッカーを見せるんだ──意気揚々と激励を叫ぶ円堂を筆頭に、フィールド入りしていく選手たち。
マネージャーたちもベンチに腰を下ろし、固唾を飲んで見守った。

「みんな、頑張って……!」

祈るように手を組んだ秋が呟く。
人工的な光に照らされたフィールドに高らかにホイッスルが鳴り響いた。

キックオフはイプシロンからだ。
視線を交わしあった鬼道、リカ、塔子が、ドリブルで攻め上がるマキュアに立ち向かっていく。

マキュアはニヤリと笑うと、ボールを遥か上空へと蹴り上げた。

「メテオシャワー!!」

分身したボールが炎の筋を描き、隕石のようにフィールドに降り注ぐ。
衝撃に吹き飛んだ3人を抜き去り、マキュアは雷門陣内の更に奥へ切り込んだ。

「行かせない!!」

マキュアの進撃に風丸が素早く躍り出る。
隙を見せないチェックは、確実にここ数日の特訓で身に付いたものだ。

「マキュア!」
「!」

囲まれる寸前、サイドから上がってきていたゼルにマキュアは咄嗟にパスを出した。
ゴール前はがら空きだ。「円堂くん!」秋が小さく叫ぶ。

「ガニメデ──プロトン!!」

蹴り上げたボールが手のひらから放たれる闘気で打ち出された。
半身を捻った円堂の足元から、金色の光が溢れる。

「マジン・ザ・ハンド!!」

金色の巨人が腕を伸ばし、ガニメデプロトンを正面から受け止めた。
衝撃は外へ拡散され、整備された芝をさざ波のように揺らす。ボールはしっかりと円堂の手に収まっていた。

「特訓の成果ね!」

以前とは変わりセーブされたボールに、ベンチが喜びに沸き立つ。
「いっけぇ!!」円堂が大きくボールを振りかぶる。着地地点にいるのはリカだ。

「聞いたで……あんたら悪い奴等なんやて?」

「ウチがお仕置きしたる!」ニッ、と好戦的な笑みを張り付けたリカが跳躍する。
大きく足を後ろへ振り上げた体勢は、彼女の必殺技のフォームだ。

「ローズスプラッシュ──なんてな!」

すかっ──とボールを見送り着地したリカに、イプシロンのマークが一瞬虚を突かれたように緩まる。大阪ギャルズ自慢、大ぶりなフェイントだ。
「ダーリン!」そのままヘディングパスをリカから受け取った一之瀬が、鬼道と共にイプシロン陣内へ攻め込む。

「鬼道!」
「ああ!」

2人の渾身のツインブーストが、イプシロンゴールに迫る。
それを腕を凪ぎ払うように弾いたデザームが、ニヤリと──まるで、楽しむかのように、笑った。

「ああ、防がれた!」
「うん、でも……!」

ベンチで足踏みをする春奈に小さく頷き、織乃はスカートの上に置いた拳をグッと丸める。
──イプシロンと、互角に戦えている。その事実は、雷門イレブンに取って最大の希望だった。

技と技のぶつかり合いは止まらない。夏未がストップウォッチをちらりと見下ろす。
もう前半が半分過ぎた。選手たちの顔色にも、徐々に疲れが出てくる頃だ。

その時、ディフェンスラインの中央にいた吹雪の動きが止まった。

「(何──?)」

注意しなければ分からない些細な変化。それに気付いた織乃は眉根を寄せる。

そして、次の瞬間。
吹雪の瞳に、金色の光が灯った。

「いつまで守ってんだよ!!」

突然声を荒らげた吹雪が、スライディングで強引にボールを奪う。
「吹雪!」周りの声も聞こえないようにイプシロン陣内に単身切り込んだ吹雪に、円堂が叫んだ。

「完璧≠カゃなきゃ──オレはいる意味がねぇ!!」

ゴールを狙う吹雪の目の前へ、ディフェンス2人が進み出る。
「打たせろ!」ふいに、後ろから指示を飛ばしたキーパーに2人は驚いたように振り返った。

「こいつが今日のメインディッシュだ!!」
「ふざけんなッ……!」

跳躍した吹雪の体が、冷たい闘気に包まれる。
中空で旋回した彼の足が、ボールを捉えた。

「食らえ──エターナルブリザード!!」

ゴールに襲い掛かる、冷気に包まれた鋭いシュート。
瞼を伏せたデザームが両手を構えた。緑色の光を纏った手のひらを翳し、彼の目がカッと見開かれる。

「ワームホール!!」

緑色の光が捻れ、出来上がった小さな空間にボールが吸い込まれた。
キュン、と空気が収束する音。次の瞬間、デザームの頭上に現れた空間から威力の殺されたボールが飛び出し、彼の足元へめり込む。

「ふっ──この程度では物足りないぞ……もっと、魂を熱くするようなシュートを叩き込め!!」
「何ぃ!?」

高らかに笑ったデザームに、吹雪が歯を食い縛る。
大きくボールを振りかぶったデザームが、イプシロン選手に指示を飛ばした。

「攻撃せよ! 戦術時間は7コンマ4秒だ!!」
「ラジャー!」

ボールを受け取ったイプシロン選手が切り込む。
「ディフェンス! 6番チェックだ!!」鬼道が走りながら叫び、答えた壁山が肩を怒らせた。

「ここは通さないっス!!」

膨れ上がった闘気が、大きな壁を作り出す。
しかしタイミングが1歩遅かったか、打ち出されたシュートに壁は容易く崩れ落ち、ボールがゼルにパスされた。

「うわぁ、来た……!!」

ゴールを守るディフェンスは最早木暮のみ。
一瞬たたらを踏んだ木暮に気付いたのか、ゼルは彼の小さな体をタックルで吹き飛ばした。

「今度こそ──! ガニメデプロトン!!」

二度目のガニメデプロトンが雷門ゴールを狙う。
ぐっと構えた円堂が、手を突き出した。

「マジン・ザ・ハンド!!」

カッ、と眩い光が視界を埋める。
ボールをガッチリとキャッチした円堂に、冷や汗を拭った土門が「ナイスセーブ!」と手を振った。

「今の……」
「え?」

ぽつりと呟いた秋に、織乃たちが視線を向ける。口許に手を宛がった秋は、そのまま小さな声で続けた。

「今のマジン・ザ・ハンド、何だかいつもと違ってなかった……?」
「そう、言われると……」

そうかも、と夏未がちらりと円堂を見やる。
円堂はグローブのはまった自分の手を、じっと見つめていた。

ピピーッ、と耳をつんざくようなホイッスルに、一同はビクリと体を揺らす。前半が終わったのだ。
我に返ったマネージャーたちは、急いでタオルとジャグを抱えてテクニカルエリアに戻ってくる選手たちを出迎える。

得点盤の数字は、0対0。
それは、エイリア学園と互角に戦えている──彼らが強くなったという、何よりの証拠だった。